「クレト様、本日はどうなさいますか?」

「ハウリン村の家の改築が終わっているはずだから、そっちに向かうことにするよ。とりあえず三日くらいは王都には戻らない」

宿屋から王都の屋敷に移り住んで一週間と少し。その間に俺はハウリン村で快適に過ごすための家具や食器といった生活道具を集めながら、時折商会の仕事をこなす日々を送っていた。

最初はメイドのいる日常に慣れなかったが、時間が経過するにつれて大して違和感を覚えることも少なくなった。困ったことがあれば、すぐにやってくれるし、エルザに至っては読心能力があるのかってくらい先回りして準備してくれているので快適この上ない生活だ。

本日が完成日で二週間目。

ハウリン村では家の改築が終わっているはずなので、俺は今日からハウリン村に向かうことにした。

本格的な二拠点生活の始まりである。

「エミリオには前もって言ってあるけど、念のために言伝を頼むよ」

「かしこまりました」

「とりあえず、三日したら屋敷に戻ってくるから、それまで屋敷の維持なんかをよろしく頼むよ」

「はい、いってらっしゃいませ」

恭しく頭を下げるエルザに見送られながら、俺はハウリン村に転移した。

すると、屋敷のリビングからハウリン村の自宅前へと景色が切り替わる。

「おお、ちょっと変わってる!」

自宅を見てみると、屋根や壁が新しく塗装されており綺麗になっている。家の周りにはちょっとした柵が立てられており、裏口にはちょっとした庭ができていた。

ちょっぴりバージョンアップした外観にワクワクしながら、俺は家の中に……

「あっ、そうだった。鍵を持ってなかったな」

玄関や扉を作り変えた時に、鍵も一緒に作り変えたんだった。

そして、その新しくできた鍵を俺はまだ受け取っていない。

これは大工さんの家まで取りに行かないとダメか……。

早く中を見たいというのに面倒だな。

「あー! クレトだ!」

などと思っていると、少し遠めのところからニーナが手を振っていた。

アンドレ家とは少し離れている程度のご近所であるが、他に障害物もないために互いの家は良く見える。

ニーナが俺に気付いても何ら違和感はない。王都にはない、その距離の近さにどこかほっこりとする。

「新しい家の鍵! うちが預かってるよー! 今から持っていくね!」

「おお、本当か? それは助かる!」

どうやら家主の俺が村にいないことに気付いてか、友人のアンドレに渡してくれていたんだな。正直、大工さんの家がどこか知らなかったし、その配慮は大いに助かった。

少しの間待っていると、家に戻ったニーナが鍵を手にしてやってきた。

「はい、これ! 新しい鍵!」

「ありがとうな、ニーナ」

「ねえねえ、私も新しい家を見てもいい?」

鍵を受け取ると、ニーナが上目遣いで尋ねてくる。

「ああ、勿論だ。ニーナが最初のお客様だな」

「やった! 最初のお客様だ!」

快く許可すると、ニーナが元気いっぱいに喜ぶ。

もし、自分にも子供ができたらこんなにも可愛いのだろうか。つい最近、色恋沙汰には興味がないと思った俺であるが、いつか家族を築きたいと思う日がくるのだろうか。

……まあ、今は気になる女性もいないし、二拠点生活を楽しむことが優先なので当分は先だろうな。

そんなことよりも今は新築だ。

新しい鍵を差し込んで扉を開ける。すると、一般的な家よりも少し広めの玄関がお出迎えだ。

「うわー、綺麗な家だー」

「ちょっと待ってニーナ」

「え? なに?」

新築の綺麗さに見とれたニーナがフラッと入りそうになるが、俺はそれを制止する。

「うちの家は土足禁止なんだ」

「土足禁止?」

「そう。入る時は靴を脱いで、このスリッパっていう軽い草履みたいなのに履き替えるんだ」

王都の職人に作ってもらったスリッパを亜空間から取り出す。

やはり、自分の家に靴のまま入るというのはどうも落ち着かない。

王都の屋敷は土足のままで機能するに作られているし、掃除してくれるメイドだっている。それに王都の中は基本的に石畳が敷かれているので靴が汚れることも少ない。

しかし、ハウリン村の道は土や草で満ち溢れている野道だ。土足のまま家に上がっては、その汚れ方は王都の屋敷の比ではないだろう。

だから、しっかりと靴を脱ぐスペースを作り、土埃が入ってこないように段差を作ってもらったのだ。この家の大きな改築ポイントの一つである。

「これが王都の文化なの?」

「いや、これは俺の拘りだよ」

「へー、クレトって、ちょっと変わってるね」

靴を脱いでスリッパを履いてくれるニーナ。

特に他意はないとわかってはいるが、その子供故に素直な言葉に驚いてしまうものだ。

苦笑いしながら俺も靴を脱いでスリッパに履き替える。

「あっ! でも、このスリッパってやつすごく楽!」

しかし、少し歩いただけでスリッパの快適さに気付いたのか、ニーナが手の平を返すように喜んだ。

「だろう? 靴の締め付けもなくて快適だし、床に土が乗って汚れることもないからな」

「すごいね。私も家ではスリッパがいいや」

なんて笑い合いながら俺とニーナは玄関の奥に進んでいく。

最初に入ったのは台所と併設されているリビングだ。

元々は台所とは区切られていたのだが、広々と過ごしたいがために壁をぶち抜いてもらった。

そのお陰かリビングがとても広々としているように見える。

「わー、台所すごく広いね!」

「台所が狭いと料理をする気がなくなるからな。台所も拘ったポイントだ」

田舎では自分で料理を作って楽しんだりもする予定だ。

前世の1Kでコンロが一口しかなく、調味料や皿の置き場にも困るような台所は嫌だったからな。

その鬱憤を晴らすかのように、この家の台所は広々としていた。

「クレトって料理ができるの?」

ニーナがきょとんとしたような顔で聞いてくる。

「ああ、一人暮らしが長かったからな。それなりのものはできるぞ」

「へー、男の人なのに料理ができるなんてすごいね!」

そんな風にニーナが言ってしまうのは、この世界では料理をする男性が少ないためである。

そんな中で俺は稀少な料理のできる系男子なのであった。

「ありがとう。暇があったら一緒に料理でもしような」

「いいの!?」

「皆で料理をして一緒に食べたり……そういうことができるように広めに作ってあるからね。俺が家に住んでいない時でも、ニーナやステラさんだったら勝手に入って、料理してくれてもいいよ」

そういう家族らしいことができるように。人との繋がりができるようなことをしたいと思っている。

前世では家族もいなくなり、深い関係の恋人も友人もいなかった。だから、この異世界のハウリン村では、前世では作り上げることのできなかった温かな関係を築きたいと思っている。

それに俺が住んでいない間に家を腐らせるのも勿体ないしな。

前世で二拠点生活をしていた者も、自分が住んでいない時は他人に貸し出している人もいた。そんなやりくりの仕方を真似してみようと思った次第である。

ちょっとした集会や宴会がある時なんかも使わせてもいいのかもしれない。

「絶対やる! お母さんにも言っておくね!」

「ああ」

その後は裏庭や空き部屋、二階の寝室や物置部屋といった家の隅々までを確認した。

どれも満足のいく仕上がり具合で、大工は見事な働きをしてくれた。文句など一片もないな。

王都の屋敷とは大きさや広さも敵わないし、使用人だっていないけど、ここは紛れもなく俺の家だ。

むしろ、身の丈にあったサイズ感をしているために、こっちの方が家という実感は強いのかもしれないな。