エミリオにハウリン村の作物を持ち込んだ数日後。

いつもとはちょっと違った仕事を終えた俺は、ハウリン村に転移で向かった。

ハウリン村の入り口に転移すると、前方では大あくびをしていたアンドレが慌てて槍を構えた。

「アンドレさん、俺ですよ」

「なんだ、クレトか……急に現れると心臓に悪いぜ」

アンドレは目の前に現れた人物が俺だとわかると、ホッとしたように槍を下ろした。

ヘレナの時のことを反省して少し離れたところに転移したのであるが、それでもビックリしてしまうらしい。

「すみません、今日は警備の仕事をしている日かと思ったので」

アンドレの家を訪れてもよかったが、アンドレだけいない可能性があったから先に仕事場を見に来たのだ。

「最近は村にいなかったみてえだが、どうしてたんだ?」

「アンドレさんたちから頂いた作物を王都で売り込んでいました」

そのため一週間ほどハウリン村には帰っていなかった。

「俺たちの作物はどうだったんだ? 王都の奴等も買ってくれたのか!?」

やはり、気になっていたのだろう。アンドレが興奮した面持ちで詰め寄ってくる。

「それを今から全員に説明するので中央広場に集まってもらえますか?」

「お、おお。そうだな。ひとりひとり説明するよりも、集まって聞いてもらった方が早いか。んじゃあ、ちょっと仕事を抜けてステラやニーナと向かうぜ」

「ありがとうございます。俺は他の人たちに声をかけてくるんで」

そうアンドレに伝えると、俺はオルガのトマト畑へと転移した。

すぐに転移で移動できる俺が声をかけた方が圧倒的に速いからな。

トマト畑にやってくると、麦わら帽子を被ったオルガが摘芯作業をしているところだった。枝分かれした若い芽を丁寧に切り取っている。

「おーい、オルガ!」

「おー、クレトか! 王都に持っていったっていう俺のトマトはどうなったんだ?」

声をかけてみると、すぐに王都の件を聞いてきたオルガ。

アンドレと同じような反応をするオルガに思わず苦笑いしてしまう。

「それを説明するから中央広場に来てくれるか? そこで全員に伝えるから」

「わかった!」

そんな風にオルガだけでなく、青ナス、三色枝豆、大玉スイカなどを売ってくれた農家のおじさんたちのところににも転移。

なお、アンドレやオルガだけでなく、他のおじさんたちも俺が顔を出すなり王都の件をすぐに聞いてきた。

説明してやりたいがひとりひとりに説明していると大変なので、その場では宥めてとりあえず中央広場に集まってもらった。

ハウリン村の農家全員に声をかけたわけではないが、中央広場には農家の家族が付いてきているところもあり広場には二十人を超える人だかりができていた。

まさか家族全員くるところがあるとは思わず、想定以上の人数に少しだけビビる。

たった二十人ちょいであるが、これだけ集まっているとなんだかお祭りが始まるんじゃないだろうかって気分になるな。

「それでクレトさん。ハウリン村の野菜はどうだったんだい?」 

「王都のお店では売れたのー?」

「勿体ぶらずに教えやがれー」

作物を売ってくれた農家全員が集まると、村長であるリロイの一声を皮切りにニーナやアンドレの声が響き渡る。

そんな集団たちの前に立っている俺には無数の視線が突き刺さる。

期待、不安などの入り混じった表情。ハウリン村に住んでいる人たちは、自給自足の生活を営むことができている。

しかし、それは家庭によっては最低限レベルというものもある。誰かが怪我を負ったり、病気になってしまえば立ちいかなくなってしまう懸念がある一家も。

王都で売れるのであれば、今までよりも収入が上がって生活にゆとりができるのか確実なので期待するのも当然だろう。

それにお金以外の面でも、自分たちが一生懸命育てているものを王都の人たちが美味しいと思ってくれるのか。生産者として気になるのであろう。

皆の向けてくる瞳の中には「もし、売れなかったらどうしよう」という不安の色も奥底にはあるようだった。

想像以上のプレッシャーに晒された俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。

「皆さんの作物はお店では売れませんでした」

俺のハッキリとした一言で全員の瞳に落胆の色が覆い被さる。

しかし、これが今回の結末の全てではない。

「それは売れなかったのではなく。そもそも商店では売りませんでした」

「はぁ? それってどういうことだ?」

「ハウリン村の作物は、ただ商店に並べて売るのでは勿体ないと判断したからです」

訝しむオルガの疑問に俺はそう答えた。

「皆さんの作物は王都の高級レストランに持ち込み、その品質の高さに多くの料理人から絶大な評価をいただけ、定期的な仕入れを頼みたいとの手がいくつも挙がりました!」

「えーと、ということは?」

まだ思考が追い付いていないのだろう。どこか戸惑いの含まれたステラの声に、俺は改めて王都の件での結末をハッキリと言った。

「はい、皆さんの作物は王都の高級レストランが定期的に買い取ってくれることになります!」

その瞬間、集まってくれた農家たちがわあっと爆発するような声を上げた。

「マジか! 俺たちの作物が王都の高級レストランで使われるのか!?」

「そうです。皆さんの育てている食材は、高級店でも良質な物と認められるものなんです」

「俺の育てたトマトは王都でも認められる味だったのか……」

「なんかよくわからんが高く売れるってことは良いことじゃの」

完全に結果を呑み込めていない者もいるが、皆とても嬉しそうな表情をしていた。

今までその味を普通だと思って育てていて生活していたのだ。それが急に価値の高いもので、高く売れると言われたら驚くのも無理はないだろう。

「しっかし、俺たちの育てている作物にそれだけの価値があるとはな。これに気付けたのもクレトのお陰だぜ。ありがとな!」

「いえいえ、俺は売れると思ったものを売り込みにいっただけですよ」

「とはいっても、普通の奴じゃ王都の高級レストランに売り込みになんて行けねえだろうが」

「えへへ」

そこはまあ、俺の空間魔法に感謝だな。これがなければ王都で売ることなんて不可能なのだから。

「しかし、俺たちの作物がそこまでの価値があるとは。今までやってきた行商人や旅人は気付いていやがったのか?」

能天気に笑うアンドレとは違い、オルガが冷静にそう言う。

今まで自分たちの野菜を安く買いたたかれていたのだ。面白くないと感じてしまうのも無理はないことだろう。

「実際には気付いていた旅人がいたのかもしれない。でも、いくら質が良くてもそれを輸送する方法がなければ不可能だからね。値段を釣り上げたら、近所の村の人たちは買えなくなるし、上手くいかなかったと思うよ」

「それもそうか」

ハウリン村と王都での距離は遠く、売りに行くまでに台無しになってしまうからな。

しかし、空間魔法を使える俺ならば亜空間で収納しておくので、いつでも獲れたての鮮度を保てる上に、転移でどこにでも運べるときた。

今まで埋没していたハウリン村の作物でも、問題なく売れるというわけだ。

「買い取った商品をもっとも欲しがるところに高く売りつける。それが商売の基本だよ」

「うわぁ、商人ってえげつねえ……」

「それで社会は回っているんだよ」

オルガが若干引いたような表情をするが、商売とはそのようなものである。

その場所ではどうってことのない品が、遠方地ではまったく入手できずに何倍もの値段がついている。というのはありふれたものだ。

「本当にありがとう。クレトさんのお陰でハウリン村の農家に希望がさしたよ」

「そうだぜ。本当にありがとうなクレト!」

リロイやアンドレをはじめとする皆が丁寧にお礼を言ってくれる。

こんな風に大勢の人から感謝されるような事は今までなかったので気恥しい。

「皆さんのようにずっとハウリン村に住んでいるわけじゃないですけど、貢献できそうで何よりです」

「おいおい、クレト。なんだか難しく考えすぎじゃないか?」

「貢献できる貢献できていないとか気にしなくていいんですよ?」

「前にも話した通り、できれば嬉しいがそれに囚われるのはよくないよ。のんびりと自由に生きていけばいいんだ」

アンドレ、ステラ、リロイのかけてくれた優しい言葉に思わず涙が出そうになる。

ああ、ここにいる人たちはなんていい人たちなんだ。

温かな人が多いハウリン村ならば、仮に今世もずっと独り身であっても前世のように寂しい生活を送るような事はないんだろうな。

「ありがとうございます。やっぱり、ハウリン村は最高ですね」

「王都からくるだけあってわかってるじゃないか」 

「今日はめでてえな。よーし、今日は作物が売れたお祝いでパーッと呑もうぜ!」

「おー! それいいな!」

オルガとアンドレが肩を組んで叫び、他の農家のおじさんたちも賛成の声を上げたことで宴会に突入した。

その日の夜は、各農家が持ち寄ったハウリン料理を堪能することができたのであった。