Umarekawatta “Kensei” Wa Raku o Shitai
130. Chloe's Advice
イリスとエーナの模擬試合の後は、イリスに軽く稽古を付けた。
模擬剣での打ち合いを中心としたが、やはり彼女の実力は――以前に比べると格段に上がっている。
イリスは汗を流しに寮へと戻り、僕も講師寮の方へと戻る途中のところで、
「あ、先生」
「! アリアさんと……メルシェさん」
「お久しぶりですね、アルタ様」
学園の入口の方へと向かって歩くアリアとメルシェに出くわした。
メイド服に身を包んだメルシェが、礼儀正しく会釈をする。
僕も礼儀に応じて返す。
「アリアから聞きましたが、その若さでここの講師もやられている、と。さすがですね」
「あはは、色々やらせてもらっていますよ。メルシェさんもここにいるとは思っていましたが、やはりアリアさんと一緒でしたか」
「はい。せっかくなので少しだけお話を、と」
「いきなり部屋に来たからびっくりした。姉さん、気配消すの上手いね」
「ふふっ、あなたほどではないけれどね」
メルシェは笑顔でそう言いながら、アリアの頭を撫でる。
アリアは満更でもない表情でそれを受け入れる。
こうしてみると、二人は姉妹なのだということがよく分かる。アリアにとってはイリスも含めると姉が二人いる……そういう感じだろうか。
けれど、イリスとアリアのやり取りを思い出すと――時折、立場が逆転していることもある。
そういう意味では、イリスとアリアは家族であり、そして親友という表現が正しいのだろう。
「これからお帰りですか?」
「はい。そろそろ合流の時間ですので……アリアが校門のところまで送ってくれると言うので」
「そうでしたか」
「うん、少しの時間だけど、楽しかった」
「またすぐに会えるわ」
おそらく、その言葉に間違いはないだろう。何せ、エーナはこの学園に通うことを決めたと言っていた。
後程、エーナの口から語られることになるだろうが、一応はまだ機密事項に該当する。
僕の口からは、そのことは伏せておくことにしよう。
「先生は、もしかしてイリスと修行?」
「そうですね。休日なのに呼び出されてしまいました」
「今日のイリスはどうだった?」
「いつも通りですよ。休みの日でも気合十分でした」
「そっか。イリスはいつでも元気だからね」
「イリス様の剣の修行、ですか?」
少し驚いた表情で、メルシェが問いかけてくる。
どうやら、アリアもそういう話まではしなかったようだ。
「アリアさんから聞いているとは思いますが、僕はここの剣術講師なので。まあ、延長のようなものです」
「ちなみにわたしも教えてもらってる」
自慢気にピースをするアリア。メルシェも納得したように頷くと、
「そうでしたか。……でしたら、この学園は随分とレベルの高い剣術を学ぶことができるようですね」
「生徒に合わせたレベルで教えているつもりですけどね。イリスさんやアリアさんのような生徒は別格ですが」
「まあね」
またしても、したり顔で僕の言葉に続くアリア。
僕は思わず苦笑するが、メルシェはくすりと笑みを浮かべる。
「アルタ様に教えを請うているのならば、安心ですね。アルタ様――妹のこと、これからもよろしくお願い致します」
改めて深く頭を下げるメルシェに、僕も頷いて答える。
「はい、任されましたよ」
「よろしくね、先生」
そうして、僕は二人と別れた。
エーナがこの学園に入学する……ということは、メルシェも入学することになるのだろうか。その点についてはまだ確認はしていないが、エーナの目付け役として彼女が傍にいてくれると助かるかもしれない。
僕はそんなことを考えながら、講師寮の方へと足を運ぶ。すると、寮の入口付近で佇む一人の少女を見つけた。
「クロエ?」
「……遅いわよ、バカ義兄」
不服そうな表情で、出会い頭にそんなことを言うクロエ。彼女は彼女で相変わらずだ。
「でも、どうしてここに?」
「わたしだって子供じゃないんだから。あんたがどこで仕事をしてるかくらい調べられるのよ」
さすがに僕がここで働いていることは――それほど広く公開されている情報ではない。
『誰かに会う予定』があると言っていたマリエルと共に向かったクロエがここにいるということは、自ずとマリエルとクロエが会った人物も分かる。
(……団長か。そうなると、義姉さんは団長に用があったのか)
何の話か分からないが、マリエルが近くにいる様子はない。
「もしかして、また義姉さんが姿を消した、から探せ……とか?」
「ち、違うわよ。姉様は……その……」
マリエルの話をすると、クロエは急に言い淀む。彼女の態度を見れば、何かがあったのは明白だ。
「何かあったのか?」
「……その前に、あんたに確認したいことがあるわ」
「確認?」
「……イリス様とのことよ。イリス様はここに通っていて、あんたはここの講師で――イリス様の護衛、なのよね?」
確認するような聞き方をするクロエ。
先ほどの反応でも分かっていることだが、クロエは僕の仕事の内容については把握していないようだった。
僕は逐次、家族に仕事について連絡はしていたが……その連絡はクロエには知らされていなかったことになる。まあ、彼女の年齢を考えれば、僕の仕事のことまで教える必要はないと判断したのかもしれないが。
「ああ、そうだよ。僕は騎士として、彼女の傍にいる」
「……そう。先に言っておくけれど、わたしは、あんたのこと――認めたわけじゃない。シュヴァイツ家の家宝を折るような男なんて、認められるはずがないもの。だから、一つだけ忠告するわ。しばらくは、イリス様の傍を離れないで」
「……? それはどういう――」
「いいからっ! わたしの言うことを聞きなさいっ。じゃあ、伝えたいことは伝えたから」
そう言って、クロエは足早に僕の下から去っていく。
止めてもよかったが、下手をすると彼女の機嫌を損ねかねない。
離れていくクロエの背を見送りながら、僕は先ほどのクロエの言葉を思い出す。
「イリスさんの傍にいろ、か。クロエが言うからには、何か事件というわけではないのだろうけれど……」
あるとすれば――関わっているのはレミィルだろうか。
明日にでも、レミィルに話を聞きに行った方がいいのかもしれない。
「最近は平和……そう思っていたけれど、色々とやることがあるなぁ」
ポツリと僕は呟いた。
エーナのことに、マリエルのこと――いつの間にやら、考えることが増えていく休日であった。