Vorpal Rabbit and Fortress Uncle

Episode 46 "Smoky Hammer Girl"

「なぁんだ。アーツのレベリングをしてただけだったんですか」

「最初からそう言ってるだろ」

げんなりと肩を落とし、俺は何度目なのかも分からないため息を落とす。

数十分かけて説明し、証拠を並べ、なだめすかし、ようやくレティは信じてくれた。その間ラクトは俺の後ろでクスクスと笑い続けて助けてくれず、妙な疲れが両肩に重く残った。

「それで、今はどれくらい回復できるようになったんですか?」

「まだ始めたばっかりだが、なかなかスパルタだったからな。〈支援アーツ〉のスキルレベルは12になったよ」

スキルレベルが上がった事で、『治癒』のチップが十全に使えるようになった。

『治癒』のチップは『応急処置』の上位互換のような性能で、必要なスキル値は10だ。その分回復量も多くなっているから、使い勝手も良くなっているはず。

「じゃあレッジさん、軽く狩りに行きませんか?」

「いいぞ。ラクトはどうだ?」

「もちろん。レッジが回復してくれるなら、気兼ねなくアーツを撃てるし」

期待してるよ、とラクトが背中を強く叩く。

「決まりですね! どこに行きましょうか?」

「行ったことのないフィールドもいいけど、エイミーがいないからね」

「二人は集めたいアイテムとかないのか?」

三人だけで新しい場所に行くのも、なんだか一人を置いて抜け駆けしているようで心苦しい。実際の所、エイミーはその程度で怒るほど狭量な人じゃないとは思うが。

「あのー、それじゃあちょっと付き合って貰っていいですか?」

「なにかしたいことがあるのか」

「更なる火力追求のため、新しい要素を試してみようと思いまして」

「なるほど、面白そうだね」

ラクトが目を輝かせると、レティはむず痒そうに唇を噛む。

その時になって、俺はようやく彼女の違和感に気付く。

「そういえばレティ、ハンマー持ってないな」

「ほんとだ。どうしたの?」

ラクトも不思議そうに首を傾げる。

そんな俺たちを見て、レティはもったいぶった笑みを浮かべた。

「うふふ。気になります? なりますよね? へへへ。実は……」

彼女は左腕の“鏡”を操作してインベントリからそれを取り出す。

鈍色に輝くそれは、彼女の背よりも大きかった。

「これは……」

「ふふふ。新しいハンマー、ネヴァさんに作って貰ったんです!」

両手で持ち上げ、大きく掲げる。

それは重厚感に満ちた、巨大なハンマーだった。

狼の素材を使っていたファングハンマーとは異なり、全てを金属で構成された重量級の大槌を、彼女は軽々と持ち上げている。

「その名も試製機械式炸薬爆砕破撃鎚! 現時点で最高のランクⅢ鉄鋼インゴットを30個も使った、重量の暴力と技術の結晶ですよ」

「おお……。話の半分も理解できないが、とりあえず凄いんだな」

「レティってそういうの好きだったんだね」

ラクトが気圧された様子で、レティの掲げるハンマーを見上げる。

黒々とした鋼鉄の塊は、機械式と付くだけあって細かなパーツが組み込まれている。いったいそれらがどういう役割を果たすのか、俺にはとんと想像も付かないが、とりあえず彼女が嬉しそうで何よりだ。

「昨日の夜思いついて、急いでネヴァさんに連絡したんですよ」

あの人いつでもログインしてるな。いつ寝てるんだろうか。

俺が大量消費してしまった直後に彼女もインゴットを大量に要求したようだし、その苦労が偲ばれる。もっと素材を提供するようにしよう。

「無理難題を言っちゃいましたが、なんとか一晩で試作品を作ってくれました」

「それがこれか」

「はい!」

それで彼女は作って貰ったばかりの新しい武器を試すべく、一人でフィールドへと出てきたのだろう。

「これはどこで試すんだ?」

「ここだと敵が弱すぎますし、〈牧牛の山麓〉あたりが丁度いいかなと」

確かにここの敵では前の武器でも一撃で倒せてしまう。

その威力を試すならある程度タフな相手のほうが適任だろう。

レティと共に俺たちは草原を横切り、〈牧牛の山麓〉へと入る。そこでは相変わらず牧歌的な雰囲気の中、牛たちがのんびりと歩いていた。

「わたしが釣ってきて、レティが攻撃する方式でいい?」

「そうですね。そちらの方が助かります」

「キャンプは設置したほうがいいか?」

「そこまで本格的な狩りではないので、いいと思います。それにレッジさんが回復してくれるんですよね」

頼りにしてますよ、とレティが視線を向けてくる。

他人にかけるのは――さっきのラクトは数えられないし――初めてだから緊張もするが、とりあえずは頷いておく。

「じゃ、いくよー」

ラクトが短弓を構え、矢を放つ。

緩やかな放物線を描き、矢は少し離れた場所で草を食んでいたボーンオックスの太ももに刺さる。

当然激昂し、褐色の猛牛は迫ってくる。

「ほい、後は任せたよ」

「任されました!」

すぐさまラクトは後方に下がり、代わってレティが前に出る。

彼女の背中を追い、俺はいつでもアーツを使えるように範囲内に捉えておく。

「よぅし、いきますよ!」

急激な勢いで牛がやってくる。

鋭くねじ曲がった角が向けられ、チャリオットのような威圧を発する。

それに臆すること無くレティは腰を溜め、新しいハンマーを構える。

今日はエイミーがおらず、彼女が注意を引きつけている間に攻撃を加えるという戦法は採れない。しかしレティの横顔には余裕があり、不敵な笑みを見せている。

「――『発動(トリガー)』」

ハンマーのヘッドから重低音が響く。

それは段々と大きくなり、ブルブルと震え始める。黒煙が吹き出し、油と煤の混じった匂いが振りまかれる。

やがて甲高い金属音がそれに交じり、けたたましい合唱となって草原に響き渡る。

「ブムォォァアア!」

耳障りな音に駆けてくるボーンオックスは更に興奮する。

周囲の状況を見る判断力すらうち捨てて、それは純粋な破壊力となって迫る。

「ふっ」

レティが静かに鎚を振り上げる。

目を上げ、前方に雄牛を捉える。

二者の距離は一瞬で詰まり、交叉し――

「『点火(イグニッション)』」

瞬間、爆音が耳をつんざき業炎が皮膚を焼いた。

俺とラクトは思わず腕で顔を覆い、視線を逸らす。

硬い何かが砕ける音がして、獣の雄叫びが広い草原に響く。

「なん、だ。これは……」

暴風が過ぎ去り、恐る恐る瞼を挙げる。

青い草がチリチリと燃え、埃と砂が舞い上がっていた。

全ての中心に立っているのは、赤い毛並みを撫でるレティ。その足下に、ボーンオックスが力なく転がっている。

「けほっけほっ。思った以上に威力が強いですね。これは改善の余地ありです」

「な、レティ。これはいったい」

「お? ふふん、やっぱり驚いてくれましたね? これこそが試製機械式炸薬爆砕破撃鎚の威力ですよ!」

俺に気付いたレティが見事なドヤ顔を披露してくれる。

その表情は無性に腹が立つが、今はぐっと堪える。

「この爆発は? さっきのテクニックはなんだ?」

「炸薬爆砕破撃鎚ですよ。中に炸薬が仕込まれてまして、打ち付けた衝撃で爆破するんです」

「なんだそれは!?」

胸を張って語るレティだが、その内容は俄には信じられない。

「危険すぎるだろ!」

「だから機械で制御してるんですよ。〈機械操作〉っていうスキルを取ったんです」

「『発動』と『点火』ってやつか」

「はい。まあそれにしても爆発が強すぎるんですが」

彼女の言葉に慌ててLPを確認する。

「半分削れてるじゃないか!」

「ついでに火傷の継続ダメージでじわじわ削れてます」

「『選択する治癒の円域《セレクトヒールサークル》』!」

慌ててアーツを使い、彼女のLPを回復する。

なおも燃え続ける地面から彼女を引っ張りだして、しばらくすれば火傷のダメージも消えた。

「なんだか、すごかったね……」

絶句していたラクトがなんとか言葉を絞り出す。

それ以上に考えが回らないのか、彼女は若干放心気味だ。

「爆発の方向が制御できてないので諸刃の剣ですね。それに一回こっきりで内部機構が壊れちゃうので、そこも何か対策しないと」

「冷静に分析できるのは素直に感心するよ」

レティは鎚で身体を支えて先の戦闘を分析する。

これだけの衝撃を放っておいて、よくもまあ動揺もしないものだ。

「あー、レティ、レッジ」

背後からラクトが袖を引っ張ってくる。

何事かと振り向けば、彼女は俯きがちに口を開く。

「とりあえず、ここを離れない?」

「どうしてです?」

きょとんとするレティ。

俺は周囲を見渡し、額に手をやった。

「人が集まってるな」

あれだけの衝撃と爆音だ。それを聞きつけてプレイヤー達が何事かと集まってきていた。

彼らの視線に気付くと流石のレティも頬を赤くして頷く。

俺たちは身を縮めながら、足早のその場を後にした。