Vorpal Rabbit and Fortress Uncle

Episode 186: Horseback Riding with a Sting

流星の如き勢いでレッジの小屋を飛び出したクリスティーナは、群がる白蝙蝠たちを蹴散らして草原を進む。

蝙蝠たちの鋭い牙、尖った爪、更には現実ではそう見ることもできない巨体を物ともせず、クリスティーナは足を前へ蹴り出し、そして鋭利な槍の切っ先で正面に現れるものだけを突き刺し切り捨てる。

「大丈夫そうですね」

草を散らしながら速度を緩めず、彼女は僅かにほっと胸をなで下ろす。

全身を覆う黒のボディスーツは移動速度に対する上方補正が高く、彼女のビルドポリシーに合致している。

しかしその代償として防御力は初期装備とそう変わりなく、彼女は丈の短いケープによって慰めとしていた。

〈伝令兵(オーダリー)〉の能力(アビリティ)があるとはいえ、蝙蝠たちの攻撃力がもう少し高ければ彼女の薄い装甲は瞬く間に突破されて今頃無様な骸を晒していただろう。

「『急速補給(クイックチャージ)』」

走りながら、腰のホルダーに吊っていたアンプルを一つ握り割る。

通常、経口摂取しなければ効果が低下するLP回復アンプルも〈調剤〉スキルのテクニックによってそのデメリットを打ち消される。

「こちらの方面には本体は居ないようですね」

しばらく一直線に走り続け、クリスティーナはそう結論づける。

通常の移動速度であれば一時間ほどは掛かる距離を走破し、それでも代わり映えのしない風景が広がっているということは、恐らくこちら側は“はずれ”だったのだろう。

「ならば――『大跳躍(ハイ・ジャンプ)』!」

背中に迫る羽音に煩わしさを感じた彼女は勢いをそのままに垂直に飛び上がる。

10メートルに迫る跳躍の後、滞空中に大きく槍を振り回す。

馬の横顔が描かれた細長い旗がはためき、彼女に襲いかかる蝙蝠たちを絡め取る。

「『流転大旋回』ッ!」

空気を蹴り、ぐるりと彼女は回転する。

周囲の獣どもを刃で斬り、柄で叩く。

刹那の間に数回の回転を滑らかにこなし、クリスティーナは無数の蝙蝠を一掃した。

「少しすっきりしました。では、行きましょうか」

際限なく現れる蝙蝠は行動の制限になるだけでなくシビアな判断を有する彼女の集中力を削いでしまう。

肥大していた追っ手を散らし、束の間の平穏を得たクリスティーナはまた走り出す。

「クリスティーナさん、大丈夫でしょうか」

小屋の中でクリスティーナからの報告を待つ俺たち。

レティは窓の傍に立ち、すでに姿も見えなくなったクリスティーナの身を案じる。

「大丈夫ですよ。クリスティーナは騎士団が誇る精鋭ですから」

不安げな白鹿庵の面々とは対照的に、アイはゆったりと自然体でソファに腰を沈めている。

第一戦闘班となれば副団長の彼女とも行動を共にする機会は多いだろうし、二人は厚い信頼関係で成り立っているのだろう。

「なんていって、アイもカップを持つ手が震えてるわよ」

「にゃっ!? そ、それは……そんなことないです!」

と、思っていたのだがアイの背後に立ったエイミーがねっとりとした声で指摘する。

図星だったのかアイは飛び上がり、慌ただしくカップでソーサーを叩いた。

「うぅ……。仕方ないじゃないですか。まだここの守護者の正体も分かっていないのに」

高速行動中のクリスティーナは高い集中力を要するということで、彼女から何か報告があるまでこちらからTELを掛けることは控えることになっている。

一人危険を掻き分けて進んでいる部下のことを、彼女が案じていない筈もなかった。

「アイはどうしてクリスティーナを祠に連れてきたの?」

空白を埋めるためか、ラクトが問いかける。

アイは静かに唇を湿らせて答えた。

「祠の外で待たせるよりも、中で一緒に戦うほうが彼女に適した配置だと判断したからです。彼女は速度特化ビルドなので、一箇所に留まっているよりもそちらの方が能力を活かせます」

「でも今回の守護者がこんなだからたまたま能力がかみ合ってるだけじゃないの?」

エイミーの指摘に、しかしアイはすぐに首を横に振る。

「彼女は確かに速度特化ですが、速さだけが能ではありませんよ。腐っても騎士団第一戦闘班のメンバーですから、当然――とっても強いです」

毅然とした表情で断言する。

アイは団長であるアストラが団長であるが故に団員たちと一定の距離を置いているのに対して、副団長として団員たちとも親密に接している。

しかしだからと言って情に流されたり過大な評価をしたりということはない。

むしろ日頃から良く団員たちのことを考えているからこそ、その評価は冷静に下されている。

そんなアイが断言すると言うことは、クリスティーナの実力は当然それだけのことが保証されている。

『副団長!』

その時、突然TELが入る。

反射的にアイは受け取り、スピーカーにして俺たちと共有する。

「クリスティーナ! 何か見つかりましたか?」

『上です。蝙蝠の本体は――副(・)団(・)長(・)た(・)ち(・)の(・)頭(・)上(・)に(・)居(・)ま(・)す(・)!』

クリスティーナの叫びに衝撃が走る。

彼女はかなり急いでいるようで、まるで機銃の乱射のような足音がスピーカーのむこう側から聞こえてくる。

「ど、どういうことですか?」

『東西南北、全ての方角を見て回ったのですがどこにもそれらしい影は認められませんでした。なので一度帰ろうと思ってそちら――組み上がった水路の方を見たんです。そうしたら水路の天頂に大きな蝙蝠が居座っていました』

「分かりました。私たちもすぐに準備をします。あとどれくらいで帰還できますか?」

『3分で戻ります』

「分かりました。ではそのタイミングで私たちも小屋の外に出ます。――クリスティーナ、一番槍は貴女に任せます。守護者叩き落として下さい」

アイが短い指示を出す。

一瞬の間が開いた。

『分かりました。では――』

少し固い声でクリスティーナは頷く。

そしてTELが切れる。

「準備始めます」

「いよいよ本番ね」

途端に小屋の中は慌ただしくなる。

レティたちは装備を調え、クリスティーナの到着を待つ。

親玉はまだ行動を起こしていないのか、小屋の周囲で蝙蝠が焼け焦げている以外は平和そのものだ。

「そろそろですね」

アイが立ち上がる。

彼女は腰のレイピアに手を添えて、固い表情で喉を鳴らす。

そうして、クリスティーナとの通話を終えて丁度三分が経ち――

「来ました!」

窓の外を見ていたレティが声を上げる。

彼女の視線の方向へと目を向けると、白い蝙蝠の群れが蚊柱のように立ち上っている。

それが指し示す真下を走る黒い人影は、雷光のような速度でやってくる。

「外に出ましょう」

「よぅし、頑張るぞ!」

アイの声で外に出る。

ラクトが氷の壁を出して蝙蝠たちを退ける中、彼女は現れた。

「クリスティーナ!」

「任せて下さい!」

アイの声に彼女は叫び返す。

「『大跳躍(ハイ・ジャンプ)』ッ!」

ダンッと馬が地面を蹴るように力強く、彼女は靴裏を地面に打ち付ける。

それと同時に長槍の石突きを大地に突き刺し、自身を持ち上げる。

棒高跳びの要領で大きく跳躍したクリスティーナはそのまま風化した白亜の水路の壁面に足を付ける。

「『壁面歩行(ウォールウォーク)』」

彼女の足は吸い付くように壁に取り付き、そのまま二歩三歩と進む。

重力を取り払い、垂直方向へと駆けてゆく。

「んー、……ッ! あれか!」

カメラを構え、望遠機能を使ってクリスティーナの背中を追う。

そうして彼女の進路のむこう側――水路塔の頂上に悠然と座る白い大蝙蝠を見付けた。

「全然見えないのですが!」

「肉眼……裸眼? だと白い靄で霞んで見えないね」

「レティでも見えないなら私たちはお手上げね」

通常の視界ではその姿は見えないらしい。

ボロボロの水路群がよくぞ耐えられると思うほどに、その蝙蝠は巨大だった。

翼で身体を包むようにして、背中を丸めている。

クリスティーナは柱を登り、それを目指す。

「クリスティーナ、叩き落として下さい!」

『任せて下さい。――穿馮流、二の蹄――『岩穿ち鉄散らす青き騎馬』」

ファインダー越しに見えるクリスティーナが青く神々しいエフェクトを纏う。

長い槍を一直線に突き出し、更に速度を上げる。

全てのエネルギーを切っ先に込め、彼女は無防備な白い毛皮へ肉薄し――

『はぁぁぁあああっ!!』

威勢の良い声と共に槍が突き刺さる。

獣の絶叫が空に響き、取り巻いていた蝙蝠たちが憤怒に牙を打ち鳴らす。

白い巨体はゆっくりとバランスを崩し、大きく翼を開く。

「来るぞ」

「戦闘準備!」

突き抜けた槍は、やがて重力を取り戻す。

ゆっくりと向きを変え落ちてくる。

「副団長、お願いします!」