Vorpal Rabbit and Fortress Uncle

Episode 250 "Down the Cliff"

〈白鹿庵〉の戦闘組に誘われ前線へ出たタルトたち〈神凪〉の四人は、緊張の面持ちながら張り切って武器を構えた。

「あの影狼でいいですか? 昼間なのでそんなに強くないはずですし」

「はい。タルトたちも大丈夫ですね」

「いいよ!」

「おっけー!」

レティの問いにカグラが頷き、他のメンバーにも確認する。

リーダーの声にタルトたちも元気よく頷いた。

「危なくなったらレティたちが助けるので、ばばーんとやっちゃってくださいね!」

この場の誰よりも頼もしい言葉でレティが胸を叩く。

まず最初に動いたのは、カグラと睦月だった。

「『キャストアップ』『アシストコード』『オーバークロック』『キャストソート』――」

共に機術師である二人は声を揃えて〈アーツ技能〉の事前バフテクニックを次々と発動していく。

詠唱時間を短縮しアーツ威力を底上げするのは機術師の基本というだけあって、ラクトもこれらのテクニックは日常的に使っている。

「『属性付与《エレメントエンチャント》・円域(サークル)』、『増幅する炉心(コア・ブースト)』『再生の円域《リジェネレイトサークル》』『湧き出る力(パワーブースト)の円域(サークル)』『従う障壁(フォローバリア)』」

「『選択する対象(セレクトターゲット)』、『泥の腕(マッドアーム)』」

カグヤと睦月。

同じ機術師であり、使用するスキルも同じ〈支援アーツ〉だが、その性格は対照的だ。

カグヤの視線の先にあるのはタルトと如月、二人に様々な支援バフを授け、その能力を大きく底上げする。

対して睦月は駆け寄ってくる影狼の群れに向けてアーツを放った。

「妨害系の支援アーツは初めて見る気がするな」

「扱いが難しいですからねぇ」

力強く地面を蹴る影狼の足下が不意に泥濘む。

現れたのは細い腕。

べとべととした焦げ茶色の腕が、影狼の黒い足をひしと掴む。

突然身体を拘束された先頭が倒れ、縺れるように後続も腐葉土に頭から突っ込み動きを止めた。

「行きますよ!」

「任せろっ!」

それを待ち構えていたのがタルトと如月である。

「『真剣威装(ソードドレス)』ッ!」

「『瞬歩』『分身』――『突き裂き(トラストスプリット)』ッ!」

タルトが剣を纏い、如月は三人に姿を増やして一瞬で距離を詰める。

無数の刃が拘束された狼たちを襲い、次々とその息の根を刈り取っていく。

「普通に強くないか?」

「前線でも十分戦えると思いますねぇ」

後方で腕組みしながらその様子を見ていた俺たちは、彼女たちの強さに驚きを隠せない。

なぜ後方に居たのかと首を傾げるほど、各自が十分以上の働きでお互いを支え合っている。

「これはわたしたちも負けてられないねぇ」

くつくつと楽しそうに笑いながら、ラクトが自己バフを纏い出す。

その隣ではエイミーがアーツの盾を生成しだし、トーカが鯉口に指を添えている。

タルトたちのフォローをする必要が無さそうだと気づき、途端に戦闘本能を抑えきれなくなったらしい。

「あれ? そう言えば前線の層が薄くなってませんか?」

「言われてみれば……。人が少なくなってるな」

ぴくりと耳先を動かしてレティが周囲を見渡す。

今も大勢が熾烈な戦闘を繰り広げているが、その数が少し前よりも減っている。

「っ! そういうことですか」

「どういうことだ?」

何かに気付いたらしいレティが後ろを振り返る。

「“糸”ですよ。制御塔に括り付けて伸ばしている以上、蜘蛛が進めば進むほど糸を守る人員も沢山必要になるんです」

今も“土蜘蛛”の腹から伸び続けている“糸”――これもまた俺たちが原生生物の毒牙から守らなければならない護衛対象だった。

起点である制御塔からの距離が伸びるほどに“糸”に割く人員も多く必要となる。

結果、前線を切り開く人員が進行と共に薄くなっていたらしい。

「後ろで腕組んでニヤニヤしてる暇ありませんね! レティたちも行きますよ!」

「言われなくても!」

慌ててレティも黒鉄の巨鎚を構えて飛び出す。

丁度カグラへ飛び掛かっていたクラッシャークロコダイルを殴り飛ばし、〈神凪〉の前に立つ。

「皆さん、どんどん前線の人員が減っていって一人あたりの負担が大きくなります。気をつけてください!」

「は、はい。助かりました……」

窮地を助けられたカグヤが幣を杖に身体を支えて頷く。

その間にも前線へ舞い戻ったラクトたちが景気よく原生生物を打ち上げ片付けていく。

「レッジさん! LPが足りないです!」

「もうちょい考えて節約してくれ!」

俺も槍を持って助太刀しようかと意気込んでいたのだが、結局彼女たちのLP回復役に徹することとなる。

「うん、これはキツいな。――『発動(トリガー)』!」

自分のLPを回復する余裕も無くなり、ついには“浮蜘蛛”も展開する。

木々の間を飛び回る子蜘蛛が巣を張り、その上に乗る親蜘蛛によって俺自身のLPを回復する。

ついでに機動力が上がったことでタルトたちや他のプレイヤーのLPを補助する余裕も生まれてきた。

「わ、わ、これが噂の“浮蜘蛛”ですか!?」

浮蜘蛛に乗って空中を飛び回っていると、睦月が目を輝かせて俺を見る。

「ああ。慣れれば便利でいいぞ」

「レッジさん、小さい子に変なもの薦めないでくださいよ!」

「便利なのは本当なんだが……」

慣れるまでが楽とは言っていない。

俺自身、最近ようやく操作しながら話す余裕も生まれてきたとはいえ、数日も触らないで居たらすぐに勘も無くなってしまうだろう。

「今なら必要スキルから〈野営〉を省いたお手軽版の“鉄蜘蛛”もネヴァの工房で売ってるぞ」

「どっちにしろ前衛向けのシステムでしょ。睦月ちゃん後衛じゃん」

ここぞとばかりにセールストークをしてみるが、隣にやってきたラクトにばっさり切られる。

“鉄蜘蛛”の方も開発に結構時間掛かったんだが、あまり売れ行きが良くないのだ……。

『シード04-スサノオの“土蜘蛛”が降下開始地点へ到達しました』

そこへ響くアナウンス。

どうやらサカオの“土蜘蛛”が崖際に辿り着いたらしい。

「サカオは一番崖際にあるのであまり焦る必要はありません。レティたちはただ前に進むのみですよ!」

動揺しかけた前線組をレティが鼓舞する。

順調に進めば三都市の“土蜘蛛”の速度は全て同じであるため、“降下フェーズ”の崖際までの順位は単純な距離で決まる。

それからすぐにキヨウの“土蜘蛛”も到着し、ウェイドの“土蜘蛛”が崖際に辿り着いたのはそれから更に数十分経ってのの事だった。

「崖際に来るのも久しぶりですかね」

「かもなぁ。前とは違って随分騒がしいが」

大柄な“土蜘蛛”が崖際で足を止める。

制御塔に繋がる太い“糸”も無事だ。

予定地点に到着すると同時に“土蜘蛛”の背から数本の小さな杭が飛び出し、周囲の地面に刺さる。

“糸”の左右にも並んで配置されたそれは、焚き火と同じように原生生物を遠ざける効果があるようで、襲撃も収まった。

「これ、最初からこのマーカーを進路上に刺しておけば良かったのでは?」

「もっともすぎるけども……」

複雑な顔でマーカーを見下ろすレティ。

恐らくここに居る誰もがそう思っていることだろう。

「レティさん、レッジさん、ありがとうございました。前線で戦えて楽しかったです」

切り立った崖の側に立って白く霞む下方を見下ろしていると、タルトたちがやってきてペコリと腰を折った。

「皆さんお疲れ様でした。といっても、レティたちの助けが無くても十分戦えていたと思いますが」

「いえ! 白鹿庵の皆さんは本当に強くて、動きも参考になりました」

タルトの言葉にカグラたちも深く頷く。

自覚がないのは恐ろしいことだが、レティたちは一線級のプレイヤーなのである。

「タルトさんたちも降下チャレンジするんですか?」

「はい。一番下まで行けるとは思ってませんが、途中まででも少しは報酬が出るらしいので」

頑張りますよ、と意気込むタルト。

この後に続く“降下フェーズ”後半は、降下した距離に応じて報酬が用意されている。

完全クリアは難しくとも、その報酬を目当てに挑むパーティも多いようだ。

『シード02、シード03およびシード04-スサノオの“土蜘蛛”全てが目標地点に到達したことが確認されました』

『現時刻より“降下フェーズ”第2段階が開始されます』

『なおこれより“土蜘蛛”に搭乗できるのは同時に10機までに限定されます』

『調査開拓員各位の奮闘を期待しています』

クサナギからのアナウンスに、疲れた顔で座り込んでいたプレイヤーたちが立ち上がる。

国民性故か特に大きな諍いもなくスムーズに列が形成され、土蜘蛛へ乗り込む挑戦者たちが準備を始めた。

「一番乗りは俺たちだ! ゴールはできずとも、できるだけ多くの情報を持ち帰るぞ!」

「応ッ!」

ウェイドの一番槍を担うのは、道中も“土蜘蛛”の上で指揮を取っていた〈八刃会〉大トロうに軍艦たちのパーティらしかった。

全員がそれぞれに剣を携えた男達が気合いを入れて“土蜘蛛”の背に乗り込む。

『“土蜘蛛”降下行動開始します』

クサナギとは若干異なる声と共に“土蜘蛛”が動き出す。

崖際に立ち、頭から降りていく。

それと同時に背中の機構が展開し、僅かながらの足場が立ち上がる。

「うおぉお!」

「頑張るな!」

「ゴールすんじゃねぇぞ!」

「でも敵の情報は集めて来いよ!」

激励なのかも微妙な声を受け、〈八刃会〉の猛者たちが崖下に消えていく。

すぐに激しい戦闘の音が聞こえ始め、僅かに糸が左右に揺れる。

「あれ?」

姿が見えなくなって十分も経たないうちに、“土蜘蛛”が崖上に戻ってくる。

その背中には、誰の姿も無かった。