We Live in Dragon’s Peak
clues at dusk
僕たちはニーミアの背中に乗ると、一路、飛竜の狩場へ向けて飛び立つ。
夕暮れ時のアームアード王国の王都を眼下に北へ進み、あっという間に肥沃な大草原へ出た。
「あっちだわ」
「あそこだわ」
そして、ユフィーリアとニーナの案内で、あっさりと夜営地跡までたどり着く。
そこは、身を隠せるような大きな岩の陰に用心深く作られた、簡素な場所だった。
「よし、それじゃあみんなで、もう一度手掛かりを探してみよう」
ニーミアから降りると、手分けして夜営地跡やその周辺を詳しく調べて回る。
誰もが、言葉少な気に黙々と動く。
セフィーナさんは無事だろうか。ミストラルは大丈夫だろうか。
口を開くと、つい不安が零れ落ちそうになってしまうから、喉の奥に言葉を呑み込む。
それでも、不安は無限に沸き起こってくる。だから、無心に動いて少しでも気を紛らわせようとしているんだ。
だけど、このまま沈んだ雰囲気を長引かせていたら、自分たちの方から不幸を招いちゃうよね。
「よし、決めたぞ。みんな、よーく探してね。何か手掛かりを見つけた人には、僕がご褒美を出すよ!」
なんて軽口を開いたら、みんなの顔が明るくなった。
「あらあらまあまあ、それでは頑張らないといけませんね」
「エルネア君を独り占めだわ」
「エルネア君と二人っきりだわ」
「抜け駆けですわっ」
「ライラさん、抜け駆けはご褒美ではなくて、こっそりとするものですよ?」
みんなに、いつもの明るい雰囲気が戻ってきた。
気のせいか、言葉少な気に見回していた時よりも、よく周りの風景が見え始めたような気がする。
そして、それはなにも、僕だけではなかったようだ。
「そもそも、ですが」
マドリーヌ様が大きな岩の上に立って周りを見渡しながら、疑問を口にした。
「ユフィとニーナは、なぜここがセフィーナの夜営地とわかったのでしょう? 荷物も何も残されていませんのに」
「……言われてみると?」
そうだよね。
ユフィーリアとニーナが追いついた時には、既にセフィーナさんは消息を絶った後だった。荷物も何もかも、手掛かりになりそうなものは残されていなかったはずなのに、ユフィーリアとニーナはなぜ「セフィーナさんの夜営地」と断定できたのかな?
僕たちの疑問に、双子王女様が自信満々に答える。
「だって、この用心深さはセフィーナだわ」
「だって、この大胆さはセフィーナだわ」
ユフィーリアが指差したのは、焚火跡だった。
「飛竜が空から見た時に、岩陰になって炎が見えないように石組みされているわ」
焚火跡は、ただ薪を組んだだけではなくて、丁寧に場が作られていた。
おそらく、セフィーナさんは大きな岩が背後になるように、焚火の場を整えたんだろうね。
これなら、岩の背後から飛来してきた飛竜には焚火の炎は見えない。
それに、そもそも火が大きくならないように、焚(く)べられた薪は少量で調整されていて、その周りには周りから拾ってきた石で壁が築かれてある。そして、焚火の近くには素早く火を消すための砂の山が、しっかりと準備されていた。
油断のない用心深さ。飛竜の狩場がどれだけ危険な場所なのか。そして、飛竜がどれだけ恐ろしい種族なのかを熟知した、細心に細心を重ねた慎重さと、周到さだ。
「たしかに、ひとり旅に慣れた玄人冒険者の手並みだね」
次に、ニーナが指差したものを見る。
ニーナは、岩に走ったひび割れを指差していた。
「……ええっと、どういうことかな?」
僕たちは、意味がわからずに首を傾げる。
それを見て、ニーナだけじゃなくてユフィーリアも笑う。
「あの子のことだわ。もしも飛竜に襲われた場合」
「この岩を爆散させて、逃げるつもりだったんだわ」
「……はい?」
意味がわかりません。
岩のひび割れを利用して逃げる?
岩を爆散させて……?
「ああ、そうか! このひび割れは、セフィーナさんが入れたものなんだね」
つまり、です。
なんの変哲もない、大きな岩。そこに、セフィーナさんは拳を事前に叩き込んで、ひび割れを入れておいた。そして、もしも細心の注意を掻い潜って飛竜が襲いかかってきた場合、もう一撃を岩に叩き込み、爆散させる。岩の爆散に怯んだ飛竜の隙を突いて、逃げ出す。もしくは、身を隠す。
「なるほど。セフィーナさんらしい作戦というか、大胆さというか。格闘と身体能力に自信のある、セフィーナさんらしい備えだね。……でも、そんなセフィーナさんの細心の注意と備えをまんまと掻い潜って、連れ去った者がいるんだね」
そう。ユフィーリアとニーナが示す通り、この夜営地こそ、セフィーナさんがいた場所で間違いない。
でも、恐ろしい竜族の襲来を想定して設けられた夜営地において、何の痕跡も残さずにセフィーナさんは姿を消してしまった。
「いったい、何者なんだろう……」
何か手掛かりはないか、と周りを見渡す僕。
すると、僕たちと一緒になって手掛かりを探してくれているニーミアと、アレスちゃんの姿が目に入った。
「あっ!」
直後。僕は思いつく。
「そうだ。痕跡は見つからなかったとしても……。目撃者なら、いるかもしれない!」
僕の視線は、一点に向けられていた。
みんなは、僕の視線を追う。そして、同じように気付く。
「精霊さんたちですね?」
僕の視線は、アレスちゃんに注がれていた。
そして、ルイセイネが確信を得たように言った。
みんなも、ルイセイネの言葉に頷く。
もちろん、僕もだ。
「そうだよ。どんなに痕跡がなくたって、この辺りにいた精霊さんたちなら、現場を目撃していたんじゃないかな!?」
精霊は、どこにでもいるし、どこにもいない。
不思議な表現だけど、それが正しいのだと僕たちは知っている。
普段、顕現していない精霊たちは、僕たちが視たり感じたりしている世界とは違う、別の次元に存在している。
別の次元、つまり、重なってはいても違う世界に存在している限り、僕たちは精霊たちを認識できない。唯一、その精霊たちを認識したりこちらの世界に招べる者は、精霊力を持つ耳長族くらいだ。
だけど、精霊たちは違う。
僕たちとは違い、顕現していなくてもこちらの世界を認識し、視ている。
だから、セフィーナさんが連れ去られた当時も、精霊さんはこの場に「存在」していなくても「視て」いたはずだ。
「アレスちゃん」
「おまかせおまかせ」
僕のお願いに答えて、アレスちゃんが大きくてを広げた。
「きょうりょくきょうりょく」
霊樹の精霊の言葉に釣られて、幾つかの属性の精霊たちが顕現する。
「おしえておしえて」
ふわふわと空中を漂う精霊さんたちに、アレスちゃんが言う。すると、霊樹の精霊にお願いされたことが嬉しいのか、僕たちの周りに寄ってきて、当時の状況を教えてくれた。
『あのね、真っ暗だったわ』
「それって、夜だったから?」
『違うよ。真っ暗だったんだよ』
「むむむ?」
ユフィーリアとニーナが追いついた時刻、それに焚き火跡から見ても、セフィーナさんが連れ去られた当時は夜だったはずだ。
だから、暗いというのはわかるよね。でも、真っ暗ってどういうことかな?
焚火の炎が消えていた?
いやいや、それ以前に、精霊さんたちなら灯りの有無に関わらず、こちらの世界が見えていたはずだ。
しかも、闇属性の精霊さんまで「真っ暗だった」と証言している状況に、僕たちは首を傾げて見つめ合う。
「どういうことでしょう?」
「精霊たちは事件当時、間違いなくここにいたんだわ」
「精霊たちは事件当時、たしかに現場を目撃していたんだわ」
「はわわっ。ですが、真っ暗で何も見えなかったんですわ」
「では、なぜ精霊たちの視界が真っ暗になったのでしょう?」
もうちょっと詳しく聞いてみよう。
「精霊さんたちは、最初から真っ暗で何も見えていなかったのかな?」
『違うぜ。若い姉ちゃんが焚火の前で寛いでいたんだ』
『そうしたらね。急に真っ暗になったの』
『それでねー。また周りが見え始めたら、お姉さんが消えていたのよー』
「真っ暗になったのって、長い時間? それとも、一瞬かな?」
『ほんの短い時間だよ?』
『その後よ。そこの双子ちゃんが来たのは』
ふむふむ、と当時の状況を想像しながら思考してみる。
セフィーナさんは、間違いなくここにいて、焚き火に当たっていた。
晩春とはいえ、まだまだ夜は冷え込むことが多い。
きっと、焚き火を前にしながら今後の行程でも考えていたんじゃないかな?
だけど、急に暗くなった。
夜闇ではない、意図的な闇。
精霊さんたちのように、セフィーナさんも視界を奪われていたかもしれない。
そう考えると、異変に気付いたセフィーナさんは、咄嗟に行動をとったはずだ。逃げるにせよ、反撃するにせよ。
でも、争った形跡などもなく、あっという間に連れ去られてしまった。
つまり、犯人は闇を操り、実力者を簡単に拉致できるほどの者だということだね。
「どうやら、相当の手練れが相手のようだね」
わかっていたことではある。
セフィーナさんどころか、ミストラルさえ連れ去るような相手だ。
「精霊の目さえ眩ませる、闇を操る難敵だわ」
「一瞬でセフィーナとミストを連れ去る強敵だわ」
闇、と言われて一瞬だけ、ヨルテニトス王国の王都で会った全身黒い外套姿だったウォレンという男の存在が頭を過ぎった。
あの男なら、時間感覚をずらし、自分の結界内に引き摺り込んで拉致する、なんて芸当もできるだろうね。
だけど、ウォレンが犯人だとすると、時間の辻褄が合わない。
ウォレンが僕に接触してきたのは、ライラが王都に急報を知らせる少し前だ。
つまり、セフィーナさんとミストラルは、その前夜か、もしくは僕たちが出立した日の夜には連れ去られていたことになる。
はたして、ウォレンが二人を連れ去っていた場合、僕と会った時にそのことを伏せるだろうか。
それに、そもそもウォレンは僕に警告はしたものの、敵対するとは言わなかった。そんなウォレンが、僕たちを完全に敵に回すような行動を事前に取るかな?
いやいや、そう思わせておいて、ということもある。
もしかしたら、僕が大切な何かを見落としてしまっていて、間違えているかもしれない。そうすると、やはり今ここで考えをまとめてしまうのは早すぎるね。
「エルネア君、何か心当たりでも?」
「ううん、心当たりというわけじゃないんだけどね」
ここで、僕はウォレンのことをみんなに話す。
直近で僕が会った、最も怪しい人物。マドリーヌ様のことや僕たちについて色々と言っているうえに、容赦のない警告をしてきた男。
だけど、ウォレンが犯人だとした場合の動機が、やはり見当たらない。
「マドリーヌ様のことはともかくとしまして。たしかに、ウォレン様はとても怪しいですね」
「でも、確証がないわ」
「でも、決めつけるのは早計だわ」
「もっと慎重に検証すべきですわ」
「むきぃっ、私のことはともかくとは、どういうことですか、ルイセイネっ」
「マドリーヌ様とセフィーナさんのことは、ミストさんとセフィーナさんを救出してからということですよ、マドリーヌ様」
「むきぃっ、それなら、その後にルイセイネの瞳の問題を解決してからですっ」
やれやれ。自分のことが大切なのか、周りの者の不調を心配しているのか。どっちがマドリーヌ様の優先事項なんだろうね?
きっと、両方か!
ぷんすかと幼女のように頬を膨らませるマドリーヌ様を見て、みんなが笑う。
また沈みかけていた空気が、みんなの笑顔に流されて軽くなった。
「よし。ここで物的な証拠とかは見つからなかったけど、貴重な証言を得られたね。それじゃあ、次はミストラルが消息を絶った場所へ急ごう」
竜峰の先に沈みかけた太陽を見つめながら、僕たちは次なる場所へ目掛けて飛び立った。