We Live in Dragon’s Peak

Dragon Peak Sky

 行ってきますの挨拶を済ませると、僕とニーミアを背中に乗せたアシェルさんは、スレイグスタ老と向き合う。

「では、飛ばすぞ」

 スレイグスタ老の黄金の双眼が輝き出し、アシェルさんの周りに立体術式が展開される。

 そして眩い光に僕たちは包まれた。

 あまりの眩しさに、僕は目を閉じる。

 その後光が薄れるのを感じた僕は、そっと目を開けた。

 僕たちは草原に出ていた。

 樹木は疎らにしか点在していなく、地面は緑の草が生い茂っている。

 後方に森の入り口らしき木々の壁が見える。

 正面には、荒々しい山が連なっていた。

「あれが竜峰なのかな」

「南部、湖の側ね」

 アシェルさんが簡素に教えてくれる。

「じゃあ、ここから腐龍を探しに行かないといけないんですね。広い竜峰の何処に居るんだろう」

「其方は人族でありながら、爺さんに竜脈を習っているのでしょう」

「はい。とは言っても未だ半年くらいですけど」

「ふむ、半年でその竜力か。なるほど、爺さんは相変わらず目が良い」

 褒められているのかな。

 ちょっと嬉しい。

「竜脈を習っているのなら、竜脈を辿って獲物を見つけるのは容易かろうに」

「ううん、もっと精通すれば出来るようになるみたいですけど、僕にはまだまだ無理です」

「腐龍は無闇やたらと竜脈を吸い上げているから、探しやすい。試してみなさい」

 なんだろう、急に優しくなってない?

 人如きと言っていて見下していたのに、僕に教えてくれるなんて。

「愛娘を預けるのだから、少しは逞しくあってもらわねば安心できぬ」

「ああ、そういうことか」

「にゃん。お兄ちゃん頑張るにゃん」

「うん、ニーミアのために頑張るね。ちなみにニーミアは察知できるのかな」

「にゃん、もう方角はわかるにゃん」

「おお、流石だね」

 僕もニーミアに負けてられないね。

 僕はアシェルさんの背中の上で座禅をし、瞑想する。

 アシェルさんの背中はふわふわの毛で覆われていて、乗り心地が良いね。

 ニーミアも同じなのかな。今度機会があったら乗せてもらおう。

「にぁあ」

 目を閉じ心を落ち着かせると、すぐ真下のアシェルさんの気配に驚かされた。

 アシェルさんは計り知れない竜力で光り輝いている。目を閉じて感じているから擬似的な眩しさなんだけど、それでも目がくらくらするほどの輝きに、僕は瞼にぎゅっと力を入れてしまった。

 なんて雄々しい気配なんだろう。

 瞑想したからこそ、アシェルさんの桁違いの存在に僕は気付いた。

 もしかして、スレイグスタ老よりも凄いんじゃないかな。

「あれは老いぼれだから。全盛期は闘竜の私でも手も足も出ない存在だったわ」

「うへへ。なんか別世界の事のように感じるよ」

 アシェルさんやスレイグスタ老から見れば、たとえ勇者のリステアであっても雑魚扱いなんだろうね。

 竜族って凄いな。

「さぁ、雑念を捨てて」

「ううう、そうでした」

 僕は深く瞑想する。

 アシェルさんの輝くばかりの気配の下。竜脈を僕は探す。すると苔の広場ほどではないけど、強い竜脈の流れをすぐに見つけることができた。

 ここからどうやって腐龍を探すのか。

 アシェルさんは、腐龍は無闇やたらと竜脈を吸い上げていると言っていたね。

 竜族が大量に竜脈を吸っているのなら、流れに異変があるのかもしれない。

 僕は竜脈の流れを辿りながら、意識を広げていく。

 すると、すぐに異変に気がついた。

「竜脈が乱れているところがありますね……あっ、なんだろう、凄い邪悪な気配だ」

 僕たちの位置からは南西の方角になるのかな。竜脈が異常な乱れを見せ、その先にアシェルさんとは対照的な邪悪で真っ黒で強い気配を感じた。

 だけど邪悪な気配はアシェルさんの様には纏まっていなく、霧のように無形で広がりを見せていて、方角以外の詳しい位置を特定することができなかった。

「それで良い。私も正確な位置まではわからぬ。腐龍は竜脈を乱し過ぎている」

 邪悪で巨大な存在だから見つけるのは容易いけど、正確な位置まではアシェルさんでも特定できないんだね。

 でも今ので、竜脈を使って目的のものを探すやり方を少し覚えたような気がする。

 今度ミストラルが帰ってきたら、修行を兼ねて隠れん坊でもしてみようかな。

「今のだけで身につけるとはね」

 アシェルさんは振り返って、僕を見た。

「なんとなくですよ。まだまだ修行が必要な気がします」

「不思議な人族だこと」

「にゃあ、不思議なお兄ちゃんにゃん」

 そういえば、初めて会ったときにもニーミアは僕のことをそう言っていたね。

 僕はニーミアの頭を撫でる。

「にゃん」

 ニーミアは気持ちよさそうに僕に寄り添った。

「さあ、方角がわかったことだし、さっさと退治しに行くかね」

 言ってアシェルさんは、ばさりと大きな翼を広げて羽ばたいた。

 鳥のように忙しい羽ばたきではなく数回優雅に羽ばたいただけで、巨体のアシェルさんは宙に浮く。

「うわあ、凄い」

 体験したことのない浮遊感に僕は一瞬身体を強張らせたけど、離れていく地面の景色にすぐに見入ってしまった。

 アシェルさんがひとつ羽ばたく度に、ぐんと高度が上がっていく。

 そして小さくなる大地の景色たち。

 見たことのない絶景に、僕は息を呑んだ。

「ニーミア、その坊やに風の結界を掛けておあげ」

「にゃあ」

 ニーミアの可愛い鳴き声とともに、僕の周りにふんわりとした空気がまとわりついた。

「風の結界?」

「お空は寒いにゃん。それにお母さんが飛ぶと風がすごいから、結界がないと飛ばされるにゃん」

「へええ、そうなのか」

 ヨルテニトス王国の飛竜騎士団も、竜に結界を張ってもらって飛んでいるのかな。

 というか、僕はいま竜の背中に乗っているから、この景色は飛竜騎士団が見ている特別な景色なんだね。

 僕は感動で胸がいっぱいになった。

「飛竜が人に結界をするものか。それに飛竜程度と同じ景色とは心外」

「お母さんは飛竜よりも高く飛べるにゃん」

 とニーミアが言ってるそばから、アシェルさんは一気に高度を上げ出す。

「うわああぁぁぁっ」

 急角度で上昇するアシェルさん。

 僕は落とされないように、必死で毛に捕まる。

 白く冷たい靄を一瞬で突き破る。

 そして上昇が止まった。

 僕は恐る恐る下を覗き込んだ。

「なんだこりゃぁっ」

 眼下には遥か彼方まで森の大地が広がっていた。

 今の白い靄って、もしかして空の雲だったのか。

 僕は恐怖心も忘れて地上の風景に見入ってしまった。

 これは凄いね、ルイセイネやプリシアちゃん、ミストラルにも見せてあげたいよ。

「今度にゃんが連れて来てあげるにゃん」

「おお、ニーミアもこんな高さまで飛べるんだね」

「にゃあ」

 飛竜が雲の上を飛んでいるところなんて見たことがないから、これは飛竜騎士様さえも見たことがない景色なんだ。

 すごいなぁ。

「遊覧は終わり。腐龍探しに行きますよ」

 言ってアシェルさんは空を泳ぐように飛び進みだした。

「うわっ」

 そしてまた驚く僕。

 進む先には、雲より高く飛ぶ僕たちよりも更に高い山々が聳え立っていた。

 アシェルさんの飛ぶ速度は、恐ろしく速かった。

 遠くに見えていたはずの山岳風景が一瞬で眼前に迫る。

 アシェルさんはさんそのまま山岳地帯に入り、谷や峰を縫うようにして飛び回った。

 あまりにも速すぎて、僕の目には流れる景色が線の束のようにしか見えない。

 うん、これは僕の目では腐龍は探せないね。

「ニーミアにはちゃんと風景が見えてる?」

「見えてるにゃん」

 おお、凄いな。

 目では探しきれないから、竜脈から探ってみようかな。と思い瞑想する僕。

 しかしすぐに諦めた。

 深く瞑想しても、竜脈を感じ取れないよ。

「竜脈は大地の生命の流れ。地上から離れては探ることもできぬ」

 ほほう。そうなのか。知らなかったよ。

 それじやあ、益々目視による捜索が必要で、僕は力になれないんだね。

「瞳に竜気を」

「その手があったか」

 僕は竜気を練って、瞳に流し込む。

 その際無意識に竜脈から力を汲み取る流れをしたら、乗っているアシェルさんから竜気を吸い取ってしまい、僕は慌ててしまった。

「気にすることはない。其方や竜人族の竜力など、私にとっては微々たるものだ。好きなだけ取りなさい」

 うわぁ。さらりと言われて、改めてアシェルさんの凄さを思い知らされますよ。

 顔を引きつらせつつも、僕は竜気の宿った瞳で風景を見た。

 すると今度は、景色をきちんと認識することができた。

 高速で流れていく景色を、きちんと追える。

 さらに集中すれば、岩場にいる山羊や川辺の熊といった動物まで確認することができた。

「ニーミアは左を見ててくれるかな。僕は右を見てるからさ」

「にゃん」

 アシェルさんは正面だね。余所見をしていて山に激突したら大変だからね。

「そんな下手をするかっ」

 ぐわんっ、と一度大きく揺れるアシェルさん。

 振り落とされそうになって、僕は慌ててしがみついた。

「危ないじゃないですか」

「ふんっ」

 鼻を鳴らすアシェルさん。

 ぐうう、空を高速で飛ぶこの状況でアシェルさんの機嫌を損なわせると、命の危険がありますよ。

 こ、こわい。

 これは真面目に仕事をしていた方が身のためだ。

 僕は腐龍探しに専念することにした。

 ニーミアもアシェルさんも真剣に探す。

「ははぁん、あれだな」

 谷を抜け、河を遡り、峰を幾つか飛び越えた先で、アシェルさんが唸った。

 と、突然火の玉が前方下から飛んできた。

「はんっ、そんな鈍い攻撃が当たるものかっ」

 アシェルさんは急上昇をして、火の玉をやり過ごした。

 火の玉が飛んできた方向を辿って見ると、そこには不気味な姿をした化け物がいた。

 遠目からでも、竜気を宿した今の僕の視力ならはっきりとわかる。

 黒紫色に変色した鱗と肌。一部はどろりと溶けて中の肉がむき出しになっている。そしてその肉からは灰色の血が泡を吹きながら垂れ出していた。

 顔の半分は肉が削げ落ち、骨が見える。眼球は無くなっているけど、目の窪みの奥が不気味に赤く光っていて、僕たちを捉えていた。

 口からはだらりと舌が延び、よだれを垂らしている。

 背中にあっただろう翼は溶けて骨になり、片翼が欠損している。

 そして身体中から染み出したどす黒い液体は地面に触れると、いかにも腐敗臭がしそうな煙を上げながらまわりの草や大地を腐らせていた。

 腐龍の通って来た道は、ナメクジが匍った後のように腐敗の道が出来上がっていた。

「うわあ」

 顔を背けたくなるような風貌に、僕は吐き気を覚える。

 あれが腐龍か。

 その不気味な姿に、見ているだけで僕は気を失いそうになる。

「魂の弱いものは、見ただけで死ぬ。気をしっかりと持つことね」

「うわっ、それは前もって言っててほしかったよ」

 僕がもし気弱な男の子だったらどうするんだよ。

「はんっ、軟弱な雄であったら、ニーミアを任せるものか」

「お兄ちゃんは強いにゃん」

「ありがとうね」

 僕はニーミアに微笑みかけた。

 僕とニーミアの微笑ましさとは対照的に、アシェルさんと腐龍は緊張を持って対峙していた。