We Live in Dragon’s Peak
Stone carved gilds
僕は手紙を受け取った翌日、ジルドさんの住むという王都の北部へと早速向かった。
王都の中心には王城がある。そして王城の北には襲来する飛竜に備えた堅牢な砦があり、軍の駐留地もあったりする。
南は王都民の生活区、東が商業区、西が職人さんたちの作る町工場、というのが王都の大まかな住み分けになっていた。
でも北に住んでいるのは軍人ばかりではないし、西に住んでいるから職人、というわけではない。
あくまでも大まかな住み分け、というだけだ。
だからジルドさんも軍人、というわけではないんだろうね。
というか、おそらく竜人族の人なんだと思うから、アームアード王国の軍隊になんて入らないと思うんだ。
王城を横目に迂回し、僕は北部地区へと足を踏み入れる。
北部は南や東の華やかさとは違い、見るものの多くが堅牢で無骨な造りをしている。
やっぱり飛竜が襲ってくることがあるから、煌びやかさよりも防衛を優先させている感じだ。
僕は手紙と一緒に渡された地図を頼りに、迷路のような道を進む。
北部は軍の拠点なんだからもっと広くて大きな道路を整備すればいいのに、と思うんだけど、なにか僕の知らない事情があるのかな。
地図を片手に、半分物見遊山的な気分で歩く僕。
北部も沢山の人が行き交っているけど、どちらかというと厳つい男性が多いような気がする。
僕は北部には殆ど来たことがなかったから、同じ都でこうも雰囲気が違うのか、と新しい発見に胸が弾む。
でも次の瞬間、待ち構える試練の重要性に心は締め付けられた。
この試練に失敗すれば、僕はミストラルと別れなきゃいけなくなる。
そんなのは絶対嫌だ。
僕はミストラルを失いたくない。
なぜ物を貰ってくるだけの試練にこんなにも厳しい条件がつくのだろうか。
スレイグスタ老が何を考えて僕にこの試練を課したのか疑問だよ。
それと、ミストラルも今回の事に同意しているということが、僕の焦燥感を駆り立てる。
ミストラルは僕と別れたいのだろうか。それとも、失敗なんてしないと僕を信頼してくれているのだろうか。
試練のことは、ルイセイネには伝えなかった。
心配をかけたくないし、試練の条件で動揺している情けない自分の内面を見せたくなかったから。
だから今朝学校でルイセイネに会った時も、普通の会話だけをしたよ。
物思いに耽りながら歩いていると、民家も疎らになってきて、前方に北の外壁が見えてきた。
外壁が取り壊されているのは東側だけ。
残りの三方には今でも堅牢な外壁があるけど、北側はその中でも一番堅牢だ。
砦と合わさった外壁は、見上げる高さ。
もしかして、東に残っている凱旋門の倍くらいは高いんじゃないかな。
ジルドさんはこの外壁沿いに住んでいる、と地図には描かれてあった。
ミストラルらしい几帳面な字と絵で詳しくジルドさんの住まいの場所が描かれてあるので、僕は迷うことなく歩ける。
外壁の近くは、民家はさらに疎らになった。
やっぱり飛竜が襲ってくるからだね。
危険な場所になんて、好んで住むような人はそんなに居ないよ。
地図に従いさらに進むと、大小様々な岩や石が転がった空き地の先に、一軒の見窄らしい石造りの家が見えた。
ここだ、間違いない。
間違えるはずもないよ。だって周りには、一軒の家もないんだから。
僕は転がっている岩を避けながら、目的の家に辿り着いた。
ここにジルドさんが住んでいるのか。
緊張に身体を硬くしながら、入り口の扉を叩く僕。
ジルドさんは気難しい人なのかな。
スレイグスタ老はある物を貰って来いと言ったけど、同時に厳しい試練だとも言っていた。
物を貰うだけなのに厳しい試練だなんて、きっとジルドさんが訳ありの人なんだと思う。
頑固者なのか。偏屈者なのか。
どんな人なんだろう、と思いながら待っていると、残念ながら誰も家から現れなかった。
むむむ。
留守なのだろうか。
僕はジルドさんの名前を呼びながら、再度扉を叩く。
しかし、何の反応もない。
困った。
居ないとは想定していなかった。
もしかして、会うこと自体が難しい人なのかな。
僕は本当に無人なのかと様子を伺いながら、石造りの家の裏手に回ってみる。
「あっ」
裏に居たよ。
見窄らしい服装のお爺さんが、岩を片手に持ち、じっと座り込んでいた。
おかしいな。気配を全く感じなかった。
家の裏に居るなら、今の僕なら気配を感じ取れたはずなのに。
「あのう、ジルドさんですか」
僕は岩を片手に微動だにしないお爺さんに、恐る恐る声をかける。
すると、僕の声にお爺さんは反応した。
「ふむ、ここに人が訪ねてくるとは、珍しい」
振り返ったお爺さんは、髭も髪も伸ばし放題だった。
「ジルドさんですか?僕はとある方の紹介でここに来たんですけど」
「儂はたしかにジルドという。誰の紹介かな」
僕の畏まった態度に、ジルドさんは柔和な笑みを向けてやって来た。
想像していたような変な人とは全然違い、とても優しそうなお爺さんに僕には見えた。
なんだ、心配しすぎたのかな。
僕は内心でほっと胸を撫で下ろした。
「はい、紹介状を持ってきました」
僕はミストラルの手紙を、側まで来たジルドさんに手渡す。
ジルドさんは笑顔で手紙を受け取ると、封を切り中身を改めだす。
この人は本当に竜人族なんだろうか。
目の前のジルドさんは、竜峰で会ったどの竜人族の人よりも覇気がないように僕には見えた。
竜人族なんて、僕の思い違いなのかな。
スレイグスタ老からは、ジルドさんが竜人族だなんてことは聞いていない。
ミストラルがわざわざ手紙を書くような人だから、僕が勝手に竜人族だなんて思っていただけなのかも。
「ふむ、竜姫の紹介か」
言ってジルドさんは、僕の瞳を見つめる。
背丈は僕と同じくらい。
僕は平均よりも背が低いので、お爺さんも背が低いことになるね。
「いずれはここに誰かが訪ねて来るのだと思っていたが、まさか人族の、こんなに可愛い男の子が訪ねてくるとは。長生きはしてみるものじゃな」
言ってジルドさんは、優しい笑みを僕に向けた。
僕も思わず笑顔で返してしまう。
「君の置かれた立場と事情は手紙でよくわかった」
ジルドさんは手招きをして僕を家の中へ誘う。
僕は躊躇うことなく、ジルドさんの後を追って家の中へと入った。
家の中は、竜峰で訪れたアネモネさんの家とさして大差のないような質素なものだった。
最低限の古びた家具。床は地面むき出しで、その上に敷き布が広げられているだけ。
部屋はひとつだけで、寝台も燭台も全てが同じ空間に置かれてあった。
あまり裕福ではないと自覚のある僕の家よりも、何倍も質素だよ。
でも、その質素な佇まいの中で唯一、場違いも甚だしい物が暖炉の上に掲げてあった。
剣だ。
曲刀というのだろうか。反りのある細身で長い剣が一本、これだけは大事そうに掲げられている。
「さあ、まずはよくこんな遠いところまで来てくれたね」
ジルドさんは水瓶から水を汲んでくれて、僕に手渡してくれた。
僕はお礼を言って、有り難く飲み干す。
そうなんだよね。王都の南側に住む僕と北部の北部、最北端と言っていい場所に住むジルドさんの所までは実は結構な距離があるんだ。
だから僕は、途中までは竜気を全身に巡らして、走ってきたんだよ。
竜気無しだったら、きっと泊りがけで来なきゃいけなかったね。
「君がここに来た理由は、この手紙で知った」
僕が一息つくのを待って、ジルドさんは話を進める。
あ、僕は名前を名乗っていなかったよ。
「ええっと、僕はエルネア・イースと言います。自己紹介が遅れてごめんなさい」
「ふむ。エルネアか。良い名前じゃ」
ジルドさんは微笑む。
本当に優しそうな人だ。
なんでこんなに優しそうな人が、北の危険な場所に住んでいるんだろう。
そしてなんでこの人から物を貰うことが厳しいことなんだろう。
「君がが竜姫の紹介でここを訪ねて来たということは、儂は託さねばならぬのじゃろう」
ジルドさんは暖炉の上に掲げられた曲刀を手に取る。
「しかし」
ジルドさんは更に、暖炉の上に無造作に置かれてあった直剣も手に取る。
「無条件で渡すわけにはいかないのう」
そして、直剣を僕に投げて寄越した。
「さあ、勝負をしよう。儂から一本取れたなら、儂の一番の宝を君にやろう」
僕は受け取った直剣とジルドさんを交互に見比べて、突然の展開に戸惑っていた。
「手紙には、君は二刀流だと書かれてあった。わしが普段使っている物で申し訳ないが、それを使うといい」
「ええっと、でも……」
「二刀流使いならば、二刀使いなさい。儂は手加減されるほど弱くはないよ」
ジルドさんは相変わらず優しい笑みを見せていたけど、瞳だけは鋭さが増していた。
「さあ、早速だが外に出ようかの。期限は今年いっぱいと書かれてあった。儂は手加減するつもりはないから、急がないと間に合わないぞ」
手紙にはどこまで書かれてあるのだろうか。
僕のことも詳しく書かれているのかな。
それに今年いっぱいでも急がないと、と言うことは、ジルドさんは相当の剣の達人なんだろうか。
僕は慌てて家の外に出る。
「ここには他に人はいない。思う存分やれる」
ジルドさんは、すでに外で曲刀を構えていた。
美しい波紋の曲刀が、傾き始めた太陽の光を反射して眩しい。
「本当に勝負をするんですか」
「そうじゃ。儂は相応しくない者には宝をやれぬ。今年中に儂のような老いぼれから一本も取れないようなら、色々と諦めるのじゃな」
笑顔とは裏腹の厳しい言葉に、僕の心は凍りついた。
温厚なお爺さんだと思って、油断していた。
そういうことか。
僕はこのお爺さんと勝負をして、勝たなきゃいけないのか。
スレイグスタ老はこのお爺さんが何者なのかを知っていて、今の僕では厳しい相手だと思って難しいと言っていたのかな。
僕はこのお爺さんに勝てるのかな。
見た感じは物腰は柔らかそうで、眼光の鋭さ以外には迫力がない。
「さあ、どうした」
ジルドさんに急かされ、僕は慌てて武器を構える。
右手には借りた直剣。左手はいつもの霊樹の木刀。
直剣は少し重かったけど、竜気を使えば片手でも扱えるかな。
僕の構えに、ジルドさんはすぅと目を細める。
「手紙に書かれておったぞ。竜剣舞か。どれ、見せてもらおうか」
言ってジルドさんは、一気に僕の間合いへと踏み込んできた。
武器を構えた以上、僕は油断していなかった。
ジルドさんの踏み込みに、僕は直剣を横に薙いで対応する。
竜気の乗った一振りだ。これでジルドさんの一撃を弾く。
と思ったら、僕の方が弾かれた。
体勢を崩されたところに空かさず突き込まれる。
僕はたたらを踏み、受け切れずに尻餅をついた。
眼前に突きつけられる曲刀の鋒。
僕は一瞬の出来事で、呆気にとられていた。
「もしこれが真剣勝負じゃったら、君は死んでおる」
ジルドさんのきつい言葉に、僕は息を飲んだ。
「君はここへ何をしに来た。どのような覚悟で来た。生半可な気持ちでは、わしには勝てんぞ」
僕はジルドさんの雰囲気で油断していた。
そうだ、これは真剣にやらなきゃいけないことなんだ。
スレイグスタ老が厳しいと言って期限を長く取ったくらいじゃないか。
ジルドさんは見た目よりも遥かに強いみたいだ。
僕は気を取り直して立ち上がる。
「もう一度、お願いします」
そして今度は、僕から切り込んだ。