We Live in Dragon’s Peak

I wonder where Niemia is.

 ミストラルはジルドさんと面識があったみたい。

 それもそのはずだよね。ミストラルは竜姫で、ジルドさんは元竜王なんだから。

 ミストラルは僕に隠れてジルドさんのところに定期的に赴き、僕のことを聞いていたらしい。

 時には物陰から試合も見ていたんだとか。

 僕はミストラルの気配に全く気づかなったし、ジルドさんもミストラルのことには全く触れなかったから知らなかったよ。

 でも訪れていたのは僕がジルドさんから一本取るまでで、その後は安心して行かなくなったんだとか。

 だから竜宝玉を受け継いだ後もなかなか戻ってこない僕に、ミストラルはやきもきしていたらしい。

「心配かけてごめんね」

 僕が謝ると、心配なんてしてないわ、とそっぽを向くミストラル。

 なんでそこで意地を張るかなぁと思いつつ、僕は苦笑した。

「それでは、竜王を継いだ汝の力を見せてみよ」

 竜王を継いだという自覚は未だ未だ無いけど、僕は今の自分の実力に自信があった。

 プリシアちゃんと楽しそうに踊っている霊樹の精霊の少女を呼び寄せ、僕たちは融合する。

 スレイグスタ老もミストラルもプリシアちゃんも、大きく目を見開き驚いていた。

 僕の中で竜宝玉の荒々しい爆発的な力と、精霊の優しくても力強い脈動とが合わさる。

 このふたつの力を同時に内包した時、僕は濃い竜気に包まれる。

 そして変色する瞳は黄金色。

「んんっと、凄い」

 プリシアちゃんは両手を広げて僕を賞賛してくれた。

「見違えたわね」

 ミストラルは僕を眩しそうに見つめる。

 そして腰の片手棍を手に取った。

 僕は左手に霊樹の木刀を持つ。

 相変わらず右手が寂しい。

 仕方なく、古木の森へ入って手頃な枝を取ってきた。

 でも、この枝も今の僕には十分な武器になる。

 霊樹の力を借り右手の枝に竜気を送ると、枝は鉄よりも固く強化された。

「今日こそはミストラルにも勝つよ」

 僕は自信満々に構える。

 始まりの合図はなかった。

 ミストラルがじりりと足を這わせた瞬間、僕は全力で斬りかかった。

「ぐえぇぇっっ」

 勝負は呆気なくついた。

 悲しいことに、僕の完敗だった。

 数合と打ち合うことなく、僕は苔の絨毯に這いつくばる。

「ううう、なんで勝てないのさ」

 とは言ったものの、年老いた元竜王のジルドさんからも二勝目をあげれない僕が、更に上の称号を持つミストラルに敵うわけもなかったんだよね。

 僕は今一度、自分の実力の低さに肩を落とす。

 ミストラルも苦笑気味だよ。

「能力は申し分ない。後は経験と技術なり」

 スレイグスタ老が慰めてくれる。

「んんっと、精霊との合体は凄いんだよ」

 這いつくばる僕のところにプリシアちゃんがやってきて、頭を撫でてくれる。

「エルネアの気迫に、つい本気を出してしまったわ。それだけ強くなったってことよ」

 ミストラルの言葉に、僕はようやく気を持ち直すことができた。

「うん、力は上がったと実感できるんだよ。でも技術がまだまだなんだよね。これからもよろしくお願いします」

 苔の上に座り直し、僕はミストラルとスレイグスタ老に頭を下げた。

「竜剣舞の極みはまだ遠い。精進せよ」

「わたしで良ければ、いつでも協力するわ」

 ミストラルとスレイグスタ老の言葉に、僕は再度頭を下げた。

「んんっと、精霊さん出して」

 プリシアちゃんは僕たちのこれからも頑張ろう、という雰囲気なんて気にせず、僕をばしばしと叩く。

 はいはい、精霊さんと遊びたいんだね。

 僕の意思を汲み取って、精霊の少女は僕の中から抜け出す。

 光の粒が纏まり、金髪の少女が姿を見せた。

「遊ぼう」

「はい、あそびましょ」

 手を取り合って苔の広場を駆け出すプリシアちゃんと精霊の少女。

 見た目がプリシアちゃんとほぼ同じというのが良いね。

 とても仲良しな二人に、僕たちはほっこりとした。

 あらら、そういえばニーミアはどうしたんだろう。

 全然見かけないよ。

 僕は辺りを見回す。

 普段ならプリシアちゃんと一緒に騒いでいるはずのニーミアの姿が、何処にもなかった。

「ふむ、竜の小娘か」

「ああ、ニーミアね」

 視線を彷徨わせる僕にミストラルは苦笑して、スレイグスタ老の前足の毛の所を指差した。

 漆黒の長い体毛の中に、一点だけ白のような桃色のような染みがあった。

 近づいてみると、ニーミアが丸くなって寝ていた。

「ニーミア、どうしたの?」

 ニーミアは元気がない。

 僕が近づくと少しだけ目を開け、にゃあとか細く鳴いただけでまた目を閉じた。

「ふふふ、頑張りすぎて体調を崩したのよ」

「頑張りすぎ?」

「汝と一緒である。小娘も努力をしておるのだ」

 聞けばニーミアは、僕がいない間ずっと、強くなるための練習をしていたらしい。

 でも頑張りすぎて力を使い果たし、竜力の枯渇で衰弱中なんだって。

「放っておけばじきに元気になる。気にするでない」

 僕はニーミアを撫でてあげた後、プリシアちゃんを捕まえに行く。

 親友のニーミアが衰弱しているのに何でそんなに楽しそうに精霊さんと遊んでいるんですか、何てことは全然思ってないよ。

 僕は聞きたいことがあるんだ。

 僕がプリシアちゃんを捕まえようとしたら、逃げられた。

 むむむ。

「んんっと、鬼ごっこ」

 いやいや、違うって。

 僕は苦笑して否定するけど、既にプリシアちゃんはやる気満々で逃げ出した。

 精霊の少女も楽しそうに逃げ回り始める。

 なんてこった。

 僕は戻って来て早々に、プリシアちゃんに振り回され始めていた。

 仕方なく、追いかけ始める僕。

 ふふふ、こうなったら道連れだ。

 僕はプリシアちゃんを追い掛ける素振りを見せる。

 しかし次の瞬間、ミストラルの死角に空間跳躍をした。

 鬼はミストラルに擦り付けちゃえ。

 鬼じゃなくなったら、プリシアちゃんは僕に近づいてくれるかもしれないしね。

 と思ったけど、僕の動きは読まれていた。

「そう簡単には捕まりません」

 ミストラルは一瞬のうちに遠くへと逃げた。

「ぐあっ」

 不意打ちなら大丈夫だと思ったのに。

 完全に逃げる態勢に移ったプリシアちゃんやミストラルを捕まえるのは、今の僕でも難儀した。

 逃げる精霊の少女になんとか鬼を移したけど、疲れて回避能力の下がった僕はすぐさままた鬼になってしまう。

 結局、プリシアちゃんが鬼ごっこに満足したのは昼前だった。

 ぐぬぬ。年の瀬の今日こそはさくっと家に帰るはずだったのに、またいつものように時間が経過してしまっているよ。

 はあはあと荒い息を吐きながら、僕はプリシアちゃんを捕まえる。

「んんっと、楽しかった」

 プリシアちゃんは満足そうな笑顔を僕に向ける。

「貴方がいない間、プリシアはとても寂しがっていたのよ」

「そうなのか。待たせちゃってごめんね」

 僕は苔の広場で待っててくれている人たちのことも考えるべきだったね。

 一度報告に戻ったり、一日の半分はジルドさんの所、あと半分はスレイグスタ老の所という風にすれば良かったのかも。

 僕は今更ながらに反省をした。

「明日からはまた遊んでね」

 プリシアちゃんの要求に、僕だけじゃなくミストラルも苦笑をする。

「貴女は明日から新年の行事でここに来れないでしょう。わたしやエルネアも年始は忙しいのよ」

「むうう」

 頬を膨らませて抗議するプリシアちゃんの頭を、僕は撫でる。

「大丈夫だよ。年明け落ち着いたら、またいっぱい遊ぼうね」

「んんっと、約束ね」

「うん、約束」

 僕はプリシアちゃんと指切りをして約束しあった。

「それでね、僕はプリシアちゃんに聞きたいことがあるんだ」

「?」

「プリシアちゃんは風の精霊さんと土の精霊さんに名前はつけてるのかな?」

 そうなんだよね。

 僕は霊樹の精霊の少女に、名前をつける約束をしたんだ。

 もしもプリシアちゃんが精霊さんに名前をつけているなら、参考にさせてもらいたかった。

「んんっと、名前?」

 どうやら、プリシアちゃんも精霊さんには名前をつけていないみたいだ。

 首を傾げるプリシアちゃん。

「精霊には普通、名前とかつけないのかな」

 僕はミストラルに聞いてみる。

「どうなのかしら、聞いたことないわ」

 どうやらミストラルも知らないらしい。

「ふむ、精霊に名前か」

 反応してくれたのは、スレイグスタ老だった。

「あまり精霊に名前をつけるというようなことはせぬな」

「それは何ででしょう」

 僕の疑問に、スレイグスタ老は答える。

「精霊使いは、自身の精霊力が上がればより強い精霊と契約し、使役する」

 最初は昆虫の姿の精霊を使役していても、力をつけたらより強い獣の姿の精霊を使役する。つまり乗り換えていくってことか。

「精霊使いの能力に合わせて姿を変えていく精霊もおるが、新たに強い精霊と契約する方が手っ取り早い。じゃが、その時に使役しておった精霊に名前をつけておったら、どうなる」

 言われてみて、僕は思い当たる。

 そうか、名前をつけると、愛着がわくよね。そうしたら弱くても離れられなくなっちゃう。

「ひとりの精霊と最後まで寄り添うのは悪くない。しかし自身の成長は精霊の限界とともに止まってしまうであろう」

 冷酷かもしれないけど、自分のためにはより強い精霊と契約しなきゃいけないのか。

 つまり。

 場合によっては離れてしまう精霊に名前なんて付けれない、ということかな。

 むむう、と僕は唸る。

 それじゃあ、プリシアちゃんもいずれ、今は仲が良い風の精霊さんと土の精霊さんとお別れするときが来るのかな。

「この娘の精霊はすでに上位なり。それ以上となると精霊王くらいであろう。よほど力をつけぬ限り、変わることはない」

 そうか。でももしもがあるから名前はつけていないのかな。

「んんっと、お兄ちゃんはこの子に名前つけるの? じゃあ、プリシアも精霊に名前をつける」

「ええっと、良いのかな」

 僕は困ってミストラルとスレイグスタ老に確認を取る。

 プリシアちゃんが精霊さんたちに名前をつけて、今後支障はないのかな。

「構わぬであろう。そもそもそ今まで、この娘は名前をつけるという概念がなかった故につけておらなんだだけ。先程も言ったが既に上位精霊なり。これから先精霊を乗り換えることなんぞ、ほぼ皆無であろうよ」

 スレイグスタ老のお墨付きをもらい、僕はプリシアちゃんと精霊さんの名前を考えることになった。

「ほほう、私共に名前を授けてくれるのですか」

 興味津々といった様子の風の精霊さんと土の精霊さん。

「おなまえおなまえ」

 霊樹の精霊の少女も嬉しそうに僕のところに来る。

 さあて、何て名前をつけよう。

 プリシアちゃんが付けていれば参考にできたのに、と思いつつ、僕は頭をひねった。