We Live in Dragon’s Peak

Spring Merchants

 なんで一目見ただけで、僕が人族だなんてわかるんだろうね。

 ミストラルは直感で種族がわかると言っていたけど、竜人族や魔族、神族はその直感を持っいて、なんで人族は持っていないんだろう。

「人族の子供が?」

「迷い込んだのか」

「よく無事でここにたどり着けたわね」

 竜人族の人たちは作業の手を止めて、僕に近寄ってきた。

「坊主ひとりか。誰かと逸れたのか」

 アレスちゃんはいつのまにか消えていた。

「はい。ひとりでやって来ました」

 僕は集まってきた人たちにお辞儀をし、自己紹介をする。

「なんと、人族のこんな子供がひとりで竜峰に入るとは」

「悪いことは言わない。引き返せ。なんなら俺たちの商隊と一緒に連れて行ってやる」

 なんだかみんな善い人そうだ。

 全員で僕のことを心配してくれて、中にはお腹が減っただろうと食べ物をくれる人までいた。

「みなさん、お気遣いありがとうございます。でも僕は行かなくちゃいけないところがあるんです」

 僕の真剣な眼差しに、ほう、と関心を寄せてくれる竜人族の人たち。

「僕は、ミストラルという女性のいる村に行きたいんです」

「ミストラル……あの竜姫の村か」

「なんでこんな坊主が竜姫を知っている」

「彼女とどこかで会ったことがあるのかい」

 竜人族の人たちの質問攻めに、僕はたじろぐ。

 ミストラルはやっぱり竜人族の人たちなら誰でも知っているんだね。

「ええっと……」

 僕が言い淀んでいると、一人の老人が人をかき分け僕の前に現れた。

「ミストラルを訪れてか」

「はい。ミストラルに会いに」

「人族の少年が、ミストラルに……そうか、君が」

 じっと僕を見つめる老人。

 髪も髭も真っ白。眉毛が長くて目が隠れちゃっているけど、その奥の眼光は鋭い。

「コーア爺さん、この坊主を知っているのか?」

 ひとりの男性が聞いた。

「お前たちも知っているだろう。うちの村のミストラルが昨年、数多の縁談を断り人族の少年を選んだことを」

 老人の言葉に、集まっていた全員がはっと息を呑むのがわかった。

「まさかっ」

「この坊主が?」

「爺さん、その話は出鱈目じゃなかったのか」

 誰もが老人の言葉を懐疑的に捉え、僕をそんな馬鹿なという視線で見る。

「人族の名前や容姿はミストラルが頑なに言わなかった。しかし目の前の少年はミストラルに会いに行くという。人族が無謀に竜峰に入るだろうか。しかもこんな少年が」

「それじゃあ、本当にこの子がミストラルの?」

「理由なく竜峰には入り、ミストラル個人に会いに行く少年なんぞそうそうは居ないだろう?」

 言って老人は、僕に微笑みかけた。

 僕は力強く頷く。

「はい、僕はミストラルを迎えに来ました」

 淀みなく言い放った僕の気迫に、何人かの人がおおっと感嘆の声をあげた。

「信じられんぞ。こんな子供を竜姫が選ぶなど」

「竜姫は蒙昧したか」

「君は竜姫が俺たちからの縁談を断る道具に利用されているだけだ。目を覚ませ。竜峰は君には危険だ、引き返しなさい」

 僕を見て信じられない、と大勢の特に男性が声をあげだした。

「これこれ、若いの。落ち着きなさい」

 老人は騒ぐ人たちを嗜める。

「理由なくあのミストラルがこの少年を選ぶはずもない。そうだろう?」

 老人は僕をじっと見る。

 その目は、竜姫のミストラルに相応しい者であることを示せ、と物語っていた。

「竜人族の方たちに見せるのは恥ずかしいですけど、一度僕の力を見てください」

 ここで力を隠すわけにはいかないよ。

 今ここでこの場の竜人族の人たちを納得させられなかったら、僕はこの先でも他の人たちを納得させられない。

 そして納得してもらうためには、僕は自分の力を示さないといけない。

「おお、なんだ。俺らと手合わせでもするかい」

 腕っ節の強そうな巨漢の男性が腕まくりをしながら僕を見る。

「いえ、僕にはまだ先を旅しなくちゃいけないので、それはご勘弁を」

 手合わせをして万が一にも怪我をしたら、これからに支障をきたしちゃうよ。

 僕は竜人族の人たちに下がってもらうようにお願いをする。

 この人族の少年は何を始めようとしているんだ、と興味津々の視線が少し恥ずかしい。

 僕はみんなが十分下がってくれたことを確認し、アレスちゃんを喚んだ。

 光の粒が舞い、収束してひとりの少女が現れて、遠巻きに見ている人たちからおおっと歓声が起きる。

「ちょっと本気を出そうと思うんだ」

 僕がアレスちゃんに言うと、彼女はうんうんと頷いた。

 そして光り輝き、僕と融合する。

 全身に強くて優しい力が漲る。

 さらに僕は、竜宝玉の力を解放した。

 爆発的に膨れ上がる竜気。

 まだまだ。

 僕は竜脈からも有りったけ汲み取る。

 溢れかえり爆散しそうになる竜気を体内に留め、練り上げる。

 これが僕の全力。

 可視化するほど濃い竜気が僕を中心に渦巻く。

 おおお、と驚愕の声があがる。

「人族の少年が……そんな馬鹿な」

 先ほどの巨漢の男性が驚き、見開いた目で僕を見ていた。

「この力。八大竜王のひとり、ジルド様の……」

「なにっ!?」

「なんでこの少年が!?」

 僕の中の竜宝玉を感知した人がいたみたい。

「はい、僕はジルドさんから竜宝玉を受け継ぎました」

 おおおおっ、と更に大きなどよめきが起きる。

「ジルド様が後継者を……」

「それもまさか、人族の少年に」

「あの方らしい」

「この力、竜気の扱い、なるほど」

 ジルドさんは元竜王。だから竜人族の人たちの間でも有名なんだね。

 ジルドさんから竜宝玉を受け継いだとわかり、少しずつ僕の力に納得してくれる人たちが増えていく。

「素晴らしい。瞳に力が宿っている。まさに竜姫に相応しい」

 老人が僕を見て満足そうに口元を綻ばせた。

「なあんだ、俺が振られるのも仕方ないじゃんか。人族にこれ程の者がいたなんて」

 青年が肩をすぼめてため息をつく。

「人族に劣るとは、我らはなんとも情けない」

「他の若い竜王がどう思うかは知らないけど、少なくともこの子はジルド様から力を受け継いだだけのことはあるわ」

「精霊とも融合して見せた。これはもう俺たち以上だろう」

 竜人族の人たちの反応に僕はほっと胸を撫で下ろし、力を抜いた。

 身に纏った濃い竜気をなんとか竜宝玉に内包し、アレスちゃんと分離する。

 ふううう、と僕は一息ついた。

 実は力を制御するだけで精一杯でした。

 今の僕だと、全力を開放した状態だと制御で手一杯で何も出来ないんだよね。

 あれでよし手合わせをしよう、なんてことになっていたら、僕は襤褸を出していたに違いない。

 でもだからこそ、僕は超絶的な力、というか竜気を見せて竜人族の人たちの戦意まで無くさなきゃいけなかったんだ。

 どうやらジルドさんから受け継いだ竜宝玉に気づき、アレスちゃんと融合して見せたのが功を奏したみたいだね。

 ただの竜気が扱える珍しい人族じゃない。

 竜王の証の竜宝玉を宿し、精霊とも融合出来る、という特殊さで僕はみんなを納得させることが出来たみたいだよ。

「竜脈も扱えるのかい」

 僕の竜気が落ち着くのを待って近づいてきた老人、コーアさんが質問してくる。

「はい。竜の森の守護竜、スレイグスタ老に師事しました」

 竜人族には何も隠す必要がない。

 だって彼らは、竜の森のことも竜力の事とかも全て知っているんだからね。

「あの伝説の古代竜にかっ」

「なるほど。コーア爺さんの村は代々、竜の森の守護竜の世話係だったな。ならば竜姫とはそこで知り合ったのか」

「はい、そうです」

 頷く僕。

「ジルド様とは? あの方は奥方を亡くされてからは人族の中でひっそりと暮らしていると聞いていました」

「王都で、スレイグスタ老の導きで知り合いました。それで色々とあって、竜宝玉を受け継ぎました。こんな僕が受け継いじゃって、ごめんなさい」

「いや、竜王は資格ある者が受継げばいい。ジルド様が認めたということは、君にはその資格があるのだろう」

 竜人族の人たちに認められた感じがして、僕は嬉しかった。

「いやあ、人族の都に行く前にいい出会いをありがとう」

 ひとりの男性に握手を求められた。

 僕が喜んで握手をすると、そこからは自己紹介と握手会になってしまう。

「ああ、今から君と逆方向へ向かうのが悲しい」

「竜姫の村に行った後は、ぜひ俺の村に来てくれ」

「まて、俺の村の方が近い。歓迎するから是非来てくれよな」

「ああ、ずるい。ミストラルの村まで使いを出すから、私の村にも来ておくれ」

「あんたんところは遠過ぎだろう」

「そういうあんたの村なんて、行っても何もないじゃないの」

 随分と歓迎されている様子に、僕は笑顔が絶えなかった。

「おい、お前たち。その坊主を騒ぎ立てるのも良いが、出発が近いんだぞ。そろそろ作業に戻れ」

 わいわいがやがやと騒ぎ話していると、ひとりの男性がいい加減にしろ、とため息まじりに竜人族の人たちの音頭を取り出した。

「絶対に遊びに来いよ」

「待ってるからね」

 口々に僕に挨拶を交わし、竜人族の人たちは作業に戻っていく。

「ふうっ、緊張した」

 怖い人がいなくて本当に良かったよ。

「ふはは、あれだけの力を持っていても、まだまだ子供だね」

 竜人族の人たちが作業に戻る中、ミストラルの村から来たというコーアさんだけが僕の側に残っていた。

「少し話をしないかい」

 コーアさんの誘いに僕ははい、と返事をする。

 忙しく動き出した人たちを横目に、僕とコーアさんは一軒の建物の軒先へと移動した。

 軒先だけど朝日が差し込んでいる。

 手頃な場所にコーアさんが座ったので、僕も一緒に座ることにした。

「村までの道はわかるのかね」

 コーアさんの質問に、僕はミストラルに描いてもらった地図を見せる。

「なるほど、地図があるなら道には迷わないね」

「はい。枝道がどこにあるかも描かれているので、大丈夫です」

「だが危険だぞ」

 道に迷うことじゃなくて、厳しい自然の摂理が危険だ、ということだろうね。

 僕は昨夜、身をもって体験していたからよくわかるよ。

「覚悟の上です」

「若いのに、良い目をしている」

 僕の真摯な瞳を覗き込み、コーアさんは微笑む。

「正直、村の若者の中にはミストラルの縁談話に納得していない者は多くいる」

「はい」

 それは間違いないだろうね。

 あの美しさ、あの強さ、優しさ。そして竜姫という称号。ミストラルのことを想っていた人はそう簡単に諦めないと思う。

 もしも僕が今ミストラルに別の相手が出来たと言われても、絶対に諦めないと思うもの。

「先程のように圧倒的な力を見せても、納得しないものは納得しない」

「言われてみると、そうですね」

「君がひとりでミストラルを迎えに行っても、それでよしわかったと頷いてくれる者がどれだけ居るか。君はまだまだ前途多難だ」

「ううっ、そうなんですね」

 さっきの商隊の人たちの反応は、運が良かっただけなのかも。

 少し浮かれていた僕の気持ちは、急に冷たく凍りつく。

「それでもわしは君を応援するよ。君ならきっと、ミストラルを幸せにできるだろう」

「はい、ご期待を裏切らないように、頑張ります」

「若いんだ、程々にな」

 言ってコーアさんは立ち上がる。

「さて、わしも準備をせねばな」

「お手伝いしましょうか?」

「ははは、結構だよ。君はこれから先の旅に体力を温存しなさい」

 コーアさんは老人らしからぬしっかりとした足取りで、僕の元から去っていく。

 でも途中で立ち止まり、振り返る。

「そうそう、途中に竜が巣を作っていた。気をつけなさい。それと、わしが戻ってくるのを村で出迎えておくれ」

「はい、ご忠告ありがとうございます。ミストラルと必ずお迎えしますから」

 僕が手を振ると、コーアさんも手を振って返し、そして他の竜人族の人たちと共に作業に戻っていた。