We Live in Dragon’s Peak

Never-ending misfortune

 崩れ落ちた吊橋の残骸を見て、しばし放心する僕。

 これって僕は悪くないよね?

 魔物は偶発的に遭遇するもので、どこに出没するかなんてきっとスレイグスタ老でも予測できないよ。

 それに岩人形が僕を追って無謀に橋を渡ろうとしたせいで壊れたんだ。

 魔物に遭遇して逃げるという選択肢なんて、誰でもよくやることだよ。

 うん、僕は悪くない。

 そう自分に言い聞かせ、気を取り直して先を進むことにした。

 ここで立ち止まっていても、吊橋は元に戻らないしね。

 それなら早くミストラルの村に辿り着いて、橋の崩落を報告した方が何倍も良いよ。

 うんうんと自己納得する僕の真似をして、アレスちゃんも頷いていた。

 不幸な出来事を忘れるためには、目の前のことに集中すればいい。

 僕はミストラルの地図に従い歩きながら、竜人族が作ったと思われる安息場所を探す。

 吊橋の先は渓谷から外れ、山中へと道は続いている。

 僕はもう山の二つか三つは超えているはずだ。

 右を見ても左を見ても、どこを見ても見渡す限り山ばかり。

 なだらかな丘陵。岩肌むき出しの険しくそびえ立った山。新緑に彩られ始めた眩しい山。そして僕の視線のずっと先には、冬が終わったというのに未だに白く染まった頂が雲を突き抜けている山脈が広がっていた。

 ひとつの場所にこんなに色んな種類の山があるなんて。自然の不思議さに僕は感嘆する。

 岩人形以降、僕は魔物に遭遇することなく順調に先を進んだ。

 とはいってもやっぱり荒れた道。

 竜気で身体能力を上げてはいるけど、それでも疲れが溜まっていく。

 それと、少しだけ物悲しくなる。

 王都ではいつも誰かが僕の側に居たから、寂しいなんて気持ちは持つことがなかったんだよね。

 だけど竜峰に入り、ひとりで山道を黙々と歩いていると、ふとした瞬間に孤独を感じてしまうことがあった。

 そろそろ本日の行程を終了しようか。それとも一息入れて、もう少し歩こうか。竜人族の休息場所を見つけることが出来たら躊躇わずに今日は休むんだけどな。

 と思いつつ歩いていると、何やら騒がしい気配を感じ取った。

 魔物か、と緊張する。

 でも注意深く気配を探ると、何か物騒なものではなくて、どことなく街中の喧騒の気配に似たものを感じた。

 何だろう。

 一応警戒はしつつ、僕は騒がしい気配のする方へと足を向けた。

 気配を消して脇の雑木林の奥に入り込む。

 雑木林は密生していなくて、山脈の先に傾き始めた太陽の光が地上の下草まで届いていて、暗くはない。

 長く伸びた雑草に身を隠しつつ進むと、次第に喧騒は大きくなってきた。

 鶏?

 鶏の忙しい鳴き声が聞こえてくる。

 僕は雑草の隙間からそうっと先を覗き込んだ。

 すると僕のいる先は大きな窪地になっていて、そこに数え切れないほどの鶏がひしめき合っていた。

 おおお、鶏の巣なのかな。

 竜峰にまさかこんな野生の鶏が、しかも大量に生息しているなんて。

 昼間の吊橋事件は不幸だったけど、今度は幸運が来た!

 今夜の晩御飯は鶏づくしですね。

 僕は滴れる涎を拭う。

 密生しているから狩り放題だよ。きっと適当に竜術を放っても、何羽かは獲れるに違いない。

 僕は竜気を練る。

 しかし、そこで異変が起きた。

 がやがやと騒がしくひしめき合っていた鶏が、一斉に僕を見つけ睨んできた。

 えっ!?

 鶏らしからぬ反応に、僕は固まる。

『不届き者め、我らに喧嘩を売るかっ』

 聞こえないはずの言葉を聞き、僕は仰天する。

 そして悲鳴をあげた。

 鶏はあろうことか、大群で僕に飛びかかってきたんだ。

 なんだこれ!?

 僕は慌てて防御の竜術を展開する。

 半透明緑色の薄い膜が僕の周囲に張り巡らされ、鶏の体当たりを防ぐ。

 しかし鶏は防御結界に跳ね飛ばされても怯むことなく、何度となく体当たりをしてきた。

 結界が軋む気配を感じる。

「そんなっ、鶏に竜術が破られる?」

 困惑する僕に向かい、鶏たちが鋭い睨みを飛ばしてきた。

『我らを鶏如きと一緒にするとは』

『竜術を使う変わった人族ではあるが、聞き捨てならぬ』

「えっ!?」

 声じゃない声をまたしても聞き、僕は目を見開く。

 そんなまさか。

 僕は鶏の声を聞いた?

 ううん、そうじゃない。

 僕は目の前の状況を理解した。

 これは鶏なんかじゃない。

 れっきとした竜族だ。

 僕の竜心が鶏竜の言葉を理解したんだ。

 僕は戦慄する。

 あろうことか、僕は竜の巣に向かって攻撃をしようとしていたんだ。

 竜気を察知した鶏竜は、僕を敵だと認識して反撃してきたんだよ。

「うわああっ、ごめんなさい。竜族だって知らなかったんです」

 僕は防御が破られないように必死に竜気を練りながら、鶏竜に謝った。

『謝っても許すものか』

『我らを侮辱したことを後悔させてやる』

『今日の晩飯は人族の肉だー!』

 危険だ。夕食に、と狙った獲物に逆に餌だと狙われている。

「ごめんなさい。本当に間違えたんです。だから食べないで!」

『お?』

 僕は必死に謝る。

 結界の中で土下座する。

『貧相な子供だが、新鮮が一番だ』

『若い肉は美味かろう』

 結界に体当たりをしがら、物騒なことを話す鶏竜。

「僕なんて食べても美味しくないですよ。肉なんて食べても美味しくないですよ」

『おお?』

 僕の必死の懇願と謝罪に、数羽の鶏竜が首を傾げる。

『気のせいか。小僧が我らの言葉を理解しているような』

「はい、理解できてます。竜心持ってるんです」

『おおお?』

 土下座をしながら、僕を興味深そうに見つめる鶏竜に竜心のことを伝える。

『人族が?』

『気のせいだろう。今では竜人族の中にも竜心を持つ者は少ない』

『だが現に、あの小僧は我らの言葉を理解して反応した』

『そもそも人族が竜気を扱えるのが珍しい』

「ぼ、僕は竜の森の守護竜に師事していたんです。だからいろいろと出来るんです」

『おおおおっ』

 いよいよ僕に興味を示し出す鶏竜が増えてきた。

「本当にすみません。まさか竜族の方達とは知らなくて。初めて竜峰に入ったので知らなかったんです」

 僕への興味と謝罪が功を奏したのか、攻撃してくる鶏竜が居なくなる。

 助かった。

 と気を抜いた瞬間。

『だがしかぁぁしっ!』

 と言って一際大きな鶏竜が突撃してきた。

 気が緩んでいたせいで、防御結界が破られる。

 そして僕は鶏竜の体当たりをままともに受けて吹き飛んだ。

『竜心を持っていようが竜気を使えようが、竜の森の恐ろしい竜に師事しようが、我らに攻撃しようとしたことには変わりない』

 一際大きな鶏竜は倒れた僕の体の上に乗り、怒りの篭った瞳で僕を見下ろしていた。

「ごめんなさい」

 僕は謝ることしかできなかった。

「あやまったらゆるしてあげないとだめよ」

 僕の危機に、アレスちゃんが姿を現わす。

 そして突然現れたアレスちゃんを呆然と見る鶏竜を抱き上げ。

「エルネアに危害を加えるなら、容赦しない」

 と聞いたこともないような鋭い声でアレスちゃんは鶏竜を脅した。

「『!??』」

 僕だけじゃなく、鶏竜まで驚いて固まる。

「おいもあげるからゆるしてね」

 アレスちゃんは何事も無かったかのように微笑んで鶏竜を離し、僕の側に落ちていた袋から焼き芋を取り出すと、鶏竜たちに渡した。

『お、おう。仕方ない。芋で許してやろうではないか』

 何か恐ろしいものでも見たかのような鶏竜の表情。

 恐る恐る近づいてきた他の鶏竜たちが残りの芋の入った袋を持っていった。

「こわかったね」

 にこにこと微笑むアレスちゃん。

 うん、何か僕は見てはいけないようなものを見た気がするけど、気のせいだろう。忘れよう。

「ありがとうね。また助けられちゃった」

 僕は立ち上がり、アレスちゃんの頭を撫でてあげる。

 するとアレスちゃんは気持ち良さそうに目を閉じて微笑んだ。

「きょうはここにとまる?」

 アレスちゃんの提案に、僕は首を傾げる。

「りゅうのすの中にいればあんしんだよ」

 なるほど、そういうことか。

 さっきの僕の軽率な行動は別として、普通は竜の巣に攻撃をするような者なんて居ないよね。

 でも間違えたとはいえ攻撃しようとした僕なんかを、鶏竜の方達は泊めてくれるのだろうか。

「なんでもやってみないとね」

 アレスちゃんの提言に、僕は頷く。

 そうだね、何でも考えてばかりで行動に移さないのは良くないよね。

 考えなしでも困るけど、考えるだけで勝手に結論を出したりするのも悪いんだ。

 僕は意を決して鶏竜に聞いてみることにした。

 すると、先ほど体当たりしてきた一際大きな鶏竜が頷く。

『芋で全ては流された。今夜はお前の滞在を認めてやろう』

 どうやらこの鶏竜が群を率いているみたいだね。

 この鶏竜の決定に異を唱える他の鶏竜は居なかった。

「ありがとうこざいます」

 僕はお礼を言い、アレスちゃんと手を繋いで巣の中に入らせてもらう。

 落ち着いてみると、鶏竜の巣はやはり鶏とは全然違っていた。

 清潔なんだ。

 昔鶏舎の近くに行ったことがあるけど、あれは臭くてたまらなかった記憶があるよ。

 でも鶏竜の巣は全然臭くない。

 そして鶏竜の姿も、やっぱり鶏とは違っていた。

 まず大きさが違う。全体的に普通の鶏よりも一回り大きいんだ。群を率いている鶏なんて、よくよく見れば野犬くらいには大きい。

 さらには、竜を象徴する角があった。

 鶏であれば鶏冠がある部分。そこに縦に並んだ角が、どの鶏竜にも生えていた。

 まさかこんな竜族がいたなんて。

 竜族といえば大きく恐ろしい姿で、大空で優雅に羽ばたいているか、地上で地響きを立てて歩いているかだと思い込んでいたよ。

 でもまあ、ニーミアみたいに小さい子猫のような竜族もいるし、もっと他にもいろんな姿の竜族がこの竜峰には居るのかもしれない。

 あ、ニーミアは本当は飛竜よりも大きいのか。

 ミストラルやルイセイネ、それにプリシアちゃんとニーミアは今頃何をしているのかな。

 もうミストラルの村に入ったんだろうか。

 そういえば最初の竜人族の村で、コーアさんが竜の巣があるから気をつけろと言っていたね。

 もしかしてそれは、鶏竜の巣のことだったのかな。

 忙しさを取り戻した鶏竜の中で、僕は物思いに耽っていた。

 どうやら今日は、ゆっくりと休めそうだよ。

 僕がほっと胸を撫で下ろした時。

 大きな影が鶏竜の巣を横切った。

『ぎゃああぁぁっっ』

 すると鶏竜たちが悲鳴をあげ、騒ぎ出した。

『暴君だ!』

『暴君が襲来したぞ、逃げろ!!』

 一目散に周りの雑木林に逃げ始めた鶏竜たち。

 状況が飲み込めず何事かと見上げた空の先に、巨大な紅蓮の飛竜が舞っていた。