We Live in Dragon’s Peak
Again.
「で、なんでこの組み合わせになったのかな」
僕は右隣りに佇む巨躯の男性。竜王のセスタリニースを見上げる。
「気にするな、若者よ」
「いいえ、気になります。ちゃんと説明してよ」
今度は左隣の赤銅色の肌の男性、ザンを見上げる。
「人族の都になんて、滅多に来れないからな」
「だからと言って、今回僕たちと一緒に竜峰から降りてくる必要はなかったと思うんだけど。ねぇ、ルイセイネもそう思わない?」
と次に僕は、後ろに一歩引いて佇むルイセイネに同意を求めるように振り返った。
「プリシアちゃんにお土産買わないといけないことを、忘れないでくださいね」
だけどルイセイネは、仮装したニーミアを抱いて微笑むばかりで、同意はしてくれなかった。
なんでこうなった。
今までのことを少し振り返ってみる。
僕たちは山脈の頂上で、必要な分の葉を採集したんだ。そしてニーミアの背中に乗ってミストラルの村に戻ると、そこで西の村でのことを竜峰中に伝え回っていたセスタリニースにたまたま会った。
ここまでは別に問題ない。
でもその後、早速アームアード王国に行って葉を換金しようということになった時に、セスタリニースが僕たちに興味を示してしまったんだ。
僕とルイセイネは王都出身で、今は旅立ちの一年間の途中だから、出身地の王都の神殿には売りにいけない。
それなら副都で売ろうということになったんだけど。
王都以外には行ったことがないから、副都に行くなら自分も行きたい、とセスタリニースが言い出したんだ。
そしたらザンも物見遊山に行きたい、と言い出して。
君たちって子供ですか。
ライラは守護具が手に入るまでは、竜気を練る練習で外出禁止。ミストラルはそれに付き添うらしい。プリシアちゃんも来たがったけど、少し前に集会のある村に遊びに出かけたばかりだから今回は駄目だと、ミストラルに諭されていた。
それで、僕とルイセイネ、それと野郎二人がニーミアの背中に乗り、竜の森の上空経由で副都の近くまで来た。
さすがに人目につく経路は飛べないし、着地する場所も選ばないといけなかったけど。
最初から随分と神経を使うお使いだよ。これってもしかして、前途多難なことになる前触れじゃないかな。
気のせいですよね。
ニーミアから降りた僕たちは、揃って竜の森の中を副都に向けて歩いた。
ザンは竜の森に入ったのが初めてらしく、竜峰とは違い神聖な雰囲気の森の風景を楽しんでいた。
そして歩くこと暫し。
僕たちは何の障害もなく、無事にアームアードの副都に到着できた。
「わたくしはこれから、神殿へ届けに行ってきます。夕方にまたここでお会いしましょう」
ルイセイネは早速葉っぱを換金して、ライラの守護具を手に入れるみたい。
僕にニーミアを預け、丁寧なお辞儀をした後、足早に神殿に向かって歩いていった。
「それじゃあ、俺たちはエルネアに観光案内をお願いしようかな」
「よろしく頼む」
「ぐうっ」
ザンに肩を組まれ、セスタリニースに頭の上に手を乗せられて、僕は緊張に押しつぶされる。
「ええっと、僕も副都に来たのは二回目だし、観光場所なんて知らないよ」
「大丈夫。俺たちは一回目だ。俺たちよりも一回多い。ならば問題なかろう」
どういう理論ですかそれ。
僕はとほほ、とため息をついて、取り敢えず街道から伸びた大通りを歩く。
野郎ばかりです。しかもザンもセスタリニースも、漢らしい風貌なんです。
こんな男が、綺麗な宮殿とか美しい噴水なんかに、興味なんて沸くものか。
それじゃあ何が良いか。と考えて僕が思いついたのは、ただひとつ。
「折角賑やかで大きな都市に来たんだ。ここはひとつ、竜峰では見慣れないような食べ物を食べ歩こう!」
「意外にまともな案だな」
「小さい身体をしているくせに、漢らしい発案だな」
漢らしいのかな。
セスタリニースは僕の背中をがしがしと叩き、褒めてくれた。でも痛いです。
巨躯で、しかも背中に超巨大な両手斧を背負ったセスタリニース。
セスタリニース程ではないけど、普通の人よりも高身長で、がっしりとした体格のザン。
この二人に挟まれて、平均よりも少し小柄な僕は、美味しそうな食べ物や珍しいものが売っている屋台へと突撃した。
ちなみに、お金はセスタリニースが持っていた。
さすが竜王様。お金も困らないくらい持っているし、全員分の食事代諸々を出してくれるなんて、太っ腹です。
「ところで、セスタリニースは西の村の事件を広める役目じゃなかったの?」
僕は大羊の肉の串焼きを頬張りながら質問する。
「なあに、ある程度大きな村に伝えれば、後はそこから自然に広まる。気にするな」
うわっ。セスタリニースは意外と役目をほっぽり出す人種だ。
身体つきと同じで、考えや行いも大きくて、細かいことは気にしない人なのかもしれない。
「人族の味付けは濃いな」
甘辛の液が掛かった謎のもも肉を豪快に食べながら、ザンが感想をもらす。
確かにそうかもしれない。竜峰では、ミストラルの村でも集会のあった村でも、味は薄めだった。だからと言って美味しくないわけじゃない。なんというか、竜峰で出る料理は、素材の味を活かした料理なんだよね。
僕はむしろ、竜人族の人が作る料理の方が好きかも。
ミストラルやルイセイネが作っているから、なんて邪な考えが入っているからじゃないんだからね! と何となく弁明してみたら、僕の肩に乗ったニーミアがにゃあ、と鳴いた。
「それで、エルネアの本命はどれなんだ」
「はい?」
ニーミアを僕の頭の上に乗せ代え、肩に腕を回して被さってくるセスタリニース。
「本命ってなんのこと。今まで食べた屋台で、どれが美味しかったかってこと?」
「惚けるな。嫁たちの中で誰が一番の本命かって話だよ」
今度は頭の上のニーミアを摘まみ上げ、ザンが僕の頭をぐりぐりと回す。
ぐぬぬ、そういう話ですか。
女性同士、男性同士で集まった時に恋の話になるのは定番だとは思うけど、まさかこの二人から話を振られるとは思わなかったよ。
「で、誰なんだ。一緒に戦っていたライラって娘か」
「おいおい。竜人族の連中からミストラルを奪っておいて、本命が別だとは吐かないよな」
おいどうなんだ、と体格の良い二人の男に言い寄られて、僕はどんどんと潰されていく。
助けて、ニーミア! と心の中で叫んだら、にゃあとザンに摘まれたまま、見捨てるように鳴かれた。
ぐぬぬ、この状況をどうやって打開しよう。
セスタリニースとザンに挟まれ、やんややんやと冷やかされていると。
「そこの貴方たち、何をなさっているんですか!」
と後方から鋭い女性の声が飛んできた。
「ん?」
「俺たちのことか?」
ザンとセスタリニースが振り返る。でも僕は二人に雁字搦めにされていて、後ろの状況がわからなかった。
「白昼街中で子供に集るなんて、いけないんだよー」
別の女性の声がさらに飛んでくる。
「おい。あんたらは何か、勘違いしてないか」
「ははは。可愛いお嬢さんたちだな。どうだ、俺らと一緒に食べ歩きでもするか」
ザンは少し呆れたように、セスタリニースは何やら楽しそうに、背後にいるらしい女性に言葉を投げる。
「うっわー。この人、巫女の私たちを白昼堂々と口説いてきてるよー」
「困りましたね」
むむむ。背後の女性は巫女なのか。
というか、何か聞き覚えのあるような声だよ。
僕はなんとか二人の呪縛を解き、背後を振り返った。
「「「あっ!」」」
女性二人と僕の声が重なった。
「うわっ、キーリとイネアだ」
「あら、エルネア君」
「おお、エルネアっちだー」
お互いに指を差し合い、驚く。
この二人とは、旅立ちの日に神殿前で会って以来だよ。
どうやら二人は、体格の良い男性二人が少年に絡んでいると勘違いして、巫女としての義務を果たそうと声をかけてきたんだね。
「なんだ、お前の知り合いか」
「ほほう、随分と女っ気が多いんだな」
「ええっと」
ザンとセスタリニース。それとキーリとイネアに、それぞれにどう説明しようかと悩む僕。
「おまえ、まさかこいつらも嫁とか言わないだろうな」
「なんだおい、平地にも女がいたのか」
「ち、違うよ。この二人は、勇者リステアのお嫁さんだよ」
あわあわと慌てて弁明する僕を、本当かよ、みたいな視線で見下ろす野郎二人。
何ですかその目は。いかにも僕が女たらしみたいな視線で見下ろすのは、止めて欲しいよね。ひどい誤解だよ。
「お嫁さんだなんて、恥ずかしいよー」
「もしかして、皆さんはお知り合いだったのですか」
イネアが恥ずかしそうにもじもじと体をくねらせ、どうやらや集られていたんじゃないと気づいたキーリが、僕を見て首を傾げた。
「うん。この人たちと食べ歩きをしていただけなんだよ」
「あらまあ、そうだったんですね」
「へええー。後ろから見たら、少年がおっさんに絡まれているように見えたよー」
「おっさん!?」
まだ若いザンが顔を引きつらせる。
「まあ、十五歳の僕とキーリとイネアから見れば、ミストラルよりも年上なザンは、おっさんと言っても差し支えないね」
「おまえ、言ってくれるな」
してやったり。ザンに睨まれたけど、怖くありません。
「わたくしたちの早とちりでしたか。申し訳ありません」
丁寧にお辞儀をして、謝罪をするキーリ。
こういった仕草は、幼馴染だというルイセイネと凄く似ているね。
「ていうか、何で竜峰に向かったはずのエルネアっちがここに居るのさー」
「そう言えばそうですね」
「ううんと、これは……」
なんて説明すれば良いんだろう。困った。
ザンとセスタリニースは竜人族で、ザンが今も摘み上げているニーミアの背中に乗って、竜峰から降りてきました。なんて説明は出来ないよね。
「ぼ、僕のことより。キーリたちも何でここに居るのさ。もしかしてリステアたちも近くにいるの?」
キーリとイネアは、旅立ちの一年間はリステアと一緒に行動すると言っていた。だから近くに彼と残りの勇者様ご一行が居るかもしれない。
「質問しているのはこっちだよー」
「わたくしたちは」
キーリが何かを言おうとした時。
「逃げろおっ、魔剣使いだっ」
「冒険者の野郎どもが、魔剣を手にして暴れているぞっ」
大通りの先から、悲鳴とともに大勢の人たちが逃げてきた。
「ああ?」
魔剣使い、という言葉に、ザンとセスタリニースが素早く反応する。
「やっぱり出たねー」
「エルネア君たちも、逃げてください」
キーリとイネアが、法術を使おうと身構える。
「まあまあ、可愛らしいお嬢さん方は下がってな」
セスタリニースが、背中の超巨大両手斧を持ち、構える。
「人族の国の方も、何やら物騒なことになってるんだな」
ザンも闘気むき出しで指の骨を鳴らし、臨戦態勢へ。
ニーミアはザンの手からいつの間にか脱出していて、騒ぎに慌てて僕の懐に潜り込む。
そして間も無く。
逃げ惑う人々の先から、不気味な気配を放つ武器を手にした複数の冒険者が現れる。
「聖剣!?」
気が狂ったように暴れる冒険者全員の手に握られていた武器に、僕は驚愕した。