負傷者の治療が進み、ひと段落する。

 近くに地竜の群れが居座っているので、周辺警戒は気にしなくても大丈夫かな。でも竜族と共に過ごすことに慣れていない竜人族の戦士候補者たちは、少し落ち着かなそうだった。

「まったく、どうなっているのかしら。竜族と共に竜峰に住まう私たちが狼狽えて、平地に住む人族と耳長族の子供の方が落ち着いているなんて」

 現状に溜息をこぼす女性。

 仕方ないよね。僕たちはスレイグスタ老という計り知れない存在と、日々共に過ごしてきたんだ。いまさら地竜の群れでも、臆する気はしない。

「それにしても、竜族を従わせるなんて、やはり凄いな」

「いやいや、従わせているわけじゃないよ。協力してもらっているんだよ」

「あまり変わらん。どちらにせよ、君は竜族を味方につけているんだ」

「竜王、と言うよりも、君自身の能力なんだろうな。他の竜王でも、群れごと引き連れている姿なんて、見たことも聞いたこともない」

「この地竜さんたちは、一族を置いておいて、それが事件に巻き込まれるのを嫌っているんだよ。だから、一族ごと移動してるんだ」

「へええ、それだと、小さい地竜は子供なのか」

 子供とは言っても、それなりの大きさがある。

 竜人族の視線を辿って、僕は地竜の群れを見た。

「ニーミアは、こーんなに強いんだよ」

 プリシアちゃんが両手をいっぱいに広げて、何やら地竜の子供に、今はこの場にいないニーミアの凄さを自慢していた。

 地竜の子供も、うんうんと面白そうにプリシアちゃんの話を聞いている。

 凄いね。プリシアちゃんは竜心を持っていないのに、地竜と意思疎通しちゃっているよ。

 幼女が地竜と戯れている光景に、竜人族の人たちもようやく落ち着いた雰囲気になってきた。

「そんで、これからの試練のことなんだが」

 落ち着くと、誰からともなく試練の話題を口にし出す。

「竜の卵、ねぇ」

 と、意味ありげな視線を地竜に向ける女性。

 こらこら、悪いことを考えてますね。

「ねえ、エルネア君」

 一人の女性が、僕に色っぽく身を寄せてきた。

「うひっ」

 身を引く僕。でも女性は、胸を押し付けるように僕の腕を取る。

「ちょちょちょっ!?」

「何をなさっているんですかっ」

 ルイセイネとライラが、慌てて女性を僕から引き離す。しかし、ひとり離しても、別の女性が僕に抱きつく。

 戦士候補者の竜人族の中には、女性が四人いた。

 四対二で、数で負けてるルイセイネとライラには、勝ち目はなかった。

 僕は女性に胸を押し付けられ、鼻の下を伸ばす。

 ではなくて!

「駄目です。僕を誘惑しても、協力しません! 自力で問題解決してください」

 僕はどうにか女性陣のお色気攻撃から抜け出そうともがく。しかしもがけばもがく程、僕の両腕は女性のたわわな胸の谷間へと沈んでいく。

「エルネア君!」

「エルネア様っ」

 ああ、僕のせいじゃないんですよ。だから額に青筋立てて僕を睨まないでください。

「くそう、羨ましい」

「俺も胸板なら……」

「禿げてしまえ!」

 残った男性陣から、恨みのこもった言葉が飛んでくる。

 なんでこうなった。

 僕は本当に困ってしまう。女性陣が僕を誘惑する理由は明白だ。

「ねえ、エルネア君。お願いがあるんだけど」

「地竜に頼んで、卵を分けてもらえないかしら。もちろん、村に辿り着いたら丁重にお返しするわ」

 僕の耳元に甘い息を吹きかけながら、お願いしてくる女性。

 ふうう、と魅惑の吐息を吹きかけられ、僕はぶるる、と全身を震わせた。

 やっぱりか!

 そうじゃないかと思ってましたよ。

 僕と地竜は友好関係を結んだ。そして僕は竜心を持っているから、地竜と滞りなく意思疎通ができる。それを利用して、地竜に一時的に卵を借り受けよう、という魂胆だね。

 確かにそれも試練を突破するための答えのひとつではあると思うけど。

「却下ぁぁっ!」

 間違いではない。間違いではないけど、これは駄目。出来れば他人の力を借りずに、自力で乗り越えて。

 それにね、違う理由もあるんだ。

『我らの卵がどうした』

 僕たちのやり取りを面白そうに見ていた地竜が、僕に話しかける。

「ええっとですね、実は」

 と、地竜に竜人族の戦士の試練の概要を説明する。

『ふむ、興味深い試練だ。ここは協力してやらんでもないが、いかんせん、今は子を産む時季ではない。残念ながら、卵はないな』

 そういうこと。巣を出るとき、まだ体格の小さな地竜の子供はいたけど、卵は見当たらなかった。

 地竜の産卵の時季は、今じゃないってことなんだろうね。

 僕は、ねえねえ、と誘惑してくる女性にそのことを説明してあげる。

 すると、途端に消沈する女性たち。

 どんだけ他力本願だったんですか。

「んもう。それならそうと、早く教えてくれればいいのに」

「仕方ないわ。自力でどうにかするしかないのね」

 と言いながらも、僕を離さない女性。ええっと、張りのあるなんとも嬉しいものに包まれて、僕はとても幸せなんですが、これは危険な状況です。

「「エルネアァァッ」」

「うぎゃぁっ」

 ついに切れたルイセイネとライラが、僕に襲いかかった。

 僕から女性を強引に引き離し、握り拳を作って僕を叩くルイセイネとライラ。

「痛い痛い」

 僕は必死に逃げようとするけど、片手で服の裾を掴まれていて、逃げれない。

「プリシアもやるね」

 何を勘違いしたのか、プリシアちゃんが戻って来て参戦する。

 いやいやいや。遊んでいるんじゃないんだよ。

 修羅場なんだよ。

 僕は地に伏して、両手で頭を抱えて丸くなり、防御の姿勢をとる。しかしルイセイネとライラの殴りは本気で、とても痛かった。

「おお、竜王が負けている」

「人族の女性とは、さも恐ろしいもんだなあ」

「ざまあみろ!」

 男性陣が殴られ続ける僕を見て、愉快そうに笑っていた。

 酷い。守護役を仰せつかった僕をこんな目に合わせるなんて。丸まったまま、僕はひっそりと涙を流した。

 ルイセイネとライラの怒りが収まり、僕が解放されたのは暫くして。

 魔剣使いとの戦闘では負傷しなかったのに、なぜか満身創痍になった僕は、とほほ、とため息をつきながら座り込んでいた。

 プリシアちゃんと、再度顕現したアレスちゃんが僕を撫でて癒してくれている。

 だけどね、プリシアちゃん。君も僕を叩いていたよね。

「よしよし」

 アレスちゃんが頭を撫でてくれる。ああ。アレスちゃんだけが、僕の味方だよ。

 幼女に癒される僕のそばでは、竜人族の戦士候補者とルイセイネが、試練のことについてまた相談を再開していた。

 僕たちは、すぐに移動はしなかった。

 再襲撃があるかも、と危惧したけど、地竜が守ってくれるらしい。

 今回はその好意に甘えさせてもらい、戦闘の疲労をとると同時に、今後の試練についても話し合うことにした。

 ちなみに、僕の思いついた試練の打開策のひとつは、竜人族の女性が思いついた方法だった。

 僕には竜心がある。竜心を使い竜族と交渉して、一時的に卵を借り受ける。

 とは言っても、そうそう大切な卵を何者かもわからない人族に預けるような竜族は居ないかもしれない。でもそこは当たって砕けろ。数打ちゃ当たる。

 竜峰には多くの竜族が住んでいる。村に戻るまでに、その中から協力してくれる竜族を探せばいい。

 そうそう。村の竜廟を囲む泉には、水竜もいるんだよね。彼らから一瞬だけ卵を預かれば、泉も村の一部だから、そこで目標達成にもなる。

 水竜はとても友好的だから、無理な話じゃないとは思うんだ。

 これが、僕の思いついた試練を乗り越える解決案のひとつ。

 でもこれは、竜心を持つ僕のような人だけがたどり着ける離れ業。だから、答えはもちろん他にもある。

 そしてライラも特殊な解答だから、他の人は真似できないんだよね。と思い、僕はライラを見た。

 ライラは今、地竜と相対していた。

 ライラを見下ろす、一際大きな地竜の頭。そして見上げるライラ。

 寛ぐ他の地竜の群れと、相談し合っている竜人族たちの和やかな雰囲気は、ライラの周りにはない。

 ライラが決意したように、一歩前へ足を踏み出す。すると、地竜の頭はぐるる、と喉を鳴らして一歩下がった。

「やはり、わたくしは怖いですか?」

 しゅん、と項垂れるライラ。

『恐ろしい娘だ』

 地竜の頭はライラから距離を取り、困ったように僕を見る。

『この娘をどうにかしろ。落ち着かぬ』

 ううむ、まだライラは自分の力の全容を、自身で把握できていないみたい。自分が把握できていないから、他が恐れてしまう。

 でも、見ていて原因はそれだけじゃないようにも思えるんだよね。

 なんだろう。僕やミストラルとは違う。むしろその他の竜人族や竜族とも違う何かを、ライラからは感じる。

 きっとそれが一番の原因なんじゃないかな。

 だってライラは今では、スレイグスタ老の下で真面目に修行をして、竜気の扱いは随分と上手くなってきているんだ。それなのに、未だに竜族に怯えられるのは、何かがおかしい。

 スレイグスタ老は、もちろん答えを知っているんだと思う。でも未だ教えてくれない。時期尚早ってことなのかな。

 だから、ライラは焦る必要はない。今は竜気をしっかりと操れるようになることが大切なんだと思う。

 僕はライラのそばに行き、手を取って連れて来る。

 しゅん、と消沈しているライラだったけど、僕の手に引かれて素直に地竜の頭から離れてくれた。

「大丈夫だよ。だって昔は、怯えて暴れられたりしてたんでしょう。でも今は暴れなかったし。ライラはちゃんと成長してるよ」

「そうでしょうか」

「うん。少なくとも僕は、ライラを怖いだなんて思わないし、逃げないよ」

 さっきは思いっきり殴られて、逃げたかったけどね。

「それとも、僕よりも竜族に好かれる方が大事?」

「そそそ、そんなっ! ずるいですわ、エルネア様」

 顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯くライラ。

 ふっ。僕も柄にもなく臭いことを言って、死ぬほど恥ずかしいよ。でもまあ、それでライラが元気になるなら良いんだよね。

 もじもじと照れつつも、ライラは僕に身を寄せる。

 ライラの好意は悪い気はしない。むしろ、女性に好意を寄せられるのは大変に嬉しい。

 でも。ですが。

 背中に突き刺さる鋭い視線はとてもとても痛いです。振り返ったら、きっとまた殴られる。

 僕はあえて後ろは振り向かないように気をつけた。

「ライラ、顔が赤いよ。お熱があるの?」

 プリシアちゃんがライラとおでこ同士を合わせる。

「ち、違いますわ。なんでもないですの」

 ライラは恥ずかしそうに身悶えして、プリシアちゃんを抱きしめた。

「んもう。エルネア様のせいですわ」

 頬を膨らませて、僕を睨むライラ。

「ええっ。ひどいなあ」

 と苦笑しつつ、僕はアレスちゃんを膝に乗せて遊んであげた。

 試練の話し合いに参加していないライラの導き出した解答は、さっきのライラの行動で半分の答え。

 もう半分が、これまた彼女の特性。

 ライラは今も、殆ど気配がない。

 隣にいるのに、視線を外せばすぐに存在を見失うくらいには、気配がない。

 背後から物凄い殺気を飛ばしてきている怖い人とは大違いだね。

 で、ふたつ合わせたものが答えなんだけど。

 つまり。

 ライラは視界に入っていなければ、気配はない。それなら、竜族の死角から上手く忍び込めば、卵を取るのは容易。もし見つかっても、地竜の頭や暴君までもが怯えるその特性で、竜族は迫るどころか逃げてしまう。万が一襲ってきても、逃げて姿を一瞬でも眩ませれば、やっぱライラを見失って逃げ切れる。というわけだ。

 うん、これもやっぱりライラ特有の解決方法だから、他の人は真似できないね。

 だから、この試練の解答はちゃんと別にある。