We Live in Dragon’s Peak
Tyrant Revaria
苦笑いしか出てこない。
不思議と思うように扱える竜気に、無我夢中になりすぎていました。
結界にぶつかった翼竜たちが、お前なぁ、という視線を僕に向けている。
「ごめんなさい」
謝り、術を解く。
僕に向かい渦を巻き、障害物、もとい翼竜とお付きの二人を吸い寄せていた竜気の流れが途切れる。それでようやく翼竜たちは解放されて、各々がまた、自分の寛いでいた場所へと戻っていった。
そして過ぎ去った後には、気を失ったお付きの人たちが残される。
引き寄せて、竜剣舞に巻き込む予定だったんだけど……
思いのほか、竜気の渦の吸引力は強かったみたい。自分で引き寄せていてなんだけど、僕もまさか、翼竜の巨体がこうも容易く飛んでくるとは思いませんでした。
潰されたお付きの二人は、翼竜の好意か、醜い肉塊にならないように、竜術で保護されていた。
あ、あぶない……危うく殺すところでした。翼竜には感謝しなきゃね。
『面白い術を見させてもらった。それはそのお礼のようなものだ。気にするな』
ユグラ様が僕の心を読み取り、そう言ってくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
見ればユグラ様とカルネラ様だけは、元の場所に悠然と佇んでいた。そして、カルネラ様は深々と僕に頭を下げる。
「新竜王の力。とくと拝見させていただきました。八大竜王の称号に恥じぬ、類稀なる竜術に感服いたします」
恥ずかしくて、あははと頭を掻く僕。
思いつきで行ったことだけど、あれも竜術と呼べるものなのかな。
まだもう少し、未完成のような気がする。だから拙い術を偉いお方に見せてしまったと、恥ずかしさでいっぱいになった。
「エルネア君、すごいです!」
意識を失ったお付きの三人と、カルネラ様が頭を下げたことで、僕の勝利をようやく理解したフィレル王子が、感極まったように僕に抱きついてきた。
「あ、ありがとうございます」
そういえば、竜気を見ることも感じることもできないフィレル王子からしてみれば、突然吹き荒れ始めた結界の外で、翼竜たちが体当たりしてきたようにしか見えないわけか。
それで今、やっと状況が掴めたんだね。
『うわあっ、すごいっ! 格好良い!』
「うわっ」
フィオリーナも駆け寄ってきて、フィレル王子を突き飛ばして僕にすり寄ってきた。
「すごいすごい!」
僕から分離したアレスちゃんも顕現して、抱きついてくる。
みんなの祝福に、僕は久々の満足感を得ることができた。
喜び合っていると、お付きの三人が順番に意識を取り戻し始める。そして僕たちの喜びを見て、敗北したことを知る。
『満足か』
意識を取り戻した三人を見据えるユグラ様。お付きの三人は悔しそうな表情を見せながらも、ユグラ様とカルネラ様の前で姿勢を正した。
「言い訳はいたしません」
「罰はいかようにもお受けいたします」
「エルネア様。見下していたことをお許しください」
僕に深々と頭を下げる三人。
「いいえ。僕の方こそごめんなさい。僕がもっとしっかりしていれば良かったんです」
他の竜王のように、僕にも威厳や迫力があれば、彼らが間違いを犯すことはなかったように思える。
それと、威力を間違えて殺してしまいそうになりました。
お付きの人と僕がお互いに恐縮しあっていると、ユグラ様が喉を低く鳴らして、愉快そうに笑った。
『スレーニーのやつでも、これ程の竜術は使えないだろう。人族、と侮るのは愚かである。今回それが、よくわかっただろう』
スレーニーとは、西の村で事件が起きた時に駆けつけてきてくれた竜王のひとり。たしか、ラーザ様の次に竜術が得意で、竜王を取りまとめる老人だったかな。
「はい。浅はかな思いを痛感させられました」
『反省をするか』
「もちろんでございます」
『だが、翼竜を巻き込んでの愚かな騒動。緩い罰は与えられん』
「覚悟の上でございます。」
お付きの三人は、ユグラ様の前で跪く。
『そうか。潔し』
満足そうに頷くユグラ様。
一時の不満で暴走をしたけど、彼らはそもそも、ユグラ様や翼竜のことを想って行動したんだよね。
試合後の僕たちは恨言なし、という約束だったけど、彼らへの罰は別であるよう。だけど、寛大な処置を願いたい。
『間違いを犯した者も、変われるのだという。では、汝らも変わって見せよ』
はい。と声を揃えるお付きの三人。
『我はこれより、暫しここを離れ、小僧の面倒を見ねばならん』
跪いたまま、しっかりとした瞳でユグラ様を見上げる三人。
『しかし、どうも小僧は頼りない』
小僧とは、フィレル王子のこと。
『頼りない小僧に我がついていくことが、不安なのだろう』
にやり、と笑うユグラ様。
ああ、こういう笑みは誰かに似ています。
あの、竜の森の……
『ならば、汝らもついて来い』
は!? という声が、四つ重なった。お付きの三人と、カルネラ様。
あああ、やっぱり。スレイグスタ老が悪戯を考えついた時の笑いと一緒だったから、もしやと思ったけど。
案の定。
老竜は悪戯好きなのかな。
僕は苦笑するだけだったけど。突飛な発言に慣れていないのか、カルネラ様とお付きの三人は、惚けたようにユグラ様を見返すばかり。
『くくく。良い機会だ。汝らは外の世界を知れ。若い者が狭い世界の常識に囚われていてはつまらん』
「し、しかし、伯……」
『ここは、そなたが居れば安心である。少しくらい、若い者に冒険をさせてみてはどうだ。スレーニーも、若い頃はよく遊び歩いていた』
「ですが……」
『変われる。変わっていけるということと、犯した罪の償いは別だ。この三人には、我と小僧に付き従い、外の世界で生活をさせる。それが、この者たちに、我が下す罰だ』
ユグラ様の決断に、お付きの三人は反論もなく、素直に従う意思を示した。
「やれやれ。困りましたね」
カルネラ様も、困ったように長杖に寄りかかりながら苦笑するしかないようです。
『変わると言えば、あの者か』
そうしてユグラ様は、谷の道の入り口に舞い戻り佇む暴君を見据えた。
『いつまでそこで傍観している。ここへ来てはどうか』
ユグラ様が吼えた。すると、暴君も咆哮を返し、荒々しく飛び立つ。そして翼竜の巣の上を旋回し始めた。
巣の翼竜たちは興味深そうに、上空を旋回する暴君を見る。だけど、慌てた様子はない。
そして暴君は威嚇の咆哮を上げながら、僕の側へと荒々しく着地してきた。
「うわっ、こらっ! もうちょっと丁寧に着地してよね。僕はともかく、他の方には迷惑でしょ」
『うるさい。迷惑なのは貴様の竜術の方だ』
ぐるる、と喉を鳴らし、僕を睨む暴君。
迷惑って、君は空へ逃げて被害は受けてないじゃないか。
ああ、迷惑だから逃げたのか。
僕はいつもの調子で暴君とやりとりを交わす。だけどお付きの三人は暴君には未だに慣れていなく、ユグラ様の方へ後ずさりをする。フィレル王子も顔を引きつらせていたけど、こちらはなんとか踏みとどまっていた。
フィオリーナはきゅんきゅんと怯え鳴き、僕の背後に隠れるけど、興味津々の瞳で暴君を見上げる。
そして、カルネラ様とユグラ様は平然と、暴君を出迎えていた。
『ようやっと、我の召喚に応えたか』
『ふん。貴様のような老いぼれになんぞ、我は用はない。エルネアが行くと言うから、来たまでだ』
嘘ばっかり。僕が行くと伝える前に、君はミストラルに呼ばれていたじゃないか。
もしかして、ミストラルに僕が行くから、と前もって言われていたのかな。
『随分と、暴れていたようだな』
『それがどうした』
暴君が低く喉を鳴らす。
まったくもう。ユグラ様は穏便になにかを話そうとしているのに、喧嘩腰で対応してしまうのは、気性の荒さなのかな。
僕がそっと暴君の首に触れると、ふんっと鼻を鳴らされた。だけど、荒立っていた気は、少し落ち着いたように思える。
『最近の若い者は、人も竜もこじんまりとしていて面白みがない。飛竜は暴れている程度で丁度良い。しかし、そなたは暴れすぎたな』
ユグラ様が暴君を呼び寄せたのは、やっぱり過去の行いのことでなんだね。ユグラ様の言葉に、僕も緊張する。
『そなたが暴れていた理由は、わからぬでもない。だが、やはり暴れすぎた』
『我を制裁したかったのであれば、貴様が動けばよかったのだ。ここで安穏と暮らし、傍観していた貴様に、とやかく言われる筋合いはない』
『我は引退した身。そして我は、そなたを裁く資格はない』
ユグラ様と暴君には、何かあったのだろうか。お互いに旧知の間柄のような言葉を交わし、部外者の僕なんかは、内容がわからず蚊帳の外になってしまっている。
『今更、我がそなたの行いに口を出すことはない。そなたは既に新竜王に裁かれ、新たな空を飛び始めている』
ユグラ様は、暴君の傍に立つ僕を見る。
『我は、レヴァリアには一度、会う必要があった。機会を生んだくれたことを、感謝する。そして、かの者を正しき空へと導いてくれたことを、心よりお礼申す』
高く上げていた頭を、地面へと下ろすユグラ様。
「ぼ、僕は出来ることをしたまでですし」
威厳に満ちたユグラ様に頭を下げられて、僕は恐縮してしまう。
『レヴァリアのことを、これからも頼む』
『ふんっ。貴様の世話になんぞ、誰がなるかっ』
暴君とユグラ様に見られる。
事情はよくわからないけど、ユグラ様が暴君を責めるような雰囲気ではないことに、僕は内心でほっと胸を撫で下ろした。
正直。ユグラ様がお付きの三人に罰を与えたように、暴君にも制裁を与えるために喚んだのだとしたらどうしよう、と心配だったんだよね。
僕が下した暴君の罪滅ぼし案は、あくまでも僕個人の判断。これまで出会った竜人族や竜族には受け入れられてきたけど、英雄竜であるユグラ様に否定され、新たな懲罰が課せられたらどうなるだろう、と不安だった。
だけど、どうやらユグラ様も、僕と暴君の行いを認めてくれているみたい。
『そなたはこれから、そなた自身の空を飛べ』
『言われずとも』
『ならば、フィオリーナを認めるな?』
ユグラ様の言葉に、暴君は僕の背後で怯えているフィオリーナへと視線を移した。
『今更、くだらぬ役割に興味は湧かない。好きにすれば良い』
言って暴君は、興味を無くしたようにフィオリーナから視線を外し、大空を見上げた。
「どういうこと?」
暴君とフィオリーナに、なにか関係があるのかな。
『貴様には関係のないことだ』
そっぽを向いたままの暴君。背後からはなぜかフィオリーナの安堵の雰囲気が伝わり、ユグラ様とカルネラ様からも胸を撫で下ろす気配が伝わってきた。
ユグラ様とフィオリーナと暴君には何か繋がりがあって、それで暴君は暴れていた?
断片的な情報しかないから、よくわからない。
僕はつんつんと暴君を突き。
「後で教えてね」
と伝えると、何でもかんでも、首を突っ込んでくるな、と咆哮を上げて威嚇された。
でも、気になります!
子供のフィオリーナに聞くのは気がひけるし、ユグラ様は威厳がありすぎて聞き辛い。そうしたら、暴君しかいないじゃないか。
ミストラルにでも聞こうかと思ったけど、もしかしたら彼女も事情は知らないのかも。というか、殆どの竜人族や竜族はここに居る三者の関係を知らないのかも?
知っていれば噂になっているだろうし、僕の耳にも何かしらの形で届いていそうだしね。
『汝は知っておいた方が良いかもしれんな』
僕の心を読んだユグラ様が言う。だけど今は、それ以上のことは言わなかった。
僕も気になったけど、今は言及しない方が良いのかも。
ミストラルたちでさえ知らない裏話。僕には話せても、もしかするとフィレル王子やお付きの三人には聞かれたりしたくないのかもしれない。
『ふむ。そなたに会うこともできた。我は心置きなく、ここを出ることができる』
どうやら、ユグラ様は暴君に会うことかできて満足したみたい。
瞳をすうっと細めて、満足そうに微笑むユグラ様。
じっと静かに様子を伺っていたフィレル王子の顔が、ぱあっと明るくなる。
「よ、よろしくお願いします!」
フィレル王子が勢いよく頭を下げると、ユグラ様は頷く。
『我はこれより、しばし人族とともに動く。皆は、結束してフィオリーナを導け!』
ユグラ様の言葉に、巣の翼竜たちが同意の咆哮を上げる。
だけど、僕の背後では可愛い悲鳴が上がっていた。
『ええええっっ!! わたしもエルネアと一緒にいきたいよぉっ!』