We Live in Dragon’s Peak

The end of frenzy.

 ミストラルが死霊使いゴルドバと共に王様の寝室から出て行った後。東側で暴れる多頭竜と竜族とは逆の西側から、桁違いの竜気と戦闘音が響きだした。

 ミストラル対ゴルドバの本格的な戦いが開始されたんだ。竜姫のミストラルと上級魔族の本気が王様の寝室内で収まるわけがない。

 自身の危機を感じ取ったゴルドバも本気を出し、ミストラルに相対しているんだろう。

 西側で始まった戦いと時を同じくして、王城の下層の一部が崩れる気配が揺れと共に伝わってきた。

 下層で騒いでいた竜たちが気がかりだったけど、どうやら無事に抜け出せたみたい。ライラの気配と共に下層から退避していく竜たちの気配が、嵐のように渦巻く僕の竜気を通して伝わってくる。

 そして爆音と振動で外が騒がしくなり始めたと同時に、逆に王様の寝室では騒乱が治まりつつあった。

「まったくもう。私に奥の手を使わせるなんて、あの双子は帰ってきたら承知しませんからね!」

 王様が横になっている天蓋付きの寝台の脇で、巫女頭のマドリーヌ様が悪態をついている。だけど言葉とは裏腹に、しっかりと役目を果たしていた。

 寝室全体が満月のような淡くとも力強い光に包まれる。それは屋外の晩夏の強い太陽の日差しを遮り、寝室だけを満月の明るい夜のような世界へと変えていた。

「法術の二重奉納はこの私の取って置きです。さぁ、法術の満月の泉が効果を発揮している間に事の収束を」

 マドリーヌ様の言う二重奉納がどいういものかはわからないけど、展開された法術は効果を十分に発揮していた。

 満月の明かりに囚われた死霊は苦しそうにもがき、動きを鈍らせる。そして味方の近衛騎士たちとフィレルがその死霊たちを屠ると、次の死霊はもう湧いて出てこなくなった。

 マドリーヌ様の法術のおかげで、寝室内に蔓延っていた死霊の数が一気に減っていく。

「大人しく降伏してください。もう貴方たちは無力です!」

 そしてフィレルが反乱側に与した近衛騎士に言い放つ。

 悲惨なものだった。

 ゴルドバが召喚した死霊は敵味方関係なく、人族に向かって手当たり次第に襲いかかっていた。それは勿論、バリアテル側に寝返った近衛騎士も等しく襲われた事を意味していた。そして寝返った近衛騎士たちは、正しさを全うする残りの近衛騎士とフィレル、それに死霊に襲われ、半狂乱で寝室を騒乱へと落としていた。

 しかし死霊を駆逐され、半狂乱の近衛騎士よりも統率の取れたこちら側が一気に優勢になり、瞬く間に制圧される。

 なかには死霊にとりつかれ、命を落とした後も何度となく遺骸を酷使されて酷い外見になっている者もいる。

 それでも尚抵抗を見せた裏切りの近衛騎士のひとりを僕は斬り伏せる。

 結局、たった二人。裏切った近衛騎士で生存し、降伏をしたのはこれだけだった。

 そして鎮圧がほぼ完了したなかで、未だに動く者がいた。

 僕が相対していたバリアテルだ。

 バリアテルは死霊に襲われなかった唯一の例外。ゴルドバと契約し、魔に与したことで味方と判断されていたのか。それとも手にした魔剣で識別されていたのか。

 それはともかく、魔剣を手にしても自我を失わず、僕の剣戟を受け続けたバリアテルは、既に人の域を超えていた。

 白と黒が反転した瞳からは血の涙を流し、鬼の形相で僕に迫る。異様に隆起した肉体は人には有り得ないような動きを可能にし、こちらの攻撃を防ぎ不意を突こうとしてくる。

 バリアテルの激しい斬撃をかいくぐり、右足を軸に回転しながら横薙ぎの一閃を放つ。僕の斬撃を後退しながら回避するバリアテル。そして反撃に転じようと、魔剣を振るう。

 だけど、どんな動きをしようとも、どれ程に不意を突こうとしようとも、バリアテルは既に、僕の舞の虜になってしまっていた。

 バリアテルの動きの全てが、僕と一緒に舞う相手としての予定調和でしかない。

 そして僕たち以外の騒乱が片付いた今、これ以上戦闘を長引かせる必要はもうなかった。

 魔剣がバリアテルに尋常ならざる力を与えているというのなら。

 僕はバリアテルの反撃をいなし、返す一太刀でバリアテルの魔剣を持つ右手を斬り落とした。

 喉が割れそうなほどの悲鳴をあげ、斬り落とされた手首の先を押さえてうずくまるバリアテル。

「終わりです。どうか降参してください」

 僕は白剣の切っ先をバリアテルに向ける。

「ぐうっ……おのれ、平民の小僧ごときがっ!」

 手首を押さえ、うずくまったまま僕を睨み上げるバリアテル。その瞳は左の片方が正常な色に戻っていた。

「王族の……将来の人族の王に向かってこのような無礼。絶対に許さぬぞっ」

 睨み凄むバリアテルに、僕も負けじと視線を返す。

「貴方は王の器ではない。それに、無礼は貴方の方だ。ライラは亡霊なんかじゃない。ひとりの女性であり、僕の大切な家族だ!」

 僕の強い意志が乗った言葉に、バリアテルは苦痛とは別に顔を歪ませた。

「なにが家族だ。家族ごっこがしたければ、どこぞの山奥でよろしくやっていれば良い。だが、俺の覇道を邪魔することは許さんぞ!」

 此の期に及んでもバリアテルは降伏の意志を見せず、強い殺気を放ってきた。

「俺の邪魔をするものは、何人であろうと許さぬ。それがたとえ、竜を支配する能力を持つ亡霊であろうと。それを家族という貴様であろうと。そして、兄弟家族であってもな!」

「なっ!?」

 なんでライラの能力を知っているの!?

 外では既にライラが能力を発揮して、竜に指示を出しながら多頭竜と戦闘を繰り広げている。だけど、なぜその能力をバリアテルが知っているんだろう。

 僕たちは一言もライラの能力を口に出していない。北の地竜騒動が収束していることさえ知らなかったバリアテルが、その時に能力を使用したことも知らないはず。

 なのになぜ、知っていた!?

 困惑の思考で、一瞬動きが遅くなった。

 殺気立ち、残った左手で懐から短剣を抜き放つバリアテル。だけどそれと同時に、背後から恐ろしい気配が沸き立つのを感じ取る。

 竜の気配!?

 どちらをどう対処すべきか。

 一瞬の判断だった。

 バリアテルの言葉に動揺を見せてしまい、空間跳躍をする余裕がなかった僕は素早く振り向く。そしてバリアテルを背に、背後から迫った竜の気配を迎え撃った。

「竜の生首!」

 背後から襲ってきたのは、寝室に入った時に目にした竜の生首だった。それがなぜか生きていて、瞳を爛々と輝かせて床を滑るように移動し、僕を咬み殺そうと迫ったのを危機一髪、白剣で斬り伏せた。

 竜殺し属性の白剣は竜の生首を容易く斬り裂き、突進を止める。

 そして、僕の背後からはくぐもった呻き声が聞こえてきた。

「あ、兄上……」

 前後に危機を感じ、判断に迷った一瞬。僕の視界の隅で、グレイヴ様が動いたのが見えていた。

「バリアテル、愚かな弟よ」

 僕の背中とバリアテルの間に割り込んだのはグレイヴ様だった。

 今までマドリーヌ様の結界内で全てを静観していたグレイヴ様が、この時初めて動いた。

 そして、バリアテルの喉元には、グレイヴ様が手にした抜き身の長剣が突き刺さっていた。

 マドリーヌ様の結界を目にも留まらぬ速さで抜け出し、駆け寄ったグレイヴ様。彼がいったいどちらの味方なのか。なんてことは一瞬すぎて考えが及ばなかった。だけど何かを決意し、意志のこもった瞳が真っ直ぐにバリアテルを見据えていたので、僕は背後に振り返って竜の生首を斬った。

 竜の生首は白剣に斬られると、寝室内を苦しそうな悲鳴をあげながら、のたうちまわっていた。

 バリアテルは、ごふりと口から真っ赤な泡と血の塊を吹き出す。

 その時。

 東側の壁と窓を突き破って、紅蓮の飛竜が寝室へと突っ込んできた。

「んなっ!?」

 僕は突っ込んできた飛竜、暴君とその背中に立つライラとルイセイネを見て、顔を引きつらせる。

「えっ……」

 そしてライラは、寝室内でのたうちまわる竜の生首と、グレイヴ様に喉元を突かれたバリアテルを見て一瞬息を呑む。

『ええい、目障りだっ』

 暴君は人族の困惑なんて御構い無しに首を伸ばすと、竜の生首を牙で捕らえる。

 竜の生首を噛み潰し、喉の奥を真っ赤に輝かせた。

「ちょっ……部屋の中で炎は駄目だよ!」

 僕の言葉に不満の視線を向けながら、暴君は噛み潰した竜の生首を外に放り投げ、それに向かって火炎を放つ。竜の生首は瞬く間に灰になり、消失した。

「竜の支配者……オル……ティナ……」

 暴君の背中に立つライラを横目で見たバリアテルが、憎々しげに言葉を漏らす。

「愚かな弟よ、それは違う。彼女は竜の姫、ライラだ」

 僕が言葉を発するよりも先に、グレイヴ様が口を開いた。そして、突き立てていた長剣を振るう。

「がふあっ」

 長剣はそのままバリアテルの首の半分を斬り裂き、鮮血が舞う。

「おの……れ……」

「俺の剣で逝かせてやる。それがせめてもの情けだと思え」

 グレイブ様は一度振った剣を切り返し、血を吹くバリアテルの首へともう一度振り下ろした。

 凄惨な光景。だけど避けられなかった結末に、誰もが顔をしかめる。

 こんな光景は幼女には見せられないと思ったけど、プリシアちゃんは力を使い果たしたのか、いつのまにか王様の寝台に横になっていた。

『しんみりとしている場合ではないぞ』

 バリアテルの最期に言い知れぬ重い雰囲気が漂っていたところに、暴君が口を挟む。

「そ、そうですわ。多頭竜の再生力を封じなければ、倒せないのです」

 ライラが思い出したように口を開く。

 えっ!?

 でも、僕は今のやり取りに違和感を覚え、ライラを凝視する。

「ねぇ、ライラ。いまレヴァリアの言葉を理解して続きを言わなかった?」

「えっ?」

 自覚なしだったのか、ライラの目が点になり。そして急にあわあわと慌てだした。

「な、なぜ言葉がわかったのでしょう。不思議ですわっ」

 不思議もなにも、それはどう考えても竜心によるものだと思うんですけど。

 どうしてライラに竜心が宿ったのかはともかくとして、なにやら多頭竜が大変らしい。

「それで、多頭竜がどうしたの?」

「ええっと、それがですね……」

 ライラとルイセイネの手短な説明に頷き、暴君が素早く竜の生首を消し炭にした理由を知る。

「それじゃあ、あとは本体を倒すだけなんだね」

 僕の確認に頷く一体と二人。

 この場の事後処理は、グレイヴ様とフィレルに任せよう。僕は暴君の背中へと空間跳躍で飛び移る。

 だけど暴君は警戒に喉を鳴らし、寝室内の一点を見つめていた。

「くくく……バリアテルが討たれたか。所詮は人族。役に立たぬ」

「そんな……」

「ミストラルは……?」

 暴君が睨む先に現れた骸骨。死霊使いのゴルドバに、全員が絶句した。