We Live in Dragon’s Peak
Pride to Hand
「あれが竜人族のもうひとつの姿なのか」
「うん。格好良いよね」
「まさか、エルネアも翼や尻尾が生えてくるとは言わないよな?」
「さすがにそれはないよ。あれは竜人族の一流の戦士だけが会得できる能力だからね」
「ふうん。イドが本気はこんなものじゃないと言っていたのは、変身の能力のことだったのかしら」
「たぶんセリース様の言う通りだと思いますよ」
竜王たちが飛び去った空を見上げ、僕とリステアとセリース様が言葉を交わす。
ルドリアードさんたちは北からの魔族の進軍と王都へと派遣する部隊の編成のため、竜王たちの残した胸が熱くなるような余韻を惜しむ暇もなく、慌てて砦へと戻っていった。
「それで、エルネアはこれからどうするんだ?」
「エルネア君、その前に。そちらの女性を紹介してくれるかしら? ついでに、貴方に纏わりついている子竜たちもね」
『うわんっ。ついでなんて酷いよっ』
『纏わりついているんじゃないよぉ』
うん、そうだね。駆けつけてくれて、ありがとう。僕はフィオリーナとリームを撫でてあげる。すると二体は気持ちよさそうに瞳を閉じて、くるくると喉を鳴らした。
リステアとセリース様は愛くるしい二体の様子に微笑む。
僕はとりあえず、二体の名前を紹介してあげた。
セリース様は可愛らしい子供の竜族に興味を持ったような感じ。だけどいまはじゃれ合っている場面ではないと自重したのか、ふるふると無意識に伸びる右手を、左手で必死に押さえ込んでいた。
そんなセリース様は意識を変えるように、ライラに視線を移す。
だけど特別な反応は見られない。たぶんセリース様たちは、ライラの色々を知らないんだと思う。
ルドリアードさんも反応を示していなかったところを見ると、アームアード王国側ではあまり知られていない事件なのかな。
それはともかくとして。
僕がライラを紹介しようとしたら、彼女が自分で動いた。
「私の名前はライラですわ」
恥ずかしがり屋のライラとしては珍しく、堂々と僕に抱きついて名乗りをあげた。
「エルネア様の唯一無二の妻ですわ!」
「ええっ」
ライラの自己紹介に、リステアやセリース様だけでなく、僕まで驚いた。
知らないよ。いまの言葉がルイセイネたちの耳に届いても……
勝った! と握り拳を作るライラ。だけど顔は真っ赤で、恥ずかしそうに僕の背中に隠れようとする。
ええい。抜け駆け成功と喜ぶのか、人前で名乗ったり僕に抱きついていることを恥ずかしがったりするのか、どちらかにしなさい。
やれやれ。と苦笑してライラを引き寄せる。
何気ない行動のつもりだったんだけど、リステアとセリース様は大変驚いていた。
「エルネアが女の子に堂々とした態度をとるなんてな」
「エルネア君。ルイセイネはどうしたんです……」
どうも、驚いた箇所が違ったみたい。
「ええっと。ライラの紹介にはちょっと違う部分があって。ルイセイネも僕のお嫁さんだよ!」
「エルネアが嫁を二人だとっ!?」
「エルネア君。双子のお姉様方はどうしたんです……」
更に驚く二人。
「ええっと。もう少し具体的に言うと、ユフィとニーナも……合計で五人かな……」
「ご、五人だとっ!?」
「エルネア君。あとひとりは……」
あははは。と軽い感じで言ってみたんだけど、二人が顔を引きつらせています。
ううむ、困ったよ。
ミストラルたち全員が揃っていない状態でこの話を進めるのは難しい。どうにかして話題を変えなきゃ。
話を逸らして逃げようとしているわけじゃないんだからね! と誰に対してなのかわからない言い訳を思い浮かべたら、ユグラ様に鼻で笑われた。
ユグラ様で思い出した。
フィレルたちの存在を忘れてました。ごめんなさい。
僕がフィレルを紹介しようとしたら、リステアたちは面識があったみたい。
「フィレル王子。お久しぶりです」
「殿下。この度はご助力感謝いたします」
「お二人とも、お久しぶりです」
三人は、数年前にリステアたちがヨルテニトス方面に冒険に出たときに面識を持ったらしい。
フィレルの口から、ユグラ様やお付きの三人の紹介がある。
お付きの三人はユグラ様の背中の上。だけど竜王たちの姿を見て、僕に対して遠慮はいらなくなったのだと判断したのか。三人とも既に変身していた。
黄金の翼と尻尾を生やした神神しく感じる姿。溢れかえる竜気を漂わせ、空に舞い上がる。
「我らも戦おう」
「竜王エルネアには色々と借りがあるしな」
「伯。暫くお側を離れることをお許しください」
言ってお付きの三人は、王都の空へと飛んでいった。
「僕も死霊の殲滅へと戻ります」
リステアたちと短い挨拶を交わしたフィレルも、ユグラ様の背中へと戻る。
僕たちも、いつまでものんびりとしている場合じゃない。
飛竜や竜人族のみんなが駆けつけてくれたとはいえ、大邪鬼ヤーンの手勢は約一万。
竜峰同盟の猛攻を掻い潜った魔族軍がいつ砦に襲いかかってくるかわからない状況。
こちにも急いで次の行動に移らなきゃいけない。
「レヴァリア様。私たちも行きますわ」
ライラがレヴァリアの背中に移動する。レヴァリアはふんっ、とそっぽを向きながらもライラを受け入れた。そして翼を荒々しく羽ばたかせ、空へ舞い上がろうとする。
慌ててフィオリーナとリームがレヴァリアの背中に飛び乗る。
決してユグラ様の視線から逃げたわけじゃないよね。
『フィオよ。なぜ谷に戻っていないのだ?』
と言うユグラ様の痛い視線と絶対合わせようとしないフィオリーナが可愛かった。
リステアとセリース様はレヴァリアの巻き起す風とその迫力に身体を強張らせていた。
だけどライラとレヴァリアの様子に、ドゥラネルが反応した。
『ふっ。図体がでかいだけで、人ごときの小娘の言いなりとは情けない飛竜だな。背中に人族を乗せるなど、竜族の誇りがないと見える』
先ほどまで睨まれて白目を剥いていたとは思えない威勢で喉を鳴らすドゥラネル。
睨みが消えた途端に威勢を取り戻すなんて。と苦笑をする場面ではなかった。
レヴァリアの四つの瞳が恐ろしい光を宿した。
「レヴァリアッ!」
咄嗟に空間跳躍をする。
危機一髪だった。
僕はドゥラネルの前に飛び込み、両手を大きく広げる。
跳躍をして視点が一瞬ぶれたあと。焦点が合った僕の眼前には、大きく口を開けたレヴァリアの顔があった。喉の奥では真っ赤な炎がちらつき、肌を焼きそうな熱波が僕の全身を撫でる。高温でレヴァリアの口の周りの空気がゆらゆらと揺れていた。
「レヴァリア、駄目だよ」
「レ、レヴァリア様……」
レヴァリアの背中では、ライラが絶句していた。
ドゥラネルの安い挑発に乗ったレヴァリアの反応についていけなかったんだね。
もしも僕が咄嗟に割り込んでいなかったら……
ドゥラネルは首を噛み千切られ、消し炭になっていたに違いない。
ドゥラネルも自分の愚かさに遅れて気づき、身体を硬直させていた。
リステアとセリース様は、突然の竜族同士の対立に恐怖し、身を寄せ合っていた。
さすがの勇者といえども、馴染みの薄い竜族の険悪な雰囲気には困惑したらしい。
しかもレヴァリアは、見た目は他の飛竜よりも迫力があるからね。
これはリステアの弱さではなく、レヴァリアたち竜族がいかに人族に恐れられているかを如実に表している反応だと思う。
「レヴァリア、駄目だよ」
僕のもう一度の言葉に、レヴァリアはようやく口を閉じる。だけど鋭い眼光はドゥラネルを刺し貫いたまま。
『雑魚ほどよく吠える』
レヴァリアはドゥラネルを睨んだまま喉を鳴らす。
『貴様と一緒にするなよ。我は自らの意思でこの者たちを乗せているのだ。我が乗せるのは竜王と竜姫たち。貴様のような半人前の騎士ごときではない』
僕が間から抜ければ、レヴァリアは一瞬でドゥラネルを殺してしまいそう。それくらいの殺気が放たれていた。
かつて暴君と呼ばれたレヴァリアが放つ恐ろしい殺気に、リステアが緊張の汗を流している。セリース様は怯えきり、リステアの背後に隠れていた。
『東の平地に住む竜どもは雑魚ばかりだな』
『なにっ、我ら東の者を愚弄するのか! 我らは誇り高き東の竜族ぞ!』
『誇りとはなんだ。人を背中に乗せぬことが誇りか? 雑魚ゆえに人ごときに使役されるような立場に堕ちた者の誇りとはなんだ?』
レヴァリアの威圧に萎縮しつつも、反論しようとしたドゥラネルは凄いかもしれない。だけどそれだけ。口先だけではレヴァリアには敵わない。
『種族の誇りを己の誇りだと勘違いするなよ? 雑魚の貴様には、種族の誇りなど分不相応。竜族として威勢を放ちたくば、先ずは一人前になったらどうだ。貴様は騎竜に堕ちたのだろう。ならば貴様がいま口にすべき誇りとはなんだ』
レヴァリアの問いに答えられないドゥラネル。
『望む望まざるに関わらず、貴様の立場は騎竜。ならば一人前の騎竜になった後に口を開け。騎竜の誉れは、相棒の竜騎士の活躍だろう。背に乗せる竜騎士に名誉や功績を与えられるかが貴様の腕の見せ所。それなのに人ごときと相棒や他者を馬鹿にし見下すことがなんと愚かなことか。背に乗せる竜騎士を蔑んでいるということは、相棒たる自分も無能だと言っているようなもの。その程度にさえ気づかぬから、貴様は雑魚なのだ。もう一度言おう。我が背に乗せるのは竜王と竜姫たちだ。貴様と一緒にするな』
『竜王と竜姫……』
唸るドゥラネル。
レヴァリアは言いたいことを言って溜飲が下がったのか、殺気を消す。
するとリステアがなんとか動けるようになって、僕の方へ様子を伺うような視線を向けた。
竜心のないリステアたちにとっては、竜族同士の一触即発の睨み合いに映っていたに違いない。
実質的にはレヴァリアの威圧にドゥラネルが一方的に抑え込まれていただけだけど、お互いに低い喉鳴りをさせていたからね。
「大丈夫だよ。こっちは問題ない。それよりも、早く移動しなきゃ。僕はこれから、西の砦にも行かなきゃいけないんだ」
「西の砦か。俺たちはここに残って、ルドリアード様の加勢をしようと思うんだが?」
「うん。リステアたちはそれでお願いします」
「西はお前に任せても良いのか? あっちにも魔族が迫っているんだろう」
「そうだけど、大丈夫だよ。向こうはこっちのような統制のとれた軍勢じゃないはずだから」
西。とは言っても正確にはどの位置から現れるかわからないけど。獣魔将軍ネリッツとその配下の魔族軍が迫ってきているのは確か。だけどヤーンの軍勢のようなまとまった隊列じゃない。
隊列じゃなく各個に竜峰を移動されたから追うのが難しかったんだけど。それは逆に言えば、魔族の目的地であるこの王都へは、個別に到着するということ。その程度なら、僕や小数の戦力でも防ぐことができる。
だけど西の砦を落とされて、ネリッツの軍勢までもが王都へと侵入してきたら大変だ。だから急いで西へと向かう必要があった。
リステアたちはこのまま北の砦に残り、竜峰同盟のみんなが撃ち漏らして迫って来た魔族を迎え撃つみたい。
僕としても、その方がありがたい。
撃ち漏らすのはごく少数かもしれないけど、それでも人族にとっては脅威だ。
リステアたち勇者の戦力は、ここに残ってもらう方が安心できる。
『ほう。西か』
レヴァリアが僕を見下ろしていた。
嫌な予感がします。
『よし、連れて行ってやる』
「えっ!」
反論する暇もなく。
レヴァリアは前足、というか手で僕を掴むと、荒々しく羽ばたいて空へと舞い上がった。
「ちょっと待って。レヴァリアたちは飛竜の狩場が担当なんだよっ」
『ふふん、つまらん。あれは他の連中に任せる』
「そんな勝手な!」
なんて自分勝手なんでしょう。
ドゥラネルを諭す姿はとても威厳に満ちて格好良かったのに、台無しだよ。
『我らも役割へと戻ることにしよう』
ユグラ様もフィオリーナたちを咎めるようなことはせず、優雅に羽ばたいて地上を離れる。そして王都の空へと戻っていた。
「凄いな、エルネア。あの恐ろしい飛竜に余裕の態度だった」
「そうね。移動手段に飛竜を易々と使うなんて。きっとエルネア君の指示に忠実に従っているんでしょうね」
地上では、リステアとセリース様が僕とレヴァリアを勘違いの視線で見上げていた。
違います!
僕は拉致されようとしているんです。
がっちりとレヴァリアに掴まれては、もう身動きなんてできない。僕はレヴァリアに掴まれたまま、空を西へと進んだ。