We Live in Dragon’s Peak

Predators hiding in the bushes

「正直に言うと、もう少し獣人族たちは粘って抵抗してくると思っていたんだがな」

「廃墟の都に入ったら、もう手出しをしてこなくなったね。草原での戦いが最終防衛線だったんだね」

「荒っぽい考えの連中だとばかり思っていたが、意外と決まりごとは守るらしいな」

 僕とリステアが呑気に会話できているのもひとえに、獣人族たちの潔い態度によるものなんだ。

 フォルガンヌたちは腕試しの戦いのあと、数刻経って意識を取り戻し始めた。そして、敗北を知る。

「人の勇者と竜の王よ、お前たちは自らの力と存在を証明して見せた。俺たちはその実力に敬意を表し、素直に従うことにしよう。メイの後見人にお前たちが名乗りを上げてくれたこと、獣人族を代表して感謝する」

 思っていた以上にあっさりと、フォルガンヌは頭を下げた。

 けっして、未だに草原で鎮座するリリィに尻込みをして、尻尾を振っているわけじゃない。獣人族は腕試しで僕たちの実力を認めてくれた。彼らは強き者に従う、という単純な理を持つ。それは最年長のジャバラヤン様が選出した宗主であったり、自分たちを屈服させる実力者であったり。どうやら、僕とリステアは獣人族に受け入れられたみたい。

 敵として相対すると、とても凶暴で手のつけられない相手だけど、和解すれば裏表のないまっすぐな種族だとわかった。

 このままメイが洗礼の儀を受けて正式に宗主になれば、獣人族はきっと素晴らしい未来へと進んでいけるんじゃないかな。

 僕とリステアがその後押しをすることになると思うんだけど、これからとても楽しみだね。

 メイは占いで、獣人族を繁栄に導く者、として宗主に選ばれた。ジャバラヤン様の占いが正しかったことを証明するためにも、竜峰や人族との文化交流を補佐できればいいな。

 一時はどうなることかと心配したけど、結果から見れば獣人族や僕たちに取って有益な方向に進んでいる気がする。

 だけど。

 全てが順調というわけではなかった。

「エルネア君、メイちゃんが目覚めないんです」

 既に、騒動から二日が経過していた。

 毒により重篤だったメイは、ルイセイネたちの看護もあって一命を取り留めた。でも、その後の経過が思わしくない。

 一向に目を覚ます気配がないんだ。

 どうもおかしい、ということでフォルガンヌたち獣人族の代表と僕たちは相談することになった。

 もしかすると、巫女のルイセイネたちも知らない毒が使用されているのかも。

 呪いとかそういう類も疑ったけど、ジャバラヤン様が調べても特にそういった邪な気配はなかったみたい。

 こうなれば、薬師フーシェン様を呼び寄せよう、ということになった。だけど、迎えに行った馬種の獣人族は未だに戻ってこない。

「勇猛なる戦士ガウォンよ、メイのことを少し聞かせてもらおう」

 フォルガンヌたちは、メイの世話は僕たちに一任して、洗礼の儀まで廃墟の都の外で待っていた。

 どうやら、ジャバラヤン様が住む廃墟の都は獣人族たちにとって神聖な場所で、気安く滞在するようなことはできないらしい。

 だからこそ、廃墟の都の前が最終防衛線だったんだね。

「俺は叔父貴の意志を継ぎ、メイの住む羊種の集落を訪れた。しかし、間に合わなかったんだ……」

「ちょっと待ってほしい。俺たちからもひとつ、質問をいいだろうか」

 リステアが挙手をして発言を希望した。

「最初に疑問を感じたんだが、ガウォンの叔父貴さん、ラーゼガン殿はどうしたんだ? これまでの貴方たちの話から、ラーゼガン殿はジャバラヤン様の護衛をしていたんだろう?」

「あ、それは僕も疑問に思ったよ」

 ジャバラヤン様の護衛役というラーゼガン。だけど、彼の姿をこの二日間、目撃していない。見るのはジャバラヤン様と同じ兎種の人たちで、この人たちがジャバラヤン様の身の回りのお世話をしていた。

 でも他の種、つまりガウォンと同じ犬種の男性なんて目撃どころか気配も感じない。

「叔父貴は……殺された」

「えっ!?」

「祈祷師ジャバラヤン様の占いを受け、叔父貴が羊種に知らせることになっていた。だが、廃墟の都を出た次の日、何者かの襲撃を受けた。叔父貴は命からがら犬種の集落へとたどり着き、俺に後を託したんだ」

「いったい、誰に殺されたんです?」

 普通に考えれば、メイが宗主になることに反対をする他の獣人族、ということになるのかな。だけど、フォルガンヌの言葉に更なる疑問が浮かんでくることになった。

「そもそも、次の日宗主がどの部族の誰になるのか、それはジャバラヤン様と伝令役しかわからないはずなのだ。だから、ラーゼガンが討たれたときには、まだ何者が次の宗主になるのか誰も知らなかった。俺たちが知ったのも、ラーゼガンが死に際にガウォンへと託した言葉を聞いた者が広めたからだ。誰が宗主になるのかわからない時点でラーゼガンを討つ意味がわからんな」

「ちょっと待ってほしい。ならラーゼガンを襲撃した者を、貴方たちはまだ把握できていないのか?」

「恥ずかしいが、そういうことになる」

 メイが宗主になることを阻止しようとしたフォルガンヌたち。だけど彼らは、最初は蚊帳の外にいたことになる。

 もしかすると、自分が次の宗主に選ばれるかもしれない。名のある獣人族は少なからず期待を持ち、ラーゼガンの知らせを待っていたに違いない。そんな者が、先んじて伝令役のラーゼガンを襲う道理が見つからない。なら、襲撃者の意図は?

「襲撃者のことも気になるが、まずはメイのことだろう。ガウォンよ、先を話せ」

「わかった。手がかりの少ない話よりも、いまが大切だろうな。話を戻そう。俺は、叔父貴の後を継いで羊種の集落へと赴いた。夕食どきだったな。だが、先ほども言ったが、間に合わなかったのだ。メイ様の夕食に、毒が仕込まれてあった」

「なにっ!?」

 驚愕の声をあげたのは、フォルガンヌだった。

「えっ、なんで驚くの? 毒を仕込んだのは、フォルガンヌたちじゃないの? だって、貴方たちはメイが宗主になることを良しとせず、待ち構えていたくらいだし」

「馬鹿を言え。もう一度これまでの話を思い出してみろ。俺たちが知ったのは、ラーゼガンが命を落とした後だぞ。先行して羊種の集落へ走ったガウォンを追い抜くことなどできるものか。そして、メイの夕食に毒を盛るなんぞ、できようもない」

「言われてみれば……」

 じゃあ、メイのご飯に毒を仕込んだのは誰なのか。簡単に答えは出てきた。ラーゼガンを襲ったという何者かだね。

「ひとつの可能性として。襲撃者がラーゼガンから聞き出した可能性は? それと、死者を辱めるわけではないが。ラーゼガンもメイの宗主拝命には反対だったんだろう。なら彼から誰かに、事前に漏れていたという可能性は?」

 リステアらしい鋭い指摘に、だけど居合わせた獣人族全員が首を振った。

「ラーゼガンに限って、それは絶対にない」

「叔父貴は素晴らしい戦士であり、ジャバラヤン様が全幅の信頼を寄せる守護役だった」

「ラーゼガンも人だ。内心では色々とあっただろう。だが、ジャバラヤン様を裏切るようなことは絶対にしない。不服ながらも役目を全うし、死の間際にガウォンへ後を託すほどの者だぞ」

 獣人族たちの強い口調により、リステアの指摘は否定された。

「あのう、ちょっと良いでしょうか」

 今度は、ルイセイネが挙手をした。

「わたくしからも質問なのですが、羊種の集落は遠いのですか?」

「持久力のある犬種のガウォンが走り続けて、ここから半日ほどだな。ちなみに、犬種の集落はここに近い場所だ」

「では、他の種族だと?」

「俊敏力では獅子種や豹種の方が圧倒的だが、持久力がないからな。俺たちだと一日くらいか。草食系の者たちも持久力はあるが、慎重さがあって時間がかかるな」

「……」

 僕たちは顔を見合わせた。

 そうすると、犬種のガウォンが一番早く、羊種の集落に辿り着けることになる。だけど、メイの食事に毒を込んだ者は、そのガウォンよりも早く到着していたことになるよね。

 そして。

「変じゃない? フォルガンヌたちは後からメイのことを知ったんだよね。羊種の集落に一番早く到着したのはガウォンだよね。……じゃあ、なんで虎種のボラードにウランガランの森で襲撃を受けたのかな。しかも、メイが毒を盛られたその日の深夜に。それと、僕はボラードとガウォンのやり取りを聞いていたんだけど、メイに毒が盛られて瀕死だと、ボラードはあの時点で知っていたよね」

「……っ!?」

 獣人族たちの表情が歪んでいった。

「疾駆する戦士ボラードはどこだっ!?」

 よくよく考えてみると、最終防衛線に虎種の戦士は見当たらなかった。

 きっと、虎種の戦士たちだけ先行してガウォンとメイを襲撃したのだとばかり思っていたけど、どうやら違うらしい。

 フォルガンヌの叫びに、控えていた者が慌てて走り去る。

 だけど、全員が知っている。ボラードはこの場にも廃墟の都前に集まっている獣人族たちのなかにも居ない。

 ウランがランの森で縛り上げたときには、半日もすれば追いつくとガウォンが言っていたけど。二日経ったいまになっても、ボラードたち虎種の獣人族はひとりとして姿を見せていなかった。

 疑問に思わなかったわけじゃない。だけど、この騒動に加担をしていない部族も多いんだ。ひとつやふたつの部族の姿がないからといって、深く怪しむいわれはなかった。

 だけど、どうも違うらしい。

「奴らめ……。なにを考えている」

 ぐるる、と獰猛に喉を鳴らすフォルガンヌ。ガウォンも、牙をむき出しにして怒りを見せていた。

「俺がもう少し、気を回していれば……」

「今更、過去を悔やんでも仕方あるまい。いまはボラードたちを見つけ、問い詰めることが重要だ」

 もしも、伝令役を受け持ったラーゼガンを襲ったのが虎種の者たちだったのなら……。でも、ラーゼガンは口を割るような戦士じゃないんだよね。

 ボラードたちはどうやって、メイのことを知ったのか。

 答えを導き出せないまま、この日の会議は終了した。

 結局、メイが意識を失ったままの原因も突き止められていない。恐らく、鍵はボラードが握っている。

 獣人族たちは総出で、ボラードたち虎種の戦士を探し始めた。

 だけど、それから二日経っても、ボラードの行方はわからないままだった。虎種の集落にも戻っていないらしい。そして、集落に残っていたのは女子供ばかりで、戦士は出払って行方知らず。残された者たちも行方を知らなかった。

 悪い知らせは続く。

 薬師フーシェン様を迎えに行った者の戻りが遅い、ということで、第二陣が放たれた。だけど彼らがもたらした報告は、誰もが予想していなかった事態を招く。

「薬師フーシェン様の住居は、何者かに襲われた後でした」

「なにっ!? それで、フーシェン様は?」

「はい。お姿は見当たらず。散乱した家具などとともに、先発した者の死骸だけが」

「やられたな。ラーゼガンを襲い、メイに毒を盛っただけでは飽き足らず、フーシェン様を襲い拉致したか」

 フーシェン様は、猿種の獣人族らしい。若いときは北の地をくまなく歩き続け、深い知識と知恵を身につけた老人なのだとか。

 北の地の薬と毒に精通し、病や軽度の負傷をした場合はフーシェン様、命に関わる重篤な危機にはジャバラヤン様に頼る、というのが獣人族の共通する認識だった。

 でも、そのフーシェン様が何者かに襲われた。そして、行方も不明になっている。

「その場では殺されず、拉致されたということは、命は保っているようにも思えるが……」

「だからと言って、安穏とはしていられないな」

 獣人族たちの動きが慌ただしさを持つようになる。

 廃墟の都前の草原で次の満月を待っていた者たちは、北の地の各所に散らばり始めた。

「狩りの時間だ!」

 フォルガンヌの号令のもと、暗躍する者を獣の連携で追跡し始めた。