We Live in Dragon’s Peak

[]/(n) (uk) (1) (uk) (uk) mountain of)

『人族が竜峰に入り込んでおる。それを引き連れるのは竜姫か? 竜人族であれば、ここがどのような地であるか理解しておるであろう』

 ぎろり、と鋭い視線を向けてくる年老いた地竜。

 老竜とはいえ、恐ろしい気迫に圧倒される。

 妖魔を全滅した直後で、気が立っているのかもしれない。

 ごくり、と唾を飲み、立ち上がる。

 白剣と霊樹の木刀をしまい、敵意がないことを示す。

 でも、なにが起きても対処できるように、油断はしない。

 僕が地竜に対峙すると、続いてミストラルも動いた。

 ミストラルは僕とは逆に、竜気全開で老竜と対峙した。

 竜族が相手でも嘗められないように存在感を示す。僕なんかがこんなことをすれば竜族の逆鱗に触れるかもしれないけど、そこは竜姫。透き通るような、巨大な竜気に地竜はぐるぐると喉を鳴らす。

 緊張した気の張り合いが少しの間だけ続いた。

 そして先に口を開いたのは、十分に迫力を見せつけたミストラルだった。

「老竜よ。わたしたちは竜の祭壇に用事があり、参りました」

『竜の祭壇とな?』

 地竜は睨み合っていたミストラルから、山脈の先の暗雲に視線を移す。

『あそこはいま、呪いに満ちておる。竜姫といえど呪いには抗えぬぞ』

「やはり、呪いが蔓延しているのですね。わたしたちはその呪いをどうにかしようと、竜奉剣を携えてきました」

 地竜は暗黒の雲から、ユフィとニーナが背負う黄金の双剣に視線を移す。

 なぜ人族が竜奉剣を、と訝しんでいる。

「竜奉剣を祀っていた部族が竜人族同士の争いで滅んでしまいました。その際に、彼らが担っていた儀式の知識なども失われてしまって……」

『昨年の騒動か。なるほどそれで、竜姫が出張って来たというわけだな。して、なぜ人族を連れておる?』

 地竜は不機嫌な気配を見せていたけど、そこは聡明な竜族。一方的に不機嫌さを振りまくのではなく、こちらの事情を耳に入れようとしてくれていた。

 これが魔族だったり、たちの悪い野盗だったりしたら、問答無用で争いになっているところだね。

 まあ、この地竜との対話で理解を得られなかったら、野盗や魔族以上に危険な状況になるんだけど。

 地竜は、竜姫のミストラルを認め、僅かばかり傾ける耳を持ってくれていた。

 ここは、ミストラルにお任せするしかない。

 彼は、とミストラルは僕を示す。

「人族ではありますが、竜王のエルネア。わたしの夫です。そして他の女性も、彼の妻です」

『古代種の子竜と、精霊族は?』

「エルネアを慕う者です」

 地竜は僕を見定めようと、光る瞳を向けた。

 僕は刺激しない程度に、竜宝玉を解放する。

 地竜はぐっと顔を近づけてきた。

 荒い鼻息で、僕と隣に立つミストラルの髪が揺れる。

 いつものことながら、こうした竜族の威嚇は全く通用しない。

 つい数日前にも、アシェルさんに噛み付かれたばかりだ。それに比べれば、年を重ねたとはいえ、普通の地竜の牙はフィオリーナやリームなどと大して変わらない。

 僕だけではなく、女性陣の怯えのない気配に、地竜は面白くない、と鼻を鳴らして顔を遠ざけた。

『あそこは、竜の王の縄張りであり、死した竜族の想いの在り処。其方らは、あの呪いを祓えるのか?』

「正直に言いますと、行ってみないことにはわたしたちにもわかりません。なにせ、竜奉剣が担っていた役割さえも口伝が絶えてしまっているので」

 ここで噓偽りを言うわけにはいかない。老年の竜族は、人の嘘なんてすぐに見破るからね。

『情けないことだ。竜の王が嘆くわけだな』

 竜の王。

 竜王とは違うのかな?

 言い方は似ているけど、使われ方がどうも違うように感じる。

 僕や人族が身近に知る竜の王とは、アームアード王国とヨルテニトス王国の建国の話に出てくる「聖なる竜の王」だね。

 双子の兄弟、アームアードとヨルテニトスが長い旅の途中で竜峰を越える際。弟のヨルテニトスは竜の王と契約を交わし、竜を操る術を教わったという。

 その、竜の王?

 ということは、竜の王は健在で、竜の祭壇にはその王が居るのかな?

 話が逸れそうだけど、気になったのでミストラルに質問してみた。

「竜王と竜の王は確かに言葉は似ているわね。でも、貴方の言う通り、完全に別物よ。竜の王とは、数千年前に竜峰の竜族を支配した古代種の竜族だと言われているわ」

「竜の盟主とは違う?」

「人の社会的に言うなら、竜の王はまさに、竜族を支配した王様ね。ただ、人のように法律や力で支配していたわけじゃないわ。いまの盟主と役割は似ているかしら。竜の王が死に、その後に竜族を纏めたのが、竜の盟主の始まりね」

「人族の伝説では、竜族を使役する術は竜の王から教わったってことになってるんだけど。そうすると、竜の王は三百年くらい前までは生きていた?」

「それは変ね。竜の王の話は、数千年前のものだと聞いているわ」

「むむむ?」

 僕の質問でミストラルも困惑してきたらしい。彼女も困った表情で首を傾げた。

 ミストラルでさえも、竜の墓所の情報は持っていないんだね。竜峰北部は、完全に竜族の縄張りで、竜人族も容易くは入れないのだとそれで感じ取れた。

『竜の王の魂は滅んではおらぬ』

「ええっ!」

 地竜の言葉に、僕だけでなくミストラルも驚く。

『くくくっ。其方らの反応は、竜の墓所に初めて足を踏み入れた竜族と同じものだな』

「と、ということは……竜の王のことは、以南の竜族でも知らないということですか?」

『知らぬだろう。秘匿されておるのだから』

「なぜですか?」

『知らぬ方が良い。竜姫が語ったであろう。竜の王は数千年前に、その存在の気高さで竜族を支配していたのだ。その魂が滅んでないとわかれば、くだらぬ騒ぎの種になるであろう』

「それは、あるかもしれませんね」

 竜族は、強い想いを竜宝玉として残す場合がある。ミストラルの村は、竜宝玉を護る一族なんだよね。

 だけど、その竜宝玉を元にしても争いは起きてしまう。盗み出そうとしたり、悪巧みをしたり。それは、オルタの件で僕たちも痛感していた。

 そして、竜の王の魂が滅んでいないのだとしたら。それに目をつける悪党は絶対に現れるよね。

 なるほど、秘匿する必要を強く感じる。

 オルタの一族は、竜の王の魂のことを知っていて、密かに守ってきたのかもしれない。

 では、なぜ今回、竜の王の縄張りに呪いが蔓延ってしまったのか。

 呪いは、死んだ竜族の想いが溜まったものらしい。

 竜の王の魂。死んだ竜族の想い。竜の祭壇。そして、竜奉剣。これらがどう関連するのか、残念ながら僕たちには未だにわからない。

 それと、ヨルテニトスに竜術を授けた竜の王との関連もいまいち見えてこない。

 地竜は、知識の乏しい僕たちに、しかし蔑むような視線は向けなかった。

 言葉を交わしているにつれ、徐々に荒だっていた気配を沈め始めていた。

『面白い。あの呪いをどうにかしようと集ったのが、竜姫と竜王、その家族か。竜族でも手にあまる瘴気の先に、竜の祭壇はある。よかろう。此度は其方らの意気込みに免じて、見逃してやろう』

「ありがとうございます」

 やはり、竜の墓所を荒らす人は年老いた竜族に目をつけられやすいみたい。だけど同時に、懐も深いね。

 さらに言うと、竜族はもともと好奇心が強く、お節介です。

『よし。我が瘴気の側まで連れて行ってやろうではないか。今回は特別だ。さあ、背中に乗るが良い』

「いやいや、まだ夜中ですし。ちびっ子は寝てますし」

 プリシアちゃんとニーミアは、これだけの騒ぎが起きても夢の中です。

 ニーミアは狸寝入りだろうけどね。

 結局、今夜は色々と見逃してもらえることになった。

「んんっと、乗っていいの?」

「プリシアちゃん。そういうことは乗る前に言うんだよ」

 ということで、翌日。

 雲海から太陽が顔を出すと早速、昨夜の地竜の案内で瘴気の雲の場所へと行くことになった。

 歩くだけでも体力と精神が消耗する高地を、地竜は背中に僕たちを乗せて、連れて行ってくれるらしい。

 お言葉に甘え、お願いする。

 竜の墓所の住民に案内してもらえれば、他の竜族にちょっかいを出される心配はないしね。

 全員で地竜の背中にお邪魔して、残っていた行程を踏破することになった。

 だけど、その選択肢は失敗だったかもしれない。

『どおれ、掴まっておれよ』

「ぎいいぃぃぃやああぁぁぁぁ……」

「きゃあああぁぁぁぁぁっ」

「きゃっきゃ」

 この地竜がどうやって妖魔の前に現れたのかを考えるべきでした!

 地竜は僕たちを乗せると、問答無用で大空へと跳躍した。

 踏みしめた岩場が砕ける瞬間を、一瞬だけ視界が捉えた。だけど直後には、一晩を過ごした岩陰ごと、山脈の景色が遥か下方に広がっていた。

「ひやああぁぁぁっ……」

 桁違いの竜気で大跳躍をした地竜は頂点に達すると、自然落下で瘴気渦巻く暗黒の雲に近づいていく。

「きゃあぁぁぁぁ……!」

 掴まっていろというか、ライラの引っ付き竜術がなかったら絶対に跳ね飛ばされてますからっ!

 地竜は何度かの跳躍で、僕たちなら結構な時間を費やしていたはずの行程を瞬く間に移動した。

 だけど、僕たちの体力と精神は、歩いたとき以上に消耗していた。

『さあ、其方らの役割を果たせ』

「あ、ありがとうございました……」

 ふらふらの身体をなんとか支えながら、地竜の背中から降りる。そうすれば、暗黒の雲はもう目と鼻の先だった。

 これまでの、高山特有の薄い空気と冷たい強風は消え去り、代わりに重苦しく精神を蝕むような黒い気配と、一寸先さえも見通せない漆黒の闇が広がっていた。

 自然のものとは違う暗黒の雲は、まるで意志でもあるかのように蠢いていた。

「プリシアちゃん、近づいたら駄目だよ」

「うん。怖い」

 いつもは無邪気なプリシアちゃんも、瘴気の不気味さに顔をしかめている。ニーミアの加護がなければ、この暗黒の雲には近づくことさえできないかもしれない。それほどに濃い瘴気だった。

 でもまあ、巨人の魔王が怒ったときに纏う絶望的な瘴気に比べれば、幾分ましなのかな。と思う僕は壊れているのかもしれない。

 なにはともあれ、この瘴気をどうにかして先に進まないと、竜の祭壇にはたどり着けない。

 ミストラルたちも同じ考えなのか、瘴気を前にしてどう進むかと顔を見合わせていた。

「ここは、やはり巫女としてわたくしが」

「ルイセイネ、手伝うわ」

 ルイセイネはすでに、法術で結界を展開させていた。あまりにも濃い瘴気は、それだけで生物を呪い殺してしまう。ニーミアの加護だけでは、近づけても先には進めない。

 ミストラルが竜宝玉の力を解放すると、なぜか溢れ出た法力がルイセイネに流れ込む。ルイセイネはその力を利用して、浄化の法術を新たに唱え始める。

『瘴気だけと油断するでない。この辺りで休んでいた竜が幾体も飲み込まれた。おそらく、この奥で呪われた身となって其方らを待ち構えておるだろう』

 地竜の言葉に、戦慄が走る。

 瘴気だけでも苦労しそうなのに、奥にはもしかすると腐龍が跋扈しているかもしれないんだ。

 ここが死んだ火山なのか、それすらも確認できないほど、暗黒の雲は広がりを見せていた。

 瘴気の闇をどれほど進めばいいのか。呪われた竜族の存在はどうなのか。

 僕たちの先には、未だに多くの困難が待ち構えていた。