地竜騎士が三騎。飛竜騎士が二騎。遠目から確認できる。

 だけど、地竜騎士はともかくとして、なぜか飛竜騎士も地上に降りて、遠巻きに離宮を見ていた。

 ちょっと違和感があるね。

 竜騎士が合計五騎もいて、離宮を遠くから包囲するだけなんてさ。

 王妃様を人質に取られているから安易に手が出せないのはわかるんだけど、なぜ飛竜騎士が空を飛んでいないんだろう?

 休憩中、と言われるとそれまでなんだけど、地上の彼らはそんな雰囲気ではないような気がする。

 先行する焦げ茶色の飛竜とレヴァリアに騎乗する面々も違和感を覚えたのか、飛行速度を落として離宮へと近づいていく。

 見ると、地上に展開する兵士の人たちがこちらに気づいたのか、なにやら訴えかけてきていた。

 いったい、なにが言いたいのか。もう少し接近すれば、竜騎士団所属の竜族から竜心が伝わってくるはず。

 そう思った直後だった。

「かいひー!」

 リリィが咆哮をあげた。

 リリィの咆哮と同時か一瞬早く、レヴァリアが急激な動きで進行方角を変化させる。リリィも自身の言葉通り、身体を大きく捻って急旋回をかけた。

「あっ」

 急速に流れる視界の隅に、それを捉えた。

 離宮の屋根を突き破って放たれた漆黒の光線が、上空を飛行する飛竜に迫る。

 回避運動の遅れた焦げ茶色の飛竜が、漆黒の光線の餌食になった。

 胴を貫く禍々しい光線。

 竜族の強固な鱗を難なく貫通した黒い光の帯は、そのまま飛竜の胴を薙ぎ払う。

『ぐがあああっっっ!』

 空に、飛竜の悲鳴が響く。

「アーニャさん!」

 胴を裂かれる激痛に暴れた飛竜から、騎手が振り落とされた。

「……リリィ」

「はいはーい」

 魔王がリリィに指示を出す。

 焦げ茶色の飛竜を血祭りにあげた漆黒の光線は放出を終えたのか、細い線となって消える。

 こちらを狙う脅威が消えるとすぐさまリリィは身を翻し、落下していく飛竜に急行した。

『ええい、面倒なっ』

 レヴァリアも大小四枚の翼を駆使し、悲鳴をあげて落ちていくアーニャさんへと向かう。

 間に合え!

 祈ることしかできない。

 だけど、僕の祈りをあざ笑うかのように、またしても離宮から漆黒の光線が放たれた。

「っ!」

 視認してからでは回避なんて到底できそうもない速度でこちらに迫る光線。

 今度は、リリィを狙ってきたのか!

 駄目だ、命中する! そう思う間も無く、漆黒の光線はリリィに到達した。

「直撃は怖いですねー」

 とはいえ、そこはさすがに古代種の竜族でした。

 リリィは周囲に結界を張り巡らせると、光線を遮断する。

 しかもどうやら、迫っていた光線だけじゃなくて視界まで遮るもののようだ。気づくと、僕たちは真っ黒な球体に包まれていた。

 そして、リリィは四本の足でしっかりと飛竜を捕まえていた。

 胴を半ばから両断された焦げ茶色の飛竜は、竜族らしい生命力でなんとか一命をとりとめているようで、弱いながらも息をしていた。

 でも、このままじゃあ出血と外傷で死んでしまう。

 僕はすぐさま空間跳躍を使い、リリィの背中から飛竜へと移る。そして、小壺に入れてきたありったけの秘薬を傷口へと撒く。

 足りない。この程度じゃ、竜族の大きな身体に深く大きく刻まれた傷を完治することはできない。

 だけど、みんなの分も使えば……

「リリィ、地上へ!」

「はいはーい、お任せあれー」

 今度は僕の指示を受けて、リリィが動く。

 とはいえ、周囲は真っ黒な球体に包まれている。太陽という光源も遮られているせいか、竜気を宿した瞳でようやくリリィや飛竜を確認できる程度なので、実際に降下しているのかはわからない。

 それでも、リリィが地上へと向かって降りてくれているという確信だけはあった。

 僕はいまにも事切れてしまいそうな飛竜を励ましながら、見えない遠くへと視線を移す。

 リリィの創り出した球体のなかに、レヴァリアの姿はない。

 視界どころか気配感知なども全て遮断する結界なのか、外の状況がまるでわからない。

 みんなは無事だろうか。アーニャさんを無事に救出することはできたかな?

 古代種の竜族であるリリィがわざわざ結界を出してまで防いだ攻撃だ。

 きっと、普通の竜族には防ぎきれない威力なんだろうね。

 遠巻きに離宮を見ていた竜騎士団の意味をようやく理解する。きっと、僕たちが到着する前にもあの漆黒の光線を見た竜族が、危険性を感じたに違いない。それで、仕方なく遠巻きに様子を伺うだけで手をこまねいていたんだ。

 ふわんっ、と泡が弾けるように黒い球体状の結界が解かれた。

 結界で遮られていた真下には、地面がある。

 リリィは飛竜をそっと地面に下ろすと、自身も近くに着地した。

 みんなは? と周囲を見渡す。すると、リリィの近くにレヴァリアも着地していた。

 どうやら、全員無事だったみたい。

「エイゼフ!」

 救出されたアーニャさんが走り寄ってきた。

 僕にではなく、焦げ茶色の飛竜に。

 そして、アーニャさんはエイゼフと呼ばれた焦げ茶色の飛竜の胴の傷を見て絶句する。

 僕が薬を撒いたとはいえ、癒えた部分はほんの一部。それ以外の場所からはいまでも真っ赤な血が流れ、内臓も見えてしまっていた。

 早く治療をしなければ。

 みんなにお願いするよりも早く、動いた人がいた。

「ルイセイネ、手伝いなさい!」

「はいっ」

 神職に身を置く、二人の女性だ。

 リリィの背中から素早く降りてきたマドリーヌ様。それと、地上で待ち構えていたルイセイネが、焦げ茶色の飛竜エイゼフに走り寄る。そして、法術を唱え始めた。

 淡い光に包まれるエイゼフ。すると出血が止まり、大きな傷口がゆっくりとではあるけど再生し始めた。

 竜族にも、癒しの法術は効果を発揮する。それだけじゃない。魔族であろうと神族であろうと、法術は等しく癒しの力を示す。

 不思議だよね。万物を等しく救う術だなんてさ。

 いや、不思議ではないのかな?

 法術は、創造の女神様の力の欠片なんだよね。世界の全ては女神様が創り出したんだし、それなら子供たちを等しく癒すよね。

「翁の秘薬は必要なかったようね」

「そうみたいだね。でも、僕の分はもう使っちゃった」

「エルネア様が応急処置をしてくれましたので、助かったのですわ」

「使わないで良いのなら、それにこしたことはないわ」

「使わないで良いのなら、温存していた方が良いわ」

 いつの間にか僕の傍に来ていたみんなと一緒に、必死に治療するルイセイネとマドリーヌ様を見守る。

 アーニャさんもエイゼフの顔付近に寄り添って励まし続けていた。

「到着早々、大変なことになったな」

 すると、リリィの背中からようやく地上に降りてきた魔王が、こちらと離宮の方角を見ながら笑う。

 どうやら、この事態も魔王にとっては面白い情勢に映るらしい。

 魔族の不謹慎な態度にため息を吐きながら、僕は釣られて離宮の方角へと視線を移した。

 どうやら、ここは漆黒の光線の射程外らしい。

 遠巻きに展開していた竜騎士団や兵士の人たちよりももっと遠い場所に、僕たちは着陸していたようだね。

 静寂を取り戻した離宮を背景にして、こちらへと駆けてくる影が見えた。

 近衛騎士かな。馬を駆り、土煙を上げて近づいてくる。

「ご無事ですか!?」

 慌てた様子の近衛騎士は馬が静止する前に飛び降りると、こちらの様子を伺う。

 僕たちを見たあとに瀕死のエイゼフを確認し、顔をしかめる。そして、近くのレヴァリアに気づいて悲鳴をあげた。

「ぼ、僕たちはなんとか……」

 エイゼフも、ルイセイネとマドリーヌ様が治療にあたっているので、きっと命に別状はないはずだ。

「エルネア様でしたか! 焦りました。光線を受けてそちらの飛竜が落とされたかと思えば、今度は巨大な黒球に捕らわれたので」

「ああ、そっちは黒竜の結界なのでご安心を。それよりも、現状を教えていただけると助かります」

 どうやら、リリィの張った結界も、賊の放った術かなにかと思われちゃっていたみたいだね。同じ闇属性だから勘違いされちゃったのかな。

 それと、近衛騎士は僕たちのことを知っていたみたいで、身を正して畏まる。

「はっ。現在、我々は離宮を包囲しつつ様子を伺っている状態です。お分かりとは思いますが、一定の距離に近づくとあの光線が襲ってくるもので……」

「あの威力だと、射程圏外から様子を見るしかないですよね」

「はい。距離により威力は減衰するようで、いまの距離がなんとか防げる位置なのです」

 背後を振り返る近衛騎士。目を凝らせば、遠くに陣地が見えた。

「離宮のなかの様子はわからないんですよね?」

「何度か隠密に侵入しようとしましたが、賊はかなりな手練れのようで……。全て失敗に終わっており、宮内の様子は不明でございます。王妃陛下が無事なのかどうかも……」

 近衛騎士の言葉に、ライラがびくりと震えた。僕はライラを抱き寄せながら、どうすべきか考える。

「先行してきたものの、これじゃあ安易に手は出せないね。やっぱり、王様の到着を待ったほうが良いのかな?」

「陛下がこちらへ?」

「はい。グスフェルスに騎乗して、竜騎士団を引き連れてやって来るみたいです」

「それでは、一両日中には到着なされるはずですね」

 強引な手を使えば、侵入はできるかもしれない。

 リリィの結界ならあの漆黒の光線も防げるようだし、強行突入は可能だ。だけど、人質になっている王妃様や使用人さんたちの命が危険に晒されちゃう。

 僕たちの最善の目標は、全員無事に救出して、賊は全員捕らえることだ。

「ねえ、僕たちが侵入するのは危険かな?」

 ミストラルに相談してみる。

 賊が何者か、そもそも何人組なのか。未だに判明はしていないけど、こちらだって腕に自信はあるよ。僕も気配を消すのは得意だし、ライラの右に出る者はいない。ミストラルも竜人族らしく巧みな技を使える。

 ユフィーリアとニーナは……。まあ、彼女たちは暴れるのが専門だし!

「んんっと、ユンユンとリンリンにお願いする?」

「あっ。プリシアちゃん、ついてきちゃったんだね!」

 すっかり忘れてました!

 ユンさんとリンさんの存在を、じゃないよ。幼女の存在だよ。

 負傷したエイゼフを心配そうに見ていたプリシアちゃんを抱き寄せる。

 そして、はい、と魔王へ渡す。

 魔王は、素直にプリシアちゃんを受け取ってくれた。

 うむ。我ながら完璧な思考だ。

 魔王の側が一番安全だからね。子守をしてもらいましょう。プリシアちゃんの安全は、これで問題ない。

 そして、魔王の暴走も防げる!

「それで、ユンユンとリンリンとは?」

 プリシアちゃんを抱く魔王が、冷たい視線を僕へと向ける。

 背筋が凍りつくような、恐ろしい視線です。

 僕は返答に困り、視線を逸らす。

「よもや、其方らの周りを彷徨(うろつ)く気配に、私が気づいていないと思ってはおらぬだろうな?」

「うっ……」

 思考が読まれちゃうから、考えないようにしてきたのに!

 僕の努力をあざ笑うかのように、魔王とルイララが詰め寄ってきた。

「エルネア君。僕でさえも気づいているんだ。陛下が気づいていないわけがないじゃないか」

「うううっ。ルイララまで!?」

 侮りがたし、ルイララ!

 僕は観念して、二人の賢者の存在を魔王とルイララに打ち明けた。

「……そもそも、リリィから聞いていた」

「そうでした……」

「其方は詰めが甘い」

「しくしく」

「へええ、知らなかったよ。近くに存在しているなんて」

「しまった、ルイララに騙された!」

「甘々だね」

「くううっ」

 よく考えたら、僕たちの活動はリリィを通して魔王には筒抜けなんだよね。

 だけど、まさかルイララに騙されるなんて……。悔しいっ!

 ルイララはユンさんとリンさんの存在に気づいていなかったみたいだ。

「それじゃあ、ユンにお願いして探らせる?」

「それじゃあ、リンにお願いして調べる?」

「そう言いながら、なぜお二人は竜奉剣を構えているんですかねぇ」

「気を引き締めているだけだわ」

「気合を入れているだけだわ」

 人質がいなくて、号令さえあれば真っ先に突撃していきそうな気配のユフィーリアとニーナ。

 僕はやれやれと肩を落としながら、二人に剣を仕舞わせる。

「ともかく、まずはなかの様子を把握しないと突入できないよね」

 やはり、ルイララにさえ気配を読ませなかったユンさんとリンさんに探ってもらうのが一番かもしれない。

「やれやれ。其方には、詰めが甘いと忠告したばかりだったはずだが?」

「えっ!?」

 嫌な予感がして、魔王から逃げようとした。

 だけど、片手でプリシアちゃんを抱き、もう片手で僕の襟首を捕まえた魔王は、傍に瘴気の闇を生み出した。

「くっくっくっ。手っ取り早く、私が送ってやろう」

「あああぁぁっっ……!」

 そして、僕は問答無用で瘴気の闇へと放り込まれた。

 魂が縮み上がるような悪寒と暗闇はほんの一瞬だけ。

 空間跳躍のあとのように、僕の視界はすぐさま次の景色を認識していた。

「っ!?」

 息を呑む様子の、不気味な人影が前方に。

 背後からは、複数の悲鳴とか弱い気配が伝わってきた。

 ここは……。

 離宮の大広間!?