We Live in Dragon’s Peak

Genuine Brigade

 僕たちの準備が整うのと同時に、予定通りリリィは飛来した。

「よ、よせっ! 離せ、この馬鹿竜め!」

「んにゃっ! 離すのはお前だ。こらっ、アステル、尻尾を掴むな!」

「アステル様、シェリアー様、行ってらっしゃい」

 逃げるアステルさんをあっさりと捕縛したリリィ。道連れだとシェリアーを捕まえたアステルさん。そして、巻き添えを受けたシェリアー。

 僕たちはお屋敷の中庭から、拉致されていく哀れな犠牲者を見送った。

「それで、俺たちはこれで移動するってのか。ここまで来たときのように、ニーミアじゃ駄目なのかよ?」

「はははっ、君は相変わらずものを考えないね?」

「なんだと!?」

 ルイララの挑発に、スラットンが怒る。

 いやいや、それは罠だよ!

 勢いに任せて剣を抜いちゃったら、ルイララの思う壺だからね?

 僕たちは、一触即発、というかルイララの「剣を交えて暴れたい」という願望を無視し、トリス君が準備してくれた馬車を見た。

「この馬って、本物じゃないよね?」

 そして、馬車を引く六頭の不思議な馬たちを繁々と観察する。

「自動馬形っていうやつらしい。七日七晩走り続けられる、絡繰りの馬だよ」

「へええ、魔族の国では、こんな凄い乗り物が道を往来しているの?」

 馬車の本体は、さっきリリィが拉致しに来る前にアステルさんが創ってくれたのを、この目で見た。

 だけど、珍妙なのはトリス君が厩舎から引っ張り出してきた六頭の馬たちだ。

 まるで、トリス君の腕のような質感をした馬たちは、無機質な感じで馬車に繋がれている。

 僕が注意して意識を向けても、馬たちからは声が聞こえてこない。普通なら、万物の声を聞く能力で意思疎通ができるはずなんだけどね?

 僕たちが驚いている様子に満足げなトリス君は、自慢するように鼻息を荒くして教えてくれた。

「いいや、これは特別製だ。前に、傀儡(くぐつ)の王と喧嘩したことがあってさ。そのときのお詫びに、傀儡の王がその黒い馬を譲ってくれたんだ」

 傀儡の王とは、アステルさんと同じような始祖族の公爵らしい。

 まるで生き物のように動く自動人形を創る能力を持っているらしい。他にも、人や動物を人形のように操ったりする能力が、これまた魔族の間では有名なのだとか。

 そして、アステルさんが「猫公爵」と呼ばれているように、その魔族は「傀儡の王」と呼ばれているんだって。

 ちなみに「傀儡の王」だけど、魔王ではないらしい。あくまでも公爵なのだとか。

「それじゃあ、残りの赤と青と黄色と緑と桃色の馬は……?」

「アステル様が真似て創ったんだ」

「なんでこんな色に!?」

「普通だと面白くないからって……」

 ああ、なるほど。あのアステルさんなら、これくらいの悪戯はやりそうだよね。と僕たちは苦笑し合う。

 見知った物であれば創造できるアステルさんは、傀儡の王が精魂込めて創りあげた自動で動く馬を複製させた。ただし、傀儡の王が創ったそのままを複製しても面白くないから、わざと変な色で仕上げたんだね。

 きっと、この複製を見せられたら、傀儡の王は怒るに違いない。そして、また喧嘩になるんだろうね。

 もちろん、そのときに嫌でも巻き込まれるのは、トリス君とシェリアーだ。

 奔放な魔族に振り回される彼らの気苦労を知っている僕は、内心で同情しちゃいます。

「そんじゃあ、行こうか。みんな、乗ってくれよ」

「御者はトリス君が?」

「操作は簡単だから、できれば交代でお願いしたいんだけど?」

「なんだ、なんだ? 全自動じゃねえのかよ?」

 すると、ルイララの挑発に一歩手前で踏みとどまったスラットンが、遅れて馬たちを観察しながらそんなことを言う。

 なんて我が儘なんでしょう。

 スラットンの悪態に、トリス君は御者台に座りながら、ちょっと困ったように苦笑した。

「いや、道なりに目的地へは自動で走ってくれるんだけどさ……。障害物を避けてくれないんだよね。奴隷なんかが道を塞いでいたりすると、問答無用で轢いちまうんだ。だから、誰かが制御しておかないと、やばい」

「うおう、それはやばいな!」

 とても魔族らしい、いや、公爵が創りあげた自動人形らしい性能ですね。

 人を人とも思っていない。というか、トリス君の話からすると、魔族であっても邪魔だったら轢いちゃう!?

 普通の魔族や奴隷の人たちからすれば、迷惑極まりない暴走馬車だ。だけど、これからの僕たちには有り難い。

 トリス君に促されて、僕たちは馬車に乗り込む。

「男がひとり、男が二人、男が三人……」

 そして、乗り込んで来る面々を見て、僕は改めて暑苦しさを思い知った。

 秋だから、外はけっこう気温が下がってきているはずなんだけどね?

 すると、リステアが不思議そうに僕を見る。

「エルネア、お前は何を言っているんだ?」

「いや、だってさ。こんなに大勢の野郎だけで旅をするのは初めてだから」

 そうなんです。

 これまでだって、大所帯で色んな場所を巡ってきた僕だけど。こうして、大勢の男だけで冒険するなんて、初めてなんだよね。

「言われてみると、男ばかりだな」

「にゃんは女の子にゃん」

「そうだね、ニーミアだけが救いだよ」

「にゃあ」

 馬車は、僕たちの人数に合わせてアステルさんが創ってくれただけはある。

 みんなで座っても十分に空間のゆとりはあるし、乗り心地も最高だ。

 まあ、性能面でも悪戯をしそうだったアステルさんに釘を刺してくれたのは、トリス君なんだけどね。

「それで、改めて聞くが、なんでこれなんだ?」

 アステルさんたちに続き、お屋敷を出立する僕たち。見送ってくれた使用人さんたちに手を振っていると、またスラットンが質問してきた。

 それで、またルイララがため息をつきながら言う。

「だから、前にも言ったじゃないか。これから先は竜族を見たこともないような魔族たちが暮らす地域なんだよ? ニーミアちゃんが飛んでいたら、大騒ぎになるのさ」

「いや、俺が言いたいのはそこじゃねえよ。なんで、ルイララの家紋が馬車に付いているのかってことだ!」

 おお、スラットンらしからぬ着眼点だ! とみんなで驚いたら、なぜか僕だけが首を絞められた。

 なんで!?

 とはいえ、いい質問です。

 僕たちはルイララに注目する。

「それじゃあ、聞くけどさ。猫公爵の家紋が入った馬車で移動したいかい?」

「いや、それだけは勘弁だ!」

 突然、御者台に通じる小窓を開いて、トリス君が叫ぶ。

「アステル様が乗っていないのに、アステル様の馬車を使ったら、迷惑をこうむるだけだよ?」

「暗殺者に狙われているから?」

「そう!」

 六色の自動馬形だけでも目立つ存在なのに、その馬車にアステルさんの家紋が付いていたら。そりゃあ、狙ってくださいと宣伝しているようなものだからね。

 でも、それじゃあ普段の移動にも苦労していない? と僕が質問すると、トリス君は残念そうに頭を振って応えてくれた。

「いや、暗殺者よりアステル様の気分に振り回される方が大変で……」

 ははは、と笑うしかない。

 猫のように自由で、気分屋のアステルさん。

 トリス君も、僕に負けず劣らず苦労しているみたいだね。

 馬車の旅は、快適そのものだった。

 馬の疲労を心配しなくていいし、変な襲撃者に狙われる心配もないし。

 僕たちは、ルイララの家紋付きの馬車の意味を、走り出して実感することになった。

 なにせ、その辺の魔族なら、ルイララの家紋を見るだけで道を譲ってくれちゃう。

 国は違えど、ルイララも結構な有名人なんだね、と僕が言うと、本人は笑いながら「一応は親が始祖族で、僕自身も子爵位だからね」と言っていた。

 まあ、子爵位という身分もだけど、あの巨人の魔王の側近という時点で、他国でも一目置かれる存在なのは確かなんだろうね。

 そして、御者役はトリス君からスラットンに変更し、森を抜けて街道を西へと順調に進む。

「……へええ、トリス君のその両腕って、アステルさんに創ってもらったんだ?」

「おいおい、そんじゃあ、本当の両腕はどうしたんだ?」

「スラットン、前を見てて!」

「馬鹿野郎め。前方に障害物さえなかったら、馬どもは自動で走るんだよ」

「そうでした」

 とはいえ、スラットン君。両腕を失ったトリス君に、あまりにも無遠慮な質問じゃないでしょうか。

 だけど、トリス君は気にした様子もなく、むしろ誇らしげに腕をさすっていた。

「色々とあったのさ。ほら、昨夜にエルネア君が見せてくれた、魂霊の座。あれに関わったせいでね……」

 僕たちは、トリス君とアステルさんの出会いの話を聞く。

 生まれ育った隠れ村が奴隷狩りにあったこと。奴隷として売られる直前に逃げ出し、アステルさんに助けられたこと。

 時を同じくして、世間では魔王位をめぐり争いが起き始めていた。そして、騒動に巻き込まれていくトリス君たち。

「魔族の国の騒動は、人族のそれとはまた規模も性質も違うんだな」

「そうなんだ? でも、おれは幸福な方だ。魔族の国に暮らす奴隷なんて、普通は、やっぱみんなが思っているような扱いだよ。魔族から見たら、俺たち人族なんて家畜以下の消耗品でしかねぇんだ」

 馬車には、神族のアレクスさんと天族のルーヴェントも同乗している。

 神族の国でも、奴隷は同じように扱われているんだよね?

 二人は、どんな思いでトリス君の話を聞いているんだろう。と、思いきや。

 やはり、ルーヴェントはルーヴェントでした。

 ふんふん、と頷きながら聞いていたルーヴェントだけど、漏らした感想はいつも通り。

「しかし、不憫でございますねえ。魔剣を手にしただけで、手が炭化してしまうとは。これだから脆弱な人族は……」

「ルーヴェント、なんなら魂霊の座に触れてみる?」

 にっこりと微笑んで、僕はアレスちゃんを召喚した。

 アレスちゃんは、僕の膝の上でがさごそと謎の空間を弄(まさぐ)る。

 すると、ルーヴェントは露骨に顔を引きつらせて、慌てたように拒絶した。

「でも、俺はこの腕を気に入っているんだ。色々と便利なんだぜ?」

「触ってみてもいい?」

「どうぞ」

 なにが便利なのか興味深く、トリス君の腕を触らせてもらう。

 ひんやりとした、陶器のような質感。重そうに見えるけど、肩や全身に無理な負担はかからないらしい。

「自分の意思で動かせるの?」

「もちろんさ。まあ、正確にいうと魔力を通しているんだけどね」

「ってことは、トリス君は人族なのに魔力を持ってる?」

「色々とあって……」

 少し、言葉を濁されちゃった。

 まあ、話せない事情は誰にだってあるよね。

 それに、トリス君が魔力を持っていたって、なんの不思議でもない。と僕たちは素直に頷ける。

 だって、僕も竜気を宿していることをみんなが知っているからね。

「そんなことよりも、俺はみんなの話が聞きたいんだ! 勇者って、どうやってなるの? どんな冒険をした? やっぱ、最終目標は魔王討伐とか!? エルネア君も、すげえ強いんだよな? 竜王の都に住んでんの? なんで巨人の魔王と知り合い? ってか、人族なのに魂霊の座を持ってるって、すげぇぜ! その頭の上に乗っかってるのって、朝に見た翼竜の仲間なのか!?」

 トリス君の質問ぜめに、僕たは笑いつつも、これまでの冒険譚を話す。

 トリス君は、夢見る少年のように瞳を輝かせて、僕たちの話に聞き入っていた。