Why don't you build a village on top of the world tree

Lesson three: Since when did you have an adult?

やってきました、摩天楼ヨーインズリー。

人口は六万三千人、雲下ノ層に十三本、雲中ノ層に八本、雲上ノ層に三本の枝を持つ、この世界でも最大級の人口密集地だ。

「でけぇ……」

開いた口がふさがらない。

サラーティン都市に初めて訪れた時を超える感動だ。

幅広の世界樹の枝を土台に雲を突きぬけて雲上ノ層まで伸びていく空中回廊。

天候次第では雨や雪に晒される雲下ノ層の建物は屋根に傾斜が設けられ、雲が直撃する雲中ノ層の建物は湿気が篭らない様な造りの建物が並び、雲の上、天候のしがらみから解放された雲上ノ層の建物は直射日光を避けるための工夫が随所に凝らされている。それらの知恵と技術の結晶が一望できるこの感動。

「すげぇ……」

三層の建築物の中でも雲上ノ層の建物は異彩を放っていた。他の層とは異なり太陽光を直接浴びることになる雲上ノ層の建築物は通りに影を作る役割も兼ねている。

影を作る役割を果たすため、雲上ノ層の建物だけは俺が前世から慣れ親しんだツリーハウス的な形となっていた。枝の上にホストツリーとなる世界樹の枝を挿し木して成長させ、その枝が空へと延びて側枝を伸ばした辺りで建築物を作っている。土台となる雲上ノ層の枝表面からツリーハウスの床までの高さは二メートルから高い物では五メートルほどになるだろうか。

そんなツリーハウスが立ち並ぶ雲上ノ層の景観はそれだけで特異に映る。

けれど、それ以上に俺の興味を引くのは、雲上ノ層の枝三本を繋ぐ斜張橋だ。

とにかくカッコいい。前世で言うところの世界一高い橋、フランスのミヨー橋を彷彿とさせる雲海に浮かぶ橋だ。雲中ノ層の枝に塔を建て、雲上ノ層の塔と合わせてバードイータースパイダーの糸を束ねたロープにより支えているらしい。

あぁ、三日三晩見上げていたい。四日目からは橋の上を何往復もしたい。

でも試験を受けないと。でも見ていたい。

仕方がない。出来るだけ視界に入れないように過ごして建築家資格を取ったら自分へのご褒美として三日三晩見上げていよう。そうしよう。

さて、東の摩天楼の名を冠するこのヨーインズリーの名所へと向かおうか。

「すみません、道を訊ねたいんですが」

通りがかりのお兄さんに声をかける。

訪ねる先は世界樹の枝に開いた巨大な虚を利用した、その名も虚の大図書館。

世界最大の蔵書量を誇る知の集積地だ。このヨーインズリーには学校も存在し、学術の都としても名高い。

しかも、特産としてキノコがある。虚穴を利用して暗所栽培するキノコはヨーインズリーのように虚を待つ場所でしか得られない特産品だ。

摩天楼にまで発展したのも頷ける充実ぶりである。参考にしよう。

「虚の大図書館ならヨーインズリーの中心に向かっていけば見えてくるよ」

「ありがとうございます」

お兄さんのイケメンボイスに教えられるまま、大通りを通ってヨーインズリーの中心へ向かう。

途中、建築家資格の取得試験に応募した俺は、虚の大図書館を訪れた。試験が開始される五日後に備えて最後の追い込みをかけるためだ。虚穴からなら雲上ノ層にかかるかっこいい斜張橋も見えない。完璧だ。

大図書館というだけあって、本棚が並ぶ廊下を歩く。どうやら三階建てらしい。

机がずらりと並んだ広間に到着する。綺麗に整列された机と椅子、厳粛なまでの静けさの中でページをめくる微かな音だけが断続的に聞こえてくる。

天井はドーム型で高さはおおよそ二メートル。おそらくはこのドームが土台として機能し二階以上を支えているのだろう。

天井には色彩豊かな絵が描かれていた。神話をモチーフにしているらしい。比翼の鳥が巨大な木の上に留まっている姿。

湿度や温度を一定に保つ効果のあるワックスアントという魔虫の蝋が壁に塗られているようで、壁は滑らかな白塗りとなっている。

虚穴の中に作られた建物だけあって薄暗いから、壁を白くすることでわずかな光でも見通しが利くようにしてあるのだろう。

さて、そうなると気になるのはこの光源である。

俺は机の上に固定されたそれを見る。

「……魔虫の翅?」

じっちゃんに教えられた魔虫の知識を総動員して正体に当たりをつける。

おそらくはウイングライトだろう。全長二メートルに達する魔虫で、翅は蓄光の性質を持つと聞いたことがある。

雲中ノ層以上に生息するらしいが、何故か夏のきわめて短い期間にしか姿を現さないため狩るのがものすごく難しい魔虫で、俺も実物を見た事が無い。じっちゃんから話を聞いたことがあるだけだ。

一日、陽の当たる所に置いておけば一晩の間周囲三メートル以内であれば本を読める程度の光を放出するため、虚の図書館の光源としては最適だろう。

俺は虚の図書館を歩きながら、静かに勉強できそうな場所を探す。

それにしても、建築家資格を取ったら事務所を構えることになるわけだけど、会計や事務も必要になるのだろうか。

この世界には国家の概念が無いせいで各都市ごとに書類関係の様式が統一されていない。他の職業ならともかく、建築家や建橋家のように外の依頼を受けることがあり、一回の仕事で多額の金を動かすことになる職業だと書類関係の処理は煩雑になりがちだ。

フレングスさんも書類関係は妻のサイリーさんに任せていた。俺も基本的なことは仕込まれたけど、早めに人を雇った方が良いかもしれない。

ゆくゆくは摩天楼を作るんだ。経営陣に引き込めそうな相手には積極的に声を掛けよう。

例えばそう、あの子とか。

机の上に紙束を広げてもくもくとペンを走らせている少女に目を留める。歳は俺と同じくらいだろうか。二十までいってないように見える。

薄暗い図書館の中にあって、少女の金髪は目を引く。天使の輪が作られるほどの艶やかな髪は長く、白磁のような白く滑らかな肌も相まって作り物めいた美しさがある。資料を読むために左右へ動かされる碧眼は透明感があり、世界樹に暮らすこの世界では縁遠い物になった宝石を思い出させる。

ちょうど、建築関係の資料が置いてある場所でもあり、俺は本棚から数冊抜き出してぱらぱらとめくる。

さすがは摩天楼の資料だ。基本をしっかり押さえた書籍や各地の橋などをまとめた資料、建築家や建橋家の人物事典まである。

あ、フレングスさんも載ってる。

こんなところでも偏屈で頑固と紹介されているあたり、フレングスさんは筋金入りだ。

建築家用の問題集と法律関係の辞書を持って、少女の前の机に向かう。

「失礼します」

「……どうぞ」

俺を一瞥した少女は再び紙束に視線を落とす。手の動きは一切止まらない。

ちらりと見た感じ、少女が読んでいるのは過去のヨーインズリーの経営資料のようだ。

邪魔をするのも悪いので、俺は問題集に取り組む事にした。

建築家は資格を持たない者でも名乗る事が出来る、是か非か。非、と。

建築家であれば空中回廊を設けることができる。これは是だ。

建築家であれば空中回廊を用いて直上の枝への行き来を可能にできる。これは非と。

すらすらと解いて行ける問題ばかりだ。引っ掛けらしい引っ掛けも見当たらない。

基本的な知識を問う問題が終わったところで計算問題が連続する。引張強度や曲げモーメントやらの計算に加え、世界樹の枝の荷重限界量の見積もり方法まで、建築家に求められる計算は幅広い。扱う数字もかなり桁が多くなる。

定数なんて語呂合わせで覚えられる。しかも俺ときたらこの世界の言語に加えて日本語で語呂合わせもできるから選択肢も豊富なのだ。

計算バッチ来い。

計算問題をサクサク解いていると、向かいの少女が興味を引かれたように顔を上げた。透き通った碧の瞳がこちらに向けられた。

「……それ、何の定数?」

「世界樹の枝の密度を表す定数だよ。雲下ノ層の枝に当てはめて使う」

雲中ノ層や雲上ノ層だと別の定数を使う必要が出てくるのが面白い所だ。雲海に沈む雲中ノ層だと世界樹の枝も環境適応で密度が変化する。天候の影響を受けないものの絶えず直射日光を受ける雲上ノ層も同様だ。

少女は感心したようにへぇ、と口にする。

「建築家になるの?」

「そのつもり。五日後には試験を受ける」

「そう、頑張ってね」

少女は再び紙束に視線を落とす。

俺は気になっていた彼女の経営資料について質問する。

「それって、ヨーインズリーがまだ村だった頃の経営資料だよね。図書館の蔵書?」

「そう。一般公開されているの。これをまとめてどこかの町に行って様式に合わせて資料を作れば、事務処理能力を計ってくれるから、いま練習中」

そんな便利な事ができるのか。

「……もしかして、いろんな町の様式に合わせることができたりとか?」

「都市以上の様式なら何も見ないで作れるよ。町は近くの都市の様式と似通っている事が多いから、都市の様式を覚えておくと応用が利くの」

俺とそう年は変わらないはずなのに、すごい事務処理能力だ。

「もうどこかの町の事務員に応募してたりする?」

どこでも引っ張りだこだと思うんだけど、一応聞いてみる。

しかし、俺の予想に反して少女は首を横に振った。深刻そうな表情付きでだ。

「どこも事務員は足りているみたいで、東側の町も村も全滅だった。北も半分以上はダメ。残りはこれから手紙を出してみるところ」

「案外、競争率高いんだな」

「私みたいな孤児でもちょっと勉強すればできることだもの。村でも町でも、事務員はその土地で育てるから私みたいに外部からの応募で採用されることはあまりないの。人手は足りています。今回は御縁がなかったという事で。不採用にも定型句があるのよ。知ってた?」

お祈りメールは異世界にもあるのか。

それはさておき、今の彼女はフリーらしい。実に魅力的だ。事務員的な意味で。

「俺が建築家の資格を取れたら、事務と会計をやってくれない?」

お願いすると、少女は顔を上げた。驚いたように目を丸くしている。

「……口説かれたのは初めて」

「お互いまだまだ若いからね」

でも、俺は結婚してと言われたことあるぞ。幼女に。

多分、来年には顔を忘れられてるだろう。

そうして幼女は大人になって行くのさ。喜ばしいね。

「俺はさ、建築家資格を取った後、建橋家を目指して、資金を貯めたその後に村を作るつもりでいる。だから、村ができた暁にはその経営にも関わってもらいたい」

「ずいぶん先の長い話に聞こえるけど」

「まぁ、確かにまだまだ先の話だよ。そもそも、俺は建築家にさえなれてないからね」

夢の第一歩をこれから踏み出すところだ。

少女に声を掛けたのも、早めに行動しておこうと考えた故の事、断られる可能性も十分理解しているし、断られたら食い下がる気もない。

それに、今まであちこちの村や町からお祈りメールを貰ったという彼女は少し疲れているように見えた。

俺も前世で就活戦線を勝ち抜いたのだ。氷河期といわれるあの時代、両手で数えきれないお祈りメールに何度悔しい思いをしただろうか。

お祈りメールなんて、意訳すれば「ウチにお前なんか要らない」という意味なのだ。いちいち気にしてはいられないけれど、それでも心にぐさりとくる。

だから、目の前の少女に君を必要としている者だっているんだと励ます事さえ出来れば、別に断られたって構わない。

少女は少し考えた後で、まとめたばかりでまだインクも生乾きの資料を俺に突き出してきた。

「これを読んで、それでも私を雇いたいと思う?」

「元の資料も見せてよ」

俺は少女から資料を受け取って、確認する。計算過程も書いてあるし、指標の意味も前世の知識で補完していけばある程度読み解ける。

間違いは見当たらないし、読みやすい資料だ。少しグラフを入れてほしい所もあるけど、問題はないと思う。

なんでこんなに数字が増えているんだと疑問に思った所は当時の状況を踏まえた分析も書かれている。ヨーインズリーの歴史にも詳しいのだろう。

「ぜひ雇いたい」

「……そう」

服の襟を持ち上げて少女が口元を隠す。照れているらしい。

「あなたが建築家の試験に合格したら、雇ってもらうよ」

「ありがとう。これからよろしく」

「絶対に合格すると言わんばかりね。自信家なの?」

「師匠にも大丈夫だろうって言われてるからね。気を抜かずにここでも勉強するつもりだけど」

そう言えば、名乗っていなかったな、と思い出す。

俺は姿勢を正して少女に向き直った。

「俺はアマネ。君は?」

「リシェイよ。よろしくね、アマネ」

いきなり呼び捨てですか。俺も呼び捨てにした方が良いのだろうか。

翌日、再び勉強をするために虚の大図書館に足を運ぶ。

昨日は気付かなかったけれど、床にはバードイータースパイダーと呼ばれる魔虫の素材で作られた複合材が使われているようだった。足音がほとんどしないのはこの床の効果だろうか。

光源の位置もかなり気を配っていることが分かる。高価なウイングライトの翅を無駄にしないように、しかし利用者が不便を感じないように、絶妙な配置だ。

昨日と同じ場所にリシェイはいた。

この辺りはあまり利用者がいないらしく、リシェイは静かに何かを書いている。手元には歴史書らしきものがあるから、勉強だろうか。

昨日とは違う問題集を片手に席に着く。椅子を動かす音で俺に気付いたのか、リシェイが顔を上げた。

「おはよう。アマネ」

「おはよう、リシェイ。それは歴史書?」

「えぇ、ちょっと趣味と実益を兼ねてまとめてるの」

読ませてもらうと、複数の歴史書の内容を簡潔にまとめつつ、当時の情勢を踏まえた分析が細かく書かれていた。

世界樹の南にあるワラキス都市とガメック都市の歴史についてまとめたものらしい。

「専門的な内容なのに読みやすいね」

「この大図書館に寄付すると謝礼が孤児院に渡されるの。歴史は好きだから、こうして纏めてるってわけ」

虚の大図書館では検査を通った書籍が所蔵され、執筆者に謝礼金が払われるとの事だった。鉄貨五十枚とそこそこの額であるため、検査を通る事を目指して執筆する人も多いらしい。

「リシェイの書いた本はここにあるの?」

「二階に置いてるわ。全部で四冊ね」

「四冊も検査を通ってるって、そっちの道でも食べていけそうだね」

「そううまくもいかないのよ」

リシェイは苦笑して、歴史本の表紙を撫でた。

「あくまでも副業よ。歴史書の数も有限で、何年も続けていけないもの」

「そういうもんかな」

「そうよ。それに、歴史はつむいでこそだと思わない?」

リシェイはそう言って笑う。

前向きな意見だ。

寿命が千年もあるのだから、自叙伝も相当な長さになるのだろう。

それにしても、こうして向かい合って勉強をしていると前世の大学受験を思い出す。

学校の図書室でずっとシャープペンを握っていた。

前世から集中力はあまりない方だったから、似たようなクラスメイトと駄弁りながらの効率を無視した勉強法だったっけ。

「俺、リシェイの勉強の邪魔になってない?」

「大丈夫よ。適度に人と話していた方が、自分のやっている作業を絶えず客観視できるから」

あ、俺とはおつむの出来が違う人の意見だ。

まぁ、邪魔になっていないならいいや。

「孤児院ってどれくらいの年齢で出ていくものなんだ? やっぱり、十五歳の成人の儀?」

「大体は二十歳前後ね。仕事がなかなか決まらないと孤児院の畑仕事を手伝ったりするわ」

働かざるもの食うべからずって事か。どこの世界も一緒なんだな。

問題の答え合わせをしていると、空腹を覚えてくる。

安宿に泊まったから食事も質素だった。胃に優しいけど、その分消化も早かったか。

「ねぇ、アマネはどこの出身なの?」

「レムックっていう東の方にある村。でも、拾われ子だから、どこで生まれたのかまでは分からないんだ」

さすがに生まれた時の記憶はない。七歳くらいまでに夢で度々前世の景色を見て、徐々に記憶が戻っていったから、生まれてからしばらくは確固とした自意識はなかったのだ。

ただ、記憶を取り戻す前からずっと村を眺めて、新しい建物ができる度にわくわくしたし、胸の奥にしこりのような妙なわだかまりを覚えて困惑したものだった。

いまとなっては、前世でやり残した仕事を思い出していたのだと分かる。

拾われ子と聞いても、リシェイは特に表情を変えなかった。

魔虫の脅威があり、世界樹の枝からの転落事故も起こる世界だ。孤児も拾われ子もそう珍しい事ではない。

リシェイ自身が孤児院で暮らしているから感覚が多少麻痺してるのだろうけど。

「拾われて育てられたって事かしら? 育ての親との仲は良かったの?」

「じっちゃんとは仲良かったよ」

なんだかんだで中身は大人だし。じっちゃんは中身エロガキだから丁度良かったんだろう。

リシェイは頬杖を突いて笑った。

「そう、よかったわ。養親との仲がうまくいかずに施設に戻る子って割と多いのよ。なまじ選んで連れていけるから、もっと素直な子を選ぶんだった、なんて言われてね」

「俺は拾われ子だから、例外かもな」

拾ってくれたじっちゃんには感謝だ。

リシェイはペンを置いて、ストレッチをするように腕を伸ばした。

「ごめん、変な話した。お腹が空いてると嫌なこと考えるね」

「昼食にしようか?」

「そうね。軽く何か食べてきましょうか」

「お勧めはある? ヨーインズリーには昨日来たばかりで美味しい店とかはまだ知らないんだ」

「私もあまり外食できる身分ではないから詳しくないけど、評判の屋台なら知ってるわよ」

「じゃあ、そこで」

立ち上がって本を片付け、荷物を片手に虚の図書館を出る。

すれ違う司書らしき人たちが珍しい物を見るように俺とリシェイを二度見していた。

外に出て、リシェイに案内されるまま階段を上る。二十段ある階段は幅七メートルほど、そのまま同じ幅の空中回廊に接続されている。

手すり越しに見下ろせば、七メートルほど下に虚の図書館の入り口が見えた。階段一段が三十五センチとは考えにくいから、階段まで坂になっていたのだろう。

全く気付かなかったことを不思議に思って家を観察する。

「空中回廊を屋根の上に付けるために家の高さを揃えてあるのか」

かなり巧妙に細工がされているようだ。

「建築家さんらしい家並みの楽しみ方ね」

「いろんな形の屋根の名前を覚えると、普段の視点が高くなるんだ。落ち込んだ時にはお勧めだよ」

「へぇ、ちなみにあの屋根は?」

リシェイが指差したのは空中回廊の上に立つ民家の一つだった。屋根が西から東に向かう斜面一つで構成されている。

「片流れって屋根の形状だよ。工費を抑えられるし、ロフトなんかも作りやすいね」

リシェイが他に片流れの屋根がないかと探す様に周囲を見回し、納得したように頷く。

「確かに、名前を知っていると探しちゃうわね。施設の子に教えてみるわ」

リシェイに屋根の名前を教えながら空中回廊を歩く。俺が建築家資格を取った暁には事務会計をしてもらうから、今の内からいろいろ覚えておいても損ではないと思う。

リシェイに案内された屋台はさらに空中回廊を一つ上がった場所にあった。

ヨーインズリーの北側を眺められるように長椅子を配置された屋台だ。

屋台の親父さんがトウモロコシに似たこの世界の主食であるトウムを引いて粉にした物に水を入れ、いくつかの野菜と揚げ玉を加えて熱した鉄板の上に流し込む。

形を整えて器用にヘラでひっくり返す。

「はい、おまち」

一人で食べるにはかなり大きなそのお好み焼きもどきを鉄貨一枚で購入する。

高いけど、膨大な人口を賄う農地を確保できない摩天楼の場合、食品は付近の村や町からの輸入品だからこんなものだろう。

じっちゃんと一緒にほぼ自給自足をしていたレムック村の感覚でいる俺の方がむしろ問題である。

フレングスさんに弟子入りしている間に少しは慣れたつもりだったんだけど、金銭感覚はまだまだ正していかないといけないらしい。

それにしてもこのお好み焼きもどきはどうしたものか。

渡されるままに受け取ったけど、俺一人では絶対に食いきれない。

「半分食べてくれない?」

「男の子なら一人で食べると思ったのだけど」

リシェイが小首をかしげる。

別段小食というわけではない。

ただ、屋台のあの親父さんの顔を見るにカップル用に大きく焼いたのだろうと思う。

「食が細いつもりはないんだけどね。図書館で動かずにいたから、さすがにこんなには食べ切れないんだ」

「そう。なら、頂くわ。明日は私が奢るわね」

二人で長椅子に腰掛け、ヨーインズリーの家並みを眺めながらお好み焼きもどきを食べる。

山椒に似た辛みのある生地に野菜と揚げ玉の旨味と甘味が加わって、なかなかおいしい。

「どう?」

リシェイが俺に訊ねようとして、苦笑する。

「幸せそうに食べるわね」

「美味しい物を食べるとつい頬が緩むでしょ?」

「そうね……」

何か含むところがありそうな声の調子に首をかしげるが、リシェイは続きを口にせず三分の一ほどに切り分けたお好み焼きもどきを食べ始めた。

「うん。美味しいわ」

そう言うリシェイの表情は、確かに美味しい物を食べていると分かるものだったが、何か影があるようにも見えた。

俺の視線に気付いたか、リシェイは屋台の親父を振り返ってこちらに注意が向いてないのを確認し、座る位置をずらして俺に近寄ってきた。

肩が触れ合うかどうかという距離にリシェイの綺麗な横顔が来てドキリとする。

「盛り下げるようなこと言いたくなかったんだけど、アマネは勘が良いみたいだから素直に話すわ」

内緒話をするために近寄ってきたのか。

あまり明るい話でもなさそうだし、どぎまぎしているのも失礼だろうと、俺は気持ちを切り替える。

リシェイは居住まいを正す俺に苦笑した。

「誠実というか律儀というか。好きよ、そういうの」

間近で好きとか言わないでほしい。取り繕った心構えが崩れる。

リシェイが景色に視線を移し、口を開く。

「昨日の夜に、施設の子が出戻ったのよ」

「図書館で話してたのって」

「まぁ、そう言う事。前にもあった事だから、私みたいな年長組は特に気にしてないんだけど、戻ってきた子はちょっとね……」

傷つくだろうなぁ。

むしろ、傷つくと想像できるのに何で養親も施設に戻したりしたんだろう。

「弁護するのもおかしいと思うけど、養親の方が言い出したわけではないのよ。言い出したのは出戻ってきた子の方。でも、養親も強く留めなかったという事はそう言う事でしょうね……」

あぁ、別の子にすればよかったとか、それに類する言葉を養親が口にしているのを家の中で聞いてしまったのか。

「人間だし、不満は互いが抱える物だと割り切っていても口に出しちゃうこともあるんだと思うわ」

「互いが割り切っていても口に出しちゃいけない言葉だと思うけどな。不満があるなら不満そのものについて言及すべきで、縁についてどうこう言うのは筋違いだ」

リシェイが俺を横目で見て微笑んだ。

「大人ね」

「子供でも分かる。言葉に出来ないだけでさ。だから、その子も戻ってきたんだろうし、言葉に出来れば割り切れるようになるんじゃないかな」

「私が言葉にして教えるのは良くない事なのよね、やっぱり」

「自立を促すって意味なら、そうかもね。でも、大人になる事を急がせる事はないし、誰かがそばにいてあげればいいんじゃないかな?」

提案すると、リシェイは少し考えた後で手早くお好み焼きもどきを食べ切って、立ち上がった。

「帰るわ」

「あぁ、気を付けてね」

リシェイは階段の方へ足を踏み出しかけ、すぐに俺を振り返った。

「ねぇ、アマネ」

呼びかけられて、俺はお好み焼きもどきを食べる手を止める。

「なに?」

「十年前に出会って、あなたに引き取られたかったわ」

「十年前は俺も子供だよ」

「……そうだったわね」

リシェイは苦笑して、一言残すと再び歩き出す。

「でも、あなたは十年前でも変わらず大人だったと思うのよ」

――するどい。