Woof Woof Story ~I Said I Wanted To Be A Rich Person’s Dog, Not A Fenrir!~

Episode 78: Immortality! If you think so, a blow is special!

 カーミラの策は順調だった。

 あの剣士が情報を伝えたことで予定はずらされたが、魔狼王がこちらへ向かうのならば、策のほとんどは成功したようなものだ。

 吸血し眷属とした者の視点を共有できるカーミラには、魔狼王たちがどのような対抗策を考えたところで、すべて筒抜けになる。

「ふふ、せいぜい自分の眷属と戦って、心と体を削って来るのね」

 森の遠くから届く魔物たちの悲鳴を聞いて、カーミラは歯列を覗かせ笑みを浮かべた。

 彼女が座すこの水晶宮殿は、難攻不落の要塞にして、捉えた者を逃さない監獄だ。

 外部からの攻撃を拒絶し、内部に入ったものからは血と魔力を吸い上げる。

 同じ魔王軍のリッチーが所有していた墓地が、不死の兵を増産し派兵するという侵攻型だったのとは違い、カーミラの水晶宮殿はこちらから打って出るには不向きな領域だった。

「でも、この娘がいる以上、魔狼王は自分から罠に飛び込むしかないってこと」

 カーミラはマントの影に沈めていた少女の姿を確認する。

 何も知らないままよく眠っているようだ。

「ずいぶんと呑気なご主人様ね。あなたの飼い犬が、命を賭けて助けに来ているというのに」

 この娘が勇者の血統だとしたら、魔王様の封印に関わる者の可能性がある。

 下手に手を出せば、封印は解けるどころか、より強硬な物になってしまう恐れがあった。

 手は出せないが、かといって帰すわけにも行かない。

 魔狼王を始末したら、まずは千年前から今までの間に何が起こったか調べなければ。

 人間界へ打って出るのは戦力を整えたその後だ。

 世界を滅ぼし混沌の坩堝へと落とす魔王様の望みは、未だ叶えられていないのだから。

「カーミラさん、まずは目の前の敵に集中して下さい。油断は──」

「──禁物。分かってるってば。心配性ね、おじさまは」

 玉座の背もたれに、飾りのようにかけられたリッチーが小言を言い、カーミラの指先でつつかれる。

「こんなに回りくどいことをやってるのも、おじさまのためじゃない。あの魔狼王が溜め込んでいる魔力を宮殿で吸い上げておじさまに渡せば、すぐに元の力を取り戻せるでしょう?」

「そのことについては感謝していますとも。一つ大きな借りとして覚えておきますよ。ですが、あの魔狼王は──」

「分かっていれば良いのよ」

 リッチーの言葉を遮り、カーミラは玉座からバルコニーへとつながる大きな扉を開く。

「さぁ、来なさい魔狼王。干からびるまで吸い上げてあげる」

   †   †   †

 湖にたどり着いた俺たちが見たものは、巨大な水晶の宮殿だった。

 湖の水面をすべて覆うほどの巨大な宮殿だ。元の湖は堀程度の範囲しか残っていない。

 正面門に架け橋があったので、俺たちはそこから宮殿へ向かうことにした。

 岸をなぞるように近づいていくと、だんだん宮殿の形状が明らかになっていく。

 月の光を浴びて、きらめく水晶の宮殿。美しさと同時に妖しさを感じる佇まいだった。

「わふ?(ん? なんかあのてっぺんの形、見覚えがあるような……)」

 じーっと目を細めて観察していると、俺はどこでアレを見たか思い出した。

「わふっ!?(あれって湖の底に沈んでた水晶じゃね!?)」

 あの形、巨大魚を釣り上げたときに見た巨大水晶そのままだ。

 あの水晶はこの宮殿の一部だったらしい。

 と言うことは、この宮殿は湖の底から浮上したものということか。

 人の憩いの場にとんでもないものを建ててくれやがって。

 水浴びして遊べないじゃないか。

「あら、やっと来たのね」

 宮殿のバルコニーに立つカーミラがこちらに気づいた。

「仲間の屍を踏みにじってここまでやって来た気分はどう? 仲間を思いやってずいぶん余計な怪我をしたんじゃない?」

 いや、全然。

 なにせまとめてレンが倒してくれたからな。

 俺は走ってきただけだし、仲間を倒した罪悪感とかも特にない。

「わんわん!(すべてはレンがやったことです! 俺は悪くない!)」

「ちゅ、ちゅー(お、おい、そういうことを言うではないのじゃ。わしのせいみたいな気分になるじゃろうが……)」

 脳筋なくせに豆腐メンタルなレンが、今更になって焦りだしている。

「ちゅー(じゃが、夫のために泥をかぶるというのも、妻として悪くないのじゃ。妻じゃからな。わし妻じゃからな!)」

 大事なことじゃないので二回言わないで下さい。

 自称妻のネズミがいやんいやんと体をくねらせているが無視する。

「わふん(それにしてもでっかい宮殿だなぁ、おい)」

 と言うか、この宮殿ってどう見てもカーミラが呼び出したものだよな。実際住んでるし。

 だったらこの湖に伝わる、聖なる力で魔物を寄せ付けない水晶の話は何だったのか。

 聖なる水晶どころか、魔族の本拠地じゃん。

 伝承が間違って伝わりすぎている。

 千年も経てばそうなってもおかしくはないかも知れないが。

 これじゃあ勇者伝説の方も内容は怪しいもんだな。

 だが、今はそんな疑問より、お嬢様を助け出さなければ。

「わんわん!(カーミラ! ちゃんとここまで来たぞ! お嬢様はどこだ!)」

「ふふ、ここにいるわよ」

 カミーラが羽織ったマントの中から、意識のないお嬢様が姿を現す。

 お嬢様は寝間着のまま目を閉じ、静かに寝息を立てている。

「わん!(おい、お嬢様に何をした! 気を失ってるじゃないか!)」

「いや、まだ何もしてないけど……。連れてくる前からずっと寝てるし……。これだけ騒いでるのに、この子まったく起きないのよね……。どういう神経してるのかしら……?」

 さすがはお嬢様だぜ。大物すぎる。

 お嬢様は一度寝ると、なかなか起きないからな。

 そのまま眠ってくれてた方がありがたい。

 だって魔王軍と戦ってるとかバレたら、俺のペット生活が終わるじゃん。

 お嬢様ならそれでも受け入れてくれそうな気はするが、後顧の憂いは絶たねばならん。

 俺はちょっと大きいだけの白くて可愛い子犬なのだから。

「ちゅー(その無理がある主張は、いつまで言い続ける気なのじゃ?)」

 無論、死ぬまで。

 ペットの犬として生きる俺の信念、生半な覚悟で折れると思うなよ。

 キリッ。キリリッ。

「にゃー(格好つけて言えば言うほど格好悪い主張ですねー)」

 うっさいわい。

 だが、今の状況は実際ピンチだ。

 呑気に構えているが、カーミラがお嬢様に危害を加えないとは限らない。

「わんわん(それで? どうすればお嬢様を返してくれるんだ? 這いつくばって私の靴をお舐めとかなら喜んでやるぞ)」

 全力でペロペロするぞ?

 あと、さっき言ってた椅子になるのもオプションでお付けしますけど?

「……いらないわよ」

 めっちゃ嫌そうな顔をされた。

 蔑む視線がなかなかそそる。花丸をやろう。

「……そうね。あんたみたいな異常な魔物は魔王軍に入れるのは危険すぎるし、自害しろって言うのは簡単だけど、それじゃあ、芸がないのよね」

 カーミラがバルコニーの柵に肘をつくと、水晶で出来た宮殿が開門する。

「私のいる奥の部屋までたどり着けたなら、この子は返してあげる」

 バルコニーからお嬢様を連れて宮殿の中へ戻り、カーミラは窓を閉じざまに手招きした。

「わふ(よし、約束したぞ)」

 俺は水晶で出来た橋を渡り、開いた門の奥へ向かった。

 外から見ると透明な水晶の宮殿は、門から中を見るとどす黒い影で満たされていた。

「ちゅー(ぬし様、当たり前じゃが、これは罠じゃぞ)」

「にゃー(ここはいったん引き返した方が良いかもしれないですねー)」

「ちゅーちゅー(この宮殿にかけられた詳しい術式は分からんが、吸血鬼の特性にちなんだ魔法じゃろう。侵入を発動条件に魔力や血を奪う、相手をいたぶりながら殺す危険な迷路じゃ。入ったら最後、干からびるまで出てこられんぞ?)」

「バウ(王陛下……)」

 三匹が不安げに俺を見る。

「わふ?(え? 誰が入るって言ったの?)」

 俺はきょとんと聞き返す。

 カーミラは『奥の部屋へたどり着け』と言ったのだ。

 中を通って来いとは言ってない。

 俺は宮殿を見上げて、位置を確認する。

 あの辺かな? ちょっとずらすか。

「ふふふ、外から壁を登ってこようというの? 愚かな考えよね」

 正門の向こうから、見透かしたようなカーミラの声が聞こえてきた。

「無駄よ。無駄無駄。あんたみたいな考えをするやつがいなかったと思う? この水晶宮殿は私が長い年月をかけて血と魔力を注ぎ込み、一つの水晶から育て上げた魔導拠点。世界の法則から切り離された、ある種の別世界とも言えるわ」

 カーミラがご自慢の宮殿を紹介してくる。

 よほどこの宮殿の防備に自信があるのだろう。

 俺の考えを馬鹿にするように、ケタケタと笑っている。

「魔王軍最強の硬度を誇るこの宮殿に、外部からの攻撃は無意味よ。例え千の雷が降ろうが、星の欠片が落ちてこようが、傷の一つも付かないわ。諦めてそこから中に入ってきなさいな。あ、もちろん、その竜が言ったように、宮殿内部は鮮血を搾り取る処刑場。あんたたちはじわじわと嬲るように溶かしてあげる。だけど、そこでのろのろしてていいのかしら? あんまり待たされると私、喉が渇いて、この娘の血を残らず飲み干しちゃうかも──」

「ガルルォォォォォオンッ!!(話が長ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!)」

 カーミラのセリフを食い気味に、俺はビームを放った。

 閃光が夜を真っ白に染め上げる。

 白い光の柱は斜め上に向かって伸び、水晶の宮殿に直撃し、何の抵抗もなくその壁に穴を開けた。

 一直線に伸びた光は宮殿を貫通し、さらに遠方の山をも削り取った。

「は……、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 カーミラの仰天する声が、穴の向こうから聞こえてきた。

「わふ?(魔王軍最強の硬度がなんだって?)」

 ねえどんな気分? 自慢してた宮殿にあっさり穴を開けられて、ねえどんな気分?

 NDK! NDK!

 後ろ足をトントンしながら煽ってやる。

「そ、そんなことって……! 私の魔導の粋が……、たった一撃で……!?」

 壁を壊されたことで術式が霧散したのか、宮殿の内部を埋め尽くしていた影が弱まっていく。

「今の魔法、もしかして究極破壊魔法……? 消費魔力が大きい上に発動まで時間がかかりすぎて使い物にならない、非実用的で無用の長物の魔法をこんな速度と精度で……? どれだけ大量の魔力を一瞬で練り上げれば、こんなことが出来るって言うの!? 説明が付かないわ! なんなのよあんた!」

 風穴の向こうに見えるのは、玉座を叩いて悔しがるカーミラの姿。

 そのすぐ隣の壁は綺麗にくり抜かれて、満月が見えている。

「わふー!(よっしゃー! おるなー! 行くぞー!)」

 俺は自分で空けた横穴に飛び乗り、一気にカーミラのいる部屋まで駆け抜けた。