風呂は『魔力釜』というもので沸かす方式になっていて、お湯を沸かすために一定の魔力を釜のエネルギー源である魔石にチャージしなくてはならない。一晩休めば一定値は回復するからということで、全員で少しずつ負担することにした。

 俺の場合、『アシストチャージ』とアリアドネの『エナジーシンク』を組み合わせれば無限に魔力を回復できるのだが、『霊媒』をするスズナに時間をとらせてしまうことになるので、今回はその方法は取らなかった。

「……後部くん、これから先に入らせてもらうんだけど、テレジアさんにはちゃんと水着をつけるように言ってあげてね」

「ま、まあ、テレジアも急に一人で入りたくなることもあると思うんですが」

「…………」

 テレジアは即座に首を振る。予想してはいても、そのブレなさには苦笑するほかない。

「やっぱりアリヒトと一緒がいいのね……フォーシーズンズの人たちにこの現状を相談したら、どうなるのかしら」

「エリーティア、告げ口は勘弁してくれ……テレジアはただ、何ていうか……えーと、何でなんだろうな?」

「テレジアさんは、アリヒトさんにいつも感謝しているんだと思います。私もそうですから……ミサキちゃんも」

「え、ええ~……スズちゃん、私も巻き込んでるけど、私はお兄ちゃんとお風呂はさすがに水着着てないと無理無理かたつむりですよー」

 茶化してはいるが本当に恥ずかしいらしく、ミサキは赤らんだ頬を押さえている。水着を着ていれば構わないというのも、かなり信頼されていると思わなくもないが。

「とにかく、水着は着用ね。今はテレジアさんの分しかないけど、他の皆の分も揃ったら……ええと、テレジアさんと後部くんの様子を見る人は、水着で入ること。私もそうさせてもらうから」

「い、いや、五十嵐さん、それはちょっと……」

「あ、あの……お、お兄さんには、いつ、いつもお世話にっ、なってますのでっ……」

「……お風呂は苦手。入るけど、すぐに済ませたい」

 マドカとメリッサも、水着が手に入ったら俺と一緒に入っても良いと言わんばかりだ。きっぱり断ってもいいというか、それが普通のはずなのだが。

「二人とも、無理はしなくていいからな。場合によっては何人かでまとめて入った方が早いだろうけど、俺は基本的に最後に一人で入るべきと思ってはいて……ま、待てテレジア。入りたくないと言ってるわけじゃなくてだな……」

「毎回一緒だと私も恥ずかしいから、他の誰かがアリヒトたちと一緒に入ってくれるといいわね」

「エリーさんって、お兄ちゃんにちょっと過保護だったりします? キョウカお姉さんよりお姉さんみたいなこと言ってますよ」

「っ……そ、そんな、過保護とかそういうわけじゃなくて。男の人が一人だから、あまり変なことにならないように、見ていた方がいいんじゃないかって……ア、アリヒトを信頼してないわけじゃないの、ただ、一般的な男性は、そうそう落ち着いていられるものじゃないとは思うから……」

 だからといって、皆が持ち回りで一緒に入るというのも違うと思うのだが――エリーティアの言い分に皆が納得顔をしている。

「……湯浴み着は、改めて考えると少しね。水着が手に入ったら、私も……せ、背中くらいは……後部くん、いつも頑張ってくれてるし……」

「い、五十嵐さん、労いをいただけるのは嬉しいんですが、風呂以外でも大丈夫ですから」

「えっ……ま、まあ、それはそうだけど……」

 五十嵐さんの気持ちは嬉しいのだが、ただでさえ縦セーターで際立っていた大きな起伏を、問題なくカバーできる水着があるのだろうか。

 水着は希少な商品のようなので、入荷を待つか、探して買うか、作るかしなければならない。自分から収集するわけにもいかないので、流れに任せて入手するしかない――あくまで、探索を前に進めながら。そうなると、かなり気長な話になってきそうだ。 

「リョーコさんに相談してみたら、水着がどこで売ってるかも教えてくれそうですけどねー。お兄ちゃん、競泳水着ってどう思います?」

「ど、どうと言われても……その話は今のところは保留にして、先に風呂に入ってきてくれるか」

「えー、それくらい教えてくれてもいいのに。スズちゃんも興味津々ですよ?」

「……アリヒトさん、リョーコさんが着ていたような水着がお好きなんですか?」

「ま、まあ好きか嫌いかと言えば……って、答えさせないでくれ」

 そんな答え方では競泳水着も悪くないと言っているようなものだが――案の定、みんな思うところのある顔をしていた。とても言えはしないが、それぞれ似合う水着を調達できればそれが一番だと思う。

   ◆◇◆

 五十嵐さんはいったん自室に戻り、最初にスズナたちの部屋のメンバーが風呂に入ることになった。

「アリヒトお兄さん、ご指導をよろしくお願いしますっ」

「ああ、こちらこそよろしく。早速、技能の取得画面を見せてくれるかな」

 マドカがライセンスを操作して見せてくれる――毎回そうだが、人の技能を見せてもらう瞬間は、期待と緊張が入り混じる。

 ◆習得した技能◆

 ・価格交渉1:購入時の価格を少し下げ、売却時の価格を少し上げる。

 ・鑑定術1:未識別の道具を鑑定する。一部の道具しか鑑定できない。

 ・品出し:所持品、あるいは倉庫内から道具を選択して取り出す。

 ・隠れる:気配を消して隠れ、敵の標的にならなくなる。

 ◆取得可能な技能◆

 ・棚卸し:倉庫内の物品について把握し、管理する。

 ・算盤術:『算盤』を装備しているとき、計算処理を高速で行う。

 ・書類作成1:紙などに必要な書類情報を念写する。

 ・販売術1:相手との商談が成立しやすくなる。

 ・買収1:相手に所持金か物品を渡し、提示した条件を受諾させる。

 ・荷運び:筋力にかかわらず、バックパック1つ分の荷物を運搬する。

 残りスキルポイント:2

「あっ……『棚卸し』はずっと欲しかった技能です。商人組合の人が、これは必須になるから取っておくようにっておっしゃっていたので」

「凄い技能だな……これがあるのとないのとでは、倉庫の価値が全然変わってくる。中に入ってるものが把握できるって、かなり重要なことだからな」

「良かった……お兄さんにそう言ってもらえて。せっかくパーティに入れていただいたのに、お役に立てなかったら寂しいですから」

 マドカはほっと胸を撫で下ろす。『商人』という職はどちらかというと『支援者』向きなのだとは思うが、パーティにいてくれるとかなり助かることは間違いない。

「じゃあ、『棚卸し』を取っておくか。他の技能も全部いいところがあるな……マドカは荷物を運ぶの、結構大変だったりするか?」

「は、はい……少しだけ。八番区で初心者の方向けの露店をしていたとき、お金を貯めて大きなリュックを買ったんですけど、全部詰め込んでしまうと運べなくて、ずっとしまっていたんです」

 マドカは倉庫の鍵を使って商品を倉庫に格納しておき、『品出し』の技能で取り出して、露店に並べていたということだった。商品リストは自分で書いていたらしい。

 そうすると『書類作成1』も使いでがある技能だと思うが、その辺りはどうだろう――と思って聞いてみると、彼女は首を振った。

「書類は自分で書いても間に合っていますから、便利な技能だと思いますけど、別のものがいいと思います」

「そうか……じゃあ、せっかくのリュックを使うことにするか。でも『品出し』があれば、荷物を持ち運ぶ必要がないのか……いや、そうでもないか?」

「『品出し』は魔力を使うんです。露店を出すときは、魔力を回復するのを早める食事をしてから、二時間くらいかけて商品を出していました。店じまいは倉庫の鍵で転送ができるので、そこまで時間はかからなかったんですが」

 便利な技能だが、魔力を使う――レベルが上がれば魔力の最大値も増えるので『品出し』も使いやすくなるが、『荷運び』は当面有用な技能といえるだろう。

「よし、それじゃ『棚卸し』と『荷運び』を取ろうか」

「はいっ……久しぶりです、技能を取るのは。すごく嬉しいです」

 マドカの技能は優れたものが多いが、リュックを使いたいというように見えるので『荷運び』がいいと思った。最後に決め手となるのは、やはり本人の気持ちだ。

「……おめでとう」

「ありがとうございます、メリッサさん」

 マドカが技能を取得すると、順番待ちをしていたメリッサがこちらにやってきた。俺の隣の席に座ると、ライセンスを操作してテーブルに置く。

「……見て」

「よし、分かった……なるほど、こんな感じなのか」

 ◆習得した技能◆

 ・包丁捌き:刃のついた武器の攻撃力を向上させる。

 ・兜割り:敵の頭部を狙って攻撃する。部位破壊が発生しやすい。

 ・切り落とし:成功時に角や尻尾などの部位を切り落とす。

 ・解体技術1:対象を解体し、各部位に切り分ける。

 ・魔道具作成1:魔石を装備品などに装着する加工を行う。

 ・猫撫で声:成功時に対象の行動をキャンセルする。

 ◆取得可能な技能◆

 スキルレベル2

 ・鱗剥ぎ:対象を攻撃したとき、敵の防御力を低下させることがある。必要技能:切り落とし

 ・吊るし切り:対象を吊るし上げて攻撃する。部位破壊が発生しやすい。必要技能:解体技術1

 ・乱れひっかき:格闘攻撃を最大8回連続で行い、『出血』を付与する。必要技能:ひっかき

 ・魔道具作成2:2つ以上の種類の異なる魔石を使って、『合成』加工を行う。必要技能:魔道具作成1

 スキルレベル1

 ・目利き1:魔物素材の品質を見極める。

 ・調理1:料理を行うと、付加効果が追加される。

 ・ひっかき:格闘攻撃を2回連続で行い、『出血』を付与する。

 ・待ち伏せ:敵に気づかれずに奇襲する。クリティカルになりやすい。

 ・回転着地:高所から飛び降りても怪我をしない。

 ・毛づくろい:身体に付着する系統の状態異常を回復する。

 残りスキルポイント:4

(戦闘、魔物の解体、そして魔石を装備品につけるための技能……レベル4で、スキルレベル2を取れるようになってる。そして、『ワーキャット』の固有技能か)

「……どう?」

「戦闘も、『解体屋』としての専門的な技能も、どれも興味深いものばかりだ。かなり厳選して取ってきたみたいだな」

「……スキルポイントは振り直しができないと思った方がいいと言われたから、使いたいもの、必要なものを選んだ。包丁の扱いはもっと得意になりたい」

 現時点でも『肉斬り包丁(ブッチャーズナイフ)』の性能を十分に引き出す技能が揃っているが、さらに強力そうな戦闘技能が出てきている。

 しかし、今まで魔石を装備につけてもらうときはメリッサに頼んできたので、まず『魔道具作成2』を取ってもらうか、それとも今後は店に頼むべきかと迷う。

「……ん? この調理って技能は……」

「家の食事を作る手伝いをしてたから、元からある程度はできる」

 迷宮探索において一つ課題となるのは、長い迷宮を探索する際の食事だ。どうしても携帯食料などは味気なく、店で食べる時のように付加効果もつかない。

「……料理は好きだから、『調理1』を取ってみたい」

「そうなると、『目利き』もあった方が良さそうかな。魔物の肉が食べられるかどうかっていうのも、『品質』に入ると思うし」

「素材の品質が分かるようになるのは、『解体屋』として大事なこと」

 それは、ライカートンさんの教えなのだろうか――メリッサは何かを考えているようだったが、改めて俺の方を見ると、小さく頷いた。

「その二つと……『乱れひっかき』は強力だと思うが、メリッサには今後も、武器を使った部位破壊を狙ってもらった方が良さそうか」

「そうしたい。でも、できれば『魔道具作成2』を取っておきたい。父が取って欲しいと言っていたから」

「ああ、分かった。戦闘技能は基本的に控えめにしておこうか。スキルポイントが余ったときに取得するかもしれないが」

 メリッサはライセンスを操作し、『魔道具作成2』『目利き1』『調理1』を取得する――しかし、少しだけ逡巡していた。

 彼女の視線の先にあるのは『毛づくろい』。『ワーキャット』固有のものだろうその技能が気になっているというか、できれば取りたいようだった。

「……自分がお風呂に入るのは、嫌いだけど。この技能があったら、シオンの毛づくろいができる。『トリマー』みたいに」

「なるほど、そういうことか……悩むところだな」

「次にレベルが上がったときでいい。私とマドカは、いつも一緒に行動するわけじゃないから、少し先になりそうだけど。アリヒトのパーティなら、いつかレベル5になれる」

 そう言われてみて、改めて思う――『支援者』の役割を担っていた面々も、やはり新たな技能を求める気持ちはあるのだと。

 技能を確認し、どれを取るかを選ぶ。レベルを上げることが難しいからこそ、その瞬間の喜びはひとしおで、取得する本人ではない俺でさえ、見ているだけで胸が躍る。

「メリッサも、それにマドカも、レベルが離れすぎないようにしていこうか。戦闘向きの技能がなくたって、そこを補う方法は沢山あるはずだ」

「お兄さん……」

「……マドカの『毛づくろい』もしたい。人間にも使えると思うから」

「えっ……あ、あの、私、そんなにもふもふしてませんからっ……その、少しくせっ毛ではありますけど……」

 それでターバンを好んで被っているのか、と少し納得する――くせっ毛と言っても、少し髪が跳ねやすいというだけに見えるのだが。

「攻略や、パーティのためだけに技能を選ぶのが全てじゃない。とか言いながら、そのうち土下座してでも何かの技能を取ってくれ、ってお願いするかもしれないけどな。その時は笑って許してくれるか」

「ふふっ……お兄さんがそんなことしたら、私はもっと低い姿勢をとりますっ」

「……私も。伏せるのは得意」

 『ワーキャット』であり、猫の力を身体に宿したメリッサは、おそらくかなりの柔軟性を持っている。伏せの姿勢から獲物に飛びかかる猫の姿を想像すると、頼もしい限りだ。

 『フォビドゥーン・サイス』を装備してもらい、戦闘要員として『待ち伏せ』からのクリティカルを狙う――『一撃で敵を倒すことがある』ということは十割ではないのだが、ミサキの士気解放と組み合わせれば必殺のコンボになりうる。

 次のレベルもスキルポイントが3手に入るはずなので、待ち伏せ、毛づくろいを取得したい。そのためには、やはり待機組ではなく、同行してもらった方がいいだろう――待機してもできることがあるメリッサなので、何とも贅沢な悩みだ。

「さて……そろそろみんな風呂から上がる頃だから、次は二人で入ってきてくれ」

「はい。ありがとうございました、お兄さん」

「……ありがとう」

 二人は礼を言って、自室に着替えを取りに戻っていく。俺も一旦、寝ているルイーザさんと、彼女の傍についてくれているテレジアの様子を見に行くことにした。