World Strongest Rearguard – Labyrinth Country and Dungeon Seekers

Episode One Hundred Ten: A New Demon Stone

 魔石については、特定の魔物を集中的に倒して集めでもしない限りは、同じものが複数個手に入ることはまずない。

 だが、せっかくなので合成を試したいということで意見が一致したので、有効そうな組み合わせを検討することにした。

「『爆裂石』と『吸体石』を合成したら、沢山の敵を攻撃しつつ回復できる……ってことはないのかな」

「説明を見てみれば、思った通りの効果が出るかはある程度予想できると思うわ」

 エリーティアに言われた通り、調べてみる――すると、このようになっていた。

 ◆爆裂石◆

 ・敵の集団に爆裂属性の打撃を与える。

 ◆吸体石◆

 ・武器に装着すると、物理属性で攻撃した敵の体力を少し吸収する。

「むむ? スズちゃんの矢は爆裂属性なので、物理攻撃じゃないってことですか?」

「そうみたい……矢が当たった分しか回復できないかもしれないですね。それに、私は後ろにいるので、優先度は低いと思います」

 体力は常に最大を維持したいものだと思うが、スズナはパーティの編成を考えて意見を出してくれている。俺の『支援回復』と違って即時回復できる手段だと思われるので、それこそ誰が使っても良いものなのだが。

「エリーティアさんは攻撃の回数が多いから……あっ、その武器には魔石がつけられないのね」

「そうね……もし敵の攻撃を受けても、手数の多い攻撃で一気に回復できたらいいと思うけど。現状では取り入れられないわね」

 そうすると、自ずと他の前衛であるシオンと五十嵐さんに着けてもらいたいところだが、五十嵐さんにはそれより優先して着けた方が良さそうなものがある。

「見ていて思ったが、お主らはすでに現状の魔石装備である程度事足りておるのじゃな。火、風、雷と属性攻撃もあり、アリヒトが状態異常攻撃も行える。ならば、古い装備につけておる魔石は当面不要ということで、合成してみてはどうじゃ?」

「ええ、それが良さそうですね。じゃあ俺が前に使っていたスリングについている『燃焼石』と、テレジアの剣についている『風瑪瑙』を合成してみます」

「うむ、炎と風は相性が良い。風の攻撃は敵と距離が取れるからの、探索者には全般的に人気があるようじゃな」

 短刀(ダーク)による『ダブルスロー』なら距離を取って攻撃できるが、テレジアのショートソードを『レイザーソード』に強化するので、攻撃したあと敵と距離を取る方法を準備しておけると良いと思う。もし火が通じない敵でも風で吹き飛ばすことはできるだろうし、火が通じれば大きな威力が出せそうだ。

「メリッサ、この2つの魔石で頼めるか」

 マドカに頼んで、俺が最初に装備していたスリングを倉庫から出してもらう。彼女の『棚卸し』で倉庫の内容を把握してもらい、『品出し』で取り出す――そのおかげで、他の魔石や装備についてもこの場で全て把握することができた。

「じゃあ……やってみる。初めてだから、少し離れてて。爆発するかもしれない」

「心配せずとも、わしの力で事故があっても封殺できる。『ルーンメーカー』とは、ただルーンを合成するだけの職ではない」

『魔石の合体失敗なんて聞いたことないから、大丈夫だと思うよ。魔道具生成ができる人が少ないんだけどね』

 メリッサも本気で心配していたわけではなかったようで、ぺろ、と小さく舌を出す――ワーキャットだけに猫のような仕草だ。今のは珍しく冗談を言ったということらしい。

「……『風瑪瑙』と『燃焼石』。二つの力は、一つとなる」

 ◆現在の状況◆

 ・『メリッサ』が『魔道具作成2』を発動 →『風瑪瑙』と『燃焼石』を合成

 ・『蒼炎石』を1つ生成

 メリッサがテーブルの上に置いた魔石に手をかざし、技能を持つ者だけが知り得るものだろう呪文を唱えると、二つの石が光り輝き、一つに融合する――そして、青い色をした新たな魔石が生まれた。

「……できた」

「凄いな……この石の中に見えるのは、青い炎か」

「本当に、魔法みたいです……メリッサさん、大丈夫ですか?」

 一つ合成するだけでもかなり消耗するのか、スズナがメリッサの額をハンカチで押さえる。ライセンスを見てみると、『品出し』を使ったマドカよりかなりメリッサの魔力が減っていて、魔力消費の大きさがうかがえる。

「……ちょっと疲れたけど、大丈夫。解体と加工では魔力は減らない」

「うちの子がこんな技能を習得していたなんて……親の見ぬ間に子は育つとはこのことですね」

 感激するライカートンさんをよそに、メリッサはスズナに小さく何かを言う――『ありがとう』だろうか。ミサキとエリーティアもそれを微笑ましそうに見ている。

「その新たな魔石は、テレジアの新しい剣に着けておくぞ。他の魔石はどうするのじゃ? ルーンについても可能なら使った方が良いぞ」

「はい。では、時間も限られてますし、手早く検討を進めましょう」

 基本的に、今も使っている装備からは魔石を外さないことにする。余った魔石、そして新たに取得した魔石を割り振ると――こうなった。

 ◆魔石の装備変更

 ・『キョウカ』の『エルミネイト・クロススピア』に『雷黄玉』を装着

 ・『シオン』の『★ビースティークロウ』に『吸体石』を装着

 ・『シオン』の『ハウンド・レザーベスト』に『生命石』を装着

 ・『テレジア』の『エルミネイト・レイザーソード』に『蒼炎石』『眼力石』を装着

 ・『テレジア』の『?レザースーツ』に『迷彩石』を装着

 ・『エリーティア』の『★早業のガントレット』に『生命石』を装着

 ・『スズナ』の『トネリコの弓』の『爆裂石』を『烈風石』に変更

 ・『ミサキ』の『スティール・マジックカード』に『爆裂石』を装着

 ・『メリッサ』の『デニム・オーバーオール』に『混乱石』を装着

 五十嵐さんはとにかく雷系に特化してもらう――技能と魔石のシナジーというものもあるそうで、『サンダーボルト』が使える彼女なら『雷黄玉』で発動する技の威力も上がる。

シオンの『生命石』と『吸体石』については、最大体力を上げたうえで攻撃時に吸収して回復するという組み合わせだ。『吸体石』が一つ余っているが、つけられる武器がないので見送りとする。

 テレジアについては予め予定していた通りだ。スタンはあらゆる局面で使えるし、相手によっては『蒼炎石』で弱点を突く。

 状態異常を付加する石は、防具につけると効果が変わり、敵の状態異常に対する耐性がつく。一撃の威力が大きいメリッサには、念のために混乱耐性を持っていてもらうことにした。

 そして――スズナの弓についていた魔石を『烈風石』に交換したこともそうだが、ミサキの『スティール・マジックカード』に『投擲(とうてき)したあとに手元に戻ってくる』という特性があるおかげで、カードに『爆裂石』を着けることができた。

「い、いいんですか……? 私にこんなものを使わせたら、大暴れしちゃいますよ?」

「残り魔力に気をつけるんだぞ、消耗して倒れると致命的だから」

「はーい、分かってます! 一回使うくらいなら私でも大丈夫なはず!」

 次回の探索では、マドカは休むことになっている。『誘う牧神の使い』との戦いでは彼女の貢献度は計り知れないが、そのためだけに戦闘中に隠れていてもらうのは危険が伴う。

位置が分からずとも周囲全体を巻き込む攻撃を、敵は容赦なく放ってくるのだ。

「ふむ、そういうことなら……アリヒトに専属職人として認められたら、このまましばらく滞在していようかの。マドカ、わしらも付き合うぞ」

「は、はいっ……よろしくお願いします、セレスさん」

「ふふ、わしのことをちゃんと年上扱いしてくれるのじゃな」

 すでに上手くやっていけそうな雰囲気なので、マドカを街に残していくことを心配していたみんなも安心していた。

「複数のパーティを組めれば全員で迷宮に入れるけど、『入場制限』がある迷宮も出てくるから、大勢に慣れすぎてもいけないのよ。8人パーティですら入れなくて、6人制限という場合もあるから」

「特定の魔物は、規定の条件を満たした者以外の侵入を拒む『領域』を持っておるからの。そういった魔物は個体数が決まっていて、スタンピードを起こさぬのが救いじゃが」

 つまりスタンピードが起こりやすいのは、一般の探索者が問題なく潜入できるが、中の魔物が倒しにくいなどで敬遠されてしまう場合といえる。

『ギルドも未然にスタンピードを防ぐ努力はしているんだけど、どうしても手が足りないんだよ。だから、探索者の自主性にある程度頼らざるをえないんだ』

 自主性と言われて思う――八番区でスタンピードを起こした『午睡の湿地』に、俺たちは結局入っていない。スタンピードを起こした迷宮からは魔物が消え、元の状態に戻るまでしばらく立ち入りができなくなるからだ。

 しかしいずれは、改めて『午睡の湿地』に足を運ぶこともあるだろうと思う。今は前に進むことを優先してはいるが、八番区の迷宮のどこかには、テレジアの過去に関わる手がかりがあるかもしれないからだ。

 彼女を亜人から人間に戻すことができれば――それでも、過去について聞くことでどうやって亜人になったのかを彼女に思い出させるのは、残酷なことだという思いもある。

「アリヒト、無理はせぬことじゃぞ。何もかもを自分たちで解決しようとせずともよい」

「はい……と言っても、なかなか見過ごせない事態に出くわすことも多いですが」

「それを『見過ごせない』と思う心が、お主らの強さであり、危ういところでもある。こんなことを言うと重たいかもしれぬが、わしが見られなかった迷宮国の先の先まで、お主らには見せてもらいたいのじゃ……と、発破をかけたところで。お主らが持っておるルーンじゃが、どれも癖が強いのう。使うかどうかは慎重に判断したほうが良いぞ」

 ムラクモの入っていた黒箱から出てきたルーンと、そして今回手に入ったルーンで、合計四つ。それは、こんな特性を持つものだった。

 ◆転のルーン◆

 ・魔力の半分を最大体力値に付加する『オルタネイトボディ』を発動できる。

 ◆虚のルーン◆

 ・敵を『怒り』状態にするが、弱点を一つ付加する。重複はできない。

 ◆換のルーン◆

 ・魔力を消費して装備品を形成し、『換装』することができる。

 ◆響のルーン◆

 ・音による攻撃、技能の効果を強化することができる。

 使いこなせれば強力なのだろうが、どれも使える場面が限られている。そして、ルーンを使う上で一つのハードルがある。

「ルーンのスロットってなかなか空いてないのよね……誰か、空いている装備を持ってる人はいる?」

「キョウカの鎧にはスロットが空いてるわね。装備が壊れたときのために、『換』のルーンをつけておいたら?」

「そ、それは……『保護のネックレス』を着けてるから、大丈夫だと思うんだけど……」

「にじゅうごさいでも関係ないですよ、ピンチになったら魔法の装備に変身しちゃいましょう!」

「あ、あのね……そんな、魔法少女か何かじゃないんだから」

 ミサキの発想力にこんなときは感心させられる――魔力で作った装備に換装するというのはそういうことなのか。元の装備と同じものが形成されるだけのような気もするが。

「じゃあ……『換』のルーンを五十嵐さんに。『虚』のルーンは、ミサキのカードに着けましょう」

「魔物を怒らせるっていかにも私っぽい役回りですけど、守ってくれなきゃやですよ?」

「他のルーンは、使うところが見つかるまで保管しておきましょうか」

 『転』のルーンは不動の盾役が見つかった時に、必ず力を発揮するだろう。『響』のルーンは『牧神の角笛』の効果次第と言ったところか――もしくは、仲間が音を使う技能を覚えたときに使えばいい。

「では、この二つを合成するのじゃな。力ある文字よ、命なきものと一体となれ……『エンチャントルーン』!」

 ◆現在の状況◆

 ・セレスが『エンチャントルーン』を発動 →成功

 ・『ライトスティール・レディアーマー+4』が『ヴァリアブルクロス+4』に変化

 ・『スティール・マジックカード+3』が『道化師の鬼札+3』に変化

「ほぇぇ……なんか、カードに模様が透けて見えるようになりましたよ?」

「私の装備はそんなに変わってないように見えるけど……効果を発揮すると変わるのかしら?」

 魔石は穴にはめ込むだけだが、ルーンは武具に溶け込み、親和している――一見すると変化は伝わりにくいが、魔石では得られない種類の能力を備えているからこそ、固有の名前がつくのだろう。

「さて、あとは職人の時間じゃ。わしらは作業に取り掛かるので、お主らはひとまず休むが良い。迷宮から出て休まぬというのも、働き詰めにもほどがあるぞ」

 セレスさんの忠告は最もだ――俺たちは彼女の言葉に甘えさせてもらい、夕方に食事をするまでは宿舎に戻ることにした。

 ◆◇◆

 夢見は良くも悪くもなかった。昼寝をすると変な夢を見ることが多いというが、当たり前のように『牧羊神の使い』と戦う夢を見た――生死がかかっていたのだから当然だが、もっと平和な夢が見たいものだ。

「…………」

「わ、悪い……うなされてたか、俺」

 目を覚ますと、窓から差し込む夕日の中で、テレジアがベッドの傍らに立っていた。

「テレジアはよく寝られたか?」

 尋ねると、こくりと頷きが返ってくる。そういうことなら安心だ。心配させてずっと起きていたんだったら申し訳ない。

 テラスハウスの一階に降りると、仲間たちも起きてきていた。出かける準備が整ったところで、予め調べていた店に向かう。宿舎からは少し歩き、上位ギルドの近くになる。

 ファルマさんとルイーザさん、セレスさんたち職人チームも合流して、かなりの大所帯となる――七番区ならではの店が良いと思ったので、羊肉を使った焼き肉の店にした。

「シオリさんもお誘いしたんですが、騒がしいところは苦手とのことで……」

「静かに食事ができる店もあるといいんですが、大勢だと賑やかになっちゃいますね」

「彼女も楽しんできてくださいと言っていました。同業なので色々と話がはずんでしまって、夕方までずっとお話していたんですよ」

 ファルマさんは上機嫌だが、やはり子供たちのことが気になるようで、子供の姿を見かけると目を止めている。そろそろ日も暮れるので、街を行くのはほとんどが大人ばかりだが。

「あっ、後部くん、『フォーシーズンズ』の人たちも来てるわよ」

 ここにきて、さらに人数が増えるとは――店を探していたカエデとイブキはこちらに気づくと、手を振りながらやってきた。

「リョーコ姉の言ってたとおりやな、アリヒト兄さんたちがこのへんにおるかもって」

「せっかく外食することになったんだから、賑やかな方がいいって言ったのはカエデちゃんでしょう? それに、イブキちゃんも乗り気だったじゃない」

「まあまあ、細かいことは言いっこなしで。先生、ご一緒してもいいですか?」

「これで断られたらリョーコがお酒に走りそうなので、私からも是非お願いします」

 アンナがぺこりと頭を下げる。リョーコさんは顔を赤らめていたが、酒もほどほどならストレス解消に良いので、俺も嗜む程度に飲みたいところだ。

 ◆◇◆

 肉鍋の店『オルドの夕餉』に入った俺達は、まず飲み物をオーダーして全員に回るのを待った。店名の意味については誰も気がついてないようなので、俺も触れずにおくとする。事前に調べたときにはあまり深く考えていなかった――オルドというと、遊牧民族の長が持ってるハーレムみたいなものじゃなかっただろうか。

「羊の乳のお酒……ケフィールっていうんですね。いただくのは初めてです」

「ええ、私も初めて……後部くんは?」

「モンゴル料理の店で飲んだことがあります。結構クセがあったんですが、この店のは飲みやすそうですね」

「なんじゃ、『養魔酒』など飲まぬのか。消耗した魔力が回復する霊酒じゃぞ」

『ご主人様、戻ったら作業なんだから飲んじゃだめだよ。私もお茶なんだからね……って、話を聞かないんだから』

「いいではないか、多少飲んだところで潰れるわしではない」

 シュタイナーさんはどうやって飲むのだろう――と思っていると、植物の茎を使っているらしいストローが用意され、なるほどと納得する。

「アトベ様、皆様のお飲み物も揃ったところで……」

「ええ、じゃあ失礼して……みんな、迷宮探索成功お疲れ様です! 八番区から来てくれた皆さんも本当にありがとうございます、これからもよろしくお願いします! では、乾杯!」 

「「「乾杯!!!」」」

「「「かんぱーい!!!」」」

「ワォーン!」

「…………」

 大部屋に響く歓声に近い声。しかし乾杯の音頭というのは何度やっても照れるものがある。

「えーと……すみません五十嵐さん、次から乾杯の音頭はローテーションにさせてもらえませんか」

「後部くん、まだちょっと肩に力が入ってるものね。テレジアさんも心配してる」

 テレジアは席を立つと、俺の椅子の背もたれにそっと手を置く。そんなに頼りなく見えるだろうか――照れていることが伝わっているのか。

「今さら緊張することもなかろう、気心が知れた仲間の前なのじゃから」

「こればかりは性格ですかね……前に出ることが苦手というか」

「アトベ様、お話中申し訳ありませんが……グラスのほう、よろしいですか?」

 ルイーザさんがグラスを差し出す――これもまた照れるが、彼女だけでなく全員とグラスを合わせていく。テレジアもアルコールをほとんど飛ばしてあるという、乳酒の果物割りが注がれたグラスを持ってきたので、コツンと合わせる。まだ十三歳のマドカもテレジアと同じものを頼んでいた。

「アリヒト兄さん、今日はお疲れさまでした。また声がかかるまで、うちらも自分なりに頑張ってますから、いつでも言ってな」

「ああ、また共闘する機会はあると思う。その時はよろしく頼むよ」

「アリヒトたちのおかげで、ラケットを新しくすることができました。雷の攻撃ができるラケットです」

「目的を達成できてよかった。一度、どんな攻撃か見せてもらいたいな」

 カエデとアンナのあとは、リョーコさんとイブキがやってきた。リョーコさんはセレスさんを見て、次にファルマさんを見て――しばらく笑いあったあと、俺を見やる。

「い、いや……ファルマさんは、八番区で世話になった箱屋の店主さんなんです。今回、箱開けのために七番区まで来てもらって……」

「私はてっきり、アリヒトさんがまた『お知り合い』を増やされたのかと……」

「あ、あの、アリヒト先生って、年上の女性の方が好きだったりとか……」

「っ……な、何言うてんのイブキ、お酒なんて間違えて飲んでへんやろね?」

 イブキにどう答えようかというところで、ファルマさんが席を立ってやってくる。

「アトベ様は、私のお店のお得意様です。主人が戻ってきたら、ぜひ紹介したいと思っているんです。うちで飼っていたシオンもお世話になっていますし」

 『主人』という言葉の意味が浸透すると、リョーコさんとイブキがほっとした顔をする。

ファルマさんと俺の関係が気になったのだろうが、ファルマさんの受け答えは落ち着いたもので、大人の余裕を感じさせた。

「す、すみません、あたし、失礼なこと想像したりして……アリヒト先生に呆れられちゃいますよね」

「私もごめんなさい、つい気になってしまって……改めて、自己紹介させてもらってもいいですか?」

「はい、もちろん。私はファルマ・アルトゥールと申します。箱開けを専門にしていますので、皆さんも機会がありましたら、ぜひお持ちください」

 ファルマさん、セレスさんと初対面のメンバーが自己紹介をする。シュタイナーさんはやはりみんなに驚かれていたが、セレスさんが『中の人』のことを明かして安心させていた。

「アトベ様、お肉がちょうど良く焼けてきましたのでお取りしますね」

「は、はい、ありがとうございます……って、テレジアたちはもう食べてるのか」

 人数が多いので肉を焼く鍋は大きなテーブルに四つ用意されており、そのうち一つの焼けた肉を、テレジアとメリッサがもくもくと食べている。それを見て、みんなも思い思いに肉を取って食べ始めた。

 羊肉は少しクセがあるというイメージがあったが、下処理が上手いのかまったくクセがなく、皆には思った以上に好反応だった。

「なんてジューシー……はっ。あの『ストレイシープ』ちゃんが成長したら、この羊ちゃんになっちゃったりするんですか?」

「いや、これは魔物肉ではなく、別のルートの羊肉じゃな。迷宮国の食糧事情がある程度安定しておるのは、支援者が組合を作って牧畜や農業も行っておるからじゃ。特にこの七番区などは、食糧生産を維持するのも重要な課題になっておるじゃろう……迷宮から持ち帰った食材だけではとても足りぬからの」

 俺は魔物牧場に調教した魔物を預けているが、また違う目的の牧場もあるということか――卵はともかく、鮮度の高い乳製品があるのは、酪農が行われていることを示唆している。

「迷宮の恵みだけでなく、人の力でもこの食事が支えられているんですね……いただきます」

「いただきます。ん……脂を落として焼いてるから、あっさりしてて美味しい」

 スズナとエリーティアの口にも合うようで、食が進んでいる。五十嵐さんも食べていたが、ちら、と俺の方を見やる。

「後部くん、いっぱい食べて体力を……」

「お兄さん、お肉をお取りしますね。お飲み物のお代わりはどうされますか?」

「あ、ああ。じゃあ、頼もうかな」

 五十嵐さんが言いかけたところで、いつの間にかこちらに来ていたマドカが世話をしてくれる。このままでは俺が自分で肉を焼くことは無いのではないだろうか。焼肉奉行がしたいというわけではないが、それはそれで少し寂しい。

「……た、体力をつけないとね。私たちもしっかり食べておかないと。マドカちゃんもちゃんと食べてる?」

「はい、皆さんと一緒にお食事ができるだけでお腹いっぱいです!」

「育ちざかりじゃからの、たーんと食べるのじゃぞ。少食そうなそなたもな」

「お肉はタンパク質なので、身体を作るために沢山食べるようにしています」

「うちは部活が剣道部やっただけやけど、アンナはプロになるかもしれへんかったから、昔から必要な筋肉がつく食事をしてきたんやって」

 小柄な身体から想像もできないほど強いサーブを打つと思っていたが、そこまで有望な選手だったとは――アンナは注目されていると気づくと、意外にもピースサインを返してきた。

「テレジア、お肉だけじゃなくて野菜も……食べてるのね」

「…………」

「テレジアさんはいつも美味しそうに食べるので、見ていてこちらが嬉しくなるくらいです」

 スズナはテレジアの食べっぷりを楽しそうに見ていた。大食い女子を見て癒やされる人がいるというが、こういうことかと理解する。

「あ、後部くん。他にも色々料理があるから……」

「うむ、このスープもなかなか良い味が出ておるぞ。一口飲んでみるがいい」

「こちらの串焼きも、香ばしくて美味しいですよ。お一ついかがですか?」

「あら……アトベ様、少し暑いみたいですね。額に汗が……」

 五十嵐さんが何か言おうとしたところで、セレスさん、ルイーザさん、ファルマさんが立て続けに攻勢――もとい、世話を焼いてくれる。

「キョウカさん、お気持ちはお察しします。でも焦ってはいけないんですよね、こういうときって」

「あ、焦ってるわけじゃないけど……リョーコさん、少し酔ってる?」

「ええ、少しだけです。今のところは……キョウカさんいかがですか?」

 小麦肌を上気させたリョーコさんが酒の入った瓶を持っているのを見て、ルイーザさんが酔い潰れてしまったときのことが頭を過ぎる――このままではいけない、お酒は楽しく、だが過ごさずが健全な社会人のあり方だ。

 ここは心を鬼にして、俺が言わなくてはなるまい。まだお酒を飲むには早いメンバーもいる以上、大人として自制を――と考えたところで。

「キョウカ、お主もいける口ではないのか?」

「え、ええ……でも、普段は嗜むくらいです」

「イガラシ様が酔われたところは、そういえば見られていませんね……私ばかりがお恥ずかしいところを見せてしまって」

「せっかくですから、もう少し飲まれませんか? イガラシ様と、お酒を飲みながらお話したいこともありますし」

 箱を開けるときだけでなく、ファルマさんは酒の席でも気分が高揚するのか、仕草が見るからに艶っぽくなっている。五十嵐さんも空気に飲まれたというか、お世話になっているので断りづらそうだ――彼女が自分から折れるところを見ることになるとは。

「あと一杯だけにしておきます、初めてのお酒なので、思ったより回るといけませんから」

「ふふっ……そのときは、シオンにお願いして宿舎まで連れていってもらいましょう」

「リョーコ姉も飲んでええよ、うちらが何とかするし」

「カエデちゃんったら……私がお酒にだらしないみたいに言わないの」

 俺も巻き込まれるのではないかと思っていると、当然のようにファルマさんにお代わりを注がれた――年少メンバーに助けを求めるわけにもいかないので、ここは自力で乗り切るしかないようだ。