World Strongest Rearguard – Labyrinth Country and Dungeon Seekers
Episode 151: Silver Wheels
二層に突っ込み、止まらずに走り続けた――そして目にした光景は、最悪ではあるが、底が抜けた最悪ではない。
泥巨人がテレジアを捕らえている。まず何よりも優先すべきは――彼女を解放すること。
「このまま突撃を仕掛ける……あの巨人の腕を吹き飛ばす方法はあるか?」
『現魔力を一気に燃焼し、最高速度での突進を仕掛ける』
「ああ……思い切り頼むぞ……!」
『――御意に』
泥巨人がこちらを向く――そして生まれた一瞬の隙を突いて、車輪は浮き上がり、加速する。
◆現在の状況◆
・『アルフェッカ』が『オーラスパイク』を発動 →物理攻撃力上昇 攻撃範囲拡大
・『アルフェッカ』が『バニシングバースト』を発動 →速度上昇 限界突破 『残影』を付加
・『アルフェッカ』が『銀の軌跡』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に命中
・『★三面の呪われし泥巨人』の部位破壊 →『★三面の呪われし泥巨人』が素材をドロップ
瞬きの後に、俺は空中にいた。
振り返れば、俺たちが飛んできた空中に、銀色の光が残されている。
「……ォォォ……オォォ……ッ」
泥巨人の右腕が砕けている――テレジアを捕らえていた手の力が緩み、彼女は即座に脱出する――しかし敵にはまだ左の腕が残っている。
「――テレジア、その剣であの赤い仮面を狙ってくれ!」
通常の攻撃では、高い位置にある仮面を狙うことは難しい――しかし、この方法なら。
「……っ!」
「――行けぇぇぇっ!!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援統制1』を発動 →パーティメンバーの標的を誘導可能
・『テレジア』が『アズールウェポン』を発動 →『エルミネイト・レイザーソード』に炎属性を付与
・『テレジア』が『ダブルスロー』を発動 『エルミネイト・レイザーソード』『スモールダーク』を投擲
『蒼炎石』の力で炎属性を付与されたテレジアの剣は、刀身を青く発光させながら、空中を走り――泥巨人の頭部にある、赤い仮面に突き立った。
「……ォォォォォ……!!」
◆現在の状況◆
・『★三面の呪われし泥巨人』に二段命中 弱点特効 弱点属性変化 防御力低下 クリティカル
一撃で戦局が変わる――泥巨人がよろめき、バランスを崩して左手を突く。
「……何やってるの……あんたたちは、負けなきゃ駄目でしょ……」
「シロネ、あなたの思い通りにはならない……私達は、決して……っ!」
エリーティアが叫ぶ――その声に、彼女の闘志に、俺たちがどれだけ鼓舞されているか。
「――五十嵐さん、アンナ!」
「「はいっ!」」
水と雷――『フォーシーズンズ』の技能が、泥巨人に通じないというわけじゃない。『炎』がなければ、弱点の変化に対応できなかったというだけだ。
(何も間違いじゃない。取り返すことは、必ずできる……!)
赤い仮面が潰され、黄色い仮面の光が消える。今通じる属性は――『雷』だ。
◆現在の状況◆
・『アンナ』が『サンダーショット』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に命中 弱点特効 スタン 感電無効
・『キョウカ』が『ライトニングレイジ』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に命中 弱点特効 感電無効
・『ライトニングレイジ』の追加攻撃 →『★三面の呪われし泥巨人』に三段命中 弱点特効 弱点属性変化 防御力低下累積
黄色の仮面が、二人の雷攻撃で破壊される――最後は、水色の仮面。
「うっ……うぅ……」
水属性の攻撃ができるリョーコさんは、泥巨人の中に囚われて苦しんでいる。
『潮水石』をもう一つ買っておけば――いや、それができなければ他の方策を考える。
『――マスター、あの巨人を構成するものは何か』
アルフェッカが問いかけてくる。泥でできた巨人――それが、何かのヒントになるというのだろうか。
(泥……泥でできている。泥に対して、有効な攻撃は……)
『攻撃ではない。それは、摂理である。泥から力を吸い、育つもの……それは何か』
「……植物の根……あの泥の拘束に、『蔓草』なら……!」
『我が頂くは茨の冠。戦場を駆ける車であり、蔓草を操る力を持つ者なり……!』
「――それなら……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『バインシュート』を発動 →『★三面の呪われし巨人』に命中
・『リョーコ』が『蔓草』によって『拘束』 →『泥』による『拘束』解除
・『★三面の呪われし泥巨人』のレベルが1低下
『蔓草の道化師』の素材――『生きている若蔓』を弦としたスリングから、蔓草そのものが放たれる。
それはいとも簡単に泥の表面に突き立ち、潜り込み――アルフェッカは蔓草を巻き取ることで、リョーコさんの身体を泥の拘束から引き剥がした。
その瞬間、泥巨人が弱体化する。探索者を取り込むことで強さを増し、この迷宮にそぐわないほどのレベルに達していたのだ。
「――リョーコさんっ! 水の攻撃で、最後の仮面を狙ってください!」
解放されて即座にさせることではないと分かっていた――だが、油断すればもう一度誰かが捕まる可能性がある。
「……私の仲間を……離しなさいっ……!!」
◆現在の状況◆
・『リョーコ』が『アクアドルフィン』を発動
・『★三面の呪われし泥巨人』に命中 弱点特効 防御力低下累積 クリティカル
最後の仮面が破壊される――続けて俺は二発の『バインシュート』を撃ち込み、アルフェッカが巻き取る。さらにレベルが2下がった泥巨人は、初めの大きさの三分の二ほどまで小さくなっていた。
「嘘……そんな……そんなことって……」
「――嘘じゃない。アリヒトと私たちは……いつもこうやって進んできた……!」
「――嫌ぁあぁぁぁぁぁっ!!」
シロネが叫ぶ――決して泥巨人が負けると思っていなかったからこその余裕が、ついに崩れ去る。
「エリーティア……『支援する』!」
「咲き誇れ……『ブロッサムブレード』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『バインシュート』
・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に十二段命中 クリティカル
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に八段命中 クリティカル
・『エリーティア』の『ユニコーンリボン』の特殊効果が発動 →クリティカルヒット時に、打撃の一部が敵の防御を貫通
・『支援攻撃2』が二十回発生 →『★三面の呪われし泥巨人』が『蔓草』によって完全拘束
・『シロネ』の『操魔の呪符』を破壊 →『シロネ』に『★三面の呪われし泥巨人』が受けた打撃が反射
・『★三面の呪われし泥巨人』を一体討伐
エリーティアが剣を振るい、舞う――そのたびに発生した蔓草が泥巨人を絡め取り、その自由を奪っていく。
「……その姿のほうが『原色の台地』らしいわね」
エリーティアが剣を納め、泥巨人だったものに背を向ける。蔓草が泥を覆うように絡みついて、巨大なオブジェのような姿となっていた。
「――シロネッ!」
エリーティアの攻撃は確かに泥巨人に向けて放たれたはずだ。しかしシロネは、まるで『ブロッサムブレード』をその身に受けたかのように、マントが切り裂かれ、身体中に傷を負っている。双剣の収められた鞘も壊れて地面に落ちるが、それを拾い上げる力すら彼女には残っていなかった。
「くっ……!」
彼女はふらつきながらも、技能を使って体力を回復し、逃げるように走り去る。迷宮のさらに奥へと、一人で入っていこうというのだ。
「……彼女がしたことは、ギルドの規則に反している。全ての区で情報が共有されて、どこかで捕まることになるわ」
エリーティアは目を伏せて言う。俺には、彼女の心情が分かるとは簡単には言えない――しかし。
「あれだけレベルの高い探索者でも、魔物の集団を相手にすればどうなるか分からない。『帰還の巻物』も使えるのにそうしないのなら……」
「……分からない。私には、シロネが何を考えているのかが。元はあんなに悪意を持って、人を陥れるようなことをする人じゃなかった」
どうするべきなのか、簡単には答えが出ない。まず、今俺たちがすべきことは『フォーシーズンズ』の皆を街に連れて帰ることだ。
「カエデ、イブキ……アリヒトが……みんなが、助けてくれました……っ」
カエデは五十嵐さんに、イブキはメリッサにそれぞれ介抱されているが、まだ意識が朦朧としているようだった。しかし、それぞれ介抱してくれた相手の手を握り返すことはできている――みんな、無事に生きている。
「ありがとう、シオンちゃん……私達を守ろうとしてくれて」
「バウッ」
泥で固められて動けなくなっていたシオンも、リョーコさんが水をかけて泥を洗い流してくれたことで、動けるようになった――怪我はしていないようで幸いだ。
「…………」
テレジアは泥巨人に突き立っていた剣を回収してきて、俺のところにやってくる。
「よく頑張ってくれたな……テレジア。みんなも、済まなかった」
「謝ることなんて……銀の車輪に乗って帰ってくるなんて、さすがに想像しなかったわ」
エリーティアは苦笑して言う。彼女も泥だらけだ――しかしそんなことは関係なく、俺の最高の仲間たちだ。
みんなが安堵し、笑っている――しかし俺だけではここに辿り着くことはできず、魔力が尽きたところで動けなくなっていたかもしれない。
俺を導いてくれた『銀の車輪』と、信じて待っていてくれた仲間たちに改めて感謝したい。一人が欠けてすらも歩けなくなると『北極星』のゲオルグが言っていたが、俺も同じことを思っている。
何も失わずに進み続ける、そうでなくてはならない。これからも変わらずに守り続けたい、それが俺の誓いだ。
セラフィナさんはシロネが向かった方角を見ていたが、こちらにやってくる。まず彼女は、俺たちに労いの言葉をかけてくれた。
「あなたたちの絆には、憧れすら抱きます。誰もが、アトベ殿が戻ってきてくれると信じていた……私も」
「シロネが俺に特殊な技能を使ったとき、俺はそれに気づけなかった。もっと気を引き締めないといけないと、改めて思っています」
セラフィナさんは頷き、穏やかに微笑む。しかし、まだ話すべきことが残っている。
「ライセンスの記録から、彼女……シロネが泥巨人を操っていたものと思われます。大きなカルマを負うと分かっていながら、彼女はなぜこんなことをしたのか……」
「……やはり、シロネが迷宮の奥に向かったのは、このまま迷宮を出ても捕縛されるからということでしょうか」
「おそらくは。魔物を他の探索者にけしかけるような行為は、立証されなければカルマが上昇することはありません……しかし、今回は多くの冒険者も、物証も残っています。私のライセンスから、ギルドセイバー本部にも連絡させていただきました。シロネ・クズノハは、現時点をもって捕縛対象者として手配されます」
シロネは『旅団』に戻ることができなくなった。ギルドセイバーの追跡を逃れ、この迷宮から抜け出すために一度行方をくらませたのか、それとも――。
「……すまないが、『フォーシーズンズ』の皆に何があったのか。シロネが何をしたのかを、聞かせてくれないか」
泥巨人の捕縛を逃れていたアンナに、俺は尋ねる。彼女は仲間たちの様子を見る――五十嵐さんに介抱されていたカエデが、辛うじて身体を起こし、そして言った。
「うちの……うちのせいなんや。うちが、気持ちばっかり急いで……あの人に『名前つき』のことを教えてもらって、倒そうって……」
「そんなことないわ……みんなで決めたことよ。シロネさんは、私たちがあの『泥巨人』を倒せるとは思っていなかったみたいだけど……『名前つき』のことを教えてくれるっていう約束は、守ってくれた。アトベさん、本当に申し訳ありません。いつも助けてもらって、六番区に行こうというときにまた迷惑をかけて……」
リョーコさんの頬に涙が伝う。メリッサの膝に頭を預けているイブキも、腕で目元を覆っていた――涙を見せないように。
「ごめんなさい、先生……あたしたち、先生と、みんなと……もう一度、一緒に……」
何も謝ることなどない。俺たちに少しでも早く追いつくように、次の区に行くために頑張ってくれた。そのために無茶をしたなら、言うべき言葉は一つしかなかった。
「ありがとう。皆が頑張ってくれたのは、俺たちとまた一緒に探索するためなんだよな……そんなふうに思ってくれるなら、俺たちも頑張ろうと思える」
「普段は他のパーティと競い合うことになるから、そうじゃなくて……支え合えるような関係になれたら、すごく嬉しいことだと思うわ」
五十嵐さんの言う通りだ。テレジアは静かに泣いているアンナの肩に手を置き、ぽんぽんとなだめる――メリッサは子供のように泣きじゃくるイブキにハンカチを貸して、あやすように撫でていた。
「シロネさんのことは、誘いに乗った私たちにも責任があります。でも……」
「……エリーティア。シロネは、他の探索者に悪意を向けるばかりじゃない。それなら今の行動には、何か理由があるってことなのか」
「それは……」
エリーティアに尋ねても、答えることが難しいとは分かっている。それでも彼女の表情を見れば、迷っていることは分かった――武器を失った状態で単独で迷宮の深層に入ったシロネに対して、俺達が何をするべきなのかということを。
「俺は……甘いことを言ってるとは思う。でも、このまま放っておくわけにはいかない。迷宮の入り口に飛ばされた時は、確かにシロネに対する怒りはあった。だが迷宮の奥に一人で行くこと……それを放っておくことは、罪を償わせることとは違うと思う」
「……アリヒト」
『フォーシーズンズ』の皆を罠に嵌めたこと、それは事実で、許されることじゃない。
しかし『フォーシーズンズ』の面々が、シロネを放っておくことを良しとしていない。ならば、俺はその気持ちを尊重する。
「そうね……一人でも大丈夫っていう自信があるのかもしれないけど、パーティを組んでいないと、思わぬことがあったときに対応できないしね」
五十嵐さんの言葉に仲間たちが同意する。シオンも小さく吠えて、同行する意志を示してくれていた。
「セラフィナさん、『フォーシーズンズ』の皆のことをお願いしてもいいでしょうか」
「了解しました。では、ギルドセイバー本部への報告も兼ねて『帰還の巻物』で一度離脱させていただきます……くれぐれもお気をつけて」
「……アリヒト兄さん、ほんまに……ほんまに、ありがとう……っ!」
カエデもまた、ぼろぼろと涙をこぼしている――その純粋な感謝には、俺も素直に心を打たれるものがある。
「気を引き締めて行きましょう、後部くん……それにしても、完全に回復してるみたいね。あんなに激しい戦いだったのに」
「『車輪』のおかげです。敵のときは苦戦させられましたが、あの力は味方につけると本当に頼もしいですよ」
『マスターが星機輪に気を取られている。私もより貢献できるように努めたい』
『武器と車輪では役目は異なる。我らは共鳴することで、より高め合うこともできよう』
実体化したムラクモと、車輪の上の座席――輿の上に姿を現したアルフェッカが語り合う。その光景を見ながら、セラフィナさんが言った。
「『銀の車輪』……アトベ殿たちを乗せて、どこまで行くのでしょう。私も、それを傍で見届けたい」
シロネを追うために、車座に乗るメンバーを決める。三人乗りがやっとというところに、戦闘で貢献したからとテレジアが俺の膝の上に乗ってきて、エリーティアとメリッサは車座の後ろにつかまって立ち乗りをする。
「…………」
テレジアはあれほど勇敢に戦ったのに、俺の膝の上に行儀よく乗っている――照れはするが、そうこうしてはいられない。
『……マスター、出発の合図を』
「ああ。シロネの後を追う……行くぞ、アルフェッカ」
「――御意に」
車輪はゆっくりと回り始める。『フォーシーズンズ』とセラフィナさんに見送られて、俺達は『原色の台地』の三層に向かった。