二層に突っ込み、止まらずに走り続けた――そして目にした光景は、最悪ではあるが、底が抜けた最悪ではない。

 泥巨人がテレジアを捕らえている。まず何よりも優先すべきは――彼女を解放すること。

「このまま突撃を仕掛ける……あの巨人の腕を吹き飛ばす方法はあるか?」

『現魔力を一気に燃焼し、最高速度での突進を仕掛ける』

「ああ……思い切り頼むぞ……!」

『――御意に』

 泥巨人がこちらを向く――そして生まれた一瞬の隙を突いて、車輪は浮き上がり、加速する。

 ◆現在の状況◆

 ・『アルフェッカ』が『オーラスパイク』を発動 →物理攻撃力上昇 攻撃範囲拡大

 ・『アルフェッカ』が『バニシングバースト』を発動 →速度上昇 限界突破 『残影』を付加

 ・『アルフェッカ』が『銀の軌跡』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に命中

 ・『★三面の呪われし泥巨人』の部位破壊 →『★三面の呪われし泥巨人』が素材をドロップ

 瞬きの後に、俺は空中にいた。

 振り返れば、俺たちが飛んできた空中に、銀色の光が残されている。

「……ォォォ……オォォ……ッ」

 泥巨人の右腕が砕けている――テレジアを捕らえていた手の力が緩み、彼女は即座に脱出する――しかし敵にはまだ左の腕が残っている。

「――テレジア、その剣であの赤い仮面を狙ってくれ!」

 通常の攻撃では、高い位置にある仮面を狙うことは難しい――しかし、この方法なら。

「……っ!」

「――行けぇぇぇっ!!」

 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『支援統制1』を発動 →パーティメンバーの標的を誘導可能

 ・『テレジア』が『アズールウェポン』を発動 →『エルミネイト・レイザーソード』に炎属性を付与

 ・『テレジア』が『ダブルスロー』を発動 『エルミネイト・レイザーソード』『スモールダーク』を投擲

 『蒼炎石』の力で炎属性を付与されたテレジアの剣は、刀身を青く発光させながら、空中を走り――泥巨人の頭部にある、赤い仮面に突き立った。

「……ォォォォォ……!!」

 ◆現在の状況◆

 ・『★三面の呪われし泥巨人』に二段命中 弱点特効 弱点属性変化 防御力低下 クリティカル

 一撃で戦局が変わる――泥巨人がよろめき、バランスを崩して左手を突く。

「……何やってるの……あんたたちは、負けなきゃ駄目でしょ……」

「シロネ、あなたの思い通りにはならない……私達は、決して……っ!」

 エリーティアが叫ぶ――その声に、彼女の闘志に、俺たちがどれだけ鼓舞されているか。

「――五十嵐さん、アンナ!」

「「はいっ!」」

 水と雷――『フォーシーズンズ』の技能が、泥巨人に通じないというわけじゃない。『炎』がなければ、弱点の変化に対応できなかったというだけだ。

(何も間違いじゃない。取り返すことは、必ずできる……!)

 赤い仮面が潰され、黄色い仮面の光が消える。今通じる属性は――『雷』だ。

 ◆現在の状況◆

 ・『アンナ』が『サンダーショット』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に命中 弱点特効 スタン 感電無効

 ・『キョウカ』が『ライトニングレイジ』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に命中 弱点特効 感電無効

 ・『ライトニングレイジ』の追加攻撃 →『★三面の呪われし泥巨人』に三段命中 弱点特効 弱点属性変化 防御力低下累積

 黄色の仮面が、二人の雷攻撃で破壊される――最後は、水色の仮面。

「うっ……うぅ……」

 水属性の攻撃ができるリョーコさんは、泥巨人の中に囚われて苦しんでいる。

 『潮水石』をもう一つ買っておけば――いや、それができなければ他の方策を考える。

『――マスター、あの巨人を構成するものは何か』

 アルフェッカが問いかけてくる。泥でできた巨人――それが、何かのヒントになるというのだろうか。

(泥……泥でできている。泥に対して、有効な攻撃は……)

『攻撃ではない。それは、摂理である。泥から力を吸い、育つもの……それは何か』

「……植物の根……あの泥の拘束に、『蔓草』なら……!」

『我が頂くは茨の冠。戦場を駆ける車であり、蔓草を操る力を持つ者なり……!』

「――それなら……っ!」

 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『バインシュート』を発動 →『★三面の呪われし巨人』に命中

 ・『リョーコ』が『蔓草』によって『拘束』 →『泥』による『拘束』解除

 ・『★三面の呪われし泥巨人』のレベルが1低下

 『蔓草の道化師』の素材――『生きている若蔓』を弦としたスリングから、蔓草そのものが放たれる。 

 それはいとも簡単に泥の表面に突き立ち、潜り込み――アルフェッカは蔓草を巻き取ることで、リョーコさんの身体を泥の拘束から引き剥がした。

 その瞬間、泥巨人が弱体化する。探索者を取り込むことで強さを増し、この迷宮にそぐわないほどのレベルに達していたのだ。

「――リョーコさんっ! 水の攻撃で、最後の仮面を狙ってください!」

 解放されて即座にさせることではないと分かっていた――だが、油断すればもう一度誰かが捕まる可能性がある。

「……私の仲間を……離しなさいっ……!!」

 ◆現在の状況◆

 ・『リョーコ』が『アクアドルフィン』を発動

 ・『★三面の呪われし泥巨人』に命中 弱点特効 防御力低下累積 クリティカル

 最後の仮面が破壊される――続けて俺は二発の『バインシュート』を撃ち込み、アルフェッカが巻き取る。さらにレベルが2下がった泥巨人は、初めの大きさの三分の二ほどまで小さくなっていた。

「嘘……そんな……そんなことって……」

「――嘘じゃない。アリヒトと私たちは……いつもこうやって進んできた……!」

「――嫌ぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 シロネが叫ぶ――決して泥巨人が負けると思っていなかったからこその余裕が、ついに崩れ去る。

「エリーティア……『支援する』!」

「咲き誇れ……『ブロッサムブレード』!」

 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『バインシュート』

 ・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に十二段命中 クリティカル

 ・『エリーティア』の追加攻撃が発動 →『★三面の呪われし泥巨人』に八段命中 クリティカル

 ・『エリーティア』の『ユニコーンリボン』の特殊効果が発動 →クリティカルヒット時に、打撃の一部が敵の防御を貫通

・『支援攻撃2』が二十回発生 →『★三面の呪われし泥巨人』が『蔓草』によって完全拘束

 ・『シロネ』の『操魔の呪符』を破壊 →『シロネ』に『★三面の呪われし泥巨人』が受けた打撃が反射

 ・『★三面の呪われし泥巨人』を一体討伐

 エリーティアが剣を振るい、舞う――そのたびに発生した蔓草が泥巨人を絡め取り、その自由を奪っていく。

「……その姿のほうが『原色の台地』らしいわね」

 エリーティアが剣を納め、泥巨人だったものに背を向ける。蔓草が泥を覆うように絡みついて、巨大なオブジェのような姿となっていた。

「――シロネッ!」

 エリーティアの攻撃は確かに泥巨人に向けて放たれたはずだ。しかしシロネは、まるで『ブロッサムブレード』をその身に受けたかのように、マントが切り裂かれ、身体中に傷を負っている。双剣の収められた鞘も壊れて地面に落ちるが、それを拾い上げる力すら彼女には残っていなかった。

「くっ……!」

 彼女はふらつきながらも、技能を使って体力を回復し、逃げるように走り去る。迷宮のさらに奥へと、一人で入っていこうというのだ。

「……彼女がしたことは、ギルドの規則に反している。全ての区で情報が共有されて、どこかで捕まることになるわ」

 エリーティアは目を伏せて言う。俺には、彼女の心情が分かるとは簡単には言えない――しかし。

「あれだけレベルの高い探索者でも、魔物の集団を相手にすればどうなるか分からない。『帰還の巻物』も使えるのにそうしないのなら……」

「……分からない。私には、シロネが何を考えているのかが。元はあんなに悪意を持って、人を陥れるようなことをする人じゃなかった」

 どうするべきなのか、簡単には答えが出ない。まず、今俺たちがすべきことは『フォーシーズンズ』の皆を街に連れて帰ることだ。

「カエデ、イブキ……アリヒトが……みんなが、助けてくれました……っ」

 カエデは五十嵐さんに、イブキはメリッサにそれぞれ介抱されているが、まだ意識が朦朧としているようだった。しかし、それぞれ介抱してくれた相手の手を握り返すことはできている――みんな、無事に生きている。

「ありがとう、シオンちゃん……私達を守ろうとしてくれて」

「バウッ」

 泥で固められて動けなくなっていたシオンも、リョーコさんが水をかけて泥を洗い流してくれたことで、動けるようになった――怪我はしていないようで幸いだ。

「…………」

 テレジアは泥巨人に突き立っていた剣を回収してきて、俺のところにやってくる。

「よく頑張ってくれたな……テレジア。みんなも、済まなかった」

「謝ることなんて……銀の車輪に乗って帰ってくるなんて、さすがに想像しなかったわ」

 エリーティアは苦笑して言う。彼女も泥だらけだ――しかしそんなことは関係なく、俺の最高の仲間たちだ。

 みんなが安堵し、笑っている――しかし俺だけではここに辿り着くことはできず、魔力が尽きたところで動けなくなっていたかもしれない。

 俺を導いてくれた『銀の車輪』と、信じて待っていてくれた仲間たちに改めて感謝したい。一人が欠けてすらも歩けなくなると『北極星』のゲオルグが言っていたが、俺も同じことを思っている。

 何も失わずに進み続ける、そうでなくてはならない。これからも変わらずに守り続けたい、それが俺の誓いだ。

 セラフィナさんはシロネが向かった方角を見ていたが、こちらにやってくる。まず彼女は、俺たちに労いの言葉をかけてくれた。

「あなたたちの絆には、憧れすら抱きます。誰もが、アトベ殿が戻ってきてくれると信じていた……私も」

「シロネが俺に特殊な技能を使ったとき、俺はそれに気づけなかった。もっと気を引き締めないといけないと、改めて思っています」

 セラフィナさんは頷き、穏やかに微笑む。しかし、まだ話すべきことが残っている。

「ライセンスの記録から、彼女……シロネが泥巨人を操っていたものと思われます。大きなカルマを負うと分かっていながら、彼女はなぜこんなことをしたのか……」

「……やはり、シロネが迷宮の奥に向かったのは、このまま迷宮を出ても捕縛されるからということでしょうか」

「おそらくは。魔物を他の探索者にけしかけるような行為は、立証されなければカルマが上昇することはありません……しかし、今回は多くの冒険者も、物証も残っています。私のライセンスから、ギルドセイバー本部にも連絡させていただきました。シロネ・クズノハは、現時点をもって捕縛対象者として手配されます」

 シロネは『旅団』に戻ることができなくなった。ギルドセイバーの追跡を逃れ、この迷宮から抜け出すために一度行方をくらませたのか、それとも――。

「……すまないが、『フォーシーズンズ』の皆に何があったのか。シロネが何をしたのかを、聞かせてくれないか」

 泥巨人の捕縛を逃れていたアンナに、俺は尋ねる。彼女は仲間たちの様子を見る――五十嵐さんに介抱されていたカエデが、辛うじて身体を起こし、そして言った。

「うちの……うちのせいなんや。うちが、気持ちばっかり急いで……あの人に『名前つき』のことを教えてもらって、倒そうって……」

「そんなことないわ……みんなで決めたことよ。シロネさんは、私たちがあの『泥巨人』を倒せるとは思っていなかったみたいだけど……『名前つき』のことを教えてくれるっていう約束は、守ってくれた。アトベさん、本当に申し訳ありません。いつも助けてもらって、六番区に行こうというときにまた迷惑をかけて……」

 リョーコさんの頬に涙が伝う。メリッサの膝に頭を預けているイブキも、腕で目元を覆っていた――涙を見せないように。

「ごめんなさい、先生……あたしたち、先生と、みんなと……もう一度、一緒に……」

 何も謝ることなどない。俺たちに少しでも早く追いつくように、次の区に行くために頑張ってくれた。そのために無茶をしたなら、言うべき言葉は一つしかなかった。

「ありがとう。皆が頑張ってくれたのは、俺たちとまた一緒に探索するためなんだよな……そんなふうに思ってくれるなら、俺たちも頑張ろうと思える」

「普段は他のパーティと競い合うことになるから、そうじゃなくて……支え合えるような関係になれたら、すごく嬉しいことだと思うわ」

 五十嵐さんの言う通りだ。テレジアは静かに泣いているアンナの肩に手を置き、ぽんぽんとなだめる――メリッサは子供のように泣きじゃくるイブキにハンカチを貸して、あやすように撫でていた。

「シロネさんのことは、誘いに乗った私たちにも責任があります。でも……」

「……エリーティア。シロネは、他の探索者に悪意を向けるばかりじゃない。それなら今の行動には、何か理由があるってことなのか」

「それは……」

 エリーティアに尋ねても、答えることが難しいとは分かっている。それでも彼女の表情を見れば、迷っていることは分かった――武器を失った状態で単独で迷宮の深層に入ったシロネに対して、俺達が何をするべきなのかということを。

「俺は……甘いことを言ってるとは思う。でも、このまま放っておくわけにはいかない。迷宮の入り口に飛ばされた時は、確かにシロネに対する怒りはあった。だが迷宮の奥に一人で行くこと……それを放っておくことは、罪を償わせることとは違うと思う」

「……アリヒト」

 『フォーシーズンズ』の皆を罠に嵌めたこと、それは事実で、許されることじゃない。

 しかし『フォーシーズンズ』の面々が、シロネを放っておくことを良しとしていない。ならば、俺はその気持ちを尊重する。

「そうね……一人でも大丈夫っていう自信があるのかもしれないけど、パーティを組んでいないと、思わぬことがあったときに対応できないしね」

 五十嵐さんの言葉に仲間たちが同意する。シオンも小さく吠えて、同行する意志を示してくれていた。

「セラフィナさん、『フォーシーズンズ』の皆のことをお願いしてもいいでしょうか」

「了解しました。では、ギルドセイバー本部への報告も兼ねて『帰還の巻物』で一度離脱させていただきます……くれぐれもお気をつけて」

「……アリヒト兄さん、ほんまに……ほんまに、ありがとう……っ!」

 カエデもまた、ぼろぼろと涙をこぼしている――その純粋な感謝には、俺も素直に心を打たれるものがある。

「気を引き締めて行きましょう、後部くん……それにしても、完全に回復してるみたいね。あんなに激しい戦いだったのに」

「『車輪』のおかげです。敵のときは苦戦させられましたが、あの力は味方につけると本当に頼もしいですよ」

『マスターが星機輪に気を取られている。私もより貢献できるように努めたい』

『武器と車輪では役目は異なる。我らは共鳴することで、より高め合うこともできよう』

 実体化したムラクモと、車輪の上の座席――輿の上に姿を現したアルフェッカが語り合う。その光景を見ながら、セラフィナさんが言った。

「『銀の車輪』……アトベ殿たちを乗せて、どこまで行くのでしょう。私も、それを傍で見届けたい」

 シロネを追うために、車座に乗るメンバーを決める。三人乗りがやっとというところに、戦闘で貢献したからとテレジアが俺の膝の上に乗ってきて、エリーティアとメリッサは車座の後ろにつかまって立ち乗りをする。

「…………」

 テレジアはあれほど勇敢に戦ったのに、俺の膝の上に行儀よく乗っている――照れはするが、そうこうしてはいられない。

『……マスター、出発の合図を』

「ああ。シロネの後を追う……行くぞ、アルフェッカ」

「――御意に」

 車輪はゆっくりと回り始める。『フォーシーズンズ』とセラフィナさんに見送られて、俺達は『原色の台地』の三層に向かった。