Wortenia Senki (WN)
Chapter 2 Final Story
異世界召喚260日目【暗躍する者達】:
「と言うわけですが……此処まではご理解いただけたでしょうか? 殿下」
須藤は目の前の椅子に腰かけ、じっと彼の報告に耳を傾けているシャルディナ皇女へ問いかけた。
此処は帝都に有るシャルディナの私室。
シャルディナは机に肘をつきながら、ローゼリア王国へ潜入していた須藤の中間報告を受けている。
「そうねぇ、とりあえずは順調の様ね……色々と予定外の事もあったようだけど、ローゼリア王国の弱体化は問題ないと言えるわ……斉藤、今までの話の中で気になるところは有るかしら?」
シャルディナは傍らに立つ斉藤へと話を振る。
「そうですねぇ、須藤さんの御蔭で策の修正は最小限で済んだのは良かったと言えます。あのままゲルハルトを殺されてしまえば、彼に担がれたラディーネ王女も反逆者として始末されてしまう。其れをあの状況から二人を生き残らせる事に成功するとは……流石は須藤さんですねぇ。ゲルハルトはともかく、ラディーネの方はかなり金を掛けて仕立てた人形ですから」
斉藤の賛辞に須藤の顔が綻ぶ。
「いやいや、私の力ではありませんよ。あの王女……今は女王ですか。何にしてもあの女が馬鹿で良かったですよ!いくら信頼している側近とはいえ、たかが騎士一人の命と天秤にかけたほどの馬鹿ですからねぇ」
須藤はそう言って謙遜《けんそん》して見せたが、彼の眼には自分の知略への強い自負が浮かぶ。
日本人特有の奥ゆかしさと言うところか。
尤も、其れは形だけの事。
彼は自負心が強く傲慢な性格である事を、シャルディナ達は十分に理解している。
彼の人を食った態度はまさにその象徴と言えた。
「其れなりに頭は良いのですが、どうにも決断力に欠けますなぁ……一言でいえば馬鹿な善人と言ったところですか」
須藤のルピスに対する批評には、一切の容赦がなかった。
彼は心の底から、ルピスを軽蔑しているのだ。
「あぁ、さっきの報告にも有ったわね……全く何を考えているのだか……まぁ敵が愚かなのは良い事ね。尤も余りに愚かだと、相手をするのも飽きてきてしまうけれどもね」
シャルディナはそういうと肩を竦め、唇を歪めて笑った。
彼女の言葉に頷く須藤に対して、斉藤はやや顔をしかめながら言い返す。
「しかし殿下。余り歯ごたえのある敵と言うのも困り物ですよ?」
「あいつの事……ね……全く!邪魔ばかりする男ね。本当に嫌になる!」
斉藤の言葉にシャルディナは吐き捨てるように言い放った。
彼の言葉を聞いて彼女の機嫌は瞬時に悪くなる。
彼女の脳裏にあの老け顔の体格の良い青年の顔が浮かび、苛立たしげに首を振った。
其れも当然だろう。
彼女にとって、最も聞きたくない男の話題なのだから。
「まぁ須藤さんの話を聞く限りでは、あの男はあくまで巻き込まれただけの事……帝国の意図を読んだ上での参加ではないようですが……」
「だから尚更腹立たしいのでしょ! 全く!何処に逃げたのかと思ったらローゼリアの内乱に参加しているなんて! しかも偶然に?!あいつの所為で危うく策が崩壊しかけたのよ!? どれだけ疫病神なのよ!あいつは!」
斉藤の指摘にシャルディナは語気を強めた。
「まぁ因縁? と言うやつですかねぇ……何しろガイエス様を殺した男が、ガイエス様の立案した策を邪魔したわけですから……クックックッ」
「因縁ねぇ……」
須藤の含み笑いを見ながら、シャルディナはため息をついた。
今回のローゼリア王国内乱は、亡きガイエスが東部地方侵攻に際してたてたオルトメア帝国の策略である。
西方大陸中央部に覇を唱えるオルトメア帝国は今、北部のエルネスグーラ王国、西部のキルタンティア皇国、両国からの圧力に耐えながら東部侵攻を企てていた。
両国とオルトメア帝国の国力軍備力はほぼ互角。
三つ巴の戦が此処20年余りわたり続けられて来たのだ。
2つの国が争えば残りの1国が漁夫の利を得る。
其れを誰もが理解している為、三国の戦は終わらない。
国境地帯でにらみ合いを続け、互いの隙を窺いあう。
だが大戦にはならない。
残った3つ目の国が介入してくることが眼に見えているから。
宮廷法術師でありオルトメア帝国の軍師であったガイエスは、この状況を打破する為に一つの策を皇帝に提示した。
北のエルネスグーラにしろ、西のキルタンティアにしろ、今の帝国の力で討ち滅ぼすことは難しい。
だからと言って1方と同盟を結び残った国を攻めるのも現実的には不可能と言える。
3国間は積年の恨みと利害関係が複雑に絡み合い、とても同盟を結ぶ余地など無かったのだ。
其処で彼は、西方大陸東部と南部へ眼を向けた。
東部南部のどちらかを侵略し、二カ国との国力に差をつけようとしたのだ。
そして彼は東部に眼を向けた。
南部は15の小国に分割された激戦区である。
必然的に小競り合いが多く、兵の実践経験も多い。
言うなれば強兵の国なのだ。
其れに対し東部は、ザルーダ・ローゼリア・ミストの3王国による統治が長く戦の経験もさほど多くない上に、身分制度が厳格であり、貴族の統治が長いこの地方は平民が搾取される傾向が強く、多少税率を下げるなどのアメを民に与えることで占領後の支配統治が容易だと判断された。
このガイエスの立案した策は、皇帝の命によって即座に実行された。
そこでまず行われたのが、ザルーダ王国の隣国、ローゼリア王国に対しての謀略である。
ザルーダ王国へ直接謀略を仕掛けなかったのは、ガイエスがキレ者と言われる処だろう。
東部3国のそれぞれの国力はオルトメア帝国と比べるまでもなく低い。
だが、東部3国が連合すれば、オルトメア帝国といえども簡単に勝利は掴めないのだ。
其処で東部を分断する為の謀略として引き起こされたのが、ローゼリア王国の内乱である。
「ガイエスの命を受け、須藤がラディーネを見出したのが2年前。その後、前ローゼリア王ファルスト2世を毒に因って徐々に弱らせ病に見せかけて殺し、準備が整ったというところであの男が現れた……其の所為でガイエスは殺され、今回も危うく全てをぶち壊されるところだった……確かに因縁ねぇ……」
全ての計画はガイエスがあの男、御子柴亮真を呼びだしたことに因って狂ったと言える。
「確かに……」
シャルディナの言葉に斉藤も深く頷く。
「それで?あいつは方どうなったの?」
「御子柴亮真ですな……いやいや……中々に曲者ですなぁ……結論から言うと狙い通りの展開には成ったのですが……」
須藤は此処で言葉を切った。
彼の表情から、判断に迷っている事が見て取れた。
「どういうこと?ウォルテニア半島を押しつけることにしたんでしょ?」
「えぇ……其れはそのようになったのですが、あの男……土壇場になって条件を付けてきたんですよ」
「えぇ?どういうこと?男爵位とウォルテニア半島……このほかに条件を付けたってこと?」
驚きの表情を浮かべるシャルディナに須藤は真顔で頷いた。
「これがまたあの男らしい……実に相手の急所を抉る弁舌でしてねぇ……結局ルピス女王は其れを飲まされたというわけでして……」
須藤はそう前置きをすると、あの日謁見の間で起こった事を語り始めた。
其の日、亮真はルピスが謁見の間に入ると聞くとすぐに面会を申し込んだ。
「やけに早いわね……御子柴。答えは出たということかしら?」
ルピスは、表情を強張らせたまま亮真へ問いかける。
「はい陛下……今回のお話。私としても大変嬉しく思っております……出来る事ならば私としても有りがたく頂戴したいところなのですが……」
此処で亮真はいったん言葉を切ってルピスへと視線を向けた。
彼の眼には、前日の激情など微塵も残ってはいない。
純粋にルピスへの敬意の念が浮かんでいる。
「其れは断りたいという事なの? 御子柴……?」
ルピスの声が低く冷たくなる。
王が平民を貴族にしてやると言っているのだ。
這いつくばって感謝するべきなのに目の前の男は断ると言うのか?
言葉にはしなくとも、彼女の雰囲気が彼女の心を亮真に告げてくる。
(ふん……馬鹿が)
亮真は心に湧き上がるルピスへの罵倒を内に秘め、さも申し訳な下げに言いだす。
「そのような恐れ多い事……私としても陛下の温情は感激の極みでございます……ですが……」
「なんなの?」
「この話をお受けいたす前に、殿下へ一つ確認したいことがございます……其れをお聞きするまでは私といたしましても何とも……」
のらりくらりとした亮真の言葉に、ルピスの中で苛立ちが募ってくる。
「陛下……此処はこの男が何を言いたいのか聞いてみたらいかがでしょう……このままのらりくらりと逃げられるよりは宜しいかと……」
玉座の傍らに立つメルティナがルピスへ耳打ちをした。
「良いでしょう……御子柴。何を聞きたいというの?」
ルピスの許可を受けて、亮真は恭しく頭を下げて感謝の意を示すとおもむろに切り出す。
「陛下……まずは確認でございますが……ウォルテニア半島の現状を何処までご存知でしょうか?」
「どういう意味?」
ルピスの表情に疑問の色が浮かんだ。
其れは傍らに居るメルティナも同様である。
「勿論、私も詳しく知る訳ではありませんが、このウォルテニア半島……相当に問題があるようですね」
「あら? ……そうなの?」
ルピスは亮真の言葉をさも初めて聞いたという風に問い返す。
流石に、此処で亮真の問いを正直に答える様な愚かな事はしなかった。
勿論、彼女がそうやって惚《とぼ》けることなど亮真にとっては想定内だが。
「えぇ……私も陛下からお話を頂き急いで調べたので判ったのですが……」
此処で亮真は探るような視線をルピスに向ける。
「このウォルテニア半島ですが、ローゼリアの最北端に位置した半島で、大きさはおよそローゼリア王国全土の10分の1……領地の大きさとしては過分と言えます……ですが此処には幾つか問題がありまして……」
そう言って亮真が語った半島の問題点は以下の通りになる。
1:ローゼリア王国の罪人を追放する流刑地をして使用されてきたため、税を納める民がウォルテニア半島においては0である点。
2:強力な怪物《モンスター》達が多数生息しており、普通の平民では生活することが困難である点。
3:人間に対して敵対的な亜人種の集落が存在する事。
4:沿岸部を根城にしている海賊達の問題。
5:隣国ザルーダ王国との国境が近く、紛争が絶えない地域である事。
特に1と2は非常に大きな問題である。
貴族の税収に直結する話なのだ。
つまりルピスは税収の無い土地を与えようとしていた事になる。
貴族の収入は領地の民が治める税に因る事を考えれば、今回の話がどれだけ悪意に満ちた物か理解出来るだろう。
そもそも、この地はローゼリア王国の領土内では無い。
国の書類上はローゼリア王国の領土となってはいるが、この国が半島を支配しているという事実は無い。
何しろ国民が0なのだから。
一晩徹夜してこの事実を書庫の書類から知った時の亮真の顔。
それはまさに鬼の顔であった。
其れはルピスの悪意を示す明確な証拠と言えた。
だが、亮真はそれをルピスの前では見せない。
怒りも憎しみも相手より強くなったときに初めて見せるべきものなのだ。
「成程! 流石は御子柴殿……短い間に良くそこまで半島の情勢を掴まれた!それで……御子柴殿は其れを理由にこの話をお断りされたいというのかな?陛下の期待を裏切って!」
亮真の指摘を受けて黙り込んだルピスを援護しようとメルティナが声を張り上げる。
「御子柴殿! 貴殿はホドラム、ゲルハルト両名の討伐に際し輝かしい功績を示された! だからこそ殿下は慣習を破ってまで貴殿を貴族としようとなされているのだ! ……確かにウォルテニア半島は豊かとはいえぬ!だが半島とてローゼリアの領土!其れも公国に匹敵するほどに広大な土地だ。其れをこのまま放っておくには余りにも惜しい! そうは思われぬか?」
「成程……陛下はウォルテニア半島を民の住める土地に開発したいと?」
「その通り!確かに困難な土地ではあるが、貴殿程の人間ならば殿下のご期待にも沿うことができよう! ……いかがか?」
「メルティナ殿のお言葉を陛下のご意思と理解して宜しいでしょうか?」
メルティナにしては上手い言い回しをしてきたと言えよう。
困難な領地を与えるのは、貴方が優秀だからだ。
そう言って持ち上げたのだ。
だが、亮真はそんな言葉に惑わされるはずもない。
亮真はメルティナから視線を外すと、玉座に座って顔をこわばらせるルピスへと問いかける。
彼の問いにルピスは無言で頷くしかなかった。
本人を目の前に、貴様を封じ込める為に未開の土地を与えるとは口が裂けても言えるはずがない。
尤も、メルティナの切り返しも亮真にとっては想定内の話だったが。
「いや、そうでしたか!……それならば私としても陛下にお願いがしやすい!」
「どういう事です? ……貴方の願いと言うのは、私の意思を確認したいと言う事ではないのですか?」
亮真の言葉を聞いて、ルピスの顔色が変わる。
彼女は、自分の考えを聞くこと自体が亮真の願いと解釈したのだ。
無論そんなつまらない事を亮真が望むはずもない。
全ては布石。
ルピスとメルティナの二人を追い詰める為の……
「いいえ陛下! 願いと言うのは簡単な事です……ただ陛下のご意思を確認しなければ私としても口に出すのを躊躇《ためら》われる事ですので……ですが陛下が半島を開発したいという、確固たるご意思をお持ちならば……」
亮真の言葉に二人は嫌な予感を感じた。
「なん……です?」
「いえ……半島を開発する為に資金をお借りしたいのです……ただ額が額ですので陛下のご意思を聞いてからでないと中々……いやぁ。陛下が私に其処まで期待をしてくださっていたとは光栄の極み。私も陛下のご期待に応えるよう粉骨砕身させていただきます!」
そういうと亮真は深々とルピスへ頭を下げる。
「待て!資金提供だと?何を言っている!ウォルテニア半島は貴殿の領地!その為の資金など王室が出すはずが無いだろう!」
メルティナが怒声を張り上げた。
尤も亮真の表情は変わらない。
「はぁ? これは異なことを! 陛下はウォルテニア半島の情勢をご存じであり、私に半島の開発と繁栄をお求めになられた訳です」
「その通りだ!だからこそ貴殿は己の才覚で半島の開発を行わなければならない!」
「ですがご存じのとおり私はただの平民。財産とてございません。其れはメルティナ殿も陛下もご存じのはずでは?」
「其れはそうだが……」
「私自身に金が無い以上、私は陛下のご期待に答える為に誰かから資金を借りなければなりません……ですが、まずどの商人も半島の開発などに資金は貸さないでしょう」
商人はリスクを嫌う。
怪物《モンスター》や亜人種がすむ半島の開発など、リスクばかりで肝心のメリットが見えない。
そんな危ない話に商人達が、投資などするはずもなかった。
「其れは貴殿の才覚で……」
メルティナは必死で食い下がる。
此処で言い負かされては、全てが水の泡となる。
御子柴亮真を封じ込める事も出来ず、ルピスのメンツだけが潰される事になる。
それだけ絶対に避けなければならなかった。
「無論!私は其れなりに才がございます。ですが私としても神ではございません!なんの元手も無くかの地を開発など出来るはずもございますまい!……無論その点に関しては、聡明なる陛下におかれましてもご理解いただけるかと思いますが?」
亮真の矛先がルピスへと向けられた。
彼女の表情が青ざめる。
元々彼女自身も無茶を承知の上で押し付けようとした話。
其れを此処まで見透かされてしまえば、彼女としても打つ手は無い。
結局彼女は、亮真の望むとおりの言葉を口にした。
「いくら必要なの?」
「陛下!」
メルティナの叫びをルピスは黙殺した。
この場には、彼女達だけではない。
傍観派の貴族も居れば、警護の騎士達も居る。
彼らの前で、これ以上無様な様子を見せるわけにはいかなかった。
あくまでも平民を重用する、英明な君主であると思わせなければならないのだ。
「流石陛下!ご聡明でいらっしゃいます……そうですねぇ概算ではございますが、およそ1000億バーツ程は必要かと!」
ブッ
須藤の説明に、斉藤は覆わず吹き出してしまった。
冷静で礼儀正しい彼にしては、珍しい行為だ。
尤もシャルディナも彼の不作法を咎《とが》める気持ちは無かった。
彼女自身も大きな驚きを受けたのだから。
大体、町の安宿なら一泊で100バーツ。
昼と夜の食事を町の食堂でとれば大体100バーツ。
人一人が一日暮らすには200バーツ程度が必要と言うことになる。
となれば、彼の提示した金額の大きさも理解できるかもしれない。
「なんて無茶な額を……それではローゼリア王国に入る収入のほとんどを貸し付けなければならないことになる!」
斉藤の言葉にシャルディナも呆れ顔をした。
「帝国でもそれだけの額を一度に出すのは無理ね……」
出せないわけではない。
だが、これだけの額をいきなり言われて出せる国は西方大陸の何処を探しても無いだろう。
国の収入は事前に使い道が固定されている。
役人の給料や、軍への設備投資など、重要でおろそかには出来ない物がほとんどである。
もし帝国でこの額を出すとなれば、何年も時間を掛けて予算をやりくりする必要がある。
帝国ですら捻出《ねんしゅつ》には時間が掛る額なのだ。
帝国よりも国土の小さいローゼリア王国に出せるはずがない。
シャルディナの言葉に須藤は無言で頷いた。
「おっしゃる通り……ですが、あの半島を開発するとなればそれくらいの資金を投下しなければどうにもならない事も事実でしょう」
森を切り開き、道を通す。
海賊や、亜人の襲撃に備える為に常備兵力を雇う。
住民を移住させるのにも金が掛る。
本当に半島を開発するのならば、それくらいの金が掛って当然と言えるのだ。
「其れはそうかもしれないけど……そんな額……あ!そう……そういう事!」
「流石は殿下……気づかれましたか」
シャルディナの言葉に須藤は眼を細めて微笑む。
「あいつは最初からその額を貰おうなんて思ってなかったのね? ……まずは資金提供を断らせた上で何か別の条件を提示した!そうでしょう?」
須藤は内ポケットより、一枚の紙を取り出してシャルディナへと差しだした。
「これは?」
「御子柴亮真がルピス女王へ提示した条件の一覧です……私も確認しましたがかなり厄介な内容ですね……完全にローゼリア王国から独立するつもりの様です」
この紙に書かれている条項は細かく書かれており、項目はかなりの数に上る。
シャルディナはザッと上から下まで各条件へ眼を通した。
彼女の表情が曇る。
亮真は、大まかに言って2つの事を求めていた。
法、軍事、外交、経済の全てを御子柴亮真へ一任する事。
そして、貴族が王国へ払うべき税金の免除。
つまり男爵と言う地位で有りながら、亮真は公国としての権利を主張したことになる。
「これを……本当に認めたの?ルピス女王は……」
呆れ顔のシャルディナの問いに須藤は無言で頷く。
「馬鹿だとは聞いていたけれど……やってくれるわね。毒蛇に自由を与えたようなものだわ……」
「最初に提示された資金の額に眼を眩まされて、まともに考えないで許可を与えたようですなぁ」
「だからと言って……こんな事……」
危険な男に態々自由を与えてやったようなものだ。
しかも土地付きで。
「まぁ救いなのはいくら権利が有ろうと、あの半島は税収が全くない未開の地だということです。流石にあの男でも無から有は作り出せますまい……」
「斉藤……貴方本当にそう思うの?」
シャルディナの問いに斉藤は口を濁した。
税収の無い土地。
徘徊する怪物《モンスター》。
ローゼリア王国の援助も無い。
そんな状況で何ができると言うのか?
だが、斉藤は其れを口にすることは出来なかった。
自分自身も、御子柴亮真と言う男の持つ何かを恐れているのだから。
シャルディナは斉藤から視線をそらした。
この場に居る誰もが、同じ不安を感じていたのだ。
「須藤……貴方の策……裏目に出るなんてことはないでしょうね?」
須藤は無言で答えた。
ルピスの不安につけ込み、亮真を貴族にするよう提案したのは須藤自身。
其れは、御子柴亮真の居所を確実に掴んでおくための布石。
シャルディナもまた、他国に亮真が登用される事を嫌ったのだ。
特に北部と西部に存在する大国に。
だが、其れが裏目に出るかもしれない……
そんな不安が3人を縛る。
「いいわ……須藤……でもアイツから眼を離しちゃダメよ?」
言葉少なく命じるシャルディナの言葉に須藤は頷く。
「では殿下……次回の報告はザルーダ侵攻が始まってからということで宜しいでしょうか?」
「えぇ……予定通り来月には侵攻を始めるわ……須藤!手筈は判っているわね?」
「ご安心ください。今回の内乱で貴族も騎士も動揺が広がっております。いくらでも付け入るすきはございますので……ローゼリアがザルーダへ援軍を出す事は無いでしょう」
「そう!ならば良いわ!ローゼリアの抑えは任せたわよ!」
シャルディナの言葉に須藤と斉藤、両名が無言で頷く。
此処に今、オルトメア帝国が其の鋭い牙を剥いたのだ。