トールたちが昼食に舌鼓を打っていた頃と、ほぼ同時刻。

路地奥の防具屋で注文を済ませたソラたちは、ごきげんな様子で通りを歩いていた。

「なかなか良いお店だったわね。紹介してくれて助かったわ」

「どういたしまして、ベッティさん」

後ろでひとまとめにした赤い髪を優雅になびかせて、ベッティーナは満足げな笑みを浮かべてみせた。

彼女が注文したのは白い岩トカゲの革を使った胴着だが、素材の革を身体に合わせた際に褐色の肌によく映えていたので、今からその出来栄えを想像しているのだろう。

もっとも出来上がるのは、二週間ほど先の話となるが。 

「ソラはなにも頼まなくてよかったの?」

「わたしはムーちゃんの靴、たのみましたよ」

しっかりとした堅革の底がついた長革靴で、子どもでも脱ぎ履きしやすいよう靴紐ではなくベルトで留める優しい仕様となっている。

河原の石を踏んでも大丈夫なようにと、店主が二日で仕上げると引き受けてくれた品だ。

「そうじゃなくて、あなたの分よ」

「うーん、今の防具で不自由してないし、とくにいいかなーって。あと、お金もあんまりないですし」

「もう、それなら私に任せてくれたら良かったのに」

ベッティーナの言葉に目をパチクリさせたソラは、小鳥のように首をかしげる。

「うん? まかせるってなにを?」

「店に案内してくれたお礼を、何かしたかったのだけど」

「もしかして、代わりにお金を出してくれるつもりだったの?!」

「ええ、それにあなたは大切な友人ですもの」

サラッと言い出した紅毛の美人に、村育ちの純朴な少女はしばし考えてから口を開いた。

「うーん、それって友達じゃなくて、おかあさん的な感じになっちゃうような」

「え?」

「うまくいえないんですけど、友達ってのはいっしょに遊んだりおしゃべりするような仲だと思うんです」

「そう言われれば、そうかもしれないわね」

「だから大金をポンとだしてくれたりするのは、ちょっとちがうかなーと」

「ソラ様の仰る通りです、お嬢様」

二人の会話に口を挟んできたのは、後ろでムーと手をつないで歩いていたゴダンであった。

子どもの方は防具屋の店主にもらった焼き菓子を、ひたすら夢中でもぐもぐしている。

「えっ、そうなの?」

「はい、ご友人とは対等な関係だからこそ成り立つもので、安易に金銭を絡めるべきではないかと」

「ごめんなさい、ソラ。失礼な振る舞いだったのね」

指摘された赤髪のお嬢様は、あわててソラに謝罪する。

だが少女の顔はかえって曇ってしまった。

「気にさわったみたいね。本当にごめんなさい」

「あ、ちがうんです。ちょっと自分の言葉にやられたというか……」

「どういうことかしら?」

「わたしとトールちゃんの関係も、守ってもらってばっかりだったり、お金もぜんぶ出してくれてるなあって」

「ソラはあの地味な英雄さんと友達になりたいの?」

「ううん、それ以上の関係をめざしてます」

「差し出がましい言葉ですが、ソラ様。恋人やご夫婦といった間柄は、友人関係とはまた違ってくるものかと」

「そうかもしれませんが、まずはふさわしい人間になってみたいなーと」

そう言い切る少女の顔からはいつもの天真爛漫さは鳴りをひそめ、余裕のなさが現れてしまっていた。

困った表情で目配せしあったベッティーナとゴダンは、唐突に話題を切り替える。

「そういえばもうお昼ね。ずいぶんとお腹も空いてしまったわ。ねえ、ソラ、どこか良いお店をご存じないかしら?」

「ええ、わたくしもかなりの空腹で、今にも倒れそうです」

「それはたいへん。じゃあ、わたしのとっておきのお店に案内しますね」

「ではご案内してくださったお礼に、昼食代はわたくしが出させていただきます」

「それって、さっきの言葉と矛盾してない?」

「良いのですよ、お嬢様。わたくしは友人ではなくムー様の子分ですので」

ソラが三人を引き連れて向かったのは、中央広場にある屋台の並びであった。

正午時のせいで、かなりの混雑ぶりである。

すっかり慣れてきたのか、少女は人混みをスイスイとかき分けて進んでいく。

そしてずらりと大鍋が並ぶ屋台へたどり着くと、得意げに振り向いた。

「おまたせしました。うーん、今日もすごくいい匂い」

「……ここは、なんのお店かしら?」

「どうやらスープ専門の屋台のようですね」

「はい、名前が面白くて海鍋屋さんっていうんです。売り物が海味のスープだからですって。こんにちはー、おじさん」

「あーら、いらっしゃい、ソーラちゃん」

少し間延びした話し口の店主は見た目は黒髪の中年であるが、その首元は細かいひび割れのような鱗に覆われている。

ニッコリと微笑む蒼鱗族の男性と、ソラは朗らかに会話を続けた。

「今日のオススメはなんですか?」

「そうさね。まるごと玉ねぎ入りのこれなんて、今日一番の出来栄えだよ」

「じゃあ、わたしそれにします」

「この赤いのなんだ?!」

「それ赤辛子入ってるから、ムー坊にはきびしいねー」

「肉はいってるのどれだ? おっちゃん」

「こっちの猪の尻尾のスープはどう? お肉の味がすごくするよ」

「私はその赤いのが気になるからいただくわ」

「べっぴんさんは辛いの平気?」

「ええ、大得意よ」

「はい、まいどあり。そっちの角生えたお兄さんにはこれどうかな? 塩漬けの尖りキャベツ入りだよ」

「おお、それは懐かしい。では、店主殿のお勧めをいただきます」

ほかほかと湯気の上がる深皿を受け取ったソラが次に向かったのは、屋台の前に備え付けてあるテーブルではなく隣の店であった。

大きめの天幕が張られた店からは、ふわりと甘い小麦の焼けた匂いが漂ってくる。

中に入ると壁際の棚や中央の台には、様々なパンがずらりと並んでいた。

「スープだけではどうかと思いましたけど、こちらはパンのお店かしら」

「はい、白猫屋ってお店さんです」

「――まさか、猫味のパンがあるの?」

「いえ、店主さんが白いネコ飼ってるからだそうです。でも、ネコ味っておいしそう」

冗談のつもりであったベッティーナは、ソラの返しに口元を引きつらせる。

「てい!」

「もう、なんで叩くの? ムーちゃん」

「ねこたちのへーわは、ムーがまもる!」

「もう、食べないって。スープこぼれたらあぶないでしょ」

「ほらほら、ケンカしてないで。せっかくのパンが嫌がって堅くなっちまうよ」

声をかけてきた店主は、黒髪を束ねた肉付きの良い中年の女性であった。

楽しそうに笑みを浮かべながら、矢継ぎ早に話しかけてくる。

「おや、今日は新しいお客さんもいっしょかい? そっちの黒パンは焼き立てだから、まだ手で千切れるよ。お兄さんは、よく食べそうだね。こっちの木の実入りなんてどーだい? ほら、ムー坊、揚げパンもあるよ」

「くださいな!」

「はい、まいどまいど」

小麦はいまだにさほど値下がりしていないが、ここの店主は独自の仕入先を持つせいで値段をかなり抑えており、冒険者には大人気の店である。

いそいそとパンを選んだ四人は、飲食用に置かれた外のテーブルへ向かう。

向かい合って座り感謝の祈りを済ませると、ようやく昼ごはんとなった。

満面の笑みでスープを口に運ぶソラをじっと眺めていたベッティーナは、不意に先ほどの話題を持ち出す。

「ねえ、ソラ」

「ふぁんですか?」

「さっき守ってもらってばっかりって言ってたでしょ」

「はい、いいましたよ」

「ソラって魔技使いだから、それは仕方ないと思うのよ。でも戦いだけが全部じゃないわ。それ以外の部分で、できることで尽くしてあげればどうかしら?」

ずっと答えを考えてくれていた友の様子に、ソラはパンを喉に詰まらせかけて急いでスープに手を伸ばした。

「んぐっ、……尽くすことですか?」

「このゴダンも、私のためにたくさん気を使ってくれるわ。それは何より嬉しいものよ」

「残念ですが、お嬢様。わたくしには故郷に残してきた妻がおりますので……」

「もう、混ぜっ返さないで。えっと、つまりね、ずっとそばに居られるんだから、色々と試さなきゃ損って話よ」

「…………はい。うん、そっか、このスープとか、トールちゃん喜んでくれるかも。ありがとうございます、ベッティさん!」

元気を取り戻した少女の姿に、ベッティーナは優しい視線を向ける。

それから急に思いついたように、疑問を発した。

「ところでソラとあの地味な英雄さんとの関係は、どこまで進んでいるのかしら?」

「えっと、キスなら寝てる間にこっそりほっぺに……」

「あら、それはまだまだみたいね。もっと頑張りなさいよ」

そう応援しながらも、なぜかあからさまにホッとした顔をみせるベッティーナであった。

ソラたちが昼食を楽しんでいたのと、またも同時刻。

三日ぶりに我が家に戻り、家の掃除をきっちりと済ませたユーリルは台所の椅子に座って深く息を吐いていた。

我が物顔に居座っていた二匹の猫は主の帰還でその座を譲り渡し、テーブルの下でお土産の干し魚のおすそ分けにガツガツと喰らいついている。

ユーリルはテーブルの上に置かれた杖を見て、またも深々とため息をついた。

杖は片手よりやや長い程度で、てっぺんに大きな氷晶石が取り付けてある。

掃除の際につい見つけてしまった神官杖を眺めながら、銀髪の美女は誰ともなしに呟いた。

「……これ、あんまり良い思い出、ないのよねぇ」