北回りルートを中途断念したトールたちが帰還した馬車の停留所で出会ったのは、顔馴染みの冒険者ベッティーナたちだった。

開口一番でムーに尻を叩かれた赤髪の美女は、出鼻をくじかれた顔になる。

「もう、ここはもっと格好良く、台詞を決めたかったのに!」

「いえ、こちらのほうがお嬢様らしさがよく出ておいでですよ」

「……うむ、いつも通りだな」

「……元気にしていたようだな、幼い子」

「ベッティさん、お久しぶりです。あ、ゴダンさん、タパさん、タリさんもこんにちはー」

「よう、変わりはないか?」

「こんにちは、皆さん」

前に会った時は、暴れ河馬を残り十匹倒せば昇格だと言っていたが、無事に上流狩り場の抽選を引き当てたようだ。

全員が、トールたちと同じ白い縁取りの冒険者札を首元に下げている。

「ほら、ムーちゃん。いきなり叩いちゃダメでしょ。ごめんなさいは?」

「ムーは、ムーをおびやかすものにようしゃしない!」

「さすがはムー様、ご立派な心がけでございます」

「……その意気」

「……見事だな、幼い子」

「アンタたち、どっちの味方なのよ!」

トールたちは恐ろしい速さで昇級しているのだが、それに負けず劣らずベッティーナたちも相次いでプレートの色を変えてきていた。

それがどうやら、最年少かつ最短期間の記録持ちであるムーに火をつけてしまったようだ。

軽く毛を逆立てる子どもの様子にわずかに頬を緩めながら、トールは四人へ視線を向けた。

ややすねた顔で横を向くベッティーナだが、今日は砂よけの白布を使ってきっちりと赤い髪を結い上げていた。

ピッタリとした白い鱗地の革鎧に、スラリとした脚にまとわりつく細剣。

勝ち気そうな目元を含めた美貌も相変わらずである。

そしてなぜか先ほどから赤毛の乙女は、ユーリルと案内役のサラリサにチラチラと視線を走らせていた。

その斜め横に控えるゴダンは、濁った赤みを帯びた甲冑姿だ。

大きな菱盾を背負い、先端に棘の生えた鉄球がついた棍棒を腰から下げている。

物々しい格好ではあるが、物腰が柔らかなせいで威圧感は毛ほどもない。

お嬢様と執事の背後には、小太りの翠羽族の双子が控える。

二人ともゆったりとした前合わせの布地の服で、頭部には白い布が器用にグルグル巻きになっていた。

弓を背負い、片胸と利き手だけに革の胸当てと手袋を着けているのが兄のタパ。

腰元に数本の短剣の鞘を下げているのが、弟のタリである。

珍しく糸のように細い目を楽しそうに輝かせる二人の姿に、トールは興味がわく。

「今日はご機嫌そうだな?」

「……ああ、ここは風が強い」

「……少し遠い場所を思い出す」

翠羽族の故国リージニアリアは、央国の南に位置する大草原である。

遮るものがないその平野は、年中止むことがない風が吹いていると聞く。

「なるほど、風使いの本領発揮ってとこか」

「……そちらはどうだ?」

「……なかなかの収穫のようだが」

トールが引くソリに山積みとなった白い石を見て、双子は興味深そうに尋ねてくる。

そこへゴダンも話に乗ってきた。

「これは、もしかして白硬銅の原料ではありませんか?」

「よく分かったな」

「ええ、なかなか良い素材だと伺っております。どの辺りで取れたのでしょうか?」

軽く視線を向けてくる茶角族の青年に、トールは小さく頷いて背後へ振り返った。

そしてトールたちの輪を眺めていた無口な案内人へ尋ねる。 

「すまんが、どれくらいまで話していいんだ?」

「そうだな。本当なら全部ダメなんだが、お前の大事な知り合いだろ。ちょっとだけ耳を塞いどいてやるから、軽い要点くらいなら見逃してやるぞ」

答えを寄越したのはサラリサではなく、脇の空樽に腰掛けていた義兄だった。

割り込んできたガルウドへ、感謝の意を込めて頷いたトールはふと思いついた疑問を口にする。

「ベッティーナたちの案内人は、もう決まっているのか?」

「ああ、この嬢ちゃんたちも大人気でな。どこも譲らねえから、仕方なく俺になったよ」

「そうなのか。よろしく頼む」

「あら、ご丁寧に口添えありがとうございます。お礼を言わせてもらうわ、英雄さん。それとガルウドさんは、安心できる案内人だと聞いています。ご指導、ご指摘、よろしくお願いいたしますわ」

「そう、期待されているほどじゃないがな。ま、尻尾を巻いて逃げるときは任せてくれ」

その言葉を聞いたとたん、紅尾族のベッティーナは誇らしげに顎を持ち上げた。

「私の赤い尾は生まれてこの方、怯えて巻いたことはありませんの。ご期待には、お応えできそうにありませんね」

腰に手を当てて高らかに笑い声を上げるお嬢様と、なぜかその横で同じように笑い出すムーを置いて、トールとゴダンたちは手短かに相談を交わす。

「東をまっすぐに抜ける道は無理だな。岩トカゲと砂が多すぎてきつい。北は今回、挑んでみたが――」

「……むむ、やや硬そうな相手だな」

「……強い風くらいなら、何とかできるのだが」

「足場が悪いところは、わたくしも苦手ですね。そうなると――」

「ああ、残りは南回りだが、実はどうも俺たちとは相性が悪いようでな」

「……だが我々には、好都合と」

「行ったことはないので言い切れんが、少なくとも俺たちよりは戦いやすいはずだ」

「なるほど、その辺りの情報がほしいということですな」

「話が早くて助かる。こっちは二度ともしくじって、目処も立ってない状態だ。何でもいいから取っ掛かりが欲しくてな」

「分かりました。白硬銅も捨てがたいですが――」

「……荒風の谷を進むとするか」

「頼んだぞ。ああ、あと白硬銅は余ったら、少し回してやるよ」

「それは有り難いお話ですな」

大体が決まったところで、ベッティーナが会話に混ざってくる。

「もしかして、行き先を決めていたの? それなら私も良いかしら」

「はい、お嬢様。どうぞ存分に御意見をお出しください」

「ふ、誇り高き紅き尾の一族なら、卑しく言い訳を語るまでもないわね。向かうと決めたら正面しかないわ!」

「では、そのように伝えておきます」

「頼んだわよ、ゴダン」

深々と頭を下げた執事は、そっと案内役に近付いて耳打ちする。

「ではガルウド様、今回は南回りの案内をお願いいたします」

「おいおい、嬢ちゃんと言ってることが違うぞ」 

「はい、お嬢様はおそらく気づかれないかと。……あまり方角に敏い方ではありませんので」

「良いのかよ、それで……」

呆れた顔になったガルウドは、トールに向けて大げさに肩をすくめてみせた。