「で、誰のが一番だったんだ? ムーちび」

遠慮なく尋ねたのは次男のニニラスだ。

両手持ちの長い両刃の斧を肩に背負ったまま、全く初めてのダンジョンの中を物怖じもせず歩いている。

「ああ、俺もそれは気になっていた。ここはソラちゃんと言ってほしいところだが、あの水使いの子も中々のようだしな」

会話を合わせてきたのは、その隣を歩く長男のロロルフだ。

おそらくこの二人が全員の中で一番背丈が高いのだろう。並んでいると壁が動いているかのような錯覚を受ける。

「甘いな、兄貴。ユーリルさんが首位の座を、そうそう明け渡すわけないだろ」

後ろから口を挟んできたのは、年上好きを公言してはばからない三男のググタフだ。

兄たちよりも細身であるが、両手持ちの槍を軽々と背負って平然と歩いている。

「うわ、本当に蟻ん子一匹いないや。あれ、全部倒したの?」

いつもの馬鹿な会話を続ける三兄弟にやや遅れてついていくのは、驚きの表情を隠さないクガセである。

先日の敗退の記憶がまだ色濃く残っているのか、歩きながらもその体はいつでも動けるよう膝の力を抜きつま先に体重をかけたままだ。

「はい、二日かけてみんなでやっつけましたよー」

にこやかに答えたのは隣を歩くソラだ。

誰とでもすぐ仲良くなれる性格は、加わったばかりの茶角族の少女にもいかんなく発揮されたようだ。

いつもの調子で、すっかり打ち解けてしまっている。

「あんた、いつもの変な言葉遣い以外もできるのね」

二人の会話に割込できたのは、少しばかり元気のない顔のラムメルラだ。

こちらはいきなり知らない人間が増えたので、気疲れしてしまったらしい。

「変って敬語のことですか? ソラっちは年下だから、普通に喋るですよ」

「私、今年で四十二だよー」

「うそ!」

「あ、十七歳にしとけって言われてたんだった」

「じゃ、やっぱり年下だ。ボク、自分より年が下の子と一緒になるの初めてだから、すっごく楽しいや。今日はよろしくね、ソラっち」

「はーい、こちらこそ」

何事もなかったように話し続ける二人を、ラムメルラは信じられない面持ちで見つめたあと無言で首を横に振った。

「なんで……、俺まで連れてこられてるんだ?」

納得のいかない顔で呟いたのは、最後尾を歩く長盾を背負ったガルウドだ。

今日は雷鳴組の集会日だったので訓練場に顔を出していたところ、なぜか一緒に拉致されてここまで同行させられていた。

「そもそもここって、金剛級向けのダンジョンだろ。勝手に入っていいのか?」 

「だいじょーぶぅ。ちゃーんと言ってきたよ」

隣で少しテンポの遅い返答をしたのは、その誘拐犯である騎乗師のチタだ。

一見、小柄な体つきであるが華奢なラムメルラとは違い、みっちりと肉が詰まった引き締まった体つきをしている。

それもそのはずで、チタの背中に回されているのは長い弓であった。

副隊長よりも年上である彼女は、実は風使いと弓士の技能(スキル)を有する双樹持ちのベテラン冒険者でもある。

現在は飛竜の世話係をかって出ているが、立派な"白金の焔"の戦力なのだ。

連れてきてと頼まれた人物はまだかなり居るのだが、一度に運べる人数は五人までなのでもう一往復すると夜になってしまう。

そのため今日は飛竜便はもう休みにして、特性獲得ツアーに同行したというわけだ。

ちなみに愛しき飛竜は現在、地上の廃墟に野放し中である。

ユーリルが嬉々として付き添いを申し出たので、心配するような状況はまず起こらないと言える。

そもそも巨大な飛竜は、数匹の琥珀蟻ごときではどうにかなる相手でもない。

大所帯となったパーティの先頭を歩くのは、ストラッチアとニネッサの二人組だ。

地上では珍しく言い合いをしていた二人だが、ダンジョンに入ったとたん黙りこくってしまった。

今も無言のまま、少しだけ距離を空けて並んで歩いている。

その後ろに続くのが、前の二人とは大違いな様子で熱心に話し込むトールとディアルゴである。

相変わらず伸ばした前髪で目元を隠した茶角族の青年は、顎に手を当てながら会話に興じている。

「興味深いですね……。お話を聞くと、まるでこの蟻の巣が意思を持ってるみたいで」

「ああ、どうにかして俺たちを見分けているとしか思えなくてな」

トールの腰から伸びる紐の先には運搬用のソリが結ばれ、すっかり元気になったムーが座り込んでお土産の焼き菓子を夢中で貪っていた。

今回のメンバーは前衛六人と後衛六人、前後兼任が一人の計十三人である。

ソリの後ろを歩く次男のニニラスが、暇なのかまたも子どもに問いかけた。

「なー、ムーちび、勿体つけずに教えてくれよ」

「なんだ、おっちゃん。ムーはいま、のどがつまりそうでたいへんなんだぞ」

「ちゃんと水飲め、水」

「ほら、慌てるなって。貴重なんだから、そうこぼすなよ。で、おチビちゃんは、誰のお尻が一番、叩き具合が良かったんだ?」

「むぅ?」

長男のロロルフに下種な質問を投げかけられた子どもは、しばし考え込む素振りを見せる。

そしておもむろに振り返って指差したのは、後ろで談笑中のクガセであった。

「えー、男のケツの感想なんて聞きたくねえぞ」

「おチビちゃん、野郎は除外で頼む」

「でも、クガセのおしりがいちばんはずんで、おもしろかったぞ!」

「このおっさんどもと、チビスケは何言ってやがるですか」

大声過ぎて丸聞こえだったのか、赤面したクガセが思わず話を止めて呟く。

その言葉を聞いた三男のググタフが、慌てた顔で鈍感な兄たちに耳打ちした。

「兄貴、あの子、女の子だよ」

「ウソつけ。お前と身長、変わらねぇじゃねえか」

「いや、言われてみれば結構、可愛い顔してるぞ。いけるっちゃいけるな」

「ほっとけですよ、おっさん」

「おっさんて、俺まだ二十四だぞ」

「そっちのほうが絶対にウソですよ!」

「おい、そろそろ止めとけ。二層についたぞ」

傾斜路に到着したトールは、じろりと三兄弟を睨んだあと通路の先へ顎をしゃくってみせた。

「とりあえず、お前らだけで降りろ」

「まさか生け贄とかじゃ?」

「そりゃあんまりだよ、トールの兄貴」

「酷いこと言ってたのは兄貴たちだけで、俺は全く無関係ですから!」

「ざまーみろですよ」

「いや、前衛だけで先頭を行かせると、どうなるかと思ってな」

一層は全員まとめて下りたのだが、発現した呪詛は<体力低下>であった。

これはすでに反転済みである。

「もし見分けているのなら、<魔力不良>は来にくいかもと思ってな。これはその確認だ」

<衛命泡>だけかけてもらい、三兄弟と盾士二人はぞろぞろと斜めの通路を下る。

その後に時間を空けてトールたちも二層へ移動し、三層で待っていた兄弟たちの技能樹を覗いてみる。

そこに現れていたのは、<肉体虚弱>という新たな呪いだった。

思わず目を見張ったトールは、急いで自分の技能樹を確かめるが何もついていない。

ニネッサやクガセを確認すると、<回数制限>の侵入呪詛が発現していた。

まだ<反転>の使用可能回数は回復していないため、残っていた分でディアルゴだけ特性に変換してみる。

<肉体強靭>――保有者の肉体を破損されにくくする。

発動:自動/効果:小/範囲:自身。

前衛、特に盾向きの特性である。

「やはり区別しているのか。前衛だらけで試して正解だったな」

「どういった基準なんでしょうかね」

「男と女とかじゃねーのか」

「だったら、ボクが<回数制限>だったのも納得ですね」

「いや、普通に魔力の総量だとか、闘気の有無で決めているんだろうな」

続く三層では一人ずつで試すが、全員が<抵抗弱体>に終わる。

しかし四層でまたも二種類に分かれる。

三兄弟たちは<硬直持続>、ニネッサらは<魔力不良>という結果であった。

この<硬直持続>の硬直というのは、武技を放った直後に起きる身体停止の状態を指す。

どうやら闘気を急激に失ったため、筋肉が収縮してしまうのが原因らしい。

技の種類にもよるが長い時は回復に数秒を要し、時に致命的な結果に繋がる場合もあったりする。

そして五層での侵入呪詛は、皆揃って<成長阻害>であった。

この結果から判明したのは、どうやら<体力低下>、<抵抗弱体>、<成長阻害>が共通で、魔技使いは<回数制限>と<魔力不良>、武技使いは<肉体虚弱>と<硬直持続>の呪いが発動するということだ。

風精樹と風武樹の二本の技能樹を持つチタだが、今回は<風速陣>を使ってくれていたので魔技使いに数えられたようだ。

結局、二時間と少しで一行は五層へ到着した。