Yomigaeri no Maou
Lesson 27: Mistakes and Consultation
冒険者組合(ギルド)建物の中は意外なほどに整然としていて、荒くれの拠点という雰囲気は微塵も感じられない。
三階建ての建物の一階は衝立のない大きな一部屋となっていて、その中間辺りに受付用の机が部屋を二分するように設えられ、その受付の奥には冒険者組合(ギルド)職員用の作業スペースが設けられている。
受付用の机はかなり長いが、登録用、依頼受注用、ギルド製の雑貨販売所に、素材提出用、などと言ったような分類があるようで、それくらい受付に種別があるとなるとこの程度の長さは必要なのかもしれなかった。
それから、受付の手前側には、冒険者用の掲示板や待合用の長椅子、それに軽食や酒が飲める喫茶兼酒場スペースまであり、冒険者が必要とするもののほとんどがここにあると言って良い様子である。
「……まずは、登録しなきゃならないから、受付だな」
それぞれの受付に記載してある種別を読みながら、ルルがそう言った。
「そうですわね……あちらのようですわ、おじさま」
イリスとそんな会話をしながら、受付の方へと進む。
依頼受注用の窓口はそれなりに仕事をしているようだが、登録用の窓口に座っている女性は極めて暇そうであり、薄ぼんやりとした視線で中空を眺めていた。
近づいても気づかないので、机をこんこんたたいてから話しかける。
「……登録をしたいのだが」
すると、受付に座っていた少女は、びくっ、と体をふるわせ、あわてて机から何枚かの書類を取り出して机の上に積んでいく。
栗色の髪の中から垂れ下がった長い耳が伸びていることから、兎系獣族(アニマゼアス)の少女なのだろう。
細身ながらも、主張すべきところは主張しているその体型は、かの種族の特徴である。
ルルは特に気をとめなかったが、イリスが少女の一部分を苦々しい目で見つめている。
それから少女は、何枚か重ねた書類をまとめてルルに手渡した。
「あ、あの、これ……登録用紙ですっ!」
その言い方はぶっきらぼうというか……そう、むしろ慣れていない、と言うような印象を受けるものだ。
実際、その職員は他の職員と比べると若く、むしろルルたちに年齢が近い。
おそらく入ったばかりの新人、と言う奴なのだろう。
なんとなく、同じ新人、ということで親近感を覚えて、ルルは笑顔でその書類を受け取った。
「ありがとう。これに必要事項を書けばいいのか?」
イリスの分もあるようで、二枚ずつある書類を半分にしてイリスに手渡しながら、質問した。
渡された書面をイリスはしっかりと読み始める。
少女はルルの質問にどもりながら、
「そそそうです……えっと、あの……そうだ、名前と出身地以外については、書かなくても結構ですので……」
言われて書類を眺めてみると、名前、出身地以外に、特技・戦い方、という欄がある。
それだけだと何を書いたものか微妙なので、質問をする。
「この特技とか戦い方、というのは何を書けばいいんだ」
「あ、そこは書かなくてもいいのですが……魔術が使える場合とか、それに学問に詳しいとか……剣術を遣うとか、要は自分のセールスポイント、みたいなことを書いていただけると……いいなぁって」
「セールスポイントって、誰にセールスするのですか?」
不思議に思ったイリスが横からそう聞いた。
「新人の方は一人で登録される場合が少なくないので、パーティとか氏族(クラン)の方に売り込みやすくなるんですよ……そこに記述された内容に基づいて、斡旋業務を冒険者組合(ギルド)としては行っていますので、出来れば書いていただけると……一人よりも複数人の方が、死亡率が下がるので」
理由が中々世知辛かった。
氏族(クラン)はそもそもその有用性の故、認められているもの。
そしてそれは冒険者の死亡率の低下と依頼達成率の上昇である。
だからこそ、冒険者組合(ギルド)としては新人冒険者と言えど、人的資源を無駄にしないようにそういった斡旋業務など行っているのだろうと推測できた。
けれど、これについてはルルたちには必要のない話だ。
「いや、そういうことなら、俺たちには……これがある。特に斡旋などは必要ない」
そう言って、ルルはグランから預かった紹介状兼氏族(クラン)加入合意書を取り出した。
すると、受付の少女は、封筒を切って読み始めたので、その間にルルとイリスは必要書類に必要事項を書きはじめ、それから登録のために必要な登録料である銀貨一枚を取り出し、読み終わったらしい少女に併せて手渡した。
少女は頷いて受け取り、合意書について語る。
「なるほど……すでに氏族(クラン)から勧誘されていたのですね。それも、"時代の探求者(エラム・クピードル)"ですか! 今をときめく精鋭氏族(クラン)じゃないですか……いいなぁ。……では、手続きをしておきます。中々入ろうと思って入れるところじゃないですから……運がいいんですね、お二人とも」
そう言いながら、少女は受付の中にある魔法具らしきものに書類に書いた情報を移していく。
どんな作業なのか気になって聞いてみると、どうやらその魔法具らしきものは大量の情報を管理・保存出来るものということで、冒険者組合(ギルド)を支える重要な魔法具の一つであるという事だった。
その製作には古族(エルフ)が関わっているらしく、それにより人族(ヒューマン)では実現不可能な性能を叩き出しているのだという。
古族(エルフ)にそれほどの技術がある、というのも驚きだが、ユーミスの魔術行使技術を考えてみると、それほど不自然なことではないかもしれない。
あれが古族(エルフ)の平均、もしくは平均ではないにしても、ああいった存在がそれほど珍しくない程度に今の古族(エルフ)にいるというなら、今目の前で受付の少女がいじっている魔法具ぐらいのものは作れるだろう。
そうして、ルルとイリスの情報を保存し終わったらしい少女は改めて二人に向き直り、羊皮紙を一枚ずつ手渡してから言った。
「それでは、お二人の冒険者登録及び氏族(クラン)加入手続きが完了いたしました。こちら、冒険者であることを証明するための証である冒険者証です」
見ると、その赤銅色の長方形のプレートには、ルルの名前と出身地である村の名称が記載してある。
あの村は、カディスノーラの領地であるから、カディス村、と記載してあった。
そしてクラス、という欄があり、そこには"初級・下位"と記載してある。これが冒険者のランクということらしい。
イリスのものも見せてもらうと、名前以外はルルと同様である。
「このクラスのところなんだが、上に昇っていくとどこまであるんだ?」
気になって聞くと、少女は答えてくれた。
「初級、中級、上級、特級、という順番であがっていくことになります。また、それぞれの級には、下位、中位、上位という区別がありますので、初級下位から、特級上位までの全12のクラスがあるということになります。新人の方にはまず、初級下位から始めていただくこととなっておりますので、ご了承ください。これについては、氏族(クラン)からの推薦があっても変わりませんので……」
と言うことは、それほど柔軟な制度ではないのかもしれないな、と思ってこつこつ上げることを考えていると、「でも」と受付の少女から補足が入った。
「実力がある方はすぐにクラスが上がっていきますから……そこは実力次第、ということになります。ですから、がんばればがんばるほど、評価されますし、報酬も上がるものと思ってください」
腕がある者は真っ当に評価しよう、ということなのだろう。
それは仕事に対する誘因としてそれなりにうなずける対応だ。
実力があれば、ということなら、ルルとイリスはすぐに上に上がっていけるのかもしれない、と思って少し先が楽しみになる。
受付の少女は続ける。
「それから、細かな規則についてはそちらの羊皮紙に記載してありますので、熟読しておいてください」
規則については自分で把握しろと言うことらしい。
説明してくれてもいいのではないか、と思ってルルが質問すると、少女は答えた。
「字の読めない方には説明しますし、今説明して差し上げてもかまわないのですが、非常に長くなりますので。それに、一般的な常識さえ持って行動していただければ、規則に抵触することはございません。依頼は完遂する、やむを得ず依頼が達成できなくなった場合は出来るだけ早く報告する、基本的には自己責任、という感じでしょうか……」
その三つは必要最低限にもほどがあると思うが、これすら守れない者も少なくないと言うことだろう。
そして、この三つを守っている限りは、基本的に規則に抵触はしないということだ。
そういうことなら、問題はない。
イリスも何か質問はないか、視線で尋ねるが、何もないようで頷いて答えた。
受付の少女もそれを確認して、それから言った。
「……これで晴れてお二人は冒険者ということになります。おめでとうございます!」
冒険者組合(ギルド)中に響きそうなくらいの大きな声で宣言されたそれは、実際、冒険者組合(ギルド)一階にいた者全員に聞こえたらしい。
彼ら先輩冒険者たち、それに組合職員たちはは、にこやかな笑顔でルルとイリスを見つめて、拍手をして祝福してくれた。
冒険者は荒くればかりなり、と言う感覚は間違っていたのかもしれない、そう思って拍手に対して会釈を返す。
そのまま、受付にお礼を言って離れようとすると、受付の少女に一度引き留められる。
「あ、あの……あと、これ」
そう言って、少女は一枚の羊皮紙を手渡してきた。
それはチラシのようで、『第700回王都闘技大会』の文字が踊り、騎士二人が戦っている様子が描写されている。
「これは?」
首を傾げて聞くと、
「来月、この王都で闘技大会が開かれるので……もし腕に自信があれば出場されるといいのではないかと思いまして。新人冒険者の方にはいい経験にもなりますから、お勧めしているんです」
なるほど、確かに闘技大会程度なら、死ぬ危険も魔物と戦うよりは遙かに低く、研鑽を詰めそうだ。
目標も決めやすいし、新人冒険者のモチベーションをあげるにはいいイベントでもあるだろう。
ただ、ルルもイリスも闘技大会に出たい、と思うようなたちではない。
だから言った。
「勧めてくれたのはありがたいんだけど、俺たちは出ないよ」
「あ……そうですか……」
少女はそう言って、残念そうにその耳を垂らした。
その様子になんとなくいたたまれなくなったルルは、
「あ、でもうちの氏族(クラン)の誰かは出るかもしれないから、それ次第で考えてみるよ」
などと言ってしまう。
それからあからさまにぱあああっとした表情に変わった少女に苦笑しながら、ルルとイリスは受付から離れたのだった。
受付から離れる直前、
「あ、私、アリンって言います! よろしくお願いします!」
などと名乗られたので、二人で手を振った。
それから、イリスがぼそりと、
「おじさまは、ああ言ったタイプの方について、どう思われますか?」
などと真剣に尋ねるので、ルルは首を傾げて、
「元気でいいんじゃないか?」
と答えた。
しかしその答えはイリスには不満だったようだ。
彼女は改めて、
「いえ……あの、ああ言った、胸、についてどう思われますか?」
と聞き始めたので、アリンのその部分を振り返って見つめて、
「……まぁ、好きな奴は好きなんじゃないか? バッカスとか好きだったような記憶があるな……」
などと答えた。
それでもやっぱり不満そうなイリスは、
「お父様のことなどどうでもよろしいのですが! ……あぁ、もう。いいです。わかりました、おじさま。おじさまにお聞きしたのが間違いでした。そう言う方ですものね……」
などと自己完結して、歩き出してしまったので、ルルはその反応に首を傾げつつもついて行ったのだった。
その後、一端、氏族(クラン)に報告に戻るべく、冒険者組合(ギルド)を出ようと出口に向かったところ、
どんっ、とタイミング悪く誰かにぶつかってしまい、ルルはよろけた。
相手の方も同様のようで、少しよろついてから、後ろに倒れる。
ルルはすぐに立ち直り、謝ろうと考えて相手の顔を見ると、そこにいたのは懐かしい顔だった。
故郷の村を出て数ヶ月、久々にあったその顔。
驚きと喜びを持って、再会の声を上げようとしたそのとき、その懐かしい顔の後ろからルルに向かって怒鳴り声が聞こえた。
「おいこら、お前! ラスティ先輩に謝れ!!」
そう言って飛び出してきたのは、ルルと同年代と思しき、威勢のいい少年だった。
あっけにとられた顔で、その少年の顔を見つめる、ルルとラスティ。
しかしその空気を読まずに、少年は続けた。
「この人はなぁ、ここ最近の新人の中でもっとも大きな功績を挙げている、すごい人なんだ! それなのに、なんだお前……いきなりぶつかってきて! 謝れ! わかるぞ! その持ってる冒険者証の色。お前新人だろう!」
ものすごい剣幕に、ルルは何も言えずにその言葉を聞き続けた。
ラスティも同じようで、何か言おうとして言えずにいる。
それから、ルルに目をあわせて申し訳なさそうな顔をした。
その表情で、なんとなくぴんとくる。
あぁ、この子供が、グランが言っていた例の子供の一人なのだろうな、と。
そして、そんな少年が色々言いながら、ところどころにラスティを持ち上げる発言をしているのを聞き、ルルはおかしくなってきて吹き出してしまう。
「……ぷぷっ」
その意図を、少年の背後で頭を抱えているラスティは正確に見抜き、恥ずかしそうな顔をしているが、少年の方には伝わらなかったようである。
少年はルルが吹き出したことを侮辱と感じたらしく、
「お前……笑ったな!?」
などと言ってますますいきり立ってしまった。
「い、いやっ……そんなつもりはなくて、だな……ぷふっ」
ルルの性格として、一度ツボに入ると中々抜けられない、というのがあった。
前世から変わっていないその性格を知っているイリスは、謝っているのにそんな風に見えず、むしろ事態をあおっているように見えるルルの態度に、額に手をついて首を横に振ったのだった。
それからルルと少年の問答というべきか、勘違い対話は続き、そして最後に、
「よし、じゃあ決闘だ!」
などとなったあたりで、ルルは「なんでこんなことになった……」と言いながらがっくりしていた。
ツボからもすっかり抜けだし、あぁこれでやっと普通にはなせる、と思ったそのとき、ルルの手元から一枚の羊皮紙が地面に落ちたのだ。
それに注目したルルと少年。
そして、少年はその羊皮紙が、来月の王都闘技大会のものだと理解し、そして、その場で決着をつけることを望んだのだ。
決着の方法は、闘技大会でより上位に進んだ方が勝ち、というシンプルなもので、わかりやすくてそれ自体はいいのだが、問題はそれによって少年がラスティの強さをルルに分からせようと言う目論見を持っているらしいことだ。
その言葉の端々に「俺たちとラスティ先輩じゃレベルが違う」とか、「俺たちは行けて予選三回戦くらいだろうが、ラスティ先輩なら本戦までいけるかもしれない!」などと言った台詞を組み入れるものだから、心からラスティを尊敬していることが分かるだけに、ルルは対応に迷った。
ラスティもそれを後ろから聞いていたのだが、彼はルルにそんな自分の立場を見られたことに悶絶していて、何も言えなくなってしまっている。
あとで色々話そうか、と思いながら、ルルは何の因果か出場することになってしまった闘技大会のことを思って、ため息を吐いたのだった。
◆◇◆◇◆
「ちょっと! 聞いてよ、みんな!」
そう言って"時代の探求者(エラム・クピードル)"一階の酒場に飛び込んできたのは、ユーミスである。
その顔にはおもしろいことを見つけた、と書いてあるのが一目で分かる表情が浮かんでいて、こういう状況に何度も遭ってきたグランが眉をしかめて、しかし仕方なさそうに尋ねた。
「なにをだよ」
「それがねぇ……」
そうして、ユーミスの口から語られた内容に、グランをはじめとする"時代の探求者(エラム・クピードル)"の面々はユーミスと同じような表情を浮かべることになる。
それから、この酔狂な氏族(クラン)のメンバーたちは相談を始め、あることを決定してしまう。
その中には数日かけた依頼から帰ってきたミィとユーリもいて、彼女たちは先輩冒険者たちの指示を受けて、ラスティたちを探しに、すぐに冒険者組合(ギルド)へと向かったのだった。