Yuusha Dakedo, Maou Kara Sekai Wo Hanbun Moratte Uragiru Koto ni Shita
Episode One Hundred and Thirteen: Even Decadent Is Lovely
「熱っ! 燃え落ちるのも時間の問題か……?」
本能寺を走る。
目指すは魔王の気配がある場所だ。
彼女の黒くて禍々しくもどこか色っぽい気配は特徴的なので、どこにいようともその場所は感じ取ることができる。
少しすると、すぐに彼女は見えてきた。
庭園と思わしき場所で、二人の敵と戦っている。
もちろん魔王は優勢だ。
ケテルのセフィラ特有の力らしい『闇』で酒呑童子と烏天狗をあしらっていた。
「っ! ふざけんなし……あーしらを舐めんなよ!!」
「屈辱」
二人の息は荒い。
かなり一方的にやられているようだ。
「貴様らが弱いだけだ。先代魔王ごとき退けられんようでは、我が直接手を下すこともできないな」
魔王は小さな鼻を鳴らして嘲笑していた。
生意気な表情も可愛かった。
「おーい、魔王~」
手を振りながら走り寄る。
そこで彼女も俺に気付いたようで、こちらを見て目を大きくしていた。
「勇者っ!? ちょ、待つのだ……今は髪の毛が乱れているっ」
慌てて髪の毛をなでつけているけどあまり変化はないような。
乙女心というやつなのかもしれない。
「な、何をしに来たのだっ? 助けは要らないぞ」
「いや、寂しくて」
「くふっ……やめろ、勇者っ。嬉しくて変な顔になるだろうが!」
戦いの最中だというのに魔王はしまりのない表情を浮かべる。
こいつ、頼られたり甘えられると本当に嬉しそうにするよな……だから遠慮なく今後も甘えていかないと!
まぁ、それはさておき。
「は? ちょ、なにそのイチャイチャ……まさか彼氏?」
酒呑童子が俺と魔王のやり取りを見て表情を歪めていた。
「ありえなーい……非処女とか、幼女の価値ないし。それじゃあただの淫乱なメスじゃん」
どうやら魔王の処女性を気にしていたようだ。
やれやれ、こいつは何も分かってないな。
「クソが! ぶっ殺すぞ!?」
「ゆ、勇者? 落ち着け!」
おっと。いけないいけない。
魔王をバカにされて一瞬だが怒りそうになっていた。
非処女の幼女に価値がないとか、それはちょっと共感できない。
「淫乱な幼女がいたっていいだろ! 最高にエロいから!」
「勇者……あ、あまり大声でそんなこと言うなっ。恥ずかしいのだ」
魔王があわあわしている。
仕方ない。赤面して可愛い魔王に免じて、これくらいで溜飲は下げておこう。
一発殴るくらいで許してやるか。
「勇者? おい、どうしてやる気満々なのだ」
その時、前に踏み出しかけた俺を魔王は制止した。
「そこでゆっくりしていろ。勇者の怒りは我が晴らしてやるからな」
頼もしい言葉を口にして魔王は敵を睨みつける。
その横顔は凛々しくて、エロかった。
「黙って見ていろ。勇者は何もしなくていい。我が代わりにやってあげるから、任せてくれ」
「魔王……」
「たまには嫁の威厳とやらを見てるがいい」
なんて頼りがいのある幼女なのだろう。
思わず見とれてしまった。
「う、うん。任せた」
彼女の言葉通り俺はその場で待機する。
大人しく魔王の威厳を思い知らされることにした。
「それに」
魔王は酒呑童子と烏天狗を眺めながら、揶揄するように片頬を吊り上げる。
これは、相手を舐めくさっている時の顔だった。
「勇者が出るほどの敵でもないようだからな」
このあたりは『魔王』らしいというか、容赦のない言葉である。
当然、敵である二人は面白くないわけで。
「ロリビッチとか、面白くないって感じ? あーし、処女以外存在すら許さない派だから」
「……舐めるな」
酒呑童子と烏天狗が攻勢に出た。
前衛は酒呑童子のようである。戦意を剥き出しに魔王へと掴みかかった。
その体は微かにだが茶色い光が纏われている。
恐らく、妖怪種の使う妖術の一種だろう。
「っは!!」
裂帛と同時に繰り出された拳は、空気を切り裂いて轟音をかき鳴らす。
尋常じゃないパワーだ。見たところ、この力は妖術が生み出しているようだ。
相手はタマモやフクさんと同じ妖怪種である。
かなりの実力者なのは、戦いが始まってすぐに理解できた。
しかし――魔王の敵ではないようだ。
「【闇よ、迎え撃て】」
魔王は一言、使役する闇に命令を下す。
あの闇は第一世界『ケテル』のセフィラのみが扱える力だ。
その凶悪さは、誰よりも彼女と戦っていた俺がよく知っている。
正面から素手で迎え撃つのは愚策だ。
「っ!?」
酒呑童子が迫ると同時、闇が魔王の前に飛び出てくる。
それはたちまちに大柄な男魔族の姿となり、酒呑童子と激突した。
あの闇は、確か第五十七代の魔王、つまり先代の形をしている。
ケテルのセフィラが扱う闇には、歴代魔王の怨念が宿るらしいのだ。
それを魔王はいつでも具現化できる。
しかも、形はあるがそれは所詮【闇】でしかない。
「やっぱり、ありえないし」
スルリと、闇は酒呑童子の拳をすり抜ける。
しかし闇が振り切った拳は、酒呑童子の顔面を強かにぶつけていた。
『物理攻撃の無効化』
闇の持つ特性である。効果があるのは光属性のみという鬼畜っぷりは、魔王という存在に相応しい力だ。
魔王と戦うのなら光属性の宿る武器か力が必須である。
「ぐ、っ……」
だが、酒呑童子は打たれ強いようだ。
なおも立ち上がり、再び拳を構えている。
そんな彼女を見て魔王はおぞましい笑顔を浮かべていた。
「いつまで立っていられるか試してやるのも悪くないな」
ああいう顔も悪くないなと、俺はそばで見ていて思うのだった。
なんかぞくぞくする――。