「ヨウキくんはいるかな!?」

ノックもせずに我が宿部屋に入ってきたのは勇者ことユウガだ。

顔は泥にまみれており、装備も土ぼこりがつきまくっている。

誰かを訪ねるにしては、随分とマナーのなっていない格好であった。

「お、戻ってきたのか」

しかし、そんな格好でも俺は怒らず、冷静に、余裕を持って対応する。

いきなり、喧嘩腰になるなんて野蛮なことはな、うん、しないしない。

むしろ、爽やかな笑顔で部屋に迎えてやろうじゃないか。

「まあ、座れよ。あと、飲み物。水だけどな、ほら」

「え、ああ。ありがとう」

とまどいつつも、椅子に座り俺が渡した水の入ったコップを受けとるユウガ。

「……で、話ってなんだ」

「うん、でもその前に……ヨウキくん。こんなこと聞くの失礼かもしれないけれど、君ってそんなキャラだったかな」

「おいおい、なんてことを言うんだ。俺は俺だよ」

椅子に座って飲み物を飲みつつ、ユウガの言葉を否定する。

どこからどう見ても、いつもの俺だろう、何が違うというのか。

しかし、ユウガの疑うような視線は変わらずで顎に手を当てて、少しだけ考えるも。

「絶対に普段と違うよ!」

やはり、考えは変わらないらしい、全く頑固な勇者だ。

勇者なら懐の大きさを見せて欲しいんだけどな。

「何のことだろうなあ。ほら、俺のことはともかくさ。話してみろよ」

「あ、う、うん、わかったよ。……僕が炭坑送りにされて汗水流して働いていた時のことなんだけど」

素直な気持ちになったのか、諦めたのか、ユウガは本題を話始めた。

「はぁ、はぁ、暑い」

ユウガは炭坑内で土砂をどけたり、パニックを起こしている魔物を静めたりしていた。

服装は勇者が着るような鎧ではなく、ズボンにタンクトップ。

額にはハチマキをしており、自慢の聖剣は背中に背負っている形の服装だ。

汗を拭う仕草もイケメンなので絵になるだろうが、炭坑内に歓声をあげるような女性は皆無。

いるのは、ユウガより一回りも二回りも大きい炭坑夫たちなのである。

「おう、兄ちゃん。どうした、バテたか。きついなら休んでいていいぞ。土砂は任せて、パニックになっている魔物に集中してくれぃ」

隣で作業をする炭坑夫がきさくに話しかけてきたそうだ。

ユウガから見て、自分よりも年がそう離れてなさそうな炭坑夫だったらしい。

「いや、僕はまだ頑張れる。だって」

僕は勇者だから、と言いかけてユウガは口を閉じた。

ミカナがいらない騒動は起こさない方が良いと言われたのを思い出したからだ。

眼鏡をかけて、装備を変えるだけではばれるだろうとユウガは思っていたらしいがそんなことはなかったらしい。

案外、私たちって知られていないのねとミカナは笑っていたそうだ。

「ん、ああ。一緒に来た嬢ちゃんが頑張っているからかい。いやあ、すげぇよなぁ。魔法ってのは便利だ」

炭坑夫の視線の先には土砂で塞がった坑道を土属性の魔法で慎重に掘り進めるミカナがいた。

「男なら先に休んでられねぇってか。あれかぃ、彼女の前で格好良いとこ見せてぇってやつか、兄ちゃん」

「僕とミ……ナはそんな関係じゃ」

ユウガはユウ、ミカナはミナと偽名で依頼を受けていたようだ。

まさかの一文字を抜いただけである、本当によく正体がばれなかったな。

「ありゃ、そうなのかい。こんな男だらけのむさ苦しい所に来たから、俺はてっきり彼女のなのかと思ったぜ。依頼書を出した時は女性冒険者が来ねぇかって期待していたやつらがいてな。こんな、むさっ苦しい所に来るかって笑い飛ばしてたもんだ。報酬も恥ずかしい話だが、色をつけた条件でもねぇからよ」

「じゃあ、なんでミナは……」

「兄ちゃんを追いかけてきたとかな。兄ちゃん、持てそうな顔してんじゃねぇか。俺なんてよう、嫁さんどころか女が遠いっつーんだよ」

別にユウガが問題を起こさないか監視の目的があっての同伴なので深読みするようなことはなかったのだが。

ユウガに好意を持っているってのはあるけど、それが着いていった一番の理由ではないからな。

しかし、周りは筋肉ムキムキ炭坑夫でラッキースケベも女性絡みのトラブルもなかったからか。

炭坑夫と話している内にユウガのトラブルメーカー体質が炭坑内で唯一の女性であるミカナに発動してしまったみたいだ。

炭坑夫との会話を終え、作業を一旦止めて全員で休憩。

ミカナに迷いもなくユウガは近づき、隣に座ったそうだ。

「ユウじゃない、どうかしたの。昼食なら朝に渡したわよね」

依頼初日、二人で昼食を食べていたら、周りの炭坑夫から茶化されたので別々に食うことに決めたらしい。

それなのにも関わらず、ユウガが隣に座ったのでミカナは疑問に思ったそうだ。

「うん……ちょっとね」

ユウガは適当にごまかして弁当を広げ、ミカナもまあ、いいわと一言返事をし、二人で微妙な空気を感じつつ、昼食へと突入。

ユウガ昼食を食べつつ、土ぼこりにまみれたミカナを見て思ったことがあった。

「ミナ、その……大丈夫」

「大丈夫って、何がよ」

「無理とかしてないかな」

「はぁ!?」

ミカナは驚き、弁当を落としそうになったらしい。

まさか、ユウガからそんな言葉を聞けるとは思わなかったんだろうな。

「どうしたのよ、何かあった」

「僕がミナに聞いているんだけど」

心配したら、心配されてしまうという悲しい現実がユウガを襲ったようだ。

普段がまあ……という感じだからな、ミカナも逆に心配してしまったのだろう。

こけて頭でも打ったのではないかと。

「僕は真剣に聞いているんだ」

「真剣……?」

やはり、ミカナには今一つ伝わらなかったらしい。

ユウガどうすれば自分の真摯な気持ちが伝わるかと考えた結果、とりあえず抱き締めたそうだ。

どう考えてもおかしいだろう、絶対にミカナは突然抱き締められて状況が混乱したと思う。

だが、色々と勇者なユウガはこれで伝わったと思ったらしい。

さらに、追い討ちをかけたそうだ。

「辛かったら、言って欲しいな」

耳元で甘い台詞をほざいて、頭を軽くぽんぽんと撫でたそうだ。

それでミカナは撃沈したのだろうな、現場にいなくてもわかる。

その場にいた炭坑夫たちからは歓声と舌打ちが聞こえてきたそうだ、女っ気のない連中の前でそんなことしたらな。

しかし、次にユウガが放った言葉がミカナを凍りつかせた。

「ところで……ミカナって、僕のこと好きなの?」

とんでもないタイミングで爆弾を投下してしまったユウガなのである。

「……で、その後、一切口を聞いてもらえず。帰りの馬車も別々にされて、依頼の報告に行ったらもう報告済みであったと」

「うん、そうなんだよ。報酬はきっちり半分……」

「よし、わかった。とりあえず、立て、直立な」

「え、な、なんで?」

「質問は受け付けない」

ユウガが渋々椅子から立ち上がると俺は軽く息を吐いた。

腕を軽く回して、軽くステップしリズムを整えてから拳をボキボキと鳴らす。

その時点でユウガは何かを察したのか、顔を青くしまさか……と言っている。

気づいた所で、準備を終えてしまったからな、もう遅い。

俺は容赦なく、勇者ユウガの顔面に拳を叩き込んだ。