Alchemist Yuki's Strategy

Episode 15: Don't Stand Above Regret

一瞬過ぎて分からなかったけど、ダイヤが言うならうさぎなのだろう。

そう思った次の瞬間、木から木へ高速移動をしていた小さな何かが飛んで来た。

「きゅぷぃ(烈迅脚)!」

飛来する影は4つ。

内3つは偽物。

魔力で生成されたデコイに幻影を被せたそこそこに高度な分身。

ユキのやるアレと違って、デコイが魔力を発散していないから直ぐわかるし、視覚的にもスピードで誤魔化しているつもりなのか細部が曖昧だ。

それを更に幻覚で誤魔化している。のは上手いが……爪が甘い。

そもそも、幻術の類いは相手の感覚機能を侵食して初めて本領を発揮する。

それをしない場合は、かなり手間だが現実を再現する事で幻術となる。

その上となると概念神性で相手の魂魄にアクセスして自動で任意の幻覚を見せて来る。細部を認識しようとすると自動で細部が設定されるから手に負えない。

このうさぎの場合は、魔力発散量や視覚を幻術で再現しているが、発散量は振り幅が広すぎ。

デコイの曖昧な末端部は上手いこと練られているが、毛の一本一本が再現されてない。

何より……幻術の構成魔力を幻術で隠してないし本体が幻術を纏っていない。

どれが本物か丸わかりだし偽物には何か仕込まれている様子もない。

ないない尽くしのざこざこうさぎ。

当たる事を確信しているとしか思えない無防備なうさぎ。

良く見ると角と襟巻きの様なふさふさと毛の長い尻尾を持つうさぎもどき。

遠慮なく踏み潰す。

「ぶぎゅっ」

地面に頭からめり込んだうさぎに追撃の踵落とし。

ズドンッと大きな音を立て、余波で周囲の木々を吹き飛ばしながらクレーターが生じる。

「……死んだ」

『死んでませんわ』

瀕死のダメージを負わせた筈だ。

埋まっているうさぎもどきの足を掴み、拾い上げる。

全身から血が流れ、骨もボキボキ、内臓もボロボロ。

ユキの情報にはなかったけど、間違いなくハイレベルの亜竜。もう再生が始まっているから間違いない。

パッと目を覚ましたうさぎもどきは、即座に手に噛みつこうとして来た。

野良のうさぎにしては中々の根性。

硬さも再生力も分かったし、噛みつかれる前に手を離し、死の一歩手前くらいに調整した蹴りをくらわせた。

「ぎゅぶっ——」

血飛沫と共に吹き飛ぶうさぎもどき。これで2体目。

「……1体目の確認」

『メロちゃん、容赦ありませんわね』

「……実践形式訓練で首を落として来る人もいる」

『ユキちゃんなりの愛ですわ!』

ユキの愛は時折激しい。

◇◆◇

「ガハッ」

込み上げて来た物を吐き出し、ぼーっと空を見上げる。

永い事感じていなかった痛みが全身を苛む。

ガルナ・カーデイが、アルトナ・ペーリアンティエが討たれ、竜の神が如きニベル・アナンが血に濡れる。

同胞達に絶望が広がっていくのを感じた。

先人達が、我々が作り上げて来たこの国が、今滅びの危機に瀕している。

まさか、奴等(・・)以外に我等を脅かす存在がいるなど、夢にも思わなかった。

「ごふっ……ごほっ」

時間稼ぎくらいなら出来ると思っていた。だが、いざ相対して見れば、敵はあまりに強大だった。

精強たるメタリオン家の者達と似た気配。

メタリオンの秘剣を使えると言う訳ではあるまい。

あの気とは似ても似つかぬ破壊の気。しかしてメタリオン同様洗練された、只管(ひたすら)に敵を打ち倒す為の気だった。

幸いだったのは、あの者や宗主方を倒した者達に邪気がなかった事。

奴等(・・)の様な此方を殺し尽くさんとする執念はなく、ただ真っ直ぐに敵を討たんとする戦意だけがあった。

……大方、彼等の縄張りにこの島が入ってしまったと言った所だろう。

『……姉様』

姉様は逃げられただろうか?

我等樹竜の先駆者。ラオヴィクスの始祖。

姉様さえ生きてくれれば、ラオヴィクスは何度でも再起出来る。

『あぁ……叶うなら……』

最後は姉様のお側で——

『——フタッ!!』

『ッ!?』

ねえ……さま……!?

『な、な……』

『フタッ、あぁ、こんなにも傷付いて』

慌てた様に治癒の術を掛けてくる姉様。

赤く気高き薔薇の如きお姿、咲き誇る花園の様な麗しさ。

今際の幻と言う訳では無さそうですね……。

『……あぁ、姉様……来てしまったのですね』

『あぁ、あぁ……! 来たぞっ。ヴィーナ様とメタリオンの騎士を連れて来たっ。これで——』

ヴィーナ・エングラハが来たのですか……。

『……ヴィーナ・エングラハまでも失われるのですね』

『……え?』

そう遠くない戦場で、戦いの気が強まる。

神獣ベルツェリーアの忠臣。それと相対する気はヴィーナ・エングラハに負けず劣らずの土の竜。

『そんな……こと……——』

『——姉様、あれらと戦ってはいけません』

あれらが現れた瞬間、直ぐに恭順していれば……今となってはもう遅いですが。

『姉様も、見えていますね。あれらには、焦りがない』

常に余裕がある。同胞が駆け付ける度に敵にも援軍が来る。

これだけの、全く種族の異なる者達が統率の取れた動きをすると言う事は、それをさせるだけの強大な存在がいると言う事に他ならない。

『全面衝突となれば、滅ぼされるのは此方です』

『それ、は……』

『どうか、姉様——』

せめて姉様だけでも——

「——見つけた」

『っ』

鋭い覇気を纏う声。

同胞、フー・フランと同じうさぎの形をした絶対強者。

「3匹目」

『姉様っ、逃げてっ!!』

動ける様になった体を叱咤して、せめて最後の壁となる。

さようなら、姉様。