Alchemist Yuki's Strategy

Episode 57: Threatened Red Dragon

「アコはそのまま引きつけて、アル、コージ、サナエは撤退しなさい!」

「了解っすよっ! チクショーッ」

「くっ……すまない」

「アコ回避盾頼んだ。ほんとすまん」

「アコさん、ごめんなさい」

戦場に戻ると、ちょうど最後の近接戦闘メンバーが撤退する所だった。

エリザ指示の元盾のアルベルトとコージ、槍のサナエが森へと逃げ込み、リベリオン最速のアコが竜の攻撃を回避する。

全員が助かるにはアコに頑張って貰うしかない。

合理的ではある。

アコもそれを理解しているから独自の魔法、忍法を駆使して竜の猛攻撃を回避し続けている。

すぐさまリョータとリエに怪我人を治療する様に指示を出し、私はエリザに声を掛ける。

「エリザ、戻ったぞ。ユーイチは無事だ!」

私の声に、エリザはふわふわした金色の髪を揺らしたが、振り向きはせず、喜びの混じった声で指示を出す。

「それは朗報ですわね。……ティアの剣で奴を傷付ける事は出来まして?」

「む……」

エリザの横まで歩みつつ、考える。

出来るかと言うと、間違いなく出来るだろう。

私の能力はユーイチと似通っている。剣技では私の方が上だし、私には切り札がある。当然武器は魔鋼の大剣だ。

「……可能だろう」

「狙いは分かりますわね?」

「あぁ、目、だな?」

「ええ、間も無くアコが隙を作りますわ」

「分かった、合わせる」

一を聞いて十を知る。

エリザとの会話は言葉少なく、素早く情報を交換し、愛剣に手を添えて時を待つ。

アコの黒くて小さな影が、高速で竜の爪による連続攻撃を掻い潜り、機動力と相まって見分け辛い分身と共に竜を翻弄する。

……アコは強い個体とは相性が悪い。

素早さで翻弄出来ても、攻撃が通らないから敵を倒す事が出来ない。

程なくして、その時は来た。

アコが隙をついて3人目の分身を生み出し、2人の分身が捨て身で竜の視界を塞いだ。

アコの魔力量的にも、これが最期のチャンス。

私は後衛陣の補助魔法を受け、強化された敏捷で森から飛び出した。

使うのは、体術秘奥義『覚醒』を重ねて初めて放てる剣術遺失奥義『断絶斬』。

これを完璧にモノに出来た訳では無いが、竜の目を穿つくらいは出来る筈だ。

抜き放たれた大剣は、アコの分身である黒い人型諸共竜の頭に叩き付けられ、そしてーー

「グルァァアアッッ!?」

ーー目玉を切り裂いた。

剣は深々と竜の頭に切り込んでおり、抜こうとすればその隙に竜の攻撃を受ける危険性が高い。

手のひらから伝わって来る感触からそう判断すると、即座に剣を手放し、竜の頭部を蹴って離脱した。

「今です!」

私が離脱すると同時に、エリザの声が響く。

次の瞬間、光と音の嵐が吹き荒れた。

目を瞑っていても視界がチカチカするこれは、アコの忍法『閃光玉(ふらっしゅぐれねーど)』だ。

激しい音も聞こえたので『音響玉(すたんぐれねーど)』も使っているのだろう。

私が落下の衝撃に備えていると、空中で誰かに捕まえられた。

「よっーーうっ、ティアさん重いっすよ!」

「ちょっ!? ちゃんと鎧が重いって言えっ」

「……喋ると舌噛むっすよ?」

「むぅ……」

少し納得行かないが、それは後で問い詰めれば良い。

エリザの事だから『煙幕玉(すもーくぐれねーど)』の指示も出しているだろうし、感じる湿気から後衛陣の霧魔法も使われている筈、これなら逃げ切れーー

「ーーむ?」

「ん? どうしーーっ!?」

風が吹いた。

「羽使うなんて卑怯っすよぉ!」

未だ働かない視覚が、強風で煙が晴れて行くのを幻視した。

◇◆◇

不味いですわね……。

生まれ持った魔法の才能があるからこそ理解出来る。

煙を晴らすこの強風には魔力が含まれている。

まさか風を起こす為に魔力を使うだなんて、いや、″使えるなんて″想像もしていなかった。

次の瞬間、魔力の歪みを感じて竜を見上げ、理解した。

口腔に押し固められた強大な魔力。

ーーアレ(・・)が来ると。

何者をも燃やし尽くす、竜が使う最も恐るべき力ーー

ーードラゴンブレス。

「アコ、急いで此方へっ!」

小柄な体躯ながらティアを担いで走るアコにそう指示を出し、切り札を切る。

転生者の皆様曰く『ちーとすきる』らしい、『無詠唱(のーたいむとぅーだい)』と『威力拡大(ぶーすてっとまじっく)』。

私の全魔力を使って放つのは、中級防御魔法『ウォーターウォール』改め、最上級防御魔法『小瀑布(アクアカスケード)』。

瞬間、灼熱の炎は放たれた。

「っ!?」

ふと、目を覚ますと、真っ白な霧の中、アコに抱えられていた。

ほんの少しの間意識が飛んでいた様ですわね。

「……アコ、さん。今、どうなってますの?」

「おっと、目ぇ覚めたっすか。走りながら説明するっす」

一拍おいて、アコは状況の説明をしてくれた。

「どうやらドラゴンの奴、″すいじょうきばくはつ″で墜落したみたいなんすよ。今はやたらめったら火を吹いて暴れてるんで、逃げるなら今しか無いって皆で走ってるとこっす」

「ちゃんと、全員いますの?」

「いやー……この霧の中っすから……ちょっとあたしには分からないっす。一応太陽を右にして逃げろとは言ってあるっすけど……転生者以外には理解出来たかどうか……」

となると、皆さんを信じて進むしかありませんわね……。

取り敢えず私は走れるので、急ぐ必要がある今、アコさんの負担を軽減する為にも降ろして貰いましょう。

「アコさん」

「何っすーー」

「ーーあ」

唐突に、先程まで黙っていたティアが声を上げた。

「ーー何かいる」

「「え?」」

そんな不穏な呟きと同時に霧を抜け、晴れた視界の中にあったモノはーー

「嘘……」

ーー大きな青い竜。

そしてーー

ーーその側で倒れている仲間達の姿だった。