Alchemist Yuki's Strategy

Episode 77: Sword of Mercy

剣が閃く。

黒い血潮(まりょく)が飛び散った。

振るわれる爪の、飛び掛かる牙の、突き込まれる角の攻撃を避け、死角に回っては剣を振るう。

絶え間無く現れる悪魔獣(デモンビースト)の群れを、斬り払い、斬り捨て、斬り拓く。

全ては、永き時の中でひたすらに鍛え上げ続けた剣技の賜物。

陽の光の元、飛び散っては消える黒の血風を、私は何処か他人事の様に見詰めていた。

思い出すのは、グリエル先生の教え。

悪魔(デーモン)とは、悪魔獣(デモンビースト)とは何か?

かつての友人達と共にグリエル先生の学び舎で机を並べていた頃、友が聞いたその質問に、グリエル先生はこう仰った。

ーー悪魔とは知性ある者の魂が魔界にて変じた姿であり、悪魔獣は知性の有無に関わらず冥域に流れついた魂の成れの果てである。と。

今、悪魔を斬った。

それはかつて私が斬り殺してきた盗賊や、略奪者たる帝国兵の魂を持っていたかもしれない。

また、悪魔を斬った。

それは弱さ故に死した幼子や、帝国の侵略に抗い命を散らした騎士達の魂を持っていたかもしれない。

ふと、閃く光の線が途切れた。

「……ふぅ。襲って来た悪魔は片付いたみたいね」

辺りには私が斬り殺した悪魔達の死骸が転がっている。

その全ては、一刀の元に魂を刈り取られていた。

周辺を覆う血と獣の悪臭に、仲間と共に森や山を駆けた、酷く懐かしい遠い過去の記憶を思い出していた様だ。

ふと、見上げた空に街中から上がる黒い煙が見えた。

悪魔の襲撃は依然として続いている。

闘気を纏わせ剣を振るい、血を払う。

つい先日買ったばかりのこの剣は、ギルドマスター十数年分の金額が掛かっただけあり、凄まじい斬れ味と魔力伝導率を誇る魔剣だった。

この剣を持って来た不思議な少女との出会いを思い出す。

包帯や手套で体を隠し、鬼面を被った銀髪の少女。

そんな一見すると怪しい出で立ちの彼女は、精霊に近い存在である霊人だからこそ分かるが、雪の様に清純で美しい魂を持つ人物だった。

その高貴な魂につい跪き頭を垂れてしまいそうであり、その無垢な有り様に私の持てる力の限りを尽くして守ってやらねばならないと感じてしまう。

私の気持ちを形容する言葉があるとしたら、それは『運命』以外に有りはしないだろう。

それは精霊種かそれに近い者にしか感じられない至上の喜びなのだ。

グリエル先生は言っていた。

真に強大な魂を持つ者の前に立った時、最初に感じるのは恐怖でも絶望でも無く、ただただ純粋な感動である。と。

スズノミヤマシロと″偽名″を名乗った彼女は、間違いなくグリエル先生の言う『真に強大な魂を持つ者』なのだろう。

感じられる力の総量こそ私と同じかそれ以下だが、小さな体に宿るその意思は不動。

それは一種の一目惚れの様な物であり、同時に遥か古より魂に刻まれていた約束(うんめい)であった。

グリエル先生の圧倒的な強さの秘密が、彼女の本質を理解した瞬間に分かった。

ーー彼女は大地だ。

そして私は寄る辺なく宙を漂っていた種子。

私は永い旅路の果てに大地へと辿り着いた。

きっとグリエル先生も、私とは違う大地に辿り着き、根を張って大樹となったに違いない。

今、私の心は澄んでいる。

剣は未だ嘗て無い程に冴え渡り、長い間停滞していた道が一気に開けて行くのを感じた。

刃を腰に履いた鞘に収め、次の敵へと向かう。

「っ!」

ーー悪寒が走った。

何か不味いモノが地下深くに現れたのを感じる。

もしかすると、銀の少女はこれを予期して私に剣を売りに来たのかもしれない。

「……行かなきゃダメよね」

力ある者の責務として。

この地に結界の要点がある事を知る者の義務として。

ーー死に臆して足を止める事は許されない。

「グリエル先生。先生から頂いた名にかけて、必ずや邪神の断片を討ち果たしてみせます」

ナーヤ・ミセリコルデ。

ただ一太刀の元に命を摘み取る慈悲の剣の名にかけて。

私の糧となり奪われた全ての命に、失われた意味はあったのだと証明する為に。