Alchemist Yuki's Strategy

Lesson 6 Muscles Muscle and Muscle

太陽が燦々と輝く。

吹き抜ける風は青草の香りを運び、草原に茂る草花を揺らしていた。

そんな上部だけは何の変哲も無い草原には、両雄が並び立つ。

方や、王の気迫を放つ金髪碧眼の巨漢。

立派に整えられた髭。体格からそう見えるのか頭上にちょこんと乗せられた王冠。

その様間違いなく王である。

——上半身裸の。

その筋肉の分厚さと言ったら……獅子悪魔形態のレーベにも匹敵する筋肉魔人。おそらく普通の人種とは違う人種族なのだろう。

彼ははち切れんばかりの肉体美を惜し気もなく晒し、鋭い武人の目で僕を見下ろしている。

対するは、何処か気品を感じるカエルの青年。

僕はカエルの美醜等分からんが、このカエルからは確かな気品が、立居振る舞いからは教養が感じられる。

——そこには確かな魅力があった。

間違いなく美形と断言できるカエルだ。

身を包む衣服は、どれも聖なる魔力を持ち、腰に履いた剣は一目で業物と分かる聖剣。

そんな両雄は人が3人くらい入りそうな距離を保ち、腕を組んで僕を見ていた。

どうしようかな。

どうしよっかなー。

ドーシヨッカナー。

何か考えてるフリをしつつ、僕は両者の間を歩き抜ける。

「待たれよ!」

カエルに止められた。やっぱりダメか。

仕方ないので振り返る。

「……よもや吾輩を前に素通りしようなどと言う輩がいるとはな……」

「……余とて同じ思いだ。面白い小娘よな」

蛙彦が呆れた様に肩を竦め、裸王は感心した様に深く頷く。

華美なカエルと裸の巨漢。

正直あんまり関わりたく無い見た目をしているが、実力は高そうだし報酬は期待出来る筈。

ここは仕方ないが、手早く終わらせよう。

「……で、両方潰せば良いのかな?」

微笑みつつ魔力を滾らせる僕を、筋肉魔人が遮った。

「まぁ待て、物事には順序と言う物があろう。余と死合いたいと逸るのも多いに、多いにっ。理解できるが、先ずは余の課す試練を越えてからにするが良い」

「そうだぞ少女よ。女子たる者もっと淑やかにあれ。人たる者もっと理性的であれ。直ぐに牙を剥いてはそこらの獣と変わらぬ」

もっともである。

「他の人達と同じ様に、僕の事は知ってるんだろう?」

今までの迷宮でも、試練となる連中は僕の事をある程度知っていた。ここも多分そうなのだろう。

確認とばかりに聞くと、2人は頷いた。

「うむ、今最も幼き神霊。知恵深き稚児と聞いている」

「しかし神々の考える事は分からぬな。確かに幼くはあるが、立ち振舞いは淑女のそれ。稚児と言っては失礼ではないか」

一体誰に聞いたのだろうか。瞳神? 僕の事を生まれたばかりと言ったのは今の所瞳神だけだが、神々の認識としては僕は赤子なのだろう。

まぁそれは兎も角として……。

「僕の情報が伝わっているのなら話が早い……」

おちょくってくる神々は基本的には嫌いです。

よって基本的には遠慮しません。

……でもなんかこの2人の言い分だと、神々では無いっぽい?

情報収集の為にも一応聞いておこう。

「……2人は神じゃないの?」

「余は亜神と呼ばれる者よな」

「吾輩等はある神の眷属であり、神々とは程遠い現神ぞ」

亜神は準神だとして、現神は神として信仰を受けているだけの存在だろう。が、一応こっちも聞いておこう。

「亜神と現神について詳しく聞こうか」

「ふむ……余等が話せる事では無いだろうが……亜神とはーーもーーも足りず神へ至れない者達の事を言う」

「それ故吾輩はーーーーーーをしているのだ」

「ふむふむ……分からん」

取り敢えず神と亜神は似て非なるがそんなに違う訳でも無いと言う事か。

「現神は?」

「吾輩やそちらの王の様に、多くの生ける者達から信仰を捧げられる者達の事を言う。貴嬢の僕にも多数いるであろう?」

「ふむふむ」

概ね予想通りだ。

亜神が神になるには何かが足りず、そして……僕はその何かが神足るに十分と言う事だ。

……幼神と呼ばれる僕に足りていて、現神と呼ばれる精霊帝達に足りない物……それも最低でも2種類以上。

単純に考えると信仰だ。後は……レベル。つまり、限界値を上げる経験だろう。

大きく外れてはいない……と思う。

他にも、金の神やそれに近い大神について。邪神の動向について。この世界を運営している神について。聞きたい事は山程あるが……神々により近い情報は多分規制が掛かるだろうし、仕方ないからここまでにしておこう。

「ありがとう。他にも色々と聞きたい事はあるけど、ここまでにしておくよ。最後に2人の試練の内容を教えて欲しいな」

そう頼むと、2人は視線を交わした。

カエルが頷くと、筋肉が頷き、一歩前に出る。

どうやら筋肉から説明してくれる様だ。

「余の試練は明瞭だ」

そう言いつつ、筋肉は筋肉を筋肉した。じゃなくて、裸王は筋肉を主張する様にポージングをとった。

はち切れんばかりの筋肉がグンと膨れ上がり……本当にはち切れそうで怖い。

僕が内心戦々恐々としている事も知らずに、裸王はポージングを変え、凄まじい筋肉を見せつけてくる。

「時に少女よ、余が身に纏う至天の衣。愚者には決して見えぬこの至高の一着——」

そこで区切り、裸王は筋肉を最も良く見えるポージングで筋肉した。

こう……破裂しそう。

「——着てみたいとは思わ——」

「——遠慮します」

すると筋肉は更にポージングを変え筋肉した。

「——着てみたいと——」

「——結構です」

「——着て——」

「——嫌」

「……」

「……」

……いやだって、つまりそう言う事でしょう?

クエストの説明文から考察し、更に謎のポージングから考えて、体を鍛えてムキムキになれって事でしょ?

「……試練の内容は鍛えてくれるって事だよね?」

「……まぁ、有り体に言えばそうなるであろうな。しかし、そこまで否定されるとはな……」

少し気落ちした表情の裸王に弁明する。

「僕には僕に適したスタイルと言う物があるんだよ。別に筋肉が嫌って訳じゃ無い。差し当たって……」

報酬は欲しい。しかし試練は……僕に対する信仰の都合上クリア出来ない。

であれば、身代わりを用意すれば良い。

折角鍛えてくれると言うのだし、配下の中でも強くなりたい子は多い。

適当に選んで呼び掛けて、やりたい子だけ呼んでみよう。

歴戦の闘士が訓練してくれるってよ。と言った内容をやや装飾し、裸王のイメージを添えて連絡すると、応えてくれたのは21人。

ラース。ルーベル。アッセリア。キース。リオン。付き添いのレーベ。紅花。付き添いの白夜。蟹三兄妹。四熊。六仙。

蟹三兄妹に関しては、兄がラースやルーベルについて行ったのに妹達がついて来たのだろう。

六仙は、普通に考えたらカーニャは来ないだろうが、そこら辺は不吉な三角関係が恐ろしい化学反応を起こしているのだろう。

意外だったのは熊君達だが……巨漢だから同族だと思ったのかな? なんて。単にパワーファイターだから鍛えて貰うのに丁度いいと判断したのだろう。

「……部下を呼ぼうと思うんだけど……トレーニングの内容はどうなの?」

僕がムキムキは無理と言っておいて何だが、試練の内容はそう時間が掛かる物では無いだろうし、ムキムキになるまでと言う事では無いだろう。

予測すると……特別な鍛錬メニューを一通りこなす。とかかな?

果たして——

「うむ、それはな……我が国の秘奥、真なる闘士の御技……マッスルボディの体得だ!」

「…………」

「……敢えて助言するが、貴嬢に分かりやすく言うならば、闘気法や仙気法の習得だ」

「あ、良かった」

クリアを諦めてさっさと消し飛ばそうかと思ってしまったじゃ無いか。

カエルは気配りが出来る良いカエルだ。

裸王は腰に手を当て大きな声で笑った。

「はっはっはっ! そうとも言ったか」

裸王の国ではそれらはマッスルボディと言うのだろう。

……しかし、そう言う事なら話は別だ。

練気法の類いは情報的に取得させるよりも自力で取得した方が良い。

戦闘の基本中の基本である魔力操作をより高い精度で行える様になるからだ。

折角だし、もう何人か呼び出して鍛えて貰おう。

具体的には、ヴァルハラナイツの有望な子達だ。

パパッと召喚した所で、改めて裸王と向き合う。

「50人ちょっといるけど、いいかな?」

「よかろう」

そこまで言った所で、唐突に王の背後で光が放たれた。

現れたのは——

「余の騎士が其方らを鍛えようぞ」

——無数の筋肉達。

鎧で顔が隠れているが、女性を除いて全員上半身裸であり、そして人種としてありえない程にムキムキな筋肉で筋肉が筋肉。むしろ肉塊。

「うん。よろしく。皆も頑張ってね」

そう言うと僕は皆に笑顔を振りまいた。

……メンタルケア。メンタルケア。僕を清涼剤に傷付いた心を癒してね。

……ちびっ子達を呼ばなくて正解だったよ。