Alchemist Yuki's Strategy
Tabernacle Heavenly River Saints, Memories of a Summer Day
祖父は弁護士だった。
祖父はいつも僕に小難しい正義の問いをした。答えは無いと前置きをして。
今思えば、祖父は不器用だったのだろう。
◇◆◇
——真実はひとつだが、正義はひとつだけでは無い。
おじいちゃんはしかめ面でそう言った。
セイト。問いの答えはな、いつか己の中に生まれるんだ。
たくさんの事を知って、たくさんの事を考えて、セイトなりの正義を見つけなさい。
言っている事は難しくて、僕には良く分からなかった。
でも、おじいちゃんはしかめ面のまま僕を撫で、まだ分からなくても良い事だ。心に留め置きなさい。とそう言った。
また難しい事で良く分からなかったけど、おじいちゃんの手が暖かかったのは覚えている。
◇◆◇
祖父は間も無く亡くなった。
肺炎だったと聞く。
若い頃に憧れてる人がいて、その人と同じ様に煙管を始めたと言うのが大きな原因だろう。
純銀の煙管は祖父の遺品として残っている。
父はタバコを吸わない人だったので、煙管は誰にも使われず、金庫の中にしまわれているんだけどね。
祖父は死期を悟っていたんだと思う。
——優しくあれ、その上で強くあれ。正を義とするのではなく、義をもって正とせよ。
祖父が死の前に僕に言った言葉。
今ならその言葉の意味も理解できる。
——知行合一。
理解して初めて半人前。
尊敬する祖父に代わり、僕の傲りを何度も正してくれた、あの人のおかげだ。
◇◆◇
おじいちゃんの言葉に従い、僕は優しくて強い人になれる様に、色々な事を頑張った。
強いって事がどう言う事か良く分からない、だからとにかく優しくあろうとして、失敗した。
高学年に目を付けられたんだ。
理由はわからない。
ちょっとしたイジメから始まり、物を隠されたり、落書きされたり、終いには壊されたり盗まれたりした。
僕は強くあろうとして、誰にも言えなかった。
イジメられてるのはかっこ悪いと思ったし、耐えられる事が強い事だと思ったから。
それに、近々父の仕事の都合で、引っ越す事が決まっていた。
それまでの間くらいなら、大丈夫だと思ったから。
◇◆◇
今思えば、イジメの原因は家が多少お金持ちだったり、勉強や運動が他人よりも少し出来たり。
そう言った些細な事だったのだろう。
イジメが続いた原因も、引っ込みが付かなくなったとか、悪い事がかっこよく思える子供特有の心理が理由だったのだと思う。
ある夏の日、僕はその高学年達に呼び出され、隣町まで連れて行かれた。
そこでやる大きなお祭りで、僕にお金を払わせ様としたらしい。
家が比較的お金持ちだったから、引っ越す前に使ってやろうとでも思ったのだろう。
当時僕は、なんだかんだ言ってやっぱり高学年を恐れていて、それでも従うのはカッコ悪くて、3000円だけ持って行ったんだ。
子供にとっては大金だけど、高学年達は3人いて、そんなにお祭りを楽しめた訳じゃない。
お金は直ぐに無くなって、当然の様に責められた。
何かのマンガやアニメみたいに、胸ぐらを掴まれて、怒鳴られて。
そんな時だった——
◇◆◇
「あぁ、まさか……僕のお膝元で、こんな蛮行が罷り通っているとはね」
その声は、唐突に聞こえて来た。
お祭り会場のちょっと奥、人が全然いないその場所で、高学年3人に囲まれていた時。
気付くと僕達の横に、女の子が立っていた。
さっきまで誰もいなかった筈なのに。
女の子は、真っ白なワンピースに、黒い目隠しをしていた。
何処か浮世離れした様な不思議な雰囲気の、恐ろしい程に綺麗な女の子だ。
「事情は見ていたから知っている」
少女は僕の胸ぐらを掴む高学年達の手に、その小さな手を伸ばした。
「やめないか、彼が苦しそうだろう?」
そう言うと、なんて事ない様に、大きな高学年達の手を払った。
少女はそのまま高学年3人を1人で掴むと、抵抗しようとする高学年達を平気な顔で引っぱりだした。
「君も来なさい」
僕は黙って頷く事しか出来なかった。
◇◆◇
その後は、暫く引っ張られて遂に怒った高学年が手をあげようとして、何処からともなく現れた、面を被り、袴を着て武器を持った大人に掴まれたり。
女の子が歩みを進める中で、大人達が膝をついたり両手を合わせたり。
もう、別の世界に迷い込んでしまったかと思う程だった。
高学年達もこれには泣きそうになっていて、僕は本当にびっくりしてたね。
その後、高学年達は大人達に囲まれながら女の子に叱られて、車で家に帰され、僕は沢山のお土産を持たされて家に送って貰った。
帰り際、その女の子は僕を子供扱いして、頭を撫でた。
その手は小さいけど温かく、ふと祖父の手を思い出した。
女の子は、高学年達よりもずっと大きな大人達を従えて、僕を助けてくれた。
その日から、僕の正義の目標はその子になっていた。
これが、僕とユキさんの初めての出会い。
ユキさんが僕に、強くある事を教えてくれた、ある夏の日の、大切な思い出。