Different worlds of the last heaven and knights of the fist.
122. Blunt thorns
そしてついに来たる、夕食の時間。
ベルグレッテの家族――つまりはご両親と同席する、緊張のディナータイムである。
予定時刻は夜の七時半。そして現在の時刻も七時半。
流護は背筋をピンと伸ばしたままベッドに浅く腰掛け、今か今かとその時を待っていた。部屋に響くのは、時計が針を刻む音のみ。
そうして待つことしばらく。ドアが丁寧にノックされた。
「へぇい!」
ファンキーな声が出てしまった。
「ヘイ……? ル、ルビィです。ご夕食の準備が整いましたので、お迎えに上がりました」
手と足を同時に出して歩きながら、彼女の後へついて廊下を行く。
迷路のような廊下を進むことしばし、大きな両開きの扉の前へとたどり着いた。学院食堂の入り口より遥かに大きく豪奢な扉を前に、緊張も一層大きくなる。
重々しい軋みを響かせて、その扉が開け放たれ――
現代日本の少年にとってはまさしく、映画でしか見たことのないような光景が広がっていた。
輝くシャンデリアに照らされる大きな広間。その中心に位置する円卓。覆い尽くす純白のテーブルクロスは清潔感溢れると同時、目に眩しいほど。
卓上の中央に鎮座するのは何の肉か。並べられた蝋燭の明かりを脂が照り返して、ぬらりと妖しげな光沢すら放っている。焼き加減も絶妙なのか、香ばしい匂いが流護の鼻を刺激した。その隣に並ぶ大きな鍋からは厳めしい頭つきの魚が顔を覗かせ、ほこほこと湯気を立ち上らせている。大皿に盛られた野菜は彩りも華やかで、摘んできたばかりのように瑞々しい。
もはや流護には理解の及ばない品々。絶対にとんでもない高級料理なんだろうな、ということぐらいしか分からない。
何やら、水が張られた銀色の器も各々の席に用意されている。
(あれ……は、フィンガーボウルってやつか……!?)
そうと気付かなければ飲んでいただろう。危なかった。
最も奥の席に、姉妹の父――ルーバートが座っており、時計回りにフォルティナリア、クレアリア、ベルグレッテ、ミアの順で卓を囲んでいる。
「――っ」
少年の緊張は最高潮に達する。そう、位置的に流護の右隣はミアとなるが、左隣はルーバートなのだ。
ルビィが椅子を引き、着席を促すが――
流護は緊張に硬くなりながらルーバートを窺う。
「はは、どうぞ座ってくれたまえ」
ナイスミドルな微笑みに「ひゃい」と蚊の鳴くような返事をし、ようやく着席した。
「よし。では皆揃ったところで、食事としよう」
そこでルーバートが顔の前に片手を掲げ、瞳を閉じる。
それに倣い、皆も目を閉じて両手を合わせた。
ベルグレッテたちも普段、学院で簡素な食前の祈りを捧げたりはするが、それとは比較にならないほど静謐で厳かな時間。
家族が揃ったときや、身分の高い者と同席するような場合には、このように深い祈りを捧げるのだという。
ちなみに流護は城で何度か食事をご馳走になっているが、部屋に運ばれてくる形式だったため、こういった場面に居合わせるのはこれが初となる。
祈りの所作はそれぞれで、ルーバートのように片手のみを掲げていたり、フォルティナリアのように(とても大きな)胸の前で指を組み合わせていたり、ベルグレッテたちのように握った左手を右手で包み込んでいたりと様々だ。
流護としては神など信じている訳ではなし、食前のいただきますのつもりで手を合わせておいた。
静かな祈りの時間が終わり、皆が食べ始めたのを確認して、流護も食事を開始する。
「リューゴ君。重ねてになるが……招待に応じてくれて感謝するよ。『竜滅』の勇者殿を間近で目にすることができ、光栄だ」
「あ、はい、いえ、はい、」
流護は慌てて食べる手を止めてルーバートのほうへ向き直るが、
「ハハ。手を止めず、気軽に聞いてくれたまえ。談笑しながらの食事としようじゃないか」
「は、へえ」
言われて、目の前にある高価そうな肉を頬ばる。極度に緊張しているせいか、味もよく分からなかった。
しかし至れり尽くせりとはこのことだろう。
お茶が少なくなれば脇に控えたメイドさんが注いでくれ、麦飯やパンがなくなればそれも追加してくれる。自分はただ食べるだけでいい。こんな食事を経験するのは生まれて初めてだ。
「リューゴ君。娘たちの危機を幾度となく救ってくれたこと、本当に感謝する。もし君がいなかったらと思うと……ゾッとするよ」
「い、いえ……」
「遊撃兵となったことも聞いている。レインディールにとっては心強いことこの上ない。君ならば、『銀黎部隊《シルヴァリオス》』をも上回る功績を幾つも残せるだろう。いずれは貴族の令嬢を娶り、後世の歴史に『アリウミ家』の発端として名を刻む存在に――と。私は今、とんでもない人物と話しているのやもしれんね」
「い、いえ、……!?」
き、貴族の令嬢を娶り!? つまりベ、ベルグレッテを娶り!? こ、これはあれか!? 認められたのか俺は!?
流護が一人で都合のいい解釈をしていると、
「ごふっ、ごふっ」
右隣からくぐもった呻きが聞こえてきた。
何事かと顔を向ければ――
「もがもが」
一口で食べようとして入り切らなかったのか、頬をパンパンに膨らませたミアがもがいていた。ハムスターだ。ハムスターがいる。口からエビの尻尾が飛び出してんぞ。
メイドさんたちが二人がかりでミアの背中をさすった。
「ミア、何をやってるんですか。はしたないですよ」
クレアリアがジト目を向けながら苦笑する。
ベルグレッテとフォルティナリアは微笑ましげだ。聖母が二人いる。
「ははは、急がなくても料理は逃げんぞ、ミア君。ゆっくり食べてくれたまえ」
「ず、ずびばぜん。こんなお料理、めっだに食べだでないので……」
そういえばやけにミアが静かだとは思ったが、ひたすら食べることに集中していたようだ。貴族の食卓に緊張しきりな流護としては、ある意味彼女がいつも通りで何だか安心する。
そこでルーバートが、やや言いづらそうに切り出した。
「そういえば、ミア君。その……話は聞いているよ。ここも、自分の家だと思って……私たちのことも、本当の家族だと思って接してくれたまえ」
「……、おじさん……」
ミアの瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
「あ、あれだ。な、何なら私のことも父と呼んでもよいぞ。ミア君のような可愛らしい娘さんなら、大歓迎だ。はは」
涙を見て焦ったルーバートが、まくし立てるように言った。
そこで。
ガタッと、椅子を引く音が響く。
見れば、クレアリアがいつも以上に鋭い目つきで明後日の方向を睨みながら、勢いよく立ち上がったところだった。
「実の娘の見舞いにも来ない人が、何を父親ぶる気なのやら。可愛くない娘で申し訳ありませんね」
父親のほうを一瞥もせずに吐き捨てて歩き出す。
「ご馳走様でした。ミア、食事が終わったら私の部屋で遊びましょう。こんなところで無駄話をしていても仕方ありませんから」
当のミアの返事も待たず、クレアリアは部屋を出ていってしまった。
「まったくもう、クレアったら……」
ベルグレッテが溜息をつく。
ルーバートは苦笑を浮かべて、弱々しく頭を横に振った。
少し気まずくなってしまったが、フォルティナリアが食後のデザートにしましょうと提案し、控えていたメイドたちが準備に取りかかる。一人は、ワゴンを引いて食堂を退出していく。クレアリアに届けるようだ。やたら手馴れている印象で、あの妹さんがああして出ていってしまうのは珍しいことではないのかもしれない。
そうして、てきぱきと各々にケーキが配られ――
「え、ええと」
流護の前にケーキを置こうとしたメイドさんが困惑した。
「むぐ?」
全員が食事を終えてデザートを食べる雰囲気になっていたが、流護は手にした大きな骨付き肉を頬張っているところだった。無論、食べるのが遅い訳ではない。胃袋の容量が違うのだ。
「量を食べると聞いてはいたが……凄いな」
い、いかん! お義父さんが引いている!?
ようやく緊張も収まって腹も減って料理の味も分かるようになって、異様に旨いのでただひたすら食べるマシーンと化してしまっていた。
「す、すみません」
「いやいや、好きなだけ食べてくれたまえ。やはり強い男は違うな。その逞しい身体を作るためには、食事量も必要なのだろうね」
「へ、へえ」
それにしてもお義父さんの俺に対する印象はわりといいんだろうか、これはもしやいける……!?
などと思う流護をよそに、団欒の時間は流れていった。
「うあー、また負けたぁ」
「これで私の九連勝ですね」
ミアがばたんと後ろに倒れ、クレアリアが淡々と『王』を摘み上げる。
場所はクレアリアの部屋。時刻は夜九時前。二人はボードゲームに興じているところだった。
盤面に兵や王となる駒を配置し、交互に升目を進ませていき、どちらかが王を取られた時点で決着となる、昔ながらのゲームだ。
国や地域によって細かいルールや呼び名は異なるが、レインディールでは『トラディエーラ』と呼ばれている。
「クレアちゃん強すぎて勝てないよう……、エドヴィン相手なら楽勝なんだけどなぁ」
「ミアが考えなしに動かしすぎるんです。エドヴィンはもはや問題外ですが」
エドヴィンは「ヒャア! 王の力を見せてやるぜぇ!」などと言って王の駒をずんずん前に出していくため、ルールさえ知っていれば子供でも勝てると評判だった。いざ王を取ろうとすれば、「俺の王は一撃で倒されやしねぇ!」などと言い出す始末である。ゲームにならない。
「そうですね……二人も飽きますし、姉様も誘いますか? そろそろ部屋に戻られてるかもしれません」
「うんうん!」
「けれど、姉様は私より遥かに強いですよ」
「そ、そうなんだよね。……んじゃあ、リューゴくんも呼ぼうよ!」
その提案を聞き、クレアリアは露骨に苦い顔となった。
「えー、クレアちゃん、そんなにリューゴくん嫌い?」
「好きか嫌いかと言われれば嫌いです。それにもう、時間が時間ですよ。殿方と居るには好ましくない時間です」
「まだ九時前だよ。クレアちゃんはカタすぎるよー。あたしたち三人だけで遊んでて、リューゴくんだけ一人ぼっちなのは寂しいよ」
そこでミアは真剣な面持ちとなって、「それに」と喉を鳴らす。
「リューゴくんを一人にしておくほうが危ないかもしれないよ……!?」
「は? どういう意味ですか」
「まぁリューゴくんの態度見てれば丸分かりだけど、リューゴくんってベルちゃんのこと好きじゃん」
「……まぁ、そうですね」
「でさ、リューゴくんにしてみれば、ここはベルちゃんのおうちなわけじゃん。好きな子の家なわけじゃん。ここであたしたちが女の子三人だけで遊んだとしてさ、その間に、こう……一人になったリューゴくんが悶々として、ベルちゃんの部屋に忍び込んだりとかしちゃったら……!」
「は、はぁ!? そ、そのような不埒な真似を……!」
「た、たとえばの話だよ!? 年頃の男の子は、夜ひとりでいると悶々としちゃうって、『とてゴー』にも書いてあったよ!?」
「情報源があまりに信用なりませんが……それなら、姉様の部屋で遊べばアリウミ殿の侵入を防げるのでは……」
「そういう問題じゃないよ! つまり好きな子の家で、男の子を一人にするほうが危ないんじゃないかっていう……その……」
誰が聞いている訳でもないのに自然と声を潜めていた二人だったが、ミアが口ごもる様子を見て、クレアリアは得心がいったとばかりに呆れ顔になった。
「全く……アリウミ殿はともかくとして、ミアも大概ですね」
「へ?」
きょとんとするミアには構わず、クレアリアは溜息をつきながらも答える。
「分かりました。アリウミ殿も呼びましょう。今日は特別ですからね」
「やたー! クレアちゃん大好き! むちゅー」
「うわっ、やめてください!」
「ベルちゃーん。遊びましょー」
コンコンコンと部屋のドアをノックする。
しばし待つが、返事がない。
「いないのかな?」
「まだ戻っていないのかもしれませんね」
後回しということで、二人は流護の部屋へ。
何かと多忙なベルグレッテと違い、彼は部屋で暇を持て余しているはずだ。
「リューゴくーん。遊ぼー」
ドアをノックするが、これまた返事がない。
「……いないようですね」
「あ、時間が時間だし、おふろかな?」
ガーティルードの屋敷は一階と二階にそれぞれ大浴場がある。流護やミアの泊まる客間は二階にあるが、二人のような客人は大浴場も二階のものを使用することになっていた。
浴場へ向かってみる少女たちだったが――
「あれ? ここにもいないや」
その名の通りだたっ広い大浴場は明かりもついておらず、使われた形跡もなかった。
「むむ……?」
ミアは顎の下に指を当てて、考え込む仕草を見せる。
「消えたベルちゃんとリューゴくん……リューゴくんは他に行くところもないはずなのに、おふろにもいない……」
そこでミアがハッと顔を上げた。そして廊下の窓から外を眺める。
夜空には巨大な夜の女神、イシュ・マーニの姿――。
「まさか……まさかぁ!」
ミアは真相に気付いたミステリ書の主役よろしく目を見開く。
「はあ。何か分かりましたか」
そんなミアを横目に溜息をつきながら、クレアリアは一応聞いておく、といった風に声を投げかけた。
ミアは大仰に頷き、ゴクリと喉を鳴らす。
「クレアちゃん……怒らずに聞いて。あのさ……リューゴくんがベルちゃんのことを好きなのは間違いないとして。じゃあ……ベルちゃんは、リューゴくんのことどう思ってるのかな……?」
いきなりの問いに、クレアリアはわずか動揺した。
「……ど、どうって……」
自分の感情は置いておき、努めて客観的に考える。
姉は誰にでも優しい。それはあの少年に対しても同じ。あの優しさこそが、必要以上に異性を惹きつけている要因でもある。
しかし幾度となく危機を救われ、まるで姉が幼い頃に憧れていたガイセリウスのような活躍をし続けるあの少年。
彼の話をするとき、まるで自分のことのように嬉しそうな顔を見せる姉……。
「ベルちゃんも……リューゴくんのこと、好きなんじゃないかな。ただベルちゃんは生真面目だしロイヤルガードとしての責務が優先! とか思ってるし、まず自分で自分の気持ちに気付いてなさそう」
クレアリアがあえて考えないようにしていた認めたくない部分を、ミアが的確に言い当てた。
「……っ」
押し黙る。
分かっていた。有海流護という男のどこが気に食わないかと言われれば、そこなのだ。
クレアリア自身、彼に命を救われているし、性格的にも好人物だとは思う。
しかしやはり、他の者と比べても明らかに姉が彼に心を許しているという事実。姉を取られてしまうかもしれないという嫉妬。それが自分の中で、あの少年に対しての見えない壁となっている。
……ついでに言えば何やら、父がご機嫌で彼をべた褒めするのも気に食わない。
私のことなんて、気にもかけてくれないくせに。
「ひとりで部屋にいたリューゴだったが、もはやその気持ちを抑えることはできそうになかった。悶々とした思いに駆られるまま、彼はベルグレッテの部屋のドアを叩く。『え、リューゴ? どうしたの?』そしてリューゴはベルグレッテを誘い出すことに成功する。夜の庭を散歩しようと歩く二人だったが、リューゴはもうたかぶる気持ちを抑えることができそうになかった! 『ベル子! 俺もう我慢できねえ!』がばりとベルグレッテを抱き寄せるリューゴ! 鼻をくすぐるベルグレッテの甘い香りが、リューゴの情欲をさらに激しく掻き立てる! 『だ、だめ! 私、ロイヤルガードだから……!』身をよじるベルグレッテだったが、彼のゴリラみたいなパワーに抗えるはずもなく、なすがままにっ……『ベル子。神様が……イシュ・マーニが見てるぞ。ここ、こんなに濡れて……ベル子はこっちも水属性なんだな』『や、やだ、言わないでリューゴ……』そして燃え上がる若い二人は、イシュ・マーニだけが見守る中、どこまでも……どこまでもウワワワー!」
ミアは真っ赤になってクレアリアの肩をぺちぺちと叩きまくった。
「……、よくそこまで勝手な妄想を膨らませますね……」
逆に感心してしまった。何だか気が抜けて、もやもやした怒りも霧散してしまう。ある意味、ミアの持つ才能なのかもしれない。
「じゃあ二人のこと諦めて部屋に戻る? 二人で寂しくゲームする? クレアちゃんがあたしの王を奪ってる間に、リューゴくんはベルちゃんの大事なものを奪ってるかもしれないよ……?」
熱っぽく語るミアのおでこをぺちっと叩いて、クレアリアは歩き出す。
「……姉様は、絶対にそのような……ふ、ふしだらなことはしません」
が、と語気を強め、
「アリウミ殿が姉様に言い寄る可能性は否定できません。捜しに行きましょう」
屋敷脇の見通しがいい中庭に、彼らはいた。
ベルグレッテはドレスではなく、学院で運動授業の際に着る、動きやすい薄手の専用着姿。
二人とも、周囲のことなど目に入らないかのように燃え上がっていた。
イシュ・マーニに照らされて煌めきを放つベルグレッテの汗は健康的で美しく、ほのかに上気したその肌もどこか艶かしい。
「はぁっ……、リューゴ、もう少し速くお願いっ」
息を切らせ、吐息混じりになりながらも、ベルグレッテの要求はエスカレートしていく。
「い、いいのか?」
「うんっ、ちゃんとつけてるんだし……大丈夫だから」
「よし……それじゃいくぞ?」
身をよじりながら流護が突く。
ぱちん、と思いのほか派手な音が響き、
「いたぁっ」
ベルグレッテは腰が抜けたみたいにへたり込んでしまった。
「おわ、痛かったか? 大丈夫か?」
「うっ、うん。はぁ、はあっ、はぁ……」
これまでよほど激しく同じようなことを繰り返していたのか、ベルグレッテは荒い息を繰り返していた――。
ミアがゴクリと唾を飲み込んだ。
「と、とか、そんな感じに見えなくもない?」
「無理矢理そんな方向に持っていかずとも結構です」
クレアリアが溜息をついて返すと、ミアはとてとてと二人に寄っていく。
「二人とも、お屋敷に来てまでシュギョーしてんのー? 真面目だなぁ」
「あ、ミア……クレアも」
おでこをさすっていたベルグレッテが顔を上げて笑顔を見せた。
対する流護は、ほとんど息を切らしていなければ汗もかいていない。その両手には、こんもりとした黒いミトンのようなものをはめている。
「リューゴくん、それなに?」
「ん? ああ、簡易グローブみたいなもんかな。綿もらって作ったんだよ。素手だと危ないからな」
そう言って流護が両の拳を叩き合わせると、ポスポスと軽い音がした。当たった分だけ沈み込む柔らかさ。これならば当たっても、さして痛くはないだろう。まさに今しがたのベルグレッテのおでこのように。
「……そういえば、姉様とアリウミ殿は今度から訓練すると言ってましたね」
ようやくといったようにクレアリアは思い出す。
流護が遊撃兵となったのを切っ掛けに、二人は訓練をすることにしたと言っていたのだ。が。
(……それにしたって。いくら訓練とはいえ、もう殿方と二人きりで過ごすような時間じゃないのに)
わずか、胸にちくりとした痛みを感じたような気がした。
「二人とも、どうしたの?」
ベルグレッテが立ち上がりながらミアとクレアリアに問いかける。
「あ、いや。クレアちゃんと二人でトラディエーラしてたんだけど、ベルちゃんとリューゴくんも誘いたいなって」
「そうなんだ。じゃあ今日はここまでにして、一緒に遊びましょうか。リューゴもいい?」
「キリもいいし構わんぞ」
「やたー!」
ミアが抱きつこうとしてくるのを、ベルグレッテは必死で押し止めた。
「こらっ。今、汗かいちゃってるからだめ……」
「ぐへへへ、だからいいんじゃねえかよおぐへへへ。……リューゴくんもそう思うよね?」
「は!? な、何の話だよ……、?」
焦った少年は、そこでなぜか困惑したような目をクレアリアへと向けた。
「……何ですか?」
なぜこちらを見ているのか。自然、言葉が刺々しくなる。
「え、いや……クレアがじっとこっち見てたから、むしろ俺の方が何事かと思って……」
「え……? あ、いえ……、何でも、ありませんっ……」
指摘されて初めて気がつき、またもやり場のない苛立ちが込み上げた。