Different worlds of the last heaven and knights of the fist.
275. Interworld-class birthday
時間は昼休み。夏の暑さもすっかり薄れた、さわやかな秋晴れの空の下。
「ディアレー降誕祭?」
いつもと同じ、中庭のベンチで三人横並び。そしてやはりいつもと同じくパンを頬張っていた流護は、ベルグレッテの口から発せられた単語をおうむ返しに復唱した。
「そっかぁ、もうそんな時期になるんだね~」
何やら感慨深げな様子で、ミアがうんうんと頷く。
「えーと、ディアレーってのは言うまでもなくあれだよな。隣街の」
ディアレーの街。
学院からは馬車で西に二時間ほど、高速仕様の車両ならば三十分程度で到着する。王都には及ばないものの、かなりの大きさを誇る都市である。
ディアレーとは元々、約四百年前に活躍した高名な詠術士《メイジ》の名前だ。奴隷制度について疑問を抱き、その解決に向けて奔走した人物でもある。無法者に刺され志半ばでその生涯を終えてしまったものの、奴隷制度問題に限らず多くの慈善活動に勤しんだその功績から、聖人と称えられている。彼の名は現在、生まれ故郷の街にそのまま授けられていた。
「降誕祭ってことは……ようは、ディアレーの生まれた日を記念して開催される祭りか」
「ん、その通りよ」
ベルグレッテの説明によれば、まさしく街を挙げての祭事となるそうで、毎年かなりの盛り上がりを見せるとのこと。
「人もいっぱいくるし、出店もいっぱい出るし、すっごく楽しいんだよ! 去年も、みんなで行ったんだけど!」
「なるほど、そうかそうか」
身振り手振りで楽しさを表現するミアを微笑ましく思いながら頷く。
「兵や騎士としては……姫様の『アドューレ』の護衛を務めて、その後は見回りながら歩いて祭りを楽しむ感じになるかしら」
今年は、流護も護衛兵の一人として警備についてほしいとのことだった。
「祭りはいつなんだ?」
「緋羽《ひう》の月、十日。おおよそ二週間後になるわね。だから祭りの日が近くなったら、遠征任務は入れないようにしておいてほしいって、陛下が仰ってたわ」
「おけ、了解した」
当然ながら流護は通信の神詠術《オラクル》が使えないため、アルディア王からの伝言はこのようにベルグレッテを介して聞いていた。
羊皮紙のメモ帳と木炭硬筆を取り出し、『ひうの月(十月)の十日・ディアレーこうたん祭』とクソ汚い字で書き記したところで、少年はふと思い浮かんだ疑問を口にする。
「そういやさ、今更っちゃ今更だけど……二人の誕生日……生まれた日っていつなんだ? さすがにディアレーみたい規模は例外として、めでたいって祝ったりする風習とかはあるんだよな?」
「ん……そうね。主より生命を授かった、大切な日だもの。去年は、クラスのみんなに盛大に祝ってもらっちゃったっけ。私は無浄《むじょう》の月……十二番目の月ね、その三日で……」
「あたしは同じ月の二十四日だよー。ふふ、去年のベルちゃんのときはほんとすごかったよね。あたしも祝ってもらったけどさ」
今更ではあるが、誕生日というものに対する認識は地球もグリムクロウズもそう変わらないようだった。
例えばリリアーヌ姫の生まれた日である翠緑《すいりょく》(四番目)の月・二日などは、まさにディアレー降誕祭と比べても遜色ない盛大な催しが王都で開かれるとのこと。
『神から命を授かった日』と認識するこちらの世界のほうが、現代日本よりその重要度は大きいのかもしれない。
ともあれ、今日が九番目の月となる穹窿《きゅうりゅう》の月、二十七日。
ベルグレッテもミアも、それぞれおよそ三ヶ月後には十六歳となっている。
「リューゴくんはいつなの?」
「んー、それなあ……」
流護の誕生日は、十二月八日である。
しかしこの世界では、月日の数え方や月ごとの日数が違う。自分の携帯電話で日時を確認すれば『向こう』の日付も知れる――はずなのだが、最近は少し壊れ気味になっており、正確性が疑われるところだった。
「向こうだと、十二番目の月の八日になるんだけど……」
「じゃあ、無浄《むじょう》の月の八日……でいいのかな? わ、そうなるとあたしたち、みんな生誕日近いんだね。クレアちゃんも同じ月の五日だし」
「おお、そうなのか。まあ、でもあれだな……向こうとこっちじゃ微妙に日付にズレがあるみたいだから、こっちだと俺の誕生日がいつに当たるのかは正確には分からないんだよな。まあどうしてみようもないし、何でもいいや」
現代日本と違い、何かの折に正確な年齢確認や誕生日の記載が求められる訳でもない。
そのあたりの時期になったら適当に十六歳になっておこう、と考える流護だったが、ミアは少し肩を落として呟く。
「うう、せっかく神さまから命を授かった大事な日なのに……ちゃんとした日にちが分からないのは、ちょっと悲しいね」
「そうか? 俺は割とどうでもいいっていうか……」
「えー!?」
正直なところ、流護は自分の誕生日に対する関心というものがあまりなかった。
幼少の頃から父親が家を空けがちで、祝ってもらう習慣が根付なかったことも一因かもしれない。ともすれば、誕生日であることを忘れたまま一日を過ごしてしまいそうになることもあった。
(…………まあ、でも)
実際に忘れたことは、一度もなかった。
幼なじみの少女、蓮城彩花の存在があったからだ。
(やらんでいいって言ってんのに、毎年押しかけてきて……無理矢理祝ってくれやがったっけ)
去年も、その前も。子供の頃からずっと、毎年欠かさず。
学校ではわざとらしいぐらい何も言わず、夜になったら家に押しかけてきて。適当に選んだだの何だのと言いつつ、決して安くないプレゼントを用意して。
けれど今年からは、それももう――
「……ん?」
何となく甘酸っぱい郷愁を感じていたところで、流護の視界の隅にその光景が飛び込んできた。
中庭から遥か遠く。壁際に佇む研究棟からゾロゾロと出てくる、白衣姿の大人たちが数名。その中の一人は、
「ロック博士……」
白の集団は門から外に出ていき、待機している馬車へと乗り込んでいく。乗車室の扉が閉まると同時、忙しなく発進していった。
「……ロック博士……さいきん、なんだか忙しそうだよね」
意外そうなミアの呟き通り。研究棟に引きこもっていることが基本のはずの博士は近頃、学院を留守にすることが増えていた。
「だよな。何やってんだろあの人。ベル子、何か知ってるか?」
「ううん、私はなにも……。王都の研究室に顔を出してるみたいだけど、詳しいことは聞いてないわね」
以前は研究棟でロック博士との雑談に興じることも少なくなかった流護だが、最近はそれもめっきり減ってしまっていた。
『コロシテヤル リューゴ』
初めての任務で経験した、あの異常極まりない出来事。人とは決して相容れぬ存在である怨魔が喋ったという怪奇。
寛容な理解を示すことの多いベルグレッテですら疑った現象だが、流護と同郷である博士は真剣に話を聞き、「ちょっと調べてみるよ」と頷いてくれた。
レフェで経験した出来事の数々も、帰還してすぐに報告している。雪崎桜枝里という、もう一人の日本人の存在。レフェという国の街並みが、昔の日本によく似ていたこと。この二つについても博士は大いに驚き、関心を示した。
そして、もう一つ。桜枝里たちと共に考えることで至った、とある仮説。
即ち――『有海流護は、古の英雄ガイセリウスと同じ体質を持っているのではないか』。
そのうえで、流護が個人的に感じた疑問。神詠術《オラクル》研究の第一人者であるロック博士は、この仮定を考えなかったのか。もし考えていたなら、なぜそれらしきことを全く話さなかったのか。
率直に尋ねたところ、
『今は何も答えられない』
それが研究者の回答だった。
『職業柄、あやふやなことはあんまり口にしたくなくてね。ちゃんと、話せるようになったら話すよ』
博士自身もどかしそうに、そう言い添えて。
――思えば、前兆だったのだ。
これまで学院を空けることのなかったロック博士が、頻繁に王都の研究室へと出向いている。
それは、大きな何かが動き出そうとしている前触れだったのだと。