I Swear I Won’t Bother You Again!

04. Indifference = OK

 教室を出てから歩く事数分、ついたのは人気の無い中庭の一角。

 在校生の数に比べて随分と広く大きく作られた学園だから、人気の無い場所を見つけるのに苦労はしない。

 校庭は噴水や花壇が美しく整えられて、一見すると公園か、もしくは個人宅のとんでもない豪邸。 どちらにしろ学生が通う学舎には到底見えなかろう。

 遠くから風に乗って聞こえてくる声も、音は分かるが内容までは把握出来ない。逆を言えばこちらの会話も聞こえる事はないという事だ。

「この辺りなら大丈夫そうね」

「ごめん、俺……」

「良いのよ。私を心配してくれたのでしょう?」

「……うん」

 しょんぼりと項垂れる姿は、どれだけ成長しても弟の様に可愛がってしまう原因だろう。大きな体が小さく見える視覚効果のせいともいえる。

 それにユランがした事はヴィオレットに対する思いやりが溢れ落ちたがため。所作に対する苦言はあれど、その気持ちまで咎めるつもりは元よりない。

「結論から言うと、ユランが聞いた噂は事実でしょうね。詳細は把握していないけれど……私に新しい母と妹が出来た」

「やっぱり……転校生がその妹?」

「えぇ」

「そう、なんだ」

 ユランの苦い表情の理由、言いたくても言えない事が喉の奥につっかえてるのが分かった。

 ヴィオレットの母が亡くなった事を、ユランは恐らく父よりも正しく理解している。だれよりも母の近くにいたヴィオレットの、誰よりも傍にいたのは間違いなくユランだ。家族とも友人とも違う場所から、ヴィオレットと母の歪な関係性に気を揉んでいた。

 だからこそ、今のヴィオレットの状況が宜しくないものだという事も分かるのだろう。父親ですら気が付かないヴィオレットの心の動きを手に取れるのは幼馴染みの芸当だ。

 とはいえ所詮は何の繋がりもない他人のお家事情、口を出す権利などユランにはない。妾の存在も再婚も、法律上は何の問題もないのだから。

 ただその全てがヴィオレットを置き去りに進んでいる事実だけは心配で、ユランはこうして先輩の教室まで足を運んだのだけれど。

 ヴィオレットの事を把握しているユランでも、知らない事はある。

「心配してくれてありがとう、ユラン」

 穏やかな笑みを浮かべ、自分よりもずっと傷付いている様子のユランの手を取った。身長を越されたのはもう随分前で、手だってもうヴィオレットの両手を使わなければ包めない。

「私は大丈夫よ。根も葉もない噂ではないし、私よりも異母妹(いもうと)の方が当事者な分大変でしょうから」

 ヴァーハン家に後妻が出来たのはつい最近、それなのに異母妹はヴィオレットのひとつ下となれば、どんな勘繰りが起こるかなんて想像に容易い。そして、それは大幅に事実だろう。

 現在の腫れ物扱いも心地いいものではないが、それは所詮可哀想という同情が大半でヴィオレットが気にしなければその内消えていく類の物。

 今回の噂で何らかの不利益を被るとすれば、ヴィオレットではなくメアリージュンの方だろう。学生とは大人の事情を理解出来る頭はあれど納得出来ないだけの純粋さがある年代、思春期というのは摩訶不思議に出来ている。

 それに対して気の毒には思うが、助け船を出す気は無い、同級生のユランに頼む気も。

 ヴィオレットにとって、この噂に関する全ては近く遠い日に諦めた物の再放送。客観的に見ればヴィオレットも当事者の一人なのかも知れないが、本人的には完全なる他人事だ。

「そう……なんだ」

 ヴィオレットが傷付いていると心配していたユランにとって、その笑顔は安心を連れてくるものだった。無理をしている様にも見えないし、実際ヴィオレットは心の底から『関係無い』と思ってしまっている。

 ここで納得すべきなのだと、分かっている。ユランの心配は杞憂に終わったのだと喜ぶべきだと。

 しかし、同時に違和感も感じていた。

 ユランの知るヴィオレットとは、何かが違う……と。

 その予想はある意味正しいのだが、まさかユランも目の前の幼馴染みが一度投獄までされているとは夢にも思うまい。

 時を巻き戻すなんて芸当、神でも不可能であるはずの所業であり、本来ならばあり得ない事なのだから。

「ヴィオちゃんが平気なら、俺は良いんだ」

 結局、どれだけ考えても違和感の主は分からない。ならば考えるだけ無駄だと判断したのか、元々ヴィオレットが良ければそれでいいのか……恐らく両方だろう。

 安心を表情で表したユランに、ヴィオレットも同じ笑みを返した。優しい幼馴染みの心労になるのは本意ではない。

「それじゃあ帰りましょう。迎えをこれ以上待たせては可哀想」

「あ……ごめん、時間取らせちゃって。心配してるかなぁ」

「ふふ、一緒に謝りましょうか」

「うん!」

 時間にして二十分ほどだが、いつもならもう車に乗り学園を出ているだけの時間だ。生徒に手伝いを頼む習慣がない為、放課後に突発的な用件が出来る事も少ない。

 たかが二十分といえど、貴族の大切な子息令嬢を預かる運転手の心に多少の焦りくらいはもたらしただろう。もしこれが待ち合わせなら、二十分も遅れるなんて文句を甘んじて受けるくらいは必須。

 待ち合わせでもないし、雇用主に文句なんて言えないだろうけど、気持ちの問題として謝罪はすべきだ。

 結論として、ヴィオレットもユランも怒られるどころか苦言を呈される事も無かったのだが。

 何故かヴィオレットは、物凄く心配されてしまった。帰り道でも今日の学園生活を聞かれ、辛い事は無かったかとしきりに問われて、特に思い浮かぶ事は無かったので途中から適当に『大丈夫』と答えた。

 家についたらすぐに夕食を一人部屋で取れる様に手配しよう、なんて考えながら。