Late. Tamer's day.
7 Stories In the West Forest
農業ギルドでおっちゃんに話を聞くと、西の森の奥に川があるという事を教えてもらった。川辺なら目新しいアイテムがあるかもしれない。おっちゃんの話だと、水軽石という石が拾えるとのことだった。水を浄化してくれるお役立ちアイテムだそうだ。採掘ポイントもあるらしいが、俺は採掘用のアイテムが無いし、今回は無視の方向で。
「よし、傷薬はいつでも使えるようにしてっと」
ショートカット設定に、傷薬を指定する。これで、設定したキーワードを念じれば、インベントリから直接アイテムを使用できるのだ。便利だな。まあ、効果が下がるらしいけど。
「キーワードは……キュアでいいか」
俺は西の森に足を踏み入れる。とにかく走るのだ。そして、逃げる。戦闘は行わずに、ただただ採集をするつもりである。
「行くか」
目指すは川だ。
意気揚々と歩き出して20分後。
「キュア!」
はい、いきなり使いました傷薬。4つしかない内の1つを使っちゃいました。口の中に急に錠剤が出現するから一瞬吐き出しそうになっちゃったよ。
最下級の回復手段なのに、HP全快なのも悲しいです。でも、今の現状の方がもっとヤバイんだよ、こんちくしょー!
「キュー!」
小さいリスに追われている。灰色の毛皮をした、非常に愛らしいリスさんだ。しかし、小さい上に素早く、攻撃を当てられる気がしない。
雑魚その2こと、灰色リスさんでした。俺には強敵だけど! 逃げるしかない。俺は後ろも見ず、採取も忘れ、ただ走り続けた。
傷薬はクーリングタイムのせいで使えない。逃げる間にもダメージは蓄積していった。くそ、早くどっか行け!
5分以上走り続けただろうか。体力がなくなり、息が切れてくる。そして、俺を追っていた灰色リスは姿を消していた。どうやら逃げ切れたみたいだ。
「はぁーはぁー。きつっ! ゲームの中じゃなかったら、確実にリバースエンドだぜっ」
幸か不幸か、わき目も振らずに駆けたおかげでかなり距離が稼げた。マップを見ると、すでに森の半分ほどに差し掛かっている。
「川があるはずなんだけど……」
探せば川はすぐに見つかった。まあ、川というよりはせせらぎと言った感じの場所だったが。
川を発見したころには傷薬のクーリングタイムが終わっていたのでとりあえず回復しておく。
「とりあえず、川に沿って進んでみようかな」
歩いていれば、水軽石も見つけられるかもしれない。だが、少し歩き始めて俺は後悔していた。
「河原めっちゃ歩き辛い」
こんなところまでリアルに再現されていた。まあ、その甲斐あってか、河原の途中に緑マーカーが出ているのを発見する。一見するとただの石ころにしか思えない。だが、鑑定してみるとそうではないことが分かった。
名称:水軽石
レア度:2 品質:★1
効果:水と共に入れておくと、水を浄化してくれる
アバウトな効果だな。まあ、浄化水っていうアイテムを作ってくれるってことだろう。どっかで実験する必要があるな。
「よし、他にもあればいいんだけどな。草も何か目新しいものは……。お、あそこにも緑マーカーがあるじゃないか」
次に見つけた緑マーカーは、河原と森の境界部分だった。何かあるようだ。
近づいて確認してみる。だがそこには何もなかった。単なる地面にしか見えない。短い草が生えているが、どこにでも生えている雑草だ。
「? なんだ?」
やはり草がアイテムなのかと思い、地面に向かって鑑定を使ってみる。
名称:腐葉土
レア度:1 品質:★1
効果:畑に撒くと、栽培効果を増加させる。効果は5日間続く。他の肥料類と併用可能。
なるほど。この地面自体がアイテムだったってことか! しかも、俺にはおあつらえ向きなアイテムだった。
採取をしてみると、1回しか採取できなかった。効果は5日間続くらしいので当面はいいか。思わぬ収穫だったな。
「あとは、見たことのない珍しい草でもあれば最高なんだけどね」
ここまで、薬草しか採取できていない。空が僅かに暗くなってきた、夜が迫っているのだ。急がねば。
ガサ
「だよな~。そんな上手くいくわけないよな~」
現れたのは1匹の牙ネズミだった。やつめ何をがっついてるんだか、俺を見た瞬間に飛びかかってきやがった。
「ぐえ! キ、キュア!」
どうやらクリティカルが発生したらしく、なんか格好いい薄緑のエフェクトとともに俺のHPが一気にレッドゾーンに突入した。
「ちきしょぅ!」
このまま終わってなるものか。森の奥だ。走れるところまで走って、何かをゲットするのだ。再び力の限り走り続けた結果、なんとか牙ネズミを撒いたようだった。いつの間にか姿が見えなくなっている。
「危ねー……」
HPが残り2割を切っていた。あと1、2発食らっていたら死に戻っていただろうな。このまま傷薬のクーリングタイムの終わりを待って、探索を再開しよう。
「キュア」
最後の傷薬を消費して、HPを回復する。これでもう回復手段が無い。頼むからモンスター出てくるなよ――って思ってたんだけどね!
祈りも虚しく遭遇してしまったのは、3匹の牙ネズミたちだった。
再びのエスケープダッシュだ。ひたすらに走る。だがその間にも、ネズミどもの猛攻は続く。時おり背中に衝撃を受けるが、倒れたら終わりだ。俺は自分でも驚くほどの粘りを発揮して、前のめりになりながらも走り続けた。
「くそ、登りか!」
折角に2匹は振り切ったというのに! もう自棄だ。とことん逃げてやろうじゃないか。途中で緑マーカーがいくつか見えた気がするが、全部無視だ。
少しずつ減るHPが焦燥を煽る。あとはやられるのを待つだけだ。だが、諦めんぞ!
「あそこまでは行ってやる!」
俺の視線の先には一本の木があった。勾配の先、眼下に川を望む崖の上に、ぽつんと立っている。他の木々とは明らかに違う種類の樹木だった。
「うりゃあぁ!」
俺は体力を振り絞って、坂を駆けあがった。目の前には目指していた木がある。
「はぁっはぁっ……、桃の木?」
木には、1つだけ実がなっていた。緑マーカーに導かれ、その木の実をもいでみる。
名称:緑桃の実
レア度:2 品質:★1
効果:使用者の空腹を10%回復させる。
「やった……!」
『採取スキルがLv2に上がりました』
しかも採取が上がった! 桃ね。レア度も2だし。俺ってばついてるんじゃないか? 俺は桃の実を急いでインベントリにしまい込む。
「ネズ公は――ぐえ!」
「ヂュヂュー!」
いつの間にか牙ネズミが後ろにいた。川の音で足音が聞こえなかったのだ。
ネズミの体当たりが俺の背中に炸裂する。そして俺の体は前に投げ出された。
「ま、まじかよ!」
当然、その先は崖だ。
「ひぃぃ!」
超怖い。だって、紐無しバンジーなわけだし。水面がみるみる近づいてくる。
「ぎゃぁー!」
恐怖のあまり悲鳴が漏れた。ワイルドドッグに殺された時と同じくらい怖かった。
数秒後、俺は10メートル以上の高さから水面に叩きつけられる。痛みはないが、結構な衝撃だ。そして、体がふわっと浮き上がるような、お馴染みの感覚とともに、見慣れた広場の景色が目に飛び込んでくる。
「はい、死に戻り~」
もう慣れたものだ。俺はプレイヤーたちの視線を受けながら、帰途に就いた。
「ただいまー」
「ムーム!」
走り寄ってくるオルト。
「ムーム、ムーム」
何か訴えかけてる?
「どうした?」
「ムム」
オルトの指し示す方には、大分成長した若葉の姿があった。もう新芽とは言えない大きさだ。
「早っ! もうこんなに成長したのか?」
「ム」
「すげー。オルトすげー」
「ムムッム」
「そうだ、これ、新しいお土産な?」
「ムーッ」
とりあえず腐葉土を渡してみる。オルトは嬉しいのか、ピョンピョン跳ねながら腐葉土を受け取った。そして早速畑に撒いていく。
「それと、これってどうにかなるか?」
「ム?」
緑桃をオルトに見せてみる。育樹があれば、栽培可能かと思ったのだ。無理ならどこかで売り払うが……。
「ムー。ムム」
オルトが念じると、桃が苗木に変化した。草は株分で種に、樹木系は苗木になるみたいだ。ただ苗木は2つに増える草の種と違って一つだった。多分、成長したら複数収穫が可能だからだろう。
名称:緑桃の苗木
レア度:2 品質:★1
効果:緑桃に成長する苗木。初心者では生育不可能。
ふむ、やはり育てるのは難しいらしい。オルトに育樹のスキルあってよかった。
『使役スキルがLv2に上がりました』
おお、採取に続いて、使役も上がった。こうして少しずつでもレベルを上げていかないとな。
「ただ、今日はやることないんだよな。とりあえず、ログアウトしようかな。もう夜だし」
夜の活動は危険だからね。
いや待てよ。本当にそれでいいのか? 俺はスタートダッシュで躓いてるんだ、何かできることを探して、少しでも経験値を稼ぐべきでは?
とりあえず冒険者ギルドの掲示板を見てみよう。それで、何か俺でもこなせそうな依頼があれば、クエストを受けてみればいい。ダメだったら諦めよう。だが、見つけてしまった。
手伝クエスト
内容:皿洗い
報酬:50G、薬草×2
期限:本日
宿屋で皿洗いをするという超簡単なクエストだ。得られる報酬も最下級だが、俺にも安全にこなせるのは有り難い。これにしよう。
4時間後。
クエストの終了報告のためにギルドに向かっていた。自分で選んだクエストとは言え、ゲームの中で皿洗いをすることになるとはな。
「疲れた……」
冒険者ギルドは夜でも開いていた。しかも、昼間とはNPCが変わっていた。さすがLJO、細かいところまでリアルだな。クエストの報告は一瞬だ。報酬も問題なく支払われた。
「さて、どうしようかな。もう夜だけど」
精神的にも疲れた。1回ログアウトしようかな。キャラに睡眠をとらせて、夜明けからすぐに行動する方が良い。畑はオルトに任せておけばいいし。
「あ、水軽石を試そう」
桶に井戸水を張って、中に水軽石を入れる。変化はない。どうやら、暫く置いておかないといけないみたいだ。
「じゃあ、また明日な」
「ムッムー」