歳は……20手前、俺と同じくらいだろうか?

 男だけど、金色の髪を長く伸ばしている。

 それでも違和感なく、男の容姿を引き立てている。

 俺が女性ならば、ついつい見惚れていたかもしれない。

 でも、なぜだろうか?

 周囲の街の女性達は、彼に見惚れるどころか、イヤなものを見るような視線を送っている。

 女性達だけではなくて、男も同じだ。

 まるで汚物を見ているような反応だ。

 いったい、誰なんだ?

「聞こえているのか、おい」

「なんだ?」

「お前ではない。そこの二人だ」

「ソラのことですか?」

「む? 我のことか?」

 きょとんとするソラとルナに、男が歩み寄る。

「お前たち、名前は?」

「……いきなりなんですか?」

「いいから答えろ。この俺が聞いているのだぞ? ほら、どうした。名前は?」

「……ソラです」

「ルナだ」

「ふむ。ソラとルナか……良い名前だ。外見も悪くないし、遊びがいがありそうだ。気に入ったぞ。よし、今日からお前達は、俺の女にしてやろう!」

「「は?」」

 突然の男の宣言に、ソラとルナが揃って、ぽかんという顔をした。

 こいつは何を言っているのだろうか?

 口にこそしないものの、そんなことを言いたそうだ。

「こいつは、突然何を言っているのだ? アホなのか? 頭大丈夫か?」

 うわ。

 ルナは本当に口に出している。

 しかも、俺が思っている以上にきつい言葉を口にしているぞ。

 しかし、男は怒ることなく、むしろ楽しそうに笑う。

「くくく、この俺にそんな口をきけるなんてな。いいぞ、楽しいじゃないか。そういう方が躾甲斐があるというものだ」

「この人、人の話をまるで聞いていませんね……自分だけの世界に浸っている、という感じです」

「率直に言って、キモいな……レインよ。なんとかしてくれ」

 不気味なものを感じたらしく、ソラとルナが俺の後ろに避難する。

 俺は二人をかばうように前に立ちながら、男に問いかける。

「突然、何を言っているんだ? あんた、一体、何者なんだ?」

「男と話をするつもりはないが……まあいい。貴様、この俺を知らないのか?」

「わからないから、こうして問いかけている」

「ふん。この俺を知らないなんて……他所から紛れ込んできた田舎者か? いいだろう。ならば、教えてやる。俺は、このホライズンを治める領主の息子、エドガー・フロムウェアだ!」

「領主の……?」

「ソラとルナと言ったな? 俺の女になれることを、光栄に思え。今まで味わったことのない贅沢をさせてやるぞ」

「この人……とてもイヤな感じがします。話に聞く人間のイヤな部分を詰め合わせたような……そんなイヤな感じがします」

「あいにくだが、ルナはお前のようなヤツについていくことはないぞ。我の主は、レインなのだからな」

「ふんっ。お前達の意思は関係ない。俺がこうすると決めたのだ。なら、お前達は素直に付いてこい」

 まるで話にならない。

 こんな横暴を真顔で言ってのけるなんて……

 この男、本当に領主の息子なのか?

 とてもじゃないけれど、そのような器には見えない。

「さあ、行くぞ。着いてこい。たっぷりとかわいがってやる」

「人の話を聞いていないのですか? お断りです」

「同じく、なのだ。ルナは、お前のような人間は嫌いだぞ」

「あまり手間をかけさせるな。お前達に拒否権はないぞ。その辺り、わかっていないようだな?」

 男……エドガーが指をパチンと鳴らした。

 どこからともなく、剣と鎧で武装した兵士達と軍用犬らしき犬を連れた者達が現れる。

 エドガーの護衛なのだろう。

 あるいは、こういう時のために引き連れていたのか。

「おい、男」

「俺のことか?」

「別に、タダでよこせとは言わん。きちんと対価を払おう。一人、金貨100枚……計、200枚でどうだ?」

「……」

「それと……痛い目に遭いたくないだろう? この人数だ。相手にするのは、無謀というもの」

「……」

「付け加えるならば、俺は領主の息子だ。それなりの権限を与えられている。俺に逆らうということは、領主に逆らうということ。反逆罪に問われたいか?」

 周囲の人々が同情の視線を送ってきた。

 ……なるほど。

 ホライズンでは、エドガーの悪行は多くの人々に知られていることなのか。

 さきほどのエドガーに対する周囲の人々の視線の意味を理解する。

「女を連れて行け」

 エドガーの命令で、兵士が二人、こちらに歩いてきた。

 ソラとルナの手を掴もうとして……

「やめろ」

 兵士達の手を払う。

「「レインっ!」」

 ソラとルナの目が輝いた。

「……お前は、人の話を聞いていなかったのか? それとも、俺の話が理解できないほど阿呆なのか?」

「お前こそバカなのか? ソラとルナを渡すなんて、俺は、一言も言っていないぞ」

「貴様……!」

「ソラとルナは大事な仲間だ。金で引き渡すような真似はしない。それ以前に、人間の腐ったようなヤツに女性を引き渡すわけがないだろう」

「俺の言葉を理解していないようだな……馬鹿め。反逆罪で始末されたいか?」

「仲間を売るくらいなら、反逆罪に問われた方が何倍もマシだ」

「……いいだろう。その言葉、後悔するなよ?」

 エドガーが合図を送るように手を挙げる。

 それを見て、周囲の人々が慌てて距離を取る。

「やれ」

 俺達が逃げられないように、兵士達が包囲網を敷いた。

 その上で、二人の兵士が鎧を鳴らしながら歩み寄ってくる。

 動きに迷いがない。

 こいつら、慣れているな……

「さあ、エドガー様の命令に従え。それがこの街の掟だ」

「悪いが、断る!」

「がっ!?」

 無防備に歩み寄ってきたので、顎を蹴り上げてやる。

 ほどほどに加減はしておいたものの、兵士はそのままひっくり返り、昏倒した。

「貴様っ!」

「我らに歯向かうかっ」

 仲間がやられたことで、残りの兵士が一斉に剣を抜いた。

 周囲の人々から悲鳴があがる。

 兵士が二人、一直線に斬りかかってきた。

 が、遅い。

 アリオスと比べると雲泥の差だ。

 一人目の兵士の手首を狙い、蹴撃を叩き込む。

 骨を砕く感触。

 兵士は苦悶の声をあげて剣を落とし、その場で膝をついて折れた手首を押さえた。

 俺は駒のように片足を軸にして、そのまま回転。

 半円を描くようにして、二人目の兵士の側頭部を打つ。

 兜が凹み、その衝撃が兵士の頭部を襲う。

 兵士はふらふらとよろめいて、うめき声をあげて……そのまま倒れた。

「こいつ……!?」

「強いぞっ」

 瞬時に返り討ちにされたことで、兵士達の間に動揺が広がる。

 そんな部下達の姿を見て、エドガーは苛立たしそうに舌打ちをした。

「何をしてるっ! 相手は一人だ、しかも女をかばっているのだぞ!? それなのに、その様はどういうことだ!? このまま情けないところを見せるようなら、俺にも考えがあるぞ!」

「「「っ!?」」」

 雷に撃たれたように、兵士達がビクリとなる。

 躾のために、鞭で打たれる動物によく似ている。

 もしかしたら、兵士達もこんなことは本意ではないのかもしれない。

 領主の息子という相手に逆らうことができず、嫌々ながら従っているのかもしれない。

 ……が、俺には関係ないことだ。

 加減はしてやるが、おとなしく捕まってやるつもりなんて欠片もない。

 強者に逆らえないからといって、他者に刃を向けていいなんて道理は通らないからな。

「ふっ、はっ……せい!」

 関節部を狙い骨を砕いて、背中から地面に投げ飛ばして、鎧を陥没させるほどの一撃で昏倒させて……

 次々と襲い来る兵士達を素手で迎撃する。

 一人、また一人と減り……気がつけば、敵は半分になっていた。

「ちっ、無能共が」

「し、しかし……エドガー様。相手は、相当な手練……我らが相手では、なかなか厳しいものが……」

「黙れっ、これ以上俺を苛立たせるな!」

「ひっ」

「相手が強いというのならば、戦い方があるだろう」

「と、いいますと……?」

「女を狙え! 少しくらいは傷をつけても構わん。女をかばうなら、動きが鈍るはずだ! それくらいもわからないのが、このグズ共がっ!」

 エドガーに叱咤された兵士達は、今度はソラとルナもターゲットに加えて、四方八方から斬りかかってきた。