体中の力が抜けていく。

 膝がガクガクと笑い、立っているのがやっとだ。

 少しでも気を抜いたら、そのまま倒れてしまい、二度と起き上がれないような気がした。

「まだ……だっ」

 必死に意識をつなぎとめて、前を見る。

 スズさんは、カムイの一撃に対して、初めて防御の姿勢を見せた。

 そこまでは覚えている。

 確かな手応えがあったことも覚えている。

 でも、それ以上のことはわからない。

 今は、カムイの一撃で土埃が舞っていて、視界が悪く、何も見えない。

 スズさんに届いただろうか?

 これで終わりだろうか?

 結果を見届けるまで、倒れるわけにはいかない。

「レインっ、大丈夫?」

「なんとか……でも、それよりも……」

「お母さん……だね」

 やがて、土煙が晴れてきた。

 何があってもいいように、いうことを聞かない体を叱咤して、カムイを構える。

 いざとなれば、連発してやる。

「っ」

 土煙が晴れて……

 そこに、スズさんが立っていた。

 あちこちボロボロになっているものの……

 でも、わりと元気そうな感じで、しっかりと大地を踏みしめている。

 ……勘弁してほしい。

 本当の化け物なんだろうか?

 失礼だけど、ついついそんなことを考えてしまう。

「やりますね。今のは、なかなか効きました」

「できれば、倒れてほしかったんですけどね……」

「一つ、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「なんですか?」

「突然、レインさんの動きが良くなりましたけど、あれはいったい?」

「えっと……能力強化の魔法を使ったんですよ」

 手の内を明かすようなことはするべきじゃないかもしれない。

 ただ、気がついたら素直に口にしていた。

 スズさんの人柄がそうさせるのかもしれない。

「なるほどなるほど……でも、何段階かに分かれていましたよね?」

「重ねがけをしたので」

「そんなことができるんですか?」

「初めてのことで、ぶっつけ本番ですけどね。まあ、うまくいったみたいです」

「でも、レインさんの顔を見る限り、かなり無茶なことでは?」

「まあ……」

 あちこちが痛い。

 指先をちょっと動かしただけで、針に刺されたような痛みが走る。

 体を限界を超えて酷使した反動だろう。

「無茶なことをしますね。そのようなことをすれば、どうなるかわからないのに……どうして、そこまでするんですか? そんなに、カナデちゃんと一緒にいたいですか?」

「もちろん」

 即答した。

 カナデと一緒にいたいか?

 カナデと別れたくないか?

 答えなんて決まっている。

 一緒にいたいに決まっている。

 別れたくないに決まっている。

 初めてできた、『本当』の仲間なんだ。

 勇者パーティーを追放されて、途方に暮れていた時……

 カナデは、明るい笑顔で俺を迎えてくれた。

 大げさかもしれないけど、命の恩人といってもいい。

 それくらいに、俺はカナデに恩義を感じていた。

 まあ、そういう堅苦しいことはいいか。

 恩義とかそういうものは別にしても……

「これからも、カナデと一緒にいたいですよ。そう思います」

 一緒にいたい。

 俺の思いは、ただそれだけだ。

「なるほどなるほど……」

「?」

 スズさんは、何かを確認するように質問を繰り返している。

 なぜか、戦いを再開しようとしない。

 どうしたんだろう?

 もしかして、俺と同じように、スズさんもけっこうなダメージを負っているのか?

 立っているのがやっと、とか?

 ……違うか。

 見る限り、まだまだ余力を残していそうだ。

 満身創痍のこちらとは違う。

 となると、いったい……?

「……ふぅ」

 小さな吐息と共に、スズさんはどこか寂しそうな顔をした。

 それでいて、うれしそうに笑う。

 矛盾しているかもしれないが、そんな表情を浮かべたのだ。

「親がいなくても、子供は育つものなんですね」

「にゃん? お母さん?」

「うーわー、やられましたー」

 とんでもない棒読みの台詞と共に、ばたん、とスズさんが倒れた。

 わけがわからない。

 突然のことに、俺はもちろん、他のみんなもきょとんとしている。

「えっと……?」

「どうしたんですか? 喜ばないんですか? レインさん達の勝ちですよ?」

 いや、そんな元気そうな顔をして、そんなことを言われても……

 納得できないというか、そもそも、展開が突然すぎて理解できない。

 どういうことだ?

「ねえ……お母さん」

「なんですか、カナデちゃん」

「お母さん、まだ元気だよね? やられてなんかいないよね?」

「いいえ、やられましたよー。さっきの一撃は、とんでもない威力でした。もう立っていられません。きゅう」

 ものすごいわざとらしい。

 スズさんは圧倒的な力を持っていても、演技力は皆無のようだ。

「ねえねえ、お母さん。どういうこと? いきなり、そんな風にふざけられても、どうしていいかわからないよ」

「ふざけてなんかいませんよ」

 そう言うスズさんは、とても優しい顔をしていた。

「私の負けですよ」

「でも……」

「カナデちゃんは里にいる方がいいと思ってましたけど……どうやら、それは間違いだったみたいです。里にいる頃のカナデちゃんは、こんなに元気じゃなかった。こんなに成長していなかった。かわいい子には旅をさせろと言いますが、その通りだったみたいですね。外の世界に触れたおかげで、カナデちゃんは成長することができた。なら、連れ戻すようなことはしませんよ」

「お母さん……」

 スズさんが理解を示してくれたことに、カナデは感動したらしく、ちょっと涙目になっていた。

「あのね、一つだけ訂正させて」

「なんですか?」

「私が成長できたのは、外の世界に出たからじゃないよ。レインに出会ったからだよ」

「レインさんに……」

「レインと一緒にいたから、今の私があるんだよ。お母さん」

 カナデがにっこりと笑う。

 俺も、カナデの役に立つことができていたのだろうか?

 カナデの言葉がとてもうれしい。

「なるほど。そういうことなら、なおさら、カナデちゃんを連れ戻すわけにはいきませんね。私が間違っていたみたいです」

「お母さん……ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうを言わないといけません。カナデちゃんをここまで育ててくれて、ありがとうございます。レインさん」

「いや、俺は何も……」

「こういう時は、どういたしまして、ですよ?」

「と言われても……」

 俺はいつも助けられてばかりで、何もしていないからな……

「レイン、レイン」

 カナデが俺の前に立ち、にっこりと笑う。

「私のために戦ってくれたこと、すごくうれしかったよ」

「カナデ……」

「他にも、色々と助けてもらっているし……私が一方的に何かをしてる、なんてことはないんだからね? 私も、レインに助けられているの。色々なものをいっぱいもらっているんだよ」

「……そっか」

「ありがとね、レイン♪」

「どういたしまして。それと……」

「にゃん?」

「これからもよろしくな」

「うんっ♪」

 カナデがうれしそうに笑う。

 俺は、この笑顔を失わないで済んだ。

 よかった。

 本当によかった。

「ふふっ……自分で引き起こしてなんですけど、一件落着というところでしょうか」

「ホント、それだよ。お母さんが言わないで」

「ごめんなさい」

「もー」

 さっきまで全力で戦っていたとは思えないくらい、カナデとスズさんは仲良く、一緒に笑い合っていた。

 なんだかんだで、仲の良い親子なんだな。

 ちょっとうらやましい。

「って……やばい……」

 緊張の糸が解けて……

 途端に、痛みや疲労やら、色々なものが一気に押し寄せてきた。

 元々、立っているのがやっとの身だ。

 それらの負担に耐えられるわけがなくて……

「にゃっ、レイン!?」

 意識が遠くなり、カナデの声が遠くに聞こえた。