NPC Town-building Game

I choose reality, dreams, hope and the future.

『うん、一億円』

あっさりと肯定されてしまった。

一億って、あの一億円だよな。あまりにも縁遠い金額に頭が軽く混乱している。

えっ、でも、あれ、なんで。

「そ、その、ええと、本当に一億円をもらえるのですか?」

『うん、もちろん日本円だよ。あと税金の心配もいらないから、そういうのは神の奇跡を活用したら、ちょちょいと操作できるし』

神の奇跡恐るべし。と驚いている場合じゃない。

色々疑問が頭に浮かぶのだけど、それをうまく言葉に出来ない。あまりの衝撃に思考力が極端に落ちている。

ま、まず、あれだ、どれだ? じゃなくて、思ったことをごちゃごちゃ考えずに口にしてみよう。

「あ、あの。こんなことを言っては失礼だとは思いますが、どうやって一億もの金を捻出するのですか? 北海道に飛ばされたときはお金に困っていた、みたいな話をしていませんでしたか?」

突然、何もわからない異世界に飛ばされた従神たちは、生きる術として金を稼ぐためにゲーム会社を乗っ取ってこのゲームを作った、という話だったはず。

ポンッと一億円を出せるぐらい営業利益があるのか。でも、基本無料のゲームでプレイヤー人数も限られている。課金システムがあるとはいえ、そこまで儲かるものなのか?

『そう思うよね。実は課金システムって序盤の救済処置とゲームから抜け出せなくするための仕様なのよ。お金儲けは二の次。確かに初めの頃はお金もなくてピンチだったけど、基本私たちって飲まず食わずでも死なないし』

軽く話しているが、その内容には驚愕するしかない。

課金が救済処置で、飲まず食わずでも平気なんだ……。

『だって、よく考えてみてよ。課金してもらったところで私たちの神パワーが増えるわけじゃないのよ。序盤に全滅をさせたくないから、課金することで私たちが手伝えるルールを作っただけ。それでもって、かなりの金額を課金した人ってゲーム辞め辛くなるでしょ?』

運命の神が悪い顔をして笑っている。

ネットの友人が、とあるゲームのガチャで百万円以上は注ぎ込んでいて、正直ゲームには飽きてきているが、今まで注ぎ込んだ金がもったいなくて辞めるに辞められない、と語っていたな。

『お金って私たちの奇跡の力を使えば結構簡単に稼げるのよ。だって、記憶の改ざんや、ある程度の未来予知とか使えるのよ?』

それが出来たら詐欺でも株でも投資でもやりたい放題だ。金に困るわけがない。

「じゃあ、なんで今もこのゲームを運営されているのですか?」

『プレイヤーを導き、村を発展させて信者が増えたら自ずと神パワーも復活するからね。それと……邪神側への牽制も兼ねているの。今回のこともそうだけど、邪神側は放置しておくと、とんでもないことやらかしかねないの。だから、互いにルールを決めて主神側もプレイヤーに力を与え、邪神側と争い力を削ぐ、というのが本来の目的』

なるほど、この説明で納得がいった。

俺が遭遇した邪神側のプレイヤーは金に執着する者が多く、自分の欲望に忠実な連中ばかりだった。あんなのに力を与えて野放しにしたら……考えただけでゾッとする。

『だから、一億遠慮なく受け取っていいのよ』

「で、でも一億、一億ですよ。あの、もし、引退したら村はどうなるんです?」

ここで大金の誘惑に対して、迷いもせずに突っぱねたら格好良いのだろうけど、一億円は桁が違いすぎる。

『新たなプレイヤーの手に委ねられるわね。もちろん、村人に変な真似をするようなプレイヤーには渡さないよう私が審査するから、その点は安心して』

そうか、アフターケアもばっちりなのか。

ここまで大きくなった村なら、よほどのことがない限り村は安定して栄えるだろう。俺がいなくなっても村人には大きな損害はない……。

『一億あったら、ご両親にいくらか渡せるし、お隣の精華さんが始めようとしている古民家カフェに出資したり、協力できるんじゃない?』

それは……俺も考えていた。

十年も俺を支えてくれた家族にまとまったお金を渡せる。そして、夢を叶えようとしている精華に金銭面で協力も出来る。

半分を父さんに渡して、残りの半分を共同出資という形で精華に使ってもらう。そうすれば、古民家カフェで働くとしても、堂々と肩を並べられる。

ずっと、与えられる側だった俺が胸を張って生きる切っ掛けに……。

『ただし、条件があるの。もし、引退を選んだのならゲームとの関わりは完全に断ち切られます。つまり――ゲームの記憶も消すことになる』

「……記憶、ですか」

その言葉に驚きはない。ゲームオーバーで記憶を消す仕様なのだから、ゲームを終えたプレイヤーもその記憶がなくなるのは容易に想像できた。

『一億円は宝くじが当たったという記憶にねつ造して、あっとディスティニーちゃんはただの頭のいいトカゲって記憶にすり替えておくから』

ディスティニーを奪われないですむのか。そのことに安堵をする。

いや、まだ一億円をもらうと決めたわけじゃないのに、何考えてんだ俺は。

『返事は一週間以内でいいから。ゲームを続けるなら、今までと変わらないだけ。だから、じっくり考えてね。今後自分がどうしたいのか、しっかりと未来を見据えて答えを出して』

通話が切られてからも、俺はスマホから目を逸らせずにいる。

一億と引き換えにゲームとその記憶を失う。

記憶がなくなるなら、村を手放した罪悪感も消えてしまうのだろう。真君との関係や今までの経験もうまい具合に記憶操作して、何もなかったことになる、のか。

ゲームオーバーになった山本さんは、ゲームの記憶を失ったけど普通に日常を過ごしている。

「俺はどうしたらいいと思う」

さっきまでの会話を、俺の隣でずっと聞いていたディスティニーに話を振ってみた。

じっとこっちを見たあと、体を丸めてそっぽを向く。

「自分で考えろ、ってことか」

そうだよな。こんな重要な決断を相棒に委ねてどうするんだ。

自分で責任を取らずに他人や運のせいにして「明日やろう」なんて先延ばしにする生き方はやめたんだろ。

PCに目を向けると、村人たちが汗水を流して働いている。

画面を限界まで縮小すると、禁断の森の全体図が見渡せるようになっていた。

禁断の森全域には黒く見えない場所は一つもなく、隅から隅まで見通すことが可能で、モンスターの居場所もマップ上に赤い点で表示されているので、防衛や狩りの手間が大幅に省ける。

不審者が忍び込んだとしても一発で見抜けるようになった。今後の展開がかなり楽になるのは間違いない。

村は俺の想像以上に発展を続けていて、この調子なら一年もすれば倍以上の規模になっているかもしれないな。

そんな村の未来を見てみたいと思う。これからも村人と同じ時間を過ごしたい、と思っていた。

だけど、村人は別世界の住民で、俺はこの世界で生きている。生活をするためには綺麗事ばかりではなく、この世界で働き金を稼がないといけない。

……なんて、葛藤してみたがこんなのは茶番だ。

「初めっから答えは決まってんだよな」

悩んでいる振りをしているだけで、答えなんて考えるまでもない。

これからも俺は現実を生きていかなければならない。異世界に留まらず、日本に、この場所に帰ることを決めたときから腹は決まっていたんだ。

一週間なんて必要ない。

俺はスマホを手に取ると――