Over The Infinite

Tabernacle "Flame"

-1-

オーレンディア王国王都の東に死の大地と呼ばれる荒野がある。過去と現在でその名前の意味は異なるものの、居住不可能な環境という認識だけは変わっていない悪夢のような大地の事だ。

砂漠化こそしていないものの、広大な面積に一切の水場が存在せず、植物も見当たらない。高温かつ乾いた空気は容易に生物の体から水分を奪い去る。旅慣れした者が入念に装備を整えて踏み込んだとしても数日で引き返す羽目になるだろう。

かつて、リガリティア帝国がオーレンディア王国を侵略するためのルートとしてこの地が選定された事がある。内海を挟み、多少ではない距離であるとはいえ、踏破さえ出来れば王都は目と鼻の先。しかも、確実に警戒していないと断言出来るほどの悪環境だ。実現可能かどうかはさておくとしても、検討はすべきであると。

結果として、踏破どころか橋頭堡の設営すら不可能と判断された。大規模軍が踏破可能かを検討する以前に、超一流の探検家でも踏破する事は不可能だと。当時は無数の強力なモンスターがひしめいていた事もそうだが、その環境だけでも人間が足を踏み入れていい場所ではないという結果に終わったのだ。

ちなみに、その魔境のど真ん中に迷宮都市は存在するのだが、その正確な位置は王国でも帝国でも知られていない。

そんな魔境にあるだだっ広い荒野を疾走する影があった。

ヘルメットもつけず、そのモヒカンをなびかせ、サイドカー付きの巨大な自動二輪車を駆る姿は正に世紀末である。この世界に世紀の概念などないが。

「アニキー、危ねえからその格好やめましょうって!」

「危ねえからやめるとか、モヒカンの辞書にそんな言葉は載ってねえんだよ!」

「オレ、辞書とか開いた事ねーっス!」

「奇遇だな、オレ様もだ!」

バイクを操るモヒカンは通常の乗車体勢ではない。バイクの上に寝転がり、前方に足を向けた、操縦する意思の見られない体勢だ。辛うじて足をハンドルにかけてはいるものの、咄嗟の操作は不可能だろう。

何もない地面が延々と続く環境と、ムダに幅広な巨大タイヤの安定性でそうそう転びはしないだろうが、危なっかしい曲乗りであるのは間違いない。もちろん、迷宮都市内でやっていたら一発で大惨事だろう。迷宮都市以外なら違う意味で大惨事だ。

「オレ様が何年この仕事やってると思ってんだ。この速度で走っててもあと数時間は何もねーのは分かってるんだよ! お前は黙って周りの警戒してろ!!」

見渡す限り何もない荒野である。サイドカーのモヒカンは知らないが、おそらくは今日一日走り続けてても視界に入る景色が変わる事はない。死の荒野は起伏に富んだ地形も多くあるが、ここら辺はそういう場所なのだ。

かつて死の荒野の中でも特に危険地帯……『鳴動する地海』と呼ばれ、大量のサンドワームが巣食っていた事の影響であるのだが、二人のモヒカンには特に関係なかった。

「コケてバイクぶっ壊れたらどうするんスか! 歩いて迷宮都市まで戻るのは厳しいっスよ!!」

「大丈夫だ! 五回くらい踏破した事がある!!」

「いや、出来てもやりたくないし、巻き込まれたくもないっス!」

いくら可能といわれても、意味のない苦行は御免被るのだ。明日を投げ捨てて今日を生きると言われているモヒカンでもそれは変わらない。というか、アニキモヒカンが出来ると言っているだけで、サイドカーにそれが可能だとは言っていない。

「それより、こまめに水分補給しろよ。下っ端のお前じゃあっという間に脱水症状飛び越して乾死するぞ!」

「なんでそういうところは真面目なんスか!!」

「いや、一時のパートナーとはいえ、死なれたら後味悪いし!」

「だったらちゃんと運転してくださいよっ!!」

「断る!」

ここは迷宮都市ではないのだ。冒険者だろうが普通に死ぬし、生き返れない。何より、ダンジョンでもない場所で死ぬなど笑い者もいいところだろう。

しかし、冗談で済まないのがこの死の荒野と言われる大地なのだ。バイクがあろうが、冒険者だろうが、油断すれば簡単に死ぬ。

「じゃあ、オレが運転代わりますから!」

「てめえ、オレ様の愛車のハンドル握らせると思ってんのか!? 殺すぞ!」

「理不尽だっ!?」

「世の中は理不尽まみれなのを知ってるからここにいるんだろうがっ!! 大体、てめえは周りの偵察任務があるだろ! まさか、オレ様にやらせるつもりじゃねえだろうな? ああん!?」

「何もないの分かってんじゃないっスか! 意味ないっスよ、こんな任務!!」

「真面目にやらねえと悪評ポイント相殺出来ねえんだよっ!! ウチはコレありきで活動してんだからサボるんじゃねえっ!!」

「くそーっ!! 何が泣く子も黙る< モヒカン・ヘッド >だ!! ただのパシリじゃねーかっ!!」

「て、てめえ、言っちゃなんねえ事を!!」

その認識には誤解があった。モヒカンにグラサン、トゲアーマーを装備していれば大抵の泣く子は近付いただけで黙るが、パシリである事も事実なのだ。その二つの事実は矛盾しないのである。しかし、事実であるが故にアニキモヒカンも言い返せない。世の中は理不尽なのである。

「大体だな! てめえが下級のまんま泣かず飛ばずで、パーティメンバーからも捨てられてどうしようもねーって泣きついて来たからモヒカンにしてやったんだろうがよっ!!」

「くそーっ!! オレはどこまで落ちぶれればいいんだーーっ!!」

「安心しろよっ!! ここが最底辺だ! ここより下は牢屋か迷宮都市追放しかねえ!」

「いやだーっ!!」

冒険者にとって……いや、迷宮都市に住むほとんどの者にとって、追放という罰は重い。特に外部からの移住者など、街の外の文明レベルを知っている者にほど深刻に捉えられている。

一度迷宮都市の文明に慣れてしまえば、外の暮らしなど考えられない。食事一つ、水一つとっても天と地ほどの差が存在するのだ。もちろん生きてはいけるだろうし、冒険者としての力があれば大抵の事はこなせるだろう。しかし、どれだけ金を稼ごうとも、地位を手に入れようとも、迷宮都市の生活レベルは手が届かない。知らなければ問題なかったのに。

「安心しろっ!! < モヒカン・ヘッド >は一種のセーフティだ! 追放を避けるための手段は持ってるし、悪行ポイントをどうにかする術も持ってる! < マッスル・ブラザーズ >の連中にはねえ強みだ!」

< モヒカン・ヘッド >が引き合いに出す対象として良く上がる< マッスル・ブラザーズ >だが、似たような嫌われ者クランである両者の間には決定的な違いがあった。

いつも追放に怯えている筋肉たちと違って、モヒカンたちにどこか余裕があるのもそれが理由だ。

「でも、オレと一緒に< モヒカン・ヘッド >に入って追放された奴いるんスけどぉ!」

「もちろん限度はあるって事だ! いつになってもそういう奴は一定数いるんだよっ!! ちなみに、ウチが匙投げたらアウトってのは確定だからな!!」

「そりゃ分かり易いっス!!」

こんなモヒカンで街を練り歩く連中でさえどうしようもないなら、そりゃ追放される。< モヒカン・ヘッド >はそういう最終的な追放のラインでもあるのだ。

つまり、サイドカーに乗っているほうのモヒカンは、現在追放寸前であるのは変わらない事実なのだ。底辺冒険者の互助目当てに< モヒカン・ヘッド >へ入団したとしても大した違いはないのである。

「だから真面目にやれ!! バイクの運転は適当でもいいが、偵察はちゃんとやらねえと< モヒカン・ヘッド >全体が委員会からマイナス査定されちまう!」

「は、はいっ!!」

委員会とはなんだか聞きたかったが、少しでも点数稼ぎになるのならとサイドカーのほうのモヒカンは双眼鏡で偵察を再開した。

寝転がりながら足でバイクを運転する先輩モヒカンはそのままだから転倒の恐怖が消えたわけではないが、どうせ何を言っても聞かないだろう。そんな事を考えていたら、今度はタバコまで吸い始めた。自由人である。

「かーーーーっ!! 迷宮都市じゃあ、ダンジョン含めて分煙だなんだっつって吸えねえからな。雄大な荒野で吸うヤニは美味えっ!!」

しかし、サイドカーのモヒカンはタバコが嫌いだった。

-2-

「おー、今日はここまでな。寝床出すからちょっとどいてろ」

そんな双眼鏡を覗きつつひたすら直進する一日が終了した。灼熱のような気温はどこへ行ったのか、あたりはすでに肌寒くなってきている。控えめに言っても野宿など冗談ではない環境だった。

「ゲホッ! ゲホッ! の、喉が痛え……」

「うがいと喉飴でなんとかしろ。無理すると喉切れるからな、マジで。モヒカンっぽく吐血する羽目になんぞ」

「ひえっ」

荒野を爆走しながら大声を張り上げていたのは、単に隣にいる相手にも声が届かないくらいバイクの音がうるさかったからだ。最近は静音化が著しいらしいのに、このバイクは時代に逆行するかの如く爆音を鳴り響かせる。

< モヒカン・ヘッド >の駆るバイクは大体うるさいのだが、これはそれに輪をかけてうるさい。そんな爆音のせいで声を張り上げたというのに、ダメージを受けているのだからやっていられない。

仕方ないので< アイテム・ボックス >から水と飴を取り出す。出立前は何故のど飴が支給されるのか分からなかったが、納得だ。

「明日もこれが続くのか。……砂まみれだし、風呂入って寝てぇ……。アニキはなんであんな元気なんだ」

何か対策でもしているのか、アニキモヒカンはピンピンしていた。何故こんな環境で走り続けてモヒカンが艷やかなままなのか。これが中級冒険者の身体能力やスキルだとでもいうのか。

とはいえ、かなりのベテランかつ中級冒険者ならカードに相互変換可能なコテージやロッジ、ログハウスを持っていてもおかしくはない。< モヒカン・ヘッド >の備品にもあるはずだし、こういった遠征もどきなら使えるはずだ。最悪、シャワーさえ使えればテントでもいい。とにかく湯で体の砂を流したかった。

しかし、アニキモヒカンによって用意されたのは想像と異なるものだった。

「な、なんでゲルなんスか?」

荒野のど真ん中に設営されるゲル。要するにでかい円形テントだ。コンパクトにまとまっているし、持ち運びに便利ではあるが、建物を持ち運びする冒険者があえて使うようなものとは思えなかった。

「なんでって、便利だろ。バイクしまい易いし、< アイテム・ボックス >の容量もとらねえし」

「いや、そうっスけど」

確かにバイクは入れ易い。入れ易いが、生活空間としてはどうなんだろうか。シャワーはあるんだろうか。サイドカーモヒカンは首を傾げた。

ちなみに、ゲルとしては小サイズなために、超巨大バイクをしまったら内部空間の四分の一が占有されてしまった。風呂どころかシャワーもない。ベッドもない。というか、その場で組み立てたので何もない。

かつて冒険者をしていた頃、野営に使っていたテントよりは遥かにマシだが、中級冒険者が使う休憩ポイントとしては色々足りないような気がする。

「あ、あの……アニキ、今日はどこに寝るんですか?」

ひょっとしたらここはバイクのガレージ代わりに出しただけで、別に建物を出す気かもしれないと、床にデンと座り込んでタバコを吹かしているアニキモヒカンに一縷の望みをかけて問いかける。

「あー、オレは線のこっち側に寝るからそっち側は使っていいぞ」

よく見れば床は荒野の地面ではなく、地面っぽい敷物が詰められている。そこに一直線に伸びる線のようなものが引かれていた。もちろん、その範囲にベッドやシャワーなどない。というか、あからさまにアニキモヒカンのスペースのほうが大きかった。しかも、こちらのスペースには巨大なバイクまで鎮座している。これが上下社会ッッ!!

「しゃ、シャワーとかベッドは?」

「ああっ? あー、ひょっとしてお前、遠征とか行った事ねーの?」

「え、ええ、話には聞いてましたけど、Cランクの知り合いなんていませんし、何度か大遠征に応募はしましたけど落とされましたし」

底辺冒険者の底辺ぶりを舐めてはいけない。都市外で冒険者をやっていて、ほとんど身一つで迷宮都市に来た者にそんなツテが作れるはずはないのだ。もちろん王国冒険者時代の古い知り合いはいるし、パーティを組んだ流れで友人もいるが、大抵はみんな底辺だ。たまに中級まで昇格する者もいるが、そういう有望株は決まって疎遠になる。中級には中級の付き合いがあるという話だが、単に底辺仲間にタカられて嫌になっただけである。

もしもサイドカーモヒカンが中級まで昇格出来たなら即座に縁を切るだろう。それくらい底辺同士の絆は脆いものだ。

「遠征なんか行くと、テント使った野宿や現地の宿を使ったりするのが基本なんだよ。依頼によって変わるが、迷宮都市製の物品は原則禁止だぞ。人目に触れなければ問題ねーが、でかい建物系は当然アウトだ」

「そうなんスか。じゃあ、中級の人たちもあの虫の温床みたいなベッドで寝たりするんスね」

「いや、気持ち悪いから寝袋使う」

「気持ち悪いって……」

昔はアレでも屋根と寝床があるというだけでも豪華だったのだ。今では腰を下ろすのですら躊躇う汚さだが。

高級路線の宿ならマシなはずだが、実はそれでもあまり利用したくない。迷宮都市の底辺と街の外の最高級でさえ埋め難い差が存在するものは多いが、食料品と寝具、娯楽に関しては比較するようなレベルではない。

一番差があるのは冒険者の質と待遇だが。

「でもオレ、寝袋持ってきてないんスけど」

「オレ様は持ってきてるから問題ない。てめえはザコ寝でいいだろ。実際ザコなんだからよ」

「いくらアニキでも言っていい事と悪い事があんだろうがっ!!」

「ああ? じゃあお前のザコっぷりを認めさせてやんよっ!!」

そうして、流れるように戦闘が始まった。痛い目に遭っても懲りない、モヒカンたちの日常風景である。

「すいません……オレ、マジでザコでした」

そして一瞬で四肢の関節を外されてサイドカーモヒカンは這いつくばる事になった。サイドカーモヒカン改め、ザコモヒカンである。

「分かりゃいいんだよ、分かりゃ。ちなみにオレ様もザコだから、お前はザコ中のザコだな」

「エッジのアニキがザコとか……」

なら、そこのザコに一瞬でやられたモヒカンはなんだというのか。ゴミだとでもいうのか。

「< モヒカン・ヘッド >のザコっぷり舐めてんじゃねーぞ。ウチで立場に見合った強さなのはヘッドのアニキくらいで、他は同ランクの連中には歯が立たねえザコしかいねえんだからよ」

ちなみにヘッドとは名前である。本名ではないが、< モヒカン・ヘッド >クランマスターの冒険者登録名がヘッドなのだ。目立った強さはないものの、そこそこと評価される程度には強い。< モヒカン・ヘッド >の中で、何かの大会や代表戦などに顔を出すのは彼くらいのものだ。ちなみに、副業は床屋である。

エッジもモヒカンリーダーと呼ばれる幹部の一人ではあるが、お世辞にも強くはない。

「そんな中でも底辺なオレって一体……」

「だから言ってんだろ。オレたちは底辺冒険者最後のセーフティなんだよ。ザコをザコだからって見捨てたりはしねえから、安心してモヒカンやってろ」

「うぅ~~~っ!!」

泣きそうだった。外された関節が妙に痛い。靭帯が損傷する。

迷宮都市で成功を収めて成り上がるつもりだったのに、気付けばこんなド底辺だ。こんなんじゃ次郎三郎でくだを巻いてるロストマンを笑えない。むしろ、底辺同士横の繋がりが強いあいつらの方がマシなくらいだ。

ちなみに、ロストマン側はモヒカンだけは死んでも嫌だと見下していた。

「まあいい、どうせ新人モヒカンのてめえにイロハを教えてやるためのプチ遠征でもあったわけだしな。オレ様が色々教示してやろう」

「……その前に関節ハメてもらいたいんですが」

「しばらくそのまま這いつくばってろ。お似合いだ」

「ちくしょーっ!!」

ダンジョン内で受けるダメージに比べれば関節を外された痛みなど大した事はないが、それでも痛いのだ。戦闘中でもなんでもなく放置されるのは正直キツイ。冒険者でなければ悶絶しているだろう。

「まず< モヒカン・ヘッド >ってクランの成り立ちからだ」

アニキモヒカン……エッジはそのまま語り始める。這いつくばったままの後輩などお構いなしだ。

「実をいうと< モヒカン・ヘッド >の歴史は古い。クランとしてならせいぜい十年か、十一年か、十二年かそこらだが、その前身である< 攻略推進委員会 >まで含めると< ウォー・アームズ >と大差ねえ」

「マジっスか。攻略なんちゃらってのは聞いた事ねーっスけど、< ウォー・アームズ >って一番の古株っスよ」

「まあな。だが、古いから偉いってわけでもねえ。設立当初の理念からして弱小冒険者の互助機関だから目立つ事もねえ。< モヒカン・ヘッド >は最初からお前らみたいな底辺オブ底辺の掃き溜めだったんだよ」

「掃き溜め……」

割り切り過ぎである。

「別に出ていってもいいんだぜ。辞めるのは勝手だし、成長して上を目指すんでも問題ねえ。居心地いいってわけでもねえしな。モヒカンしかいねえし」

「どこ見てもモヒカンですからね」

みんなモヒカンのトゲアーマーでグラサンまでしてるから、仲間内でも見分けがつけ難い。少なくとも目の保養にはならない。

「この格好にだって意味はあるんだぜ。これもいわばセーフティなんだよ」

「え、意味あったんスか? ただの嫌がらせかと思ってました」

「最初はそうだったかもな……というか、その時からオレ様もいたからそうだったはずなんだが、イマイチ自信がない」

エッジは古い記憶を呼び覚ます。どう考えても嫌がらせ以外のナニモノでもなかったはずなのに、気がつけば意味があった。最初から想定していたといわんばかりに。

「お前、モヒカン共の見分けつかねえだろ。アフロやマッスルの連中以上に」

「え、ええ。慣れてもいまいち」

「オレ様も見分けつかねえ」

「マジかよ……」

一応リーダー格はそうだと分かるデザインになっているが、それだけだ。下手したら自分の所属しているパーティのメンバー名すら覚えていない可能性すらある。

仲間内で話す時もでかいモヒカンやら緑色のモヒカンやら太ったモヒカンと、大抵がモヒカン呼びだ。それはあだ名で呼び合う風習と似ているようで何かが違う。

「街でモヒカン見かけたら< モヒカン・ヘッド >だって指差される。誰もそいつが< モヒカン・ヘッド >の誰かなんて気にしちゃいねえ。髪型と服装しか見てねえんだよ」

「冒険者としてはどーなんスかそれ」

目立つ上にダサいから誰も真似をしない。迷宮都市では、モヒカン頭はイコール< モヒカン・ヘッド >の事なのである。

カードゲームでもモヒカンはモヒカンとしてしか出てこないし、フィギュアになってもモブモヒカンだ。たまにテレビに出演する場合もモヒカンとしてしか扱われない。そこに冒険者個人のアイデンティティは存在しない。

つまりどう頑張っても有名にはなれない。チヤホヤされたい願望がある奴は致命的だ。もちろん個人宛の依頼もない。

「悪名しかねーんだからいいんだよ。その悪名は個人じゃなく< モヒカン・ヘッド >って組織に一元化されるのが重要なんだ。どこで問題を起こしても、やらかしたのは< モヒカン・ヘッド >であってモヒカン個人じゃねえってわけだ」

「なんか意味あるんスか、それ?」

「てめえのミニマムサイズの脳じゃ理解出来ねえだろうが、本来なら冒険者個人が背負うべき悪評も< モヒカン・ヘッド >が吸い取ってんだよ。出ていく時にモヒカンやめてボウズにでもすれば悪評も綺麗サッパリ。新規一転、一人の冒険者として巣立ち出来るってわけだ」

「ええ……」

詐欺のようなものにしか聞こえない。みんな覆面付けてれば、強盗しても犯人が誰か分からないとでも言いそうな理屈だ。

「これを、オレ様たちは専門用語でネームロンダリングと呼んでいる」

「名前だけ外来語風にすればいいってもんじゃないような」

しかも、別に格好良くもない。

「でもそれ、モヒカンでいる内は他のモヒカンがやった悪行もまとめて非難されるって事なんじゃ」

「< モヒカン・ヘッド >は元々そういう役割のクランだから問題ねえんだよ。細かい悪評を溜め続けるのが目的なんだからよ。ちなみに、年中警察に捕まってる軽犯罪の半分くらいはクランとして意図的に起こしてるもんだしな」

「ええ……」

エッジは言わないが、やらかした次の週にその事を非難されて自分じゃないと言い逃れした事がある。そういった見分けが付かないが故の利点もあるのだ。《 看破 》されてたらアウトだが。

「だが、逆に半分くらいはバカモヒカンがバカやった結果だったりする。バカな奴はマジでビビるくらいバカだからな」

「ええ……」

好んで悪評貯めるクランもアレだが、そこで暴走するモヒカンもアレだった。少なくとも、ザコモヒカンは進んで軽犯罪をしたりはしない。店員が武闘派だったりするから怖いというのもある。

たとえば、外でチンピラ同然の生活をしていた奴が迷宮都市に来た直後に万引をした事がある。ナイフまで取り出していたからほとんど強盗なのだが、そいつは若い女性店員によって無惨な姿にされて逮捕。最終的に追放されたのだ。ザコモヒカンはそれを目の前で見てしまった。

「でも、それじゃいつかクランとしてペナルティ受けるんじゃ……」

「度を過ぎりゃ分からんが、ねえよ。そもそもの話、上部組織である< 攻略推進委員会 >の指示でやってんだからよ」

「それって、さっき言ってた前身組織じゃ」

「< モヒカン・ヘッド >は半ば独立って形になったが、< 攻略推進委員会 >自体はそのまま残ってる。というより、ウチはそこの一部門みたいなもんだ」

「ひょっとして……< モヒカン・ヘッド >ってなんか偉い立場だったりとか?」

< 攻略推進委員会 >って名前を聞くと、お硬いイメージしか分かない。やってる事は軽犯罪でも、それが公的機関から指示なら立派な仕事に感じられるような気がしないでもない。方向性は違うが、私掠船のようなものではないか。底辺組織だって仕方なく入団したが、ひょっとしたらこれは栄光のロードに繋がっているのかも……などとザコモヒカンは考える。

「偉い……偉いといえば……そうかもな。誰でも名前は知ってるメンツが顧問だったりするし」

「マジっスか! < モヒカン・ヘッド >すげえ!!」

ザコモヒカンは有名人という言葉に弱かった。自分のキャラが薄いから憧れがあるのである。

「トップの火神ノーグは知らねえだろうが、その下は極悪ギルド職員のテラワロス、軽犯罪の代名詞と異名を持つBランク冒険者のバッカスに、ロストマン作成機・質屋の巨大ババアと有名どころが勢揃いだ」

「碌でもない名前のオンパレードじゃねーかっ!? そんな奴らの手下なのかよっ!」

「委員会の名前含めてオフレコだから困っても口にするんじゃねーぞ。ヘッドに折檻されるからな」

有名は有名でも悪名ばかりが轟くメンバーだった。しかし、そんな連中の手下ならば今の< モヒカン・ヘッド >の立場も頷けるかもしれない。

というか、テラワロスとか殴りたい相手の筆頭みたいな奴がいつの間にか上にいるなんて……。

「つまりだな、< モヒカン・ヘッド >は意図的に作られた底辺なんだよ。とりあえず無条件でバカにしても問題ない、誰から見ても格下の存在、それがオレたちなわけだ」

「そんな奴隷みたいな……」

「金銭的な拘束力はねーが、立場はソレに近いな。人間って奴は下がいると安心出来るんだとよ。ついでに、あいつらみたいになりたくないっていう指標や反面教師にもなるわけだ」

「わ、笑えねえ……なんだその悪夢みたいな立場は」

「底辺なオレ様も、より下なてめえらを見て安心出来るから間違ってねえな」

「もっと笑えねえ……」

その底辺そのものである自分としては楽観視出来るはずもない。明確にこれ以上ない底辺だと格付けが済んでしまっているのだ。何故そんな決まりきった底辺でいる事を受け入れているのか。

「その代わりといっちゃなんだが、ある程度の目溢しはされてる。< マッスル・ブラザーズ >が年中悪評ポイントでピンチを迎えているが、ウチは同じ事やってもスルーされるだろう」

「去年の筋肉カフェ乗っ取り事件みたいな?」

「そこまで行くとウチでも無理だな。今思い返してみても意味不明だし。目溢しされるのはもうちょっと軽いやつだよ、町中で酔っ払って暴れたりとかな」

「そうだったのか……」

「一応、補導や逮捕はされるから留置場の常連だ。いつ行ってもモヒカンがいるんだぜ」

「そうだったのか……」

酔っぱらいが街で暴れて問題になるのはモヒカンでなくとも日常茶飯事だ。特に迷宮都市のルールに慣れていない新人冒険者にありがちな問題でもある。また、被害にあった店の店員から、過剰防衛気味にぶちのめされる事も多い。

底辺冒険者憩いの場である次郎三郎では、それが正当化されてショーになっているというのも聞く話だ。委員会とやらの顧問らしいババアの所業である。

「代わりに、ウチでは迷惑行為にノルマが存在する。コンビニの前で屯してたりするモヒカンはそのノルマを課せられたサクラだ」

「アレ、サクラだったのかよっ!? コンビニの前を通るたびに鬱陶しい連中だなって思ってたのに!」

「実は店員には話が通ってたりする。嫌そうな顔で応対するのは半分くらい演技だ。もう半分は単純なモヒカン嫌いだな」

「あんまり知りたくなかった」

つまり、今後はそういったサクラもやらされる羽目になるという事なのだ。別に行き場がない若者というわけでもないのに、コンビニ前で屯さないといけないのか。

「走行中、お前がずっと意味あるのかって叫んでたこの偵察任務だって、< 攻略推進委員会 >経由で回ってきた仕事だ」

「あー、そもそもですが、この仕事なんの意味があるんで?」

「巡回警備……だな。野生のモンスターとか、帝国が強行軍で突破してくるとか、間違って旅人が迷い込んだりとか、そういった万が一のための巡回だ」

「こんなところ誰も通らないっスよ」

「んな事ぁ分かってるんだよ。だから万が一だ。センサーの類で常時警戒はしてるらしいが、目視も必要だってな。まあ、予算調整のためにやってる道路工事みたいなもんだ」

何故道路工事が予算調整になるのか分からないが、そこまで必要のないものを理由つけて続けているらしい事は分かった。ザコモヒカンはモヒカンであっても多少の理解力は持ち合わせているのだ。

実際にテストしてみれば、きっと迷宮都市初等学校くらいなら入学出来るに違いない。

「正確な数字は知らねえが、これがクラン収入の結構な割合を占めてるのは確かだ。真面目にやらねえと姉さんに血祭りにされるが、割はかなりいい。危険もねーしな」

「姉さん?」

「ウチの裏番的な人だ。ヘッドも頭が上がらねえ、モヒカンなら前に立つだけで小便漏らすってくらい怖い人だな。まあ、お前もこの先どっかで血祭りに上げられる機会もあるだろ」

「超嫌なんだけどっ!!」

何故血祭りにされるのが確定しているのか。クランマスターが逆らえない存在なんて、下っ端としては恐怖でしかない。

しかも、ここまでの話を聞く限りは< 攻略推進委員会 >の錚々たるメンバーと同類だ。間違っても関わり合いになりたくない。

「というわけで、オレ様は寝る。お前も適当に寝とけよ。明日も一日走りっぱなしだからな」

「え、ちょ……オレの関節戻してからにしてくれっ!! おいっ!! アニキーっ!!」

死の荒野にザコモヒカンの悲鳴が響き渡った。

数分後、あまりにうるさいので根負けしたエッジが乱暴に関節を入れて、数倍の絶叫が鳴り響いた。

-3-

< モヒカン・ヘッド >。迷宮都市に存在する冒険者クランの一つであり、悪い意味で有名な団体である。

所属冒険者は全員がモヒカン。所属職員も全員モヒカン。所属マネージャーまでもがいつの間にかモヒカンにされるという、モヒカンしかいないクランだ。モヒカンでない者の入団が決まると散髪式が行われる。そう聞くと神聖な儀式のような気がしないでもないが、ただクランマスターが副業でやっている床屋でモヒカンにされるだけだ。

そんなモヒカンたちだが、長年クランに所属していると価値観がおかしくなってくるのか、自身がモヒカンである事に誇りを持ち始めてしまう。モヒカンの高さを誇ったり、モヒカンの硬さを誇ったり、モヒカンの模様に拘ったり、毛の量を保持するために育毛剤に頼ったりする。

『今ではモヒカンでない自分は考えられないっつーか、モヒカンでない頃の自分を思い出せないっつーか。なんていうか、誇り……みたいな?』

……などと言い始めたりもする。彼らにとってモヒカンとは勲章のようなものであり、アイデンティティのようなものなのだという。

もしも、退団する事があればモヒカンをやめないといけない。それが嫌で< モヒカン・ヘッド >を抜けられずにいる団員も少なからずいるらしい。ほとんど洗脳である。

彼らは今日も元気にモヒカンをやっている。いつの日か、自分の名前を忘れてしまうくらいに彼らはモヒカンなのである。

「というわけで、私辞める事にしたから」

年度頭の忙しい時期が終わり、クランとしても一息ついた頃、< モヒカン・ヘッド >クランハウスの重役室で一人の女性がそう切り出した。

年の頃は二十半ばほど。迷宮都市にありがちな年齢不詳の外見ではあるが、所作のそれは若者では有り得ないほどに洗練されたものである。熟練の風格だ。

「は?」

相談があると呼び出され、女性の対面に座ったモヒカンは何を言われたのか分からずにいた。

何を辞めるというのだろうか。彼女が所属する組織・団体は多いが、その中で簡単に辞めると口に出来るものは少ないはずだ。ましてや自分に相談しにくるなんて……。

「ああ、ひょっとして巫女辞めて< モヒカン・ヘッド >に専念するという事ですか? それならいつでもクランマスターを移譲する準備は出来てるんで、なんなら来月からでも……」

「違うっ!!」

「ひいっ!!」

拳を叩きつけられたガラス天板のテーブルが割れた。突然暴力的になるのが彼女のタチだから珍しい事ではないが、長年染み付いた恐怖は慣れるものではない。

というか、制度上、彼女にクランマスターになる資格はない。せいぜい代行くらいだ。

「……おほん。そういう事じゃないの、というか巫女も辞めたいのはやまやまなんだけど」

そんな自分の姿に慌てて、なかった事にしようと取り繕い始めるが、割れたテーブルは戻らない。仕方ないのでモヒカンはガムテープで修理を始めた。

「火神様が辞めさせてくれないってのは昔から言ってますしね。姉さんが二十歳になる前あたりからだから、かれこれもう……」

「黙れ、ヘッド」

「はい」

手から離れたテーブルが床に落ちてガラスがまた割れた。

凄まれた瞬間に背筋が伸びるのは、魂にまで刻まれた調教の証である。命令されたら逆らえない。黒いものでも白いと言えば白になるのが彼女とモヒカンの関係なのだ。

迷宮都市でも女性は年齢に敏感だ。身体的な加齢などあってないようなものなのに実年齢を気にしてしまう。特に独身女性にその傾向が強いと聞く。

「話を戻すと、私が辞めるのは< 攻略推進委員会 >とここの顧問の事」

「…………」

「おい、ヘッド。聞いてる? おーい」

固まるヘッドの前で手を振る。

「はっ!! すいません、日頃の疲れからか白昼夢でも見てたようで……まさか姉さんが< モヒカン・ヘッド >辞める悪夢を見るなんて」

「夢じゃないから。……というか、< モヒカン・ヘッド >じゃねーから。私、一回も所属した事ないから」

「またまたご冗談を……金玉縮み上がるから勘弁して下さいよ」

「いや、クランマスターなんだから所属の有無くらいは認識しなさいよ」

「いやいや、オレはあくまで暫定クランマスターでして、姉さんが< モヒカン・ヘッド >を背負って立つ日が来るまでの代理というか」

「お前がそんな事を言い続けるからクラン員がみんな勘違いするんだろうがっ!!」

「ひっ!! で、でも事実ですし」

「事実じゃねーっ!!」

これは十年以上も延々と繰り返された様式美であり、ヘッドが絞め落とされるまでが1セットだった。もしもここに他の団員がいたとしても、止めたりはしないだろう。

「……話進まないからいい加減にして欲しいんだけど、とにかく< モヒカン・ヘッド >とは距離とる事にしたから」

「……しばらく?」

「……出来れば未来永劫」

「なんでですかっ!? 姉さんが作り上げたモヒカンたちの王国を手放すとか意味分かんねえ!!」

「お前の認識のほうが意味分からんわっ!!」

様式美である。

「……というかマジで? え、冗談とかじゃなく? エイプリルフールはとっくの昔に過ぎたんですけど」

関係ないが、今年のエイプリルフールは毎年恒例の世紀末ネタだった。このためだけにわざわざ世紀末救世主役の俳優まで手配するガチっぷりである。

ダンジョン内で秘孔っぽい何かを突かれてバラバラになる先輩モヒカンを見て、新人モヒカンが絶句する体を張ったコントだ。

「マジで。というかもう決定事項だから、あんたが何言っても変わらない」

「まさか、巫女業に専念するとか? 前からハードだとは聞いてましたが」

「いや、むしろ冒険者業に専念する。デビュー決まったし」

「……尚更意味分かんねえんスけど。それなら< モヒカン・ヘッド >でいいじゃねえっスか。舎弟が大量についてきますぜ」

その舎弟が邪魔なのだが、直接言ったりはしない。言っても聞かないし。

「入るクラン決まってるし」

「どこっスかっ!! オレたちの姉さんを奪おうだなんて、殴り込みに……」

「< アーク・セイバー >だけど、殴り込み行っとく?」

ヘッドの動きが止まった。

いくら< モヒカン・ヘッド >とはいえ、数さえ揃えればそこら辺のクラン相手に殴り込みをかけるくらいは出来る。成否はともかく。

しかし、告げられたクラン名は迷宮都市の序列一位だ。さすがに冗談で済まされるレベルではない。< モヒカン・ヘッド >がノータイムで委員会から見捨てられかねない。

「冒険者としての実績がない姉さんが何故トップクランに?」

「そういう方針なのよ。先行してた水凪は別として、三人とも冒険者としてどこかのクランに合流する事になった。ある程度は融通してくれるみたいだったから、なら< アーク・セイバー >にって事で」

「そこでなんでウチじゃねーんですかっ!? 姉さんなら入団即クランマスターなのにっ!!」

「モヒカンは候補にも上がってねえよっ!! ……おほん、上がってなかったの」

「いや、無理やり口調取り繕おうとしても今更感が……」

「私の口調が荒れるのはここだけだし」

普段は優しいお姉さんで通っているのである。モヒカンを締める時とか、おばさん呼ばわりされるとか、その年でまだ巫女やってんのとか言わない限りは淑女なのだ。尚、沸点は低い。

むしろ四人の巫女の中ではキャラが薄いくらいだと本人では思っている。何故あんなに自由な子ばかりが選ばれるのか、年長者として頭を抱えているくらいだ。特に風花。

「というか、ここじゃいつまで立っても一○○層攻略出来ないでしょうに」

「そりゃそうでしょうけど、姉さんそんな冒険者魂に溢れてたんですか?」

「……無限に至り、神へと至る事は四神の巫女の使命と知れ」

「は?」

「四神様が最優先で私たちに出している命題。巫女が揃って、一○○層に手が届く体制も整って、冒険者たちの後に続けっていうのが今。モヒカンの出る幕じゃないの」

「くそっ……オレたちはもう用済みってわけですかい」

そう呟くヘッドの表情は苦悶に満ちていた。

「いや、このやり取りも何度したか分かんないくらいなんだけどね。用済みも何も< モヒカン・ヘッド >がクランとして成立した時点で本当は私の仕事は終わってるはずなの! なのにダラダラと、あんたが困る度にモヒカン共を血祭りに上げて気がつけば姉さん姉さんって……お前ら私より年上ばっかじゃねーかっ!! 中年共がっ!!」

「姉さんという火とオレたちモヒカンという火が合わさり、一蓮托生の炎となるって演説したじゃねーッスか! オレ感動して、今でも『炎』の掛け軸飾ってるんスよっ!!」

そう言ってヘッドが指差す先には『炎』とだけ書かれた掛け軸がある。別に和室でもないのに。

「まったく……」

女性は立ち上がり、その掛け軸の前まで移動。無言でその掛け軸を取り外し……。

「あああああっ!? 何するんですか!?」

自前のスキルで燃やした。

「毎回燃やしてるのに何枚持ってんだよっ!! くそ、なんで毎回同じ事を……」

かつて、その場のノリで自分の名前に合わせた炎の演説をモヒカン相手にやった事がある。まだまだ< モヒカン・ヘッド >の形すら出来上がっていなかった頃……ヘッドでさえ、ダンジョンマスターが用意してきたモヒカングッズを嫌々着ていた頃の事だ。今にしてみれば完全な黒歴史だった。

「なにが炎だ。くだらねえ」

「ちょっ!? よりにもよって姉さんがソレ言うのはなしでしょうやっ!!」

四神宮焔理にとって、< モヒカン・ヘッド >はひたすらパージしたい対象だった。あまりにもみっともなくしがみついてくるから仕方なく相手してるだけなのに、何故か祀り上げられている。< 攻略推進委員会 >が裏で動いてそうなった可能性はあるが、ひょっとしたらモヒカン共が自発的にそう動いたのかもしれないと思うと頭が痛い。だって、モヒカンは例外なく馬鹿なのだ。そういう奴を集めたのだから当然だ。

大体、意味は同じでも字が違う。火と火が合わさろうが焔にはならないのである。モヒカンたちは誰も疑問に思っていないが。

「ヘッドッッ!!」

「はいっ!!」

突然名前を呼ばれてヘッドの背筋が伸びた。条件反射だ。

「いい加減にしろ。私の役目はもう終わってるんだ。ダラダラと続けてきた関係も終わり。私がいなきゃ炎になれないっていうなら、お前がもう一つの火になれ。それがクランマスターだろ」

「……くそ、なんて格好いいんだ、姉さん」

「……色々台無しだよ」

モヒカンには空気が読めないのだ。

「あー、事実は事実として受け止めるとして正直な事を言うとね、私もいい加減巫女辞めて結婚したいわけよ」

「……姉さんのそういう話はこれまで一切耳に入ってこなかったんですが」

実際そういう話がないのだから当然である。

「でも、言ってくれればモヒカンの一人や二人いけに……愛人として侍らせても……」

「お前今生贄とか言わなかったか」

「滅相もないっ!!」

以前、『姉さん相手じゃ恐れ多くて勃ちません!』と口にして半殺しにされた経験があるヘッドだけに必死だった。

「別に今更選り好みする気はないけど、モヒカンはなし。私の事、焔理姉さんとしか見ないだろうし」

「大丈夫です。いくら殴られても燃やされてもバラバラにされても、姉さんに文句言うモヒカンなんていません! 恐怖で勃たないっていうなら薬やってでも……」

「私が嫌なんだっつーのっ!!」

何が悲しくて私生活まで極道みたいな真似をしなくちゃいけないのか。忠誠を誓う旦那など冗談ではない。焔理が欲しいのは普通の家庭なのだ。

「とにかくモヒカンはなし。引退したモヒカンもなし。それ以外なら……」

「どうせ高収入とか高学歴とかイケメンとか条件つけたりするんじゃねーっスか? 良く聞きますよ」

「私をそこらの婚活女子と一緒にするな。モヒカン経験がなくて、犯罪者でなければいいやって思ってるくらいだし」

実際には相性などもあるだろうが、別にステータスは求めていない。なんなら家事やってくれるならヒモでもいいかもと思ってしまうくらいだ。金ならあるし権力もある。

「言っちゃなんですが、姉さんならよりどりみどりじゃないんですか? モヒカンに対してはアレですけど、猫被りも上手いし」

「猫被りじゃねえっ!! いつもの巫女やってるほうが素だからっ!!」

モヒカンを相手するのに必要だからキャラを作っているのだ。そうしていつの間にかキャラが固まってしまった結果が今なのである。

「……実は何度もお見合いの席は用意してもらったのよ」

「はあ……そりゃ姉さんの立場ならそういうのもあるでしょうね。でも、上手くいかなかったと。……何やったんスか? まさか、いつものように相手を血祭りに……」

「なんで私が問題起こした前提なんだよ!」

モヒカンにとっての四神宮焔理がそういうキャラだからである。

「いや、大抵の席では問題ないはずなのよ。でも、決まって断りの返事が返ってくる。……あまりにアレなんで調べたら、裏で邪魔されてたのよ」

「……姉さんが幸せになる邪魔するなんて、とんでもねえ奴だ。で、いつカチコミに行きます?」

「……相手、火神ノーグなんだけど」

「ごめんなさい。……オレはなんて非力なんだ」

モヒカンではどうしようもない相手だった。そもそも会う事すら難しい。

「十中八九嫌がらせなんだけど、それで文句言ったら巫女の後継が決まってからって正論で返されてね」

「……アレ、そういえば姉さんの次の巫女さんとか聞かないっスね。そのためにわざわざ家立てて、候補育ててるとかいう話じゃありませんでしたっけ?」

「候補はいるんだけど、どうしても途中で立ち消えになるのよ。今ならホノカが最有力候補ね。今十七歳だし、他の子たちとバランスいいんだけど」

火霊廟炎火。炎火と書いて『ほのか』である。焔理と書いてエンリ以上に読み辛い名前だが、巫女を輩出する四家は四神にまつわる漢字を付ける風習になっているからであって、キラキラネームではない。

ダンジョンマスターその他が決めたものではないのだが、いつの間にか風習化していたのだ。

「ホノカ姉さんっスか」

「あんた……未成年の少女相手をモヒカンたちで囲んで姉さん呼ばわりする気じゃないでしょうね」

「す、するわきゃねーでしょうがっ!! 普通の年頃の娘は繊細ってのはみんな分かってますって。さんざん痴漢やセクハラ疑惑で捕まってるんスから」

尚、八割くらいは冤罪である。残り一割は委員会主導のサクラ、もう一割はガチ犯罪だ。

「まあ、話を戻すとそうやって裏から嫌がらせ受けてるのよ。どうしようもない力関係のところから」

「は、はあ。非力なモヒカンですいません……」

「だから、< アーク・セイバー >なわけよ!」

「……すいません。まったく繋がりが見えないんスけど」

ヘッドはちょっと考えてみたが、やっぱり分からなかった。むしろ、これで分かったらエスパーである。

「私たち四人が編入されるクランの候補は、迷宮都市運営によって数年以内に無限回廊一○○層突破の目があると判断されたところなの」

「ああ、そりゃ< アーク・セイバー >は候補に入るでしょうね」

「< 月華 >に入る風花はともかく、残り二人はまだクランにもなってないようなところだけどね」

「え、それで数年以内に一○○層超えの目があるって判断されてるんスか? だったらモヒカンでも……」

「あんた、< 暴虐の悪鬼 >の前でそんな事言えんの?」

「ムリっスっ!! すいませんっした!!」

未だ各種ランクでは上にいるヘッドだが、渡辺綱に喧嘩売ったら確実に負ける事は理解していた。下手したら、クラン員候補らしいパンダ相手でも負けかねないのだ。

それに、本人一人の時なら喧嘩を吹っ掛けても適当に転がされてネットで嘲笑されるくらいだろうが、他の誰かがいたら何されるか分かったもんではない。

渡辺綱が迷宮都市に来る前の話だが、モヒカンがサージェスに因縁つけて真性のドマゾに調教されて帰って来た事例だってあるのだ。渡辺綱のクランは一見普通に見えるクランメンバーでも何があるか分かったものではないのである。

「そういや、あそこに水凪姉さんいましたね。臨時じゃなかったのか……」

「臨時どころか、そこで判断されて私たちの編入話になったんだけどね。あーあ、渡辺綱が希望してるっていうお見合いにも無理やり捩じ込もうとしたんだけどな……」

「年齢の事気にする奴はあんまいねーと思いますが、さすがに十六と二じゅ……うぼっ!!」

殴られた。全力のグーである。

「具体的な数字は口にするな」

「へ、へい……」

「まあ、干支一回り違うのは確かにね。私、しいていうなら年上好みだし」

干支ってなんだろうかと思いつつも、ヘッドは踏み込まない事を決めた。

「だけど、あと数年以内に無限回廊一○○層攻略すれば、ギリギリ、ギリギリアラサーで巫女辞められる。亜神化さえすれば、四神だろうが関係なしよ!」

「ああ、それで< アーク・セイバー >って事っスか」

今王手掛けてるメンバーに割り込むとかそういう事ではない。後追いで一○○層を攻略するなら、確実にそれが出来る実力があって、支援出来る組織力があるクランが有利に決まっているのである。すぐはムリでも、数年以内という目標なら現実味のあるプランと言えた。

「めっちゃ遠回りだった気もするけど、というわけで私ここの顧問辞めるから」

「いや、それとこれとは話が別です! オレたちには姉さんが必要なんだっ!!」

「なんでよっ! いい加減巣立ちしなさいよっ!!」

四神宮焔理とヘッドのコントっぽい何かは続く。そして、結局根負けするのが四神宮焔理なのである。

-4-

ところ戻って死の荒野のモヒカンたち。

「いててて……アニキ、いくらなんでもこんな拷問みたいに関節ハメなくても……」

「モヒカンの新人はアホに決まっているから、体に言い聞かせるって慣習になってんだよ」

殴りかかろうとしたのは事実なので、ザコモヒカンは何も言えなかった。

「そういえば、焔理姉さんがアレやったのってここらあたりだったな。……よし、ちょっと付いて来い」

「ちょ……オレまだ靭帯が……」

そう言って強引に立たされ、ゲルの外へと向かうモヒカン二人。少し肌寒くなってきた荒野をしばらく歩き、辿り着いたそこは何もない荒野の中では一目で分かるほどに様子が違った。そこだけがクレーターのようになっていて、地面の色が違う。

「なんスか、コレ?」

「昔、焔理姉さんがここで演説したんだよ。ヘッドのアニキがいつも言ってる『炎』のヤツだ」

「ああ、アレですか」

モヒカンなら数十回は聞いた事のある話だ。モヒカンは個としては弱いが、集まれば炎になれるという抜粋されたものである。

「今だって< モヒカン・ヘッド >はクソみたいなもんだが、当時は更にゴミクソだった。正に掃き溜めって言葉が似合うくらいに社会不適合者かつ底辺冒険者の集まりだったからな」

ウンコ座りで地面を眺めるザコモヒカンをよそに、エッジは一歩クレーターの前まで踏み出す。

「ここは当時のキャンプ地みたいな場所でな。今みたいに二人組の巡回ルールが決まるまでは、大勢のモヒカンで夜通し騒いだりしてたわけだ。バーベキューとかやったりな」

「へー」

ザコモヒカンはちょっと楽しそうだと思ってしまった。外で冒険者やっていた頃は野営なんて日常茶飯事だったが、それとは毛色は違う事は容易に想像出来た。

< モヒカン・ヘッド >はアホばかりだが、野外パーティなどそれくらいのほうが楽しいだろう。

「そんな席で、姉さんが言うんだよ。……てめえらはクソゴミだってな」

いきなり罵倒である。否定出来ないのはアレだが、コレは尊敬されつつも恐れられる人の話だったはずだ。

「冒険者は種火のようなもんだ。ちょっと燃料を与えれば燃え上がり、炎の柱となる。そして一度燃え上がれば容易には消えない業火となる」

トップクランともなれば、それはもはや恒星の如き熱と光を放ち、輝いている。

「だけど、オレたちモヒカンはこの燃えカスみたいなもんだって、キャンプで出た灰を拾って言うわけだ」

エッジは何かを拾う仕草をした。それはただ変色しただけの土だが、当時は燃えカスがあったのだろう。

「水掛けられて、どう足掻いても燃えねえ湿気たカス。そもそも、それ単体じゃ燃え上がりようがねえただのゴミだ。オレ様たちはそういうゴミだってな」

「それは……」

もうちょっと言い方というものがあるのではないだろうか。モヒカンは繊細なのだ。

「そんな中で姉さんが自前のスキルで炎を放ってみせた。ほんの小さい種火のような炎だ。とてもじゃねえが、燃えカスに火が付くようなもんじゃねえ。……だけど、その時は違った。炎は天高くまで燃え上がったよ。……こんな感じでな」

「……すげえ」

エッジは火炎系の魔術を得意とするモヒカンだ。火炎放射器などを武器に使っているが、魔術士に近い素養がある。

彼が再現してみせたのは炎の柱だ。中級ならともかく、下級ならそうそうお目にかかれない規模の火炎魔術である。

「コレは単に魔術で再現しただけだが、あの当時はそんなものじゃなかった。本当に何もないところから燃え上がったんだ」

炎に照らされたローティーンの巫女は見惚れるほどに美しかった。今照らされているのはモヒカンだが。

「種明かしをすればなんて事はねえ、ここら一帯が乾燥し過ぎてそういう火が点き易かったってだけの話だ。だが、姉さんは続けて言った」

『てめえらみたいな燃えねえゴミでも、環境が違えばこうしてちゃんと燃え上がる。どう足掻いても業火にはなれねえが、私がお前らを炎にしてやる!』

「クソかっけえ……」

「だよなっ? いやー、もう惚れたね。ヘッドのアニキなんて号泣して嗚咽してやがった。一生この人に付いていくんだって誓ったわ!」

単純なモヒカンを魅了するには過剰演出だった。

尚、真相は燃えカスを火にくべても燃え上がったりはしないという罵倒の追撃だったのだが、予想外に燃えてしまって、ビビって路線変更したというものである。死の荒野は想像以上に魔境だった。

結果、モヒカンたちは業火にはなれないものの、炎となって迷宮都市に立ち位置を確立した。

演説した当の本人は何故か確立してしまった立ち位置を辞めるに辞められず、婚期を逃しそうになっている。

これはそういう話だ。