時刻は夕方になり、辺りは薄暗くなってきている。勇気と鈴音と政馬と史愉は、キャンプ地周辺の散策を終えて、テントの前でのんびりしていた。

「いきなり随分な歓迎を受けたものだぞ」

周囲で採取した植物を片っ端から見て回りながら、史愉が呟く。

「ねね、何時如何なる時に敵が襲ってくるかわからない環境って、結構面倒じゃない?」

「面倒だぞ。面倒だけど楽しさの方が上回ってるぞ。ぐぴゅぴゅっぴゅー。文句あるならとっとと帰ればいいぞー」

政馬の言葉を笑い飛ばす史愉。

「帰りたくてもヘリを動かすのは史愉だし、史愉が素直に戻してくれるはずもないよね」

「よくわかってるじゃない。その通りだぞー。ぐっぴゅっ」

鈴音が言うと、史愉はにやにや笑いながら、シダ植物のようなものをつまむと、顔の前に持っていってまじまじと見つめた。

シダ植物だと思われていたものが急にバタバタと暴れ出す。

「良い擬態ね。つまりこの星でも、弱肉強食の生態系が形成されているって事っス」

史愉が言い、植物に擬態していた虫らしきものを、植物ではなく小動物用の回収ボックスへと入れる。

「地球にもっていくつもりか? 環境が違うんだし、死なないか?」

「知らんぞー。別に死んだら死んだで構わんぞ。死体でも研究はできるからね。ま、生きてる方がいいのは間違い無いけど」

勇気の言葉に対し、史愉はさらりと言ってのけた。

「さて、ここで俺のルーツは果たしてわかるのかな? リェヒダール、ガイドしろ」

勇気が胸をはだけると、勇気の胸からアルラウネ・リェヒダールが飛び出てきた。

「先程の襲撃者に心当たりがある」

リェヒダールが言った。

「口伝による伝承だ。空破れる時だけ解き放たれる、根人の古王とその眷属。もしかしたらそれかもしれない。詳しいことは知らない。御伽話の類かと思っていた」

「根人てのは何よ。アルラウネと違うの?」

史愉が尋ねる。

「この星で最も高い知性と、優れた精神性を持つ知的生命体だ。我々のことを下位根人などと呼んでいる。彼等は知性だけではなく力も優れているし、実際我々よりもずっと完成された種族だ。その正体は植物だがな。あらゆる植物や動物に精神干渉が行える、精神特化生命体とも呼べる。しかし彼等は現代では王制など敷いてないし、だからこその古王なのだろう」

と、リェヒダールが語る。

「そいつらが王制を敷いている時代の王が、未だに生きているってことか?」

「話だけ聞くとそう思えるな。私も詳しくは知らない」

勇気の推察に、リェヒダールは言った。

「勇気、空見てっ」

鈴音が弾んだ声をかける。

見上げると空が濃い青で染まっていた。太陽そのものが青く光っている。

「青い夕日か……」

勇気もその光景に目を奪われ、まじまじと空を見上げていた。

「凄い光景だね。これ、これさ、色が違うだけで不思議な気分に包まれる」

そう言って政馬が写真を撮りまくる。

「私も地球に来て赤い夕陽を見て、あの鮮やかさには絶句してしまったよ」

リェヒダールが微かに笑い声を混ぜて言う。

「ぐぴゅっ。あっちを見てよ。月が二つもあるぞー」

太陽と反対側を指す史愉。見ると確かに二つの月が空を登っている。

「本当にここは地球じゃないんだね」

と、鈴音。

「こうなるといろんな惑星を星間旅行とかしてみたいもんだ。そんな時代に生まれればよかったな。いや……いつかそんな時代に生まれ変わる時が来るか?」

「あのさあのさ、生まれ変わる必要は無いよ。そういう時代になるまで生きていればいいよ。そう思わない?」

冗談めかして言う勇気に、政馬は笑いながらも本気でそんな台詞を口にしていた。

***

クォもラクィレァも、長髪金髪男がアルラウネの宿主である事は接近している時点でわかった。そして通常のアルラウネとは明らかに違う事も、わかっている。発する波長が非常に禍々しい。

「ひゅぃぃぃぃっ」

多角獣が空気を漏らすような咆哮をあげると、前脚を大きく上げて上体を反らし、上げた前脚を勢いよく地面に叩きつけた。

それは戦いの始まりの号令でもあり、攻撃でもあった。前脚が叩きつけられると同時に、前方に向けて不可視のエネルギーの奔流が放たれていた。

クォとラクィレァは同時に飛び上がり、左右に分かれて攻撃を避ける。

「くああぁぁぁああぁぁ!」

ラクィレァが咆哮をあげ、強風を長髪金髪男と多角獣に叩きつける。多角獣の巨体が押され、金髪男の髪が大きくたなびく。

金髪男は片腕を顔の前にかざしながら、空中にいるラクィレァめがけて槍を突きだした。

槍の穂先から細いエネルギー波が無数に生じている。ラクィレァはその攻撃を感覚で読み取って、横に高速移動を行い、不可視の攻撃を回避する。転移したかのような速度の動きだが、単純に瞬間的超スピードによる空中移動を行っただけだ。

金髪男が今度は槍を横に三度振るう。

ラクィレァはその攻撃も見切っていた。今度は刃のように横に拡がった不可視のエネルギーが三つ、異なるタイミングと攻撃位置で向かってくることを、はっきりと感じ取り、軽々と避ける。

「ひゅぃぃぃっ」

多角獣がまた咆哮をあげ、ラクィレァに向かって口を大きく開く。

「くぅぁ!?」

ラクィレァは体に異変を感じた。自分の体が引きずられるような感覚を受けた。事実、勝手に体が少しずつ動いている。動く先を見ると、口を大きく開いた多角獣の姿がある。多角獣の力に違いないと判断する。

「くぉおっ」

クォが地面を水平に飛翔する。通常、飛翔する時は頭から飛ぶが、その時は違った。足側から飛んでいる。

矢のような勢いで繰り出された、クォの高速飛翔ドロップキックが、多角獣の頭に炸裂した。多角獣の頭が大きくブレて、ラクィレァに向けて働いていた吸引の力が解かれる。

その間にもラクィレァは強風を起こしており、クォの攻撃が決まったタイミングで、風をさらに強くした。

強風は冷気も伴い、その身に風を受けているだけでも体力が削られていく。しかも温度は次第に下がっていき、雪も混じり出し、吹雪へと変わる。

「ひゅぃぃ……ひゅぃぃ……」

多角獣が身を縮めて、情けない声をあげだす。一方で金髪男はというと――

「くぁ……」

金髪男の変化を見て、ラクィレァは目を丸くした。すでにそこにいたのは、先程までの金髪男では無かった。まるで別の姿だ。サイズは大して変化していないが、全身毛むくじゃらで、でっぷりと太っている猿のような生き物だ。その毛と脂肪から見るに、寒さには強いと思われる。そして相変わらず槍を手にしているので、金髪男であった事は間違いない。

「くぉ……変身した?」

クォが呻く。

金髪男が多角獣の頭部に顔を寄せ、何か囁く。

「ひゅぃぃぃっ」

多角獣が叫んで身を起こすと、踵を返して、全速力でその場から逃げ去っていく。

毛むくじゃら太り猿となった金髪男は寒さもしのげるが、多角獣はそうでもない。金髪男はこのまま戦うと、騎乗している多角獣の命に関わると判断したのだ。

「逃がすか!」

ラクィレァが追おうとしたが、金髪男が槍を何度も突いて攻撃してくる。

不覚にも、槍から生じたエネルギー波の一発が、ラクィレァの翅を貫いた。

ダメージとしては大したことは無い。しかし飛んでいることができず、ラクィレァはふらふらと落下する。

「よくもっ!」

「待て。追うな」

怒ったクォが追撃しようとしたが、ラクィレァが制した。クォ一人ではかなわない相手と見なして。

「ひょっとしてあれが古王の眷属?」

地に降りて翅を再生させている父に、クォが尋ねる。

「そうかもしれない。普通じゃなかった」

明らかにおかしな波長を放つアルラウネを宿していた事と、かつてこの星を訪れた異星人という二つの事を見ても、かなり異質な敵であるし、このタイミングで現れた時点で、その可能性は高いように、ラクィレアには感じられた。

***

日が落ちきった頃に、純子達はバーベキューを行った。

「今思ったけど、人多すぎじゃないか?」

「今頃……」「真流のボケ」

食事中に口にした真の台詞を聞いて、伽耶と麻耶が突っ込む。

「伽耶と麻耶の力で人探しできないかな? クォと会いたいんだが」

「地図があればいけるけど」「方角の特定程度なら」

真の要求を聞いて、麻耶と伽耶が答える。

「伽耶と麻耶の力も、絶対的に万能ってわけでもないみたいだね」

正美が言った。

「ところでお風呂はどうするの?」

十一号が疑問を口にする。

「そこの川で水浴びでいいと思うよー」

あっさりと言う純子。

「それなら夜になる前が良かったと思うんよ……」

「川の中に変な生き物とかいないかな……」

渋面で言うみどりと、不安げな面持ちで言う熱次郎。

「僕や純子は、風呂もろくに無いような時代に生まれて、川で水浴びするような生活がデフォルトでしたから、抵抗無くその発想に行き着きますけど、他の子達は辛いと思いますよ」

「そっかー……。でもその言い方はちょっとアレだね……。うん……。私達がワイルドな人みたいな目で見られちゃうね」

累の言葉を受け、純子は苦笑して頬をかく。

「この子に肉とかネギ食べさせていいのかなあ?」

拾って手当ても済ませたずんぐり獣の赤子を持ち上げて、ホツミが質問した。

「タマネギはやめた方がいいかもねえ。地球ですら、大抵の生物にとってタマネギは毒なんだから。というか、その子の仲間の死体とか調べてみたけど、主食は魚や貝みたいだったし、肉もやめた方がいいよー」

「そっかー、じゃあ魔法で魚取ってくるー」

純子に言われて、ホツミは川の方へと向かう。

ホツミが魚を取ってきて与えると、ずんぐり獣は大喜びで魚を食していく。

「名前つけたーい。純子ちゃん。私が名付け親になっていい?」

「どうぞどうぞ」

ホツミの確認に、純子が笑顔で頷く。

「哀愁のディスティーノ。そう、命運ばれたその先に」

「んん?」

「この子名前だよ。哀愁のディスティーノ。そう、命運ばれたその先に」

笑顔で言ってのけるホツミ。静寂が包む。

「ホツミおねーちゃん詩人だー。すごくいいヨっ」

せつなが静寂を打ち破る。

「えへへへ、せつなちゃんに褒められちゃったあ」

「あのさあ、ホツミちゃん……名前に文章はやめようね」

照れるホツミを窘める純子。

「でも私なんか最初WH4=Ⅲなんていう、番号みたいな名前だったしー」

「それはそれ、これはこれとして、名前に文章はどうかと思うよー」

「そっか。じゃあティノにしよーっと」

こうして生き残ったずんぐり四足獣の名前は、ティノに決まった。

「さっきさあ、麻耶ちゃんと伽耶ちゃんに頼んで、使い魔を飛ばして空の川を採集してきてもらって、調べてみたんだけど、幾つかは塩水――海水だったよ。この星の水もあったけど、地球の海水もあったし、地球の生き物も含まれていた。プランクトンとかね」

純子が話題を変える。

「つまりね、地球の海の中とゲートが繋がっちゃって、向こうの海水がこっちに溢れてるんだと思う」

「ふえぇ~……開きっぱなしだと、そのうち地球の海水無くなっちゃわね?」

地球の海がどんどん干上がっていく図を想像するみどり。

「それは大丈夫だと思うよー。過去に何度も繋がっているみたいだし。それにこの星からも水が流れ込んでいるみたいだしねえ。千葉沖に現れた空の川も調べてみたけど、グラス・デューから流れ込んできた水だったよ」

「この分だと、海にいる生物の中には地球減産では無い生き物が混ざっていても、不思議ではないですね」

純子の話を聞いて、累が言った。

「不思議ではない――じゃなくて、確実にいるんだよ。リヴァイアサンなんか正にそれだし。二つの惑星は門が開く度に、生物が行き来している状態なんだよ」

「二つの惑星は古来より密接な関係にあったという事か!」

純子の話を聞いて、美香が感心したように叫んだ。