B月1日 15:55

その日、睦月はある人物に会いに行った。

「あはっ、咲、久しぶりぃ」

「おひさ」

その少女の実家にまでわざわざ訪ねた睦月は、相手が微笑んで出迎えてくれたので、内心ほっとしていた。

「遠慮せずもっと連絡してくれてもいいし、会いに来てくれてもいいんだぞ。私は貴女のこと恨んでいるけど、嫌いきれてもいないから」

相変わらずの淡々とした喋りで、武村咲は言った。しかし口調はともかくとして、この言葉が本心であることは睦月にもわかる。

睦月はかつて、咲の姉を殺めている。咲もそれを知っているが、睦月の事情も汲んだうえで、睦月に同情もしているし、許したいという気持ちもあった。

「うん、でも……」

「後ろめたいか? 辛いか? じゃあ姉を殺した罰としてもっと遊びに来い」

冗談半分本気半分で言う咲。

「今日はまあ……遊びに来たわけじゃあないんだよねえ。電話でも前もって言ったとおり」

アルラウネに寄生された人間が狙われている話は、睦月から先にも話した。

「純子からも連絡あった?」

「ああ。警戒しろと言われたよ。一応警戒はしているけどな」

「そっか。でも一人じゃあ危険だよ」

咲は花びらを出し、付着させた相手の、時間の流れる感覚を狂わせるという能力を持っている。かなり凄い能力ではあるが、それでも一人にさせておくのは心配な睦月であった。

「少しの間、避難していてくれないかなあ。俺の家に。俺がずっとボディーガードするんでもいいけど、俺自身も狙われているしねえ。ていうか、襲われたよ」

「そう言われても、私にも学校があるんだぞ。学校で襲ってくるほどイカれた奴等なのか? それなら登校も控えておくけど」

睦月の要請に、咲は困り顔になる。

「学校かあ……いいなあ」

「羨ましいなら今からでも通ったらどうだ?」

「勉強は嫌いなんだよねえ。学校の雰囲気には憧れてるけどさあ」

先の提案に、睦月は肩をすくめた。

その後、咲は睦月を家の中に招きいれ、茶を淹れて改めて話をする。

「しかし今度は私が前の睦月みたいだね。誰かに狙われる立場になるなんてさ」

「俺はこれで三回目だよぉ。いい加減慣れてきそうだ。あはは」

「口で言われただけじゃ、実感は沸かないけどさ。その狙っているのが何者かはわかっているの?」

「それが同じアルラウネの宿主ってこと以外、さっぱりさぁ。明日にでも純子の所に行って、直接聞いてみようとは思っているけど」

「明日か……」

眉根を寄せ、難渋を示す咲。

「私は明日、部活の大会があって、どうしても外せないんだ」

「部活って何?」

「カーリング部」

「車……? 高校生で車乗っていい部?」

「違う。こういうのよ」

ホログラフィー・ディスプレイを開いて動画を見せて、どんなスポーツか教える咲。

「あはっ、楽しそうだねえ、投げてる人はさ。床を掃いてる人とかは楽しいのぉ?」

「役割は交代するし、奥の深いスポーツだし、馬鹿にするような発言はやめてな?」

「ごめん……そんなつもりはなかったよ」

「スィープィング――氷を磨くのは、ストーンとベブル……氷の摩擦の調整よ。これで飛距離を伸ばすことが出来るし、位置の調整もできる」

「そうなのかあ」

まるで興味を抱けない睦月であったが、咲は真剣なようなので、もう触れないようにすることにした。

「それじゃあ俺と亜希子の二人で行っておくかな……。何だか純子は電話しても上の空っぽいんだけどねえ。自分のマウス達がピンチだってのにさあ」

自分の興味優先にするという純子の困った性質を考えると、百合の方がずっと信用できると、睦月は真面目に思う。

***

B月4日 11:23

享命会が根城としているお屋敷の居間。

来夢、克彦、憲三、久美の十代組は、自然と四人一緒にいるようになっていた。そこに弥生子も加えた五名で、のんびりとしている。

「久美は美香が好きなの?」

昨夜録画しておいた月那美香出演の歌番組を視始めた久美に、来夢が声をかける。

「うん、大ファンっ。月那美香の歌も好きだけど、あの徹底してポジティヴで気合いが入ってて筋の通った性格、もう、大大大好きっ。ああいう風になりたいと思って、お手本にしてる所もある」

明るい表情かつ弾んだ声で、美香への想いを語る久美を視て、来夢は思いっきり鼻白む。

「そんなにいいもんじゃないから……。鬱陶しいし」

「何よ。私の女神の美香をディスると、例え年下でも許さないよっ」

ケチをつけた来夢に、久美は険悪な形相になった。美少女ではあるが、顔が少しキツめな造りをしているので、怒るとかなり怖いと、憲三は傍で見ていて思う。

「女神なんて、そんないいものじゃない。ただの空気読めないうるさい女だから。何度注意しても頭に入らないし」

「こいつーっ、まだ言うか……って、月那美香のこと知ってるの!?」

来夢の言葉を聞いて怒りかけた久美だが、途中で仰天へと変わった。

「ちょくちょく顔合わせてる。あんまり顔合わせたくもないけど」

(ちょっとちょっと来夢。それ言っちゃっていいのか? こっちの素性バレちゃうかもだぞ)

克彦が表情を引きつらせる。

(ていうか、顔合わせたくないと言ってるわりには、闇の安息所で顔合わせる度に、仲良く喧嘩しているけど)

来夢も美香も本気で嫌いあっている仲ではないのは、誰の目から見ても明らかであった。

その時、障子が少し開いて、佐胸が中を覗く。

「何でしょうか?」

それだけですぐに立ち去ろうとした佐胸に、久美が思いきって声をかけた。

「いいや……何でもない。邪魔して悪かった」

気まずそうな顔をして言うと、佐胸は立ち去った。

「ねえ、憲三。佐胸さんてどういう人なの? どうも私達と壁があるみたいなんたけど……。他の信者さんとも喋ってるのを見た事無いし」

「俺もよくわからないんだ。俺とも喋ったことない」

久美が憲三に訊ねるも、憲三から答えが望めなかったので、久美が弥生子の方を向いたその時――

「悪い人には見えない」

来夢が久美の不安や不信を見抜いたかのように、きっぱりと言い切った。

(凄い悪人面だし、目つきも悪いけど、来夢が言うならそうなんだろうな。根拠は不明だけど)

来夢を見ながら克彦は思う。

「漸浄斎さんとは話しているみたいだけど。どうも気になるのよね。弥生子さんは?」

久美が弥生子に声をかける。

「アンナさんとも少し話していましたよ。私とは……事務的なこと以外、ほとんど会話をしたことがないわね。でもね、気持ちはわかるけど、疑うものではないわ。若い子が苦手なのかもしれない。人が旧くなると、若さは眩しさになる」

弥生子も久美が佐胸に不信感を抱いていると見て、やんわりと忠告する。

「嫌いとかそういうんじゃないけどね。暗い人や無口な人だっていたっていいし、そういうの差別するわけじゃないよ。でも何か気になるのよ……」

「仲間を疑うのはよくない」

「そんなことわかってる」

来夢が口にした言葉に、久美は唇を尖らせる。利発ではあるが、どうにも生意気な子だと、久美は来夢を見て思う。

「疑うくらいがいい仲間よ。疑い、相手を知り、そして受け入れてからが、本当の仲間」

弥生子が来夢の方を向いて微笑みながら言った。来夢は目を丸くして驚いている。

「お婆さん、凄い言霊使いだ。俺より上だ。美香に紹介したい。美香は低級言霊使いだから、指導してあげてほしい」

「はいはい」

来夢の要望に、弥生子は穏やかな笑みをたたえたまま頷いた。

「その時には私も同伴させてねっ。美香に会いたいっ」

「はいはい……」

久美の要望に、来夢は露骨に嫌そうに頷いた。