Raydor Holy Sword War Journal

68. Concealed loyalty

「なっ……レイドール殿下! どうしてこの場所が……!?」

突然、隠れ家としていた貸倉庫へと踏み込まれて工作部隊の隊長は泡を食って叫ぶ。

その反応がすでに自分達がグラナード配下の隠密であることを能弁に語っていたのだが、そんなことを考える余裕すらも消え失せていた。

「お前ら、目立ちすぎなんだよ。そんな粗い仕事じゃ、うちの参謀の目はごまかせないぜ?」

行商人に化けてウルフィンに侵入した工作部隊であったが、彼らが町に入って来た当初からスヴェン・アーベイルに目をつけられていたのだ。

そもそも、敵国に占領されて情勢不安定となっている町に、利にさといはずの行商人がやって来るということに無理があるのだ。

スヴェンはかなり早い段階からアーベイル伯爵家の遺臣である部下によって彼らを監視させており、油や薪を買い集めている行動から町に火を放とうとしていることまで先読みしていたのだ。

(まあ、さすがにこいつらの雇い主がグラナードだってことまでは、俺達の話を聞くまでは気がつかなかったみたいだけどな)

「そんなわけでお前らが兄貴の部下なのはお見通しなわけだが……さて、どうする? 大人しく降参する気はあるか? 投降するのであれば命まではとらないが?」

「……馬鹿なことを言わないでもらおうか」

降伏勧告をするレイドールを隊長が睨みつける。

服の中に隠していた刃物を取り出し、切っ先をレイドールへと向ける。

「我々は国王陛下直属の隠密部隊。身も心も陛下とザイン王家に捧げている。降伏するくらいなら死を選ぼう!」

「……たいした忠誠心だ。愚王の兄貴にはもったいないな」

「陛下を愚弄するとはなんたる不敬か……火喰い鳥!」

嘲るように笑うレイドールに、隊長が噛みつくように部下の名前を叫ぶ。

呼ばれた無精ヒゲの男は人生最後になるかもしれないタバコの煙を吸い込みながら、目を瞬かせる。

「あん? どうしたよ?」

「作戦変更だ! この場でレイドール殿下を討ち取ってその首を陛下へと捧げるぞ!」

隊長は隠密らしく特徴のない顔立ちだったが、そんな平坦な顔を醜悪に歪める。

「最初からこうしてしまえばよかったのだ。町に火を放って、悪名を被せるなどという婉曲な真似をせずとも、我等のような精鋭の暗殺部隊が殿下の首を取ってしまえばザイン王家は安泰だ!」

「……俺もそのザイン王家の一員なんだけどな。その辺り、どうなんだよ?」

「ふんっ、辺境に追放された時点で我らは貴様を王家の人間などとは思ってはいない。今の貴様は国を脅かす不穏分子。切り落として処分するべき病葉(わくらば)よ!」

隊長の顔は狂気に染まっている。

この男ならば、国のため、主君のためにと、親兄弟だって平気で殺して見せるだろう。

滅私奉公。

己の全てを犠牲にしても仕えるべき主のために汚れ仕事をこなす、暗殺・裏工作を生業とする隠密として完成された一つの姿であった。

ロックウッドやガルスト将軍とは違ったタイプの忠臣の在りようを見て、レイドールは「へえ」と感心したように目を細めた。

たとえ万の言葉を尽くしたとしても、この男を説得することは不可能だろう。

レイドールは隊長の説得をあきらめて、工作部隊で一番やる気のなさそうな男――『火喰い鳥』へと目を向ける。

「お前はどうだ? 諦めて投降するつもりはあるか?」

「んー……できればそうしたいんだけどなあ」

「『火喰い鳥』! 貴様っ!?」

「いやあ、隊長よお。こんな化け物にどうやって立ち向かえっていうんだよ。無茶も休み休みにしてくれや」

叱責してくる上司に、『火喰い鳥』は両手を天井に向けて上げる。文字通りにお手上げという格好である。

「隊長は魔術師じゃあないからわからないかもしれないがね……どう転んだって、こんな魔神か神獣かってくらいの魔力量の相手にゃあ勝てやしねえよ」

一流の魔術師である『火喰い鳥』には、隊長をはじめとした他の工作員には見えないものを視認していた。

それはレイドールの背後から天を衝くように噴出している漆黒の魔力。

あまりにも呪わしく、長く見つめていれば発狂してしまいかねない邪悪なエネルギーの奔流である。

(これが聖剣の力だと? 魔剣の間違いじゃねえのかよ……)

邪悪すぎる魔力の流れを目にして、『火喰い鳥』内心で弱気に吐露する。

くわえタバコの男は口調こそ余裕ぶった態度であったが、背筋にはダラダラと滝のように汗をかいている。

許されるのならば今すぐ床に手足を投げ出して降伏したい。

もしくは、全てを投げ出してこの場から逃げ出したい心境であった。

しかし、『火喰い鳥』の中に残ったわずかな矜持が降伏や逃走を拒絶する。

(さんざん好き勝手に犯ってきて、数えきれない物を燃やしてきたくせに……今さら自分に死ぬ順番が回ってきたからって命乞いはできねえよな。まあ、諦めるかね)

「心配するなよ、隊長。裏切るつもりなんてないぜ……まあ無理だと思うが、最後にどでかい花火でも上げてみようじゃねえか」

「なるほど……誰も降伏するつもりはないわけか」

敵対を宣言した『火喰い鳥』から視線を外し、レイドールはその場にいる工作員を順に見やる。

隠密部隊の工作員は全員が全員、覚悟を決めているわけではなさそうだ。

恐怖に顔を歪めている者、逃げ出す機会をうかがってキョロキョロと視線を巡らせている者もいる。

しかし、周りの空気もあってか降伏する者はいないらしく全員が武器を構えている。

「残念だな。それじゃあ、さっそく……」

「かかれっ!」

レイドールが腰の聖剣に手をかけるよりも速く、隊長の掛け声とともに国王直属の隠密部隊が宙を舞って襲いかかった。