Shadow Brave's Readventure - Re-Tale of the Brave

Lesson 191: School Development Begins

カイトがギルドホームを留守にして中津国に向かった頃。学園では一つの問題に直面していた。

「結界を縮めるか、後々少々費用が嵩むのを覚悟で広めるか……」

桜田校長が溜め息と共に言葉を吐いた。今現在、カイト達が去って一段落が付いたので、学園でも次への一歩を踏みだそうとしていたのだ。その為の一歩とは、自活のための一歩だ。既に皇国側からも告げられている様に、支援には限りがある。それが切れる前に、自活出来る様にならなければいけなかった。

「かと言ってあまり狭くしても、今度は安全が確保出来ませんし……」

「確か、明後日でしたな。学園の公表は。」

「ええ。明後日の皇国時間で正午に公爵家にて記者会見が開かれ、そこで発表となります。校長先生と教頭先生、桜さん、瞬くんには、そこで皇帝陛下とお会いになっていただきます。」

桜田校長の言葉を、会議に出席していたクズハが認める。この会見には桜田校長と桜も出席する事となり、おそらく二人の姿と共にそれは大々的に報じられる事になるだろう。皇帝が来るほどまでに、日本という名はこの世界では大きかったのだ。

ちなみに、桜は生徒会長、瞬は部活連合の会頭として出席するのであったので、カイトは会見に出る予定は元からなかった。まあ、そうでなければ中津国に出掛けられない。

「それで人払いが意味を無くすと言っても、そうではないのでしょう?」

「ええ。何処かの密偵が入り込まないとも限りませんから。」

「痛し痒しですな……」

クズハの言葉を受け、再度桜田校長が溜め息を吐いた。先ほどから、この堂々巡りなのだ。というのも、学園の存在の公表と共に、支援の区切りについても通達があった。冒険部が本拠地を移転したことで、一定の区切りが付いたと見られたからだ。

それに合わせて、今までは無料貸与の形を取っていた学園を覆う結界についても段階的に料金を徴収される事になったのである。各種の結界は生活には不可欠な物だが、同時に管理・維持には強度に応じたお金が掛かり、何時までも無料とはいかないのである。

なので今日の会議ではクズハ達を交えて、今後結界の展開についてを話し合っていたのであった。

「一番安いのは<<魔物避けの結界>>。一番高いのは<<人払いの結界>>……はぁ……」

何処の世界もお金が必要なのだ。桜田校長や教師陣はため息しか出ない。ちなみに、彼が呟いた様に、一番費用が安いのは<<魔物避けの結界>>で、<<人払いの結界>>が逆に一番高い。

これにはきちんと理由があり、<<人払いの結界>>は必要性が低く、あったとしても多くが貴族たちや軍事関連施設だ。それ故、管理できる魔術師が少ない。しかも、中に隠す物は機密性が高い物が多い。そういった物への口止め料等を含むと、必然費用が嵩むのである。

また、魔物避けは開発が盛んであるのに対して、人払いは開発はあまり必要が無い。逆にむやみに個人で開発していると要らぬ事をしでかすのではないかと勘ぐられる為、貴族所属の魔術師や国が有する研究所しか開発していない。結果、人払いの結界で効果が高い物は試験的な物となり、不具合も多く出る。逆に普及している物は対処されやすく、今度は大した効果が無くなってしまう。痛し痒しだった。

「いっそ<<人払いの結界>>は排除して、<<魔除けの結界>>のみを展開してしまえば良いじゃろう。もとより存在を公表されてしまえば、人を遠ざける必要は無い。どちらにせよ農園を覆う程に広大な結界なぞ費用的に実用的ではあるまい。それに、農園部には永続的に魔除けを展開せねばならん。その費用を考えれば、人払いは無理じゃ。」

頭を悩ませる教員たちに告げたのは、ティナだ。彼女は今回の会議にカイトの代理として来ていたのである。ちなみに、いつも通り桜や瞬も一緒である。

「だが、それでは……」

「だから、農園部に全て<<人払いの結界>>を張り巡らせようにもどれだけの費用が必要じゃと思うておる。冒険部の稼ぎだけでは到底賄いきれんぞ。」

「……なんとかならんか?」

「無理じゃ。そもそも現状で赤貧なのに、如何に教師の命であっても不可能じゃ。」

取り付く島もないティナに、教師達が揃って溜め息を吐いた。それでも、あるのと無いのとでは、外に農業に出た際に戦闘の出来ない生徒や教師達の安全性が違う。魔物だけでなく、悪意ある他人からの影響も排除出来るのだ。だが、ティナはにべもない。

「無い袖は振れぬ。諦めよ。」

「むぅ……」

そう、どれだけ足掻いても、無い袖は振れないのだ。費用が無いのであれば、導入出来ない。如何に学園に残らざるを得ない者達の安全性や確実性の為とは言え、冒険部としてはそこまでの負担を負うことは出来ない。冒険者とて、命あっての物種なのだ。

「ちなみに……もし農園予定地を全て覆う場合、費用は幾ら必要何ですか?」

「えーっと……はい、概算ですが、年間ミスリル銀貨1000枚程度になります。」

教師の言葉を受けたクズハが横のフィーネが持つ資料を受け取って答える。これは高い事は高いのだが、範囲が広すぎる事もある。これだけ広大になると、作っているのは大貴族ぐらいしかないのだ。それ故、結界そのものの術式の単価が莫大で、更には維持の人員も極わずかだ。

ちなみにミスリル銀貨1000枚は、日本円にしておよそ一億円である。無理過ぎもいいところだった。これの倍額をぽん、と椿の身請け費用に出せるカイトが可怪しいのである。まあ、彼女の性能から言えば妥当な費用ではあったのだが、逆にこれを見ればどれだけ彼女が高性能なのか理解出来るだろう。

「お、お安くは……」

「申し訳ありません……口止め料にはどんな種類の結界を使っているのか、という物も含まれますので……」

「諦めるしか無い……か……はぁ。」

教員達が揃って諦めの溜め息を吐いた。つまり、決定であった。そうして、結界については学園の農園部を覆うように<<魔除けの結界>>を張り巡らせる事にして、<<人払いの結界>>については全部削除する事となったのであった。

『成る程。まあ、妥当だな。』

「仕方があるまいよ。何度も告げたが無い袖は振れぬ。」

『道理だな。開拓時代を思い出す。』

会議の後。ティナは屋上へ出てカイトへと会談で決定した内容を報告していたのだが、全てを聞き終えた後、カイトは昔を懐かしんで、楽しげに笑う。昔は本当に何もなかった。そこから、ここまでの大都市の基盤を創り上げたのだ。ある意味街をつくろうとしている今の学園の状況は、少しだけ、当時に似ていた。

「まあ、それは良かろう。じゃが、明後日からは本格的に農業の専門家が来るぞ。」

『農業の専門家、ね……盗賊やらなんやらと誤解されないといいけどな。』

二人は楽しげに笑い合う。お互いに呼んだ人物とは面識がある。それ故、まずびっくりされるであろう事を知っていたのだ。

「で、そっちはどうじゃ?」

『爺が調子悪いらしいが、詳しくはまだわからん。取り敢えず、聞いてからだ。まあ、あの爺は仕事にかなりむらがあるからな。まーたなんかどうでもいい事でスランプに陥って、簡単に戻ってくるだろ。』

「そうか。では、また連絡を送る。」

『おう。』

二人は連絡を終え、ティナは屋上を後にする。そうして下に歩いて行くと、今回護衛に一緒に来ていたソラと由利に出会った。

「カイトとの連絡が終わったのか?」

「うむ。何やら少しトラブっておるらしいの。少々長引いたパターンを考えておく必要がある。」

「ふーん……で、俺らは何してれば良いんだ?確か結界の再展開まで待機だろ?」

結界の調整自体は数日――実際には展開一日に運転に問題が無いかで数日――で終わるので、それまでの間ソラ達は万が一に備えて学園に待機する事になっていたのだ。桜は数日後の会見への対処で忙しく、瞬も同様だった。その代わりに、学園側で彼らと同程度に強い二人が警護に来たのだった。

「適当に見て回れ。別に活動についてをとやかく言うつもりは無いからのう。」

「ふーん……まあ、じゃあ適当にすっかな。由利はどうする?」

「うーん……取り敢えず、ソラと一緒。」

「そか。」

そうして、二人は歩き始めるそれを見てティナは小さく頷き、適当に図書室にでも行くか、と移動を始めるのであった。

「そういえば……農業をするっつってもどれだけの広さの農園を作るつもりなんだろ?」

「えー?」

そうしてふと屋上に来ていたソラと由利だが、ぼんやりと農園予定地を観察していた。ソラの疑問はそんな時に出た疑問だった。

「どうなんだろー……」

由利もソラと同じく首を傾げる。だが、そこには少しの期待があった。新鮮な野菜が手に入るのなら、料理のしがいもある。それに料理が得意である以上、是非とも彼氏に手料理は振る舞いたい。

だが、その為には何を作るつもりで、どれだけ作るつもりなのか知っておく必要があった。と、言うわけで二人は再度移動を始める。まあ、夏が近くなってきた事で屋上が暑くなってきた事もある。

「えーっと……主食にお米、人参、とうもろこし、じゃがいも、さつまいも……」

そうして二人がやって来たのは、会見の打ち合わせも含めて久しぶりに生徒会室に顔を出した桜の所だ。桜ならば間違いは無いだろうという判断だった。

ちなみに、お米が主食として選ばれたのは理由がある。お米と小麦を比べると、面積当たりの収穫量ではお米の方が多いのだ。それ故、カイトが中津国から種を購入し、数日後に専門家を招く手筈を整えたのである。尚、公爵家は大陸でも北方に位置しているが、マクスウェルは南部なので栽培が可能なのであった。

「……結構多くね?広さ、大丈夫なのか?」

「桜ちゃん、そのへんどうなってるのー?」

二人の疑問を受け、桜は資料をペラペラとめくっていく。そうして該当するページが見つかったらしく、目を留めて内容を確認して、二人に告げた。

「えーっと……はい。大体田園で約60反……6万平方メートル。その他で畑等を含めて、およそ100万平方メートルです。まあ、実際には農業以外にも色々な放牧等をやりますので、この大きさですね。学園の周囲一キロを農園や放牧地に設定してます。」

「周囲一キロ……って、ひろっ!お金どれ位掛かってるんだ!?」

「あ、いえ。さすがに出せませんので、貸借地として皇国から格安で借りられる事になっているんですよ。金額はおよそ月ミスリル銀貨10枚……日本円で月額100万です。」

ソラがかなり驚いて居るようにこれはかなり広い様に思えるが、実際には使える人員は学園全体で見て300人以上居るのだ。人海戦術が出来るので、そこまで広いというわけでは無かった。

ちなみに、田園の60反でおよそ学園に残る人員が一年間食べる量を生産出来る見込みだった。まあ、実際には鳥獣被害ならぬ魔物被害があるので、若干の余裕は設けている。実際には70反程にする見込みだ。

「なあ、それってもしかして……また?」

「……ええ、また。」

「お金持ちって凄いよねー……」

三人は苦笑しあう。当然だが、借り受けた所で当分はそんな金額を返せる見込みは無い。なので、準備金的にカイトがまた私費から投じたのである。

まあ格安なのは事実だし、ある意味街が一つ出来るのだから、カイトとしても天桜学園産の産物が出回って交流が活発化すれば税金が入ってきてお得なのだ。実は私費を投じるだけの理由はきちんとあるのであった。

「……まあ、でも、結局税金って半分ぐらいあいつの懐に入るんだろ?」

「……あー……さすがにそれはカイトくんに聞いてください。」

微妙な沈黙が下りるが、再び飛び出したソラの疑問は、桜がさすがに苦笑して答えなかった。そもそも聞かれた所でわからないし、カイトも教えてはいなかった。ちなみに、別に隠している事ではないので、聞けば教えてもらえる。

「実際に今回や椿の様に使う事も多いがのう。」

「あー……やっぱりそうなんだー。」

「あれでも最高位の貴族じゃぞ。バカスカ使い、経済を回せ。じゃが、必要には蓄えよ。貴族が使い、経済を刺激する。皇国も一応は資本主義でも貴族がおる以上、それは鉄則よ。貯め込み、寝かせるぐらいなら民草の一夜の夢とせよ。要らぬ落籍になりかねぬ酒池肉林はさすがに推奨せんが、女を囲うのもそれ故よ。」

「……って、ティナちゃん?来たのか?」

「暇じゃったからな。」

そう言ってティナが生徒会室の来客用の椅子に勝手に腰掛けると、更に続けた。

「貴族王族はなべて民草の夢たるべし。平時には美姫を侍らせ栄華を見せ、戦時には煌々たる武将として、民草に英雄たる事を知らしめる。戦場という血反吐の中で民草が獣に堕ちぬためには、人の夢を以て照らしてやらねばならぬのよ。我も何時かはああならん、と。民草を鼓舞し、慰撫する。それが、貴族の務めよ。」

「それはさすがに……」

言い過ぎというかあまりに貴族やその関係者を道具として見ていないか、というソラの言外の苦言に、ティナが苦笑する。

「違わぬよ。結局、貴族もお主らの家々も変わらぬ。ただ単に栄華たる人の夢の一つを体現させる必要があっただけじゃ。お主の父親も、必要とあらば栄華たる貴族の様に振る舞うじゃろうよ。」

「……どだろ。」

ティナの言葉に、ソラは少し考え始める。だが、その答えは出ない。なにせ、ここ数年父親とはまともに口を利いていないのだ。そうして、その後はソラが父親についてを考え始めたので、ほとんど無言のまま、その日は終わるのであった。